刻の振り子 ── 第四章 藍染 ・ 白一護 ──




誰かが呼んでいる。
色彩の無いモノクロームの世界。
限りない漆黒の闇と無機質な純白。そのどちらも混じり合う事もせず、曖昧な色など存在しない。
瞼の裏に結ぶ映像には何も映らない。それでも、遙か遠くから自分を呼ぶ声だけが聞こえる。
───ああ…あれは……。
その人物の名を呼ぼうとして、一護は「それ」に名前などない事に気がついた。
──あれは……もう一人の────。



「一護様」
男の美声で囁くように名前を呼ばれて、一護はぱちっと瞳を開けた。
薄暗い闇が辺りを包みこんでいる。一瞬ここがどこなのか分からなかったが、耳元に感じる男の吐息で漸く自分の状況を思い出した。
「──惚右介……」
後ろから一護を抱きしめ心配そうに顔を覗き込んでいる男の名を呼ぶと、藍染は幾分ほっとした顔で一護の髪を愛しげに梳いた。
「どうされました?」
藍染の気遣うような台詞に一護はこくりと唾を飲み込みカラカラに乾いた喉を湿らすと、ゆっくりと口を開いた。
「どうか…したのか…?」
瞳を合わせて僅かに眉間の皺を濃くしながら言う一護の問いかけに、藍染はゆるく首を振る。
「いえ…。少し苦しそうでしたので…。起こした方がいいと思ったものですから」
「そうか…」
藍染の言葉に一護はほっと息を吐き、その瞬間に下肢にずんとした重みを感じた。
「…惚右介…。苦しいのはお前のせいじゃねぇのか…」
今日は久しぶりの一護の非番ということもあって、昨夜はいつもよりも殊更激しく繋がり合った。
そして、その状態のまま藍染のものは未だに一護の中から抜けてはいなかった。
「そうですか?でも…」
激しさなど微塵も感じさせない涼しい顔で言いながら、未だ衰えない藍染のものが軽く一護を突き上げた。
「…ぅあっ……っ」
思わず仰け反る一護の耳朶を軽く噛んで藍染は愛しそうにゆるゆると腰を回しだす。
「まだ…あなたの中も足りないみたいですよ?……一護様」
「う…るせ…。い…から…抜け…っ」
そう言う一護の吐息も次第に甘さを帯びる。藍染から与えられるリズムと同調する様に一護の腰も揺れ始めた。
「ん…あ…っ ああっ……」
横抱きにしたままゆるゆると抽挿を繰り返していた藍染の手が紅く尖った胸の飾りを指先で捻ると、一護の声が途端に快楽に塗れた。
普段はストイックな一護がこうして快楽に溺れる姿を見せつけられる度に藍染の欲は深まっていく。
何度抱いても抱き足りない。彼が決して自分のものになる事はないと言うのに、…いやだからこそ、
せめてこの身体には自分の印を刻みつけてやりたくなる。
「や…、あああ…っ …そ…すけ…」
その声に引き寄せられるように藍染が体勢を入れ替えて一護を俯せにする。繋がり合った腰を高く上げさせて後ろから突き上げるように腰を入れた。
「は…ん あ…ぁ」
「どうです?まだ…抜いて欲しいですか?」
わざと意地悪く耳元で囁くと、一護はその声にすら感じたようにふるりと震えた。
「バカ…言ってんじゃ…ねぇよ…。お前…仕事……っ」
甘い息を吐きながらも完全には溶け出そうとしない一護をこの手で壊したくなる。
腕の中に居るたった一瞬でもいい。ほんのひとときで構わないから自分に溺れて欲しいと思う。
「まだ、明け方です…。朝までにはまだ時間はたっぷりとありますよ…」
「たっぷり…って…、お前…」
くつりと嗤う藍染に意図を読み取ったのか、一護は一瞬ぎょっとした顔で振り向き、意地悪く嗤った藍染の瞳とぶつかると、諦めたようにため息を落とした。
「…壊すなよ…」
「承知しました」
壊せるものならば、壊したいと──。そう願っている事など一護にはお見通しなのだろう。
それでも、力を抜いてそう思う男に全てを預ける一護を、藍染は心底愛おしいと思った。





「…何か言ってたか…?」
気怠げに身体を起こして藍染の用意した枕元の湯飲みに手を伸ばし、一口啜ってから一護はようやくぽつりとそれだけを言った。
「いえ、何も」
風呂上がりの素肌に死覇装を着付けながら振り向いた藍染は短くそう答えた。
何の事かと聞き返す事はしない。
一護のこの極端に主語を省いて喋る言葉は藍染にとって慣れたものだ。
普段は誤解を招くような言い方は決してしない一護だが、そういう気遣いのない相手に対しては一護は時々こういう喋り方をする。だが──、それが親しさの表れのようだと素直に喜ぶ気には藍染はなれない。
もし一護の意図をくみ取ることが出来ずに見当違いな答えを返したとしても、きっと一護は笑ってそれに答えるだろう。そして…もし一度でも聞き返せば一護はそれっきりその事に関して口を噤んでしまう。
なぜなら…一護がこういう言い方をする時はそこに一護の真の姿があるからだ。
誰もが想像しえない深く、昏い、一護の闇が───。

「そうか…」
藍染の答えにいささかほっとしたように一護がため息を吐いた。
そして手元の湯飲みを飲み干すと漸く人心地がついたように軽く伸びをした。
「あ〜、身体中痛ぇ…。どんだけ無茶したんだよお前は」
パキパキと首を鳴らしながら軽く藍染を睨む一護に、藍染が笑う。
「何をおっしゃってるんですか。積極的だったのはむしろ貴方でしょう」
「うるせぇよ。だったらてめぇがもう少し加減しやがれ」
「無理な事言わないで下さい。…貴方を前に、加減など出来るはずもないでしょう?」
そう言うと藍染はすっと一護の側に膝を付き、唇にそっと口付けを落とした。
「…惚右介…」
「…もうしませんよ」
咎めるように言う一護に藍染は愛しそうに髪を梳きながら笑った。
「当たり前だ」
そう言って再び藍染を睨んだ一護の顔が、ふっと真面目なものに変わった。
「…一護様…?」
「…なあ…惚右介。今の状態で、俺が居なくて何日もつ・・?」
一護の言葉に藍染が目を見開いた。だが、すぐにそれは有能な部下の顔に変わる。
「……そうですね…。今の状況ですと…完全を期すなら…持って三日、…でしょうか」
「…だよな…」
「あちらへ…行かれるのですか?」
「ああ…。だとすると今日の非番含めて最大4日か…」
一護の問いかけが何を表すのか、藍染は正確に把握していた。
これまでにも度々一護は誰にも知られずに尸魂界を出奔していた。なぜならそれは、決して知られてはいけない場所へと赴くからだ。死神が決して近づく事すら許されない場所───虚圏。
その場所こそが一護の本拠地であり、いずれは藍染自身も身を置く事になる最終地点だった。
藍染が一護の部下に収まり、藍染自身の斬魄刀である鏡花水月の能力が一護の認める所となった頃から、度々一護はその能力を利用して誰にも知られることなく虚圏へと赴いていた。
だが、いくら鏡花水月の能力が完全催眠だとしても、自ずと限界はある。
一護は一隊を預かる隊長で、しかもここ護廷での年月は恐ろしく長い。当然、親しい者や一護を慕う者は数限りなく居る。いくら影武者を立てた所で、昔から一護を知る──いや、知っていると思っている者を完全に誤魔化し切るには限度があった。
藍染が三席として三番隊に居た時ならば、一護の不在に対してフォローを入れられるが、今現在藍染が所属するのは五番隊だ。近くに居ることができない分、おのずと限界は早まってしまう。
「あ〜…。ったく…こういう時つくづくお前を出さなきゃ良かったって思うよ…。ギンもまだ院に入ったばっかだし…。後4〜5年くらいはこの状況が続くんだよなぁ…」
がりがりと頭を掻きながらぶつぶつ言う一護に藍染が呆れたように返す。
「…惜しがってくれるのはありがたいんですが…。こういう時だけかと思うと悲しいですね」
「別にそういう訳じゃねぇって…!いい年して拗ねんな!」
「拗ねてる訳じゃありませんよ。一護様の真意がよーく分かっただけです。まあ、私の代わりが来るまでは不便だと…そういう事ですね」
「なんだよそれ」
ムッと口を尖らせた一護がするりと藍染を引き寄せた。
「だから、拗ねんなって言ってんだろ。
……ギンの事はお前も承知してたと思ったんだけどな、惚右介?」
「…ええ…それは…分かってます…」
一護の細い肩に顔を埋めたまま藍染は零すように答えた。
「お前とあいつはそれぞれ役割が違う。要もだ。それぞれに必要だと思ったから俺の側に置いた。
──惚右介……俺はお前と寝るのは好きだぜ。でも、それで俺を手に入れたとは思うな」
「ええ…わかって…ます」
優しい口調で残酷な台詞を吐く一護。
誰と寝ても、誰に抱かれても、決して誰のものにもならない一護──。
けれど……。それが少しずつ変わり始めている事に一護は気づいているのだろうか。
「もし……」
「ん…?」
一護が、藍染がよくそうするようにゆっくりと藍染の髪を梳く。まるで幼子を抱く母親のように一護の細い指が何度も藍染の髪を滑る。遙か長い年月を生きてきた一護にとっては、藍染すらまだ子供にしか見えないのだろう。
「なんだよ…。言えって、ほら」
「いえ…戯れ言です…」
「いいよ。その戯れ言が気になってんのはお前だろう?」
そう言って一護はあやすように藍染の背をぽんぽんと叩く。
まるっきり子供扱いだが、藍染にはそれがどこか酷く心地よかった。
「ギンが……。彼が望めば……」
「ああ…寝るだろうな」
全てを言わせずに一護が藍染の言葉を引き取った。
聞かずとも分かっていた答え。
一護に連れられて初めて顔を合わせた時から、それはわかっていた。
あの子供はあきらかに一護に好意を寄せていると。いや、好意などと言う生やさしいものではない。
自分の存在全てが一護の為にあるとでもいうような激しい感情。
今はまだ子供だが、いつまでも子供のままではない。
今ですらあの子供は男として一護を求めている。
そして、そんなギンの感情に一護が気づいていない訳はないのだ。
「お前がギンと…俺を共有するってのが嫌だってのは分かってる。
まあ、あいつはあんな奴だから、お前には俺への感情隠す事もしないしな。でもな…惚右介」
そう言葉を切って一護は藍染の目をしっかりと覗き込んだ。
「俺はお前の事は必要だ。それと同時にギンも…近いうちに必ず必要な存在になる。
だから、この事に関してはお前が自分で折り合いをつけろ。俺が誰と寝ようとお前は揺らぐな。
感情に振り回されて揺らぐような部下なら必要ない。いいな、惚右介」
「──はい」
一護の言葉に藍染は静かに目を閉じる。
一護の望むもの──一護の望む世界───。その為にならこの命すら惜しくはない。
誰よりも愛しくて大事な存在。自分の──全て。
抱き殺してしまいそうな程細いこの身体に宿るとてつもなく大きな力。
この世界に一護に代わるものなど何もない。
その存在を今この腕に抱いている事を実感するように、藍染は一護を抱きしめる腕に力を込めた。




真っ白い無機質な建物の長い回廊に鮮やかな色が音もなく移動する。
虚圏───。その中にそびえ立つ全てを支配する者の居城、虚夜宮。
と、一護の前にするりと現れた一体の破面が頭を垂れた。
「お帰りなさいませ。──一護様」
「おう、ウルキオラか。久しぶりだな。どうだこっちは」
久しぶりの主の帰還に喜んでいるのかどうなのか。無表情というよりも無機質な表情をしたウルキオラが静かに頷いた。
「変わりありません」
そう言いながら一護の行く手を邪魔せぬようにとするりと背後に付く。
このウルキオラは一護自身が見込んで破面させた虚だ。その見込み通りに殺傷能力はずば抜けて高く、そして何よりも一護に対する忠誠心は殊の外強い。主不在の虚夜宮を預けるのには打って付けの存在だった。
「そうか…。スタークは?自分の宮か?」
もう一体の破面の名を口に出す。スタークも一護の力で破面させた虚だ。ただ…強さは半端ではないが、始終寝てばかりいる基本ぐうたらなので、留守を預けるには向かない男だった。
「普段はそうですが…、恐らく今こちらへ向かっていると…」
「ああ、だな」
その言葉が終わらないうちに軽やかな靴音が背後から響いた。
「──一護様」
後ろから走ってくる長身の男に珍しいことがあるもんだと一護が微笑んだ。
「よう、スターク。なんだ自分の宮で寝てたんじゃねえのか?」
揶揄いまじりに言うと、スタークが不本意そうに口を曲げた。
「そう言わないで下さいよ。主の久しぶりのご帰還なんだ。出迎えくらいします」
「そうか。リリネットは?」
「ああ、煩いんで置いて来ました。それよりも…」
するりと膝を付いて一護の手を取り口づける。
「お帰りなさいませ。一護様」
まるで現世の中世の騎士のような振る舞いに、一護がくすりと笑う。
「ドコで覚えたんだよ。こんな事」
「暇なんでこういう事には詳しくなるんですよ」
「てめーが勝手に暇してるだけだろ。あんま好き勝手してるとプリメーラ譲るぜ?」
「…実力が伴ってるんなら文句はいいませんよ」
「ぬかせ」
スタークの挑発に一護はにやりと笑うと若干面白くなさそうなウルキオラが目に入った。
無表情にも表情ってあるんだな…と一護は新たな発見をする。
死神のもつ能力がその者が持つ斬魄刀により個々に違うように、破面もまた本来の能力は個別に異なる。
スタークは本来一個体の虚だが、その力があまりにも大きすぎた為、虚から破面へと進化した時に便宜上、「スターク」と「リリネット」という二つの体に分けた。そうしなければ存在が保てない程『スターク』の力は強大だ。
今のところ完全な破面はこのスタークとウルキオラの二体。そして、今地下の実験施設で一体の虚が破面となるべく眠りについている。この一体も、目覚めれば恐らく強力な駒となることだろう。
いずれ…多くの破面がこの地に犇めき合う。その中でも、尤も殺傷能力に長けたものだけが、一護の直属の駒として動く事になる。その数──十体。この世界を恐怖に塗り替える十本の刃──。
そして、その十体の破面達はその強さに応じて一〜十の数字が与えられる。
未だまだ未知数の──出現してすらいない破面の、その頂点であるNO1プリメーラの刻印は既にスタークの手に施されている。ウルキオラの能力もずば抜けて高いが、スタークの強さはまた別格だ。
その一護の信頼の証であるNO1プリメーラの刻印を持つ男。
普段はのらりくらりとしているが、時が来てこの男が動く時、死神にとってそれは脅威となるだろう。
そしてウルキオラも───。今はまだその能力は未知数だ。故に一護はウルキオラにはまだ刻印は施していない。
が、彼もまた特別だと一護は思っている。いずれ彼は成長する。その姿が一護には時折、今のウルキオラに重なって見える。美しい黒翼を纏った悪魔の化身のような、その──美しい姿が───。

「で…今回はどのくらいの滞在です?」
ウルキオラの不機嫌など意に介さずにスタークが言う。その言葉に一護の顔が主の顔に変わった。
「今回は4日だ。…しばらくはこれくらいしか居られねえ。惚右介が異動したのは聞いてるだろ、ウルキオラ?」
「はい…先だって藍染様がお見えになられた時に」
「そういう訳だ。さすがにフォロー無しじゃ何日も護廷空けてらんないからな」
「はい」
「じゃあ…俺はしばらく自室に籠もる。俺が呼ぶまでこの宮には何があっても・・・・・・干渉は不要だ」
「御意」
恭しく頭を垂れる二体の破面にそう言い捨てると一護は踵を返し目指す自室へと歩を進めた。


虚夜宮の最上層にある一護の自室の大きなソファに座り込むと、漸く一護はほっと肩の力を抜いた。
この場所だけが唯一、一護が気を抜くのを自分に許した場所だ。
長い年月自分を偽り過ぎたせいで、もう仮面を被る事に疲れすら感じる事はない。
それでも、こうして力を抜ける場所がある事は今の一護にとって救いのようなものだった。
「……居るんだろ……」
ぼんやりと背もたれに身を預けながら何もない空間にむかって呟く。
次の瞬間、いつから居たのか一護が視線を投げた場所で人影が動いた。
「よぉ」
禍々しい程の霊圧が空間を歪める。
そこに現れたのは、一護とまったく同じ顔をした男だった。
だが、同じ顔の筈なのに受ける印象は全くと言っていいほど違っていた。
その表情も存在も、全てが禍々しい。
一護自身をモノクロ反転したように、髪も肌も死覇装すらも全てが白い。
そして本来白目の部分だけが黒く沈んでいる。
邪悪としか形容しようのない霊圧を纏った男はにやりと口の端を上げるとゆっくりと一護に近づいた。
「久しぶりじゃねぇかよ。なあ、相棒」
そう言って長い舌でぞろりと一護の唇を舐める。そのまま一護の顔を上向かせると噛み付くように口づけた。
「…やめろ…」
舌の根が痺れるほど深く蹂躙されて、漸く離された唇で一護は吐息と共に咎めるように言った。
「ああ?何が「やめろ」だ。犯されに来た奴の言う台詞じゃねぇだろ。……なあ、一護?」
そう言って口の端を釣り上げる。
「…やっぱりそういう事で呼んでたのか…。いい加減にしろよお前」
そう言いながらも一護は男の背にするりと腕を回した。
この世界に自分が存在した時から長年連れ添った自分の───影。
もう一人の、一護。
普段は一護の奥深く厳重に封印されているその存在は、いつしかこの虚圏でのみ別の人格として実体化できるようになった。
あの尸魂界で、存在すら許されなかったもう一人の自分。
元々の一護の人格を食い荒らし、一護が今ある死神としての人格を形成し直すまで、一護の身体を支配していたのはこの男だった。
尸魂界に生まれ付いた虚。
本来ならば処刑されて然るべきその存在は、奇しくも一護の生まれ故に処刑という方法は取られずに人知れず幽閉される事となった。
その頃の記憶は断片的にだが一護にもある。
何度か秘密裏に暗殺されかかったが、霊力を封印されていたとはいえ力の差は歴然で、結局誰一人として生きて塔から出た者は居なかった。
唯一、一護の背を袈裟懸けに切りつけた男はそれゆえに生きながら地獄の苦しみを味わった。
その傷は今でも一護の背に残っている。いや、意図的に残して置いたのだ。
決して───忘れない為に───。


「なんだよ。こんなにべっとりと跡残させやがって」
一護の死覇装の胸元を乱暴に割り広げて、首筋から這わせていた舌を胸元に落とし、胸の飾りを長い舌で何度か舐めた後そう呟くと、刺激を受けてふっくらと立ちあがった乳首に噛み付いた。
所狭しと散る藍染との情事の跡──。
さすがに見える所には付いてはいないが、その代わりとでもいうように見えない部分に付けられたその印が藍染の執着を如実に物語っていた。
「ん…っ …てぇ…っ」
千切れんばかりに噛み付いてからまたあやすように舐め、同時にもう片方の飾りには爪を立てる。
「んんっ!ん…ぁ…っ やめ…っ」
痛みと快楽が繰り返し一護を刺激する。彼のやり方はいつもそうだ。
壊される恐怖とどろどろに甘い愛撫。
その狭間で揺り動く快楽でいつも一護は狂わされる。
「やめていいのか?お前だって感じてるじゃねぇか」
一護の肌に唇を付けたままくつくつと笑う。
「俺にわからねぇとでも思ってんのか?てめぇの身体仕込んだのは誰だと思ってんだよ」
そう言って紅く勃ちあがった両の乳首を思いっきり捻り上げる。
「────っ…!あ、っ、ああっ!はぁ…っ …あ、ふ…、ぁ……」
痛みに仰け反りながら一護の声に甘さが交じる。ビクビクと体が震え内に熱が籠もる。
ソファの冷たい皮に爪を立てながら、一護の意志とは裏腹に自然と身体が開いてゆく。
「何だよ…。ココだけでもうイきそうじゃねぇか。
お前のチ○ポもケツの穴もぐじゅぐじゅに濡れてんまくってんだろ?え?この淫乱」
「ひ…ぁっ!あああああっ!」
袴の上からペニスを力任せに握られて乱暴に扱かれる。
しんと静まりかえった部屋にくちゅくちゅという淫音が響く。布越しなのが酷くもどかしい。
痛みなのか、快楽なのか、一護にはもう既に分からない。
自分が本当にそう望んでいるかすらも分からない。
ただ、男の愛撫に慣れた身体だけが貪欲に快楽を貪る。
そんな一護を冷たい瞳で見下ろすもう一人の『一護』───。
一つの肉体を共有する存在とはいえ、一護の内の世界では一護と彼は完全に別ものだ。
その一護の精神世界で一護はこの男に幾度となく犯されてきた。
人肌を覚えるよりも先にこの体温すら感じない男とのセックスを強引に覚えさせられたのだ。
「あ…い…から…早く挿れてとっとと出せ……っ───!?」
その台詞を言い終わらないうちに一護の首に手が掛かり、そのまま強い力でソファに押し倒された。
「……ぐ…っ」
「可愛くねぇこと言ってんじゃねえよ…。俺が『俺の』身体を好きにしてんだ。てめーはただよがり狂ってりゃいいんだよ。どうせあっちじゃみんなてめぇに溺れてやがって、こんな風に乱暴にしてくれる奴なんか居ねぇんだろ?」
「う…るせ…ぇ」
「ったく…未だに何の為に俺が出てきたかもわかんねぇのか。
まあいいや、そのカラッポな頭快楽でどろどろにしてやんよ」
そう言うと一護の首を押さえつけたまま片手で器用に腰紐を解き、袴を蹴り落とした。
「望み通りぶち込んでやるから開け」
「…く……」
動こうとしない一護の足を強引に持ち上げて膝が肩に付くまで折り曲げると酷薄な笑みを浮かべながらくいっと顎をしゃくる。
「おら、自分の手で持てよ。…でねぇと、首から手ぇ離すぜ?」
くくっと笑いながら命じる男を見上げながら、一護は素直に自分の腕で足を抱え込んだ。
「…いい子だな、一護。」
そう言ってくつりと笑うともう片方の足を自分の肩に抱え上げて自身の下肢を寛げる。そのまま狙いを定めると怒張を一気に最奥まで突き立てた。
「ぐっ………っ!う…ぁ…っ!」
受け入れる為の愛撫も何もなく、力任せに開かれ突き立てられたその衝撃に一護の身体が仰け反り、苦痛の為の生理的な涙が浮かぶ。今朝まで藍染に抱かれていた為出血こそはしなかったが、突然の凶行に一護の壁が収縮し尚更男のものを締め付ける。
それを楽しそうに笑いながら食い締める壁を振り切るようにギリギリまで引き出し、また一気に奥まで戻す。
秘肉を引き摺り出されるような動きに、初めは緊張で強張っていた一護の肉が次第に綻び始め、ざわざわと怒張に絡みついていく。男を受け入れるのに慣らされた身体が勝手に自分を犯す肉に悦び始める。
一護の身体が慣れるのを待っていたのか、男は容赦も何もない激しい抽挿を繰り返しながら首に掛けた手に力を込めた。
「ぐぁ…っ がっ……っ」
「ほーら、締まったぜ。すげぇ締め付けだな。苦しいか?」
「う…ぐ…」
「俺はイイぜ。お前の苦しんでる姿は最高だ。」
「この…サディスト…」
笑いながら腰を打ち付ける男を一護が睨む。だが、その瞳はすでに快楽に濡れていた。
「うるせえよ。俺がサドならてめぇはマゾだろ?」
そう言って一護の首に力を込める。喉が圧迫され呼吸すらままならなくなった一護の手が男の手に爪を立てる。
「あ…ぐ……っ」
「殺さねぇから安心しな。まぁ、でも殺す寸前までは連れてってやるけどな」
「く……っ」
苦しさで涙が頬を伝う。後ろで達する事を覚えた身体は壁を擦られ奥を衝かれるたびに激しい快感を訴えるのに、首を絞められ声すら上げられない状態では熱が内に籠もるしかない。
死ぬことなど怖くはない。だが、誰しもが持つ生存本能が勝手に恐怖を生み出してゆく。
怖い、苦しい。でも、それ以上に内に籠もった熱が尚更快楽を煽る。
「たまんねぇだろ?ほら…もうイきそうだぜ?」
そう言って男が僅かに手の力を緩めた。
「あ……っ ああああ……っ!」
途端に一護の嬌声が上がった。
「イけよ。てめぇのイく顔俺に見せろ。いい声で啼けよ、一護」
パンパンと肌がぶつかる乾いた音を立てながら腰を打ち付ける。その音にぐじゅっと粘ついた水音が繋がった箇所から交じり出す。男の先走りと共に、一護の内部も激しく濡れていた。
硬く勃ち上がったペニスからは、たらたらとはしたなく蜜が零れる。
中を蹂躙される事に慣れた身体は与えられる快楽を貪欲に追い求め、次第にそのことしか考えられなくなってゆく。もう、相手が誰でもいい。何をしてもいい。イかせてくれるなら何でもする。
「は……あん……っ やぁ…もうっ…!い…イくぅっ!」
「…甘えた声出しやがって」
快楽に堕ちた一護には一片の理性すら残ってはいない。
死の恐怖と快楽を同時に浴びせられ精神が振り切れた時に初めて一護は本当に解放される。
その瞬間だけ、一護は幼い子供の頃に戻るのだ。
あの──素直でこの世の穢れすら知らなかった、
一護自身すら忘れてしまった、あの幼い日の一護に───。
「ん…あ…っ はぁ…っ や、だぁっ も…お願ぃ…い イイの…イイっ!……ああああっ」
子供の様に泣きながら縺れる舌で一護が強請る。
それを満足そうに見ながら最奥にあるペニスをギリギリまで引き出す。
そして───。
「──っ ───あ、ぁああああああああっ!」
一際深く一護の中を突き上げると、一護は長い悲鳴を発しながら精を放った。





気がつくと広い寝台に寝かされていた。
酷く身体がだるい。指一本動かすのでさえ億劫だった。
「……ダリぃ……」
呟く声すら酷いものだ。ウルキオラとスタークに出入りを禁止していて良かったとつくづく思う。
恐らく身も世もなく叫び続けたのだろう。
彼の存在を破面達は知らない。藍染と東仙の二人には一護の内にある虚として伝えてはいるが、こうして実体化できるとまでは話してはいない。たとえ実体化していようとも、あの存在はあくまで一護の精神世界に通ずるものだからだ。
「……やり過ぎだっての……あのバカ……」
そう言いながら一護はゆるゆると身体を起こした。
さんざん蹂躙された割には身体に感じる不快感はまるでない。
一護の身体には清潔な夜着が着付けられ、汗と精液に塗れた身体もきちんと整えられていた。
無茶ばかりするくせに、こういう所はマメなんだよな…といつも思う。
そのくせ意識を飛ばした一護が気がついた時には側にいた試しがない。
まあ…あいつから甘い睦言でも言われたらかなり引くけど───。
そう思いながら一護は彼の霊圧を探った。



「こんなトコに居たのか」
玉座に通ずる扉を開けて自分以外が決して座ることのないその場所に見慣れたその姿を見つけて一護は軽くため息をついた。
「よぉ。起きやがったか」
にやりと笑って悪びれた様子もなく答える声は気のせいなのかいつもよりも精彩がなく思える。
だが、その声に僅かに眉を顰めた一護にいつものように口の端を上げると、するりと立ち上がって一護へと手を伸ばした。
「一護」
ゆっくりと玉座へと歩み寄る一護がするりと腕を伸ばしてその手を預けると、まるで付き従う騎士のように一護を玉座へと誘った。
「座れよ。──お前の席だ」
その言葉に一護は無言で玉座へと腰を下ろす。薄手のローブを羽織っただけの姿は酷く扇情的だ。
高い背もたれにその身を預けて身体の力を抜き、その手をまだ彼に預けたままで広間を見下ろす一護の姿は、まるで生まれついての王の様に美しくも神々しい。
全てを威圧するように数段高い位置に作られた玉座。
ここは力と恐怖だけが支配する場所だ。圧倒的な力と畏怖。そして、その存在の為に全てを擲つ覚悟を駆り立てるカリスマ性。それが、この虚圏の王たる証───。
生やさしい感傷などは入り込む余地などなく、ただ、絶望と世界の終焉の為だけに存在する場所。
今はまだ何もないカラッポのこの部屋が、いずれ殺伐とした場所に変わってゆく。
その時を思い浮かべて一護は冷たい笑みを唇に乗せる。
「──いずれ此処にお前の兵隊が犇めきあうんだな…」
「……ああ」
冷たい空間を見下ろして一護の視るものを共に視ているかのような台詞を吐く。
別人格といえども元は同じだからなのか、こういう時言わずともお互いの考えている事がよく分かる。
「で、俺はお前の内からそれを視てるって訳だ」
くっと自嘲するような笑みを浮かべて放たれた台詞に、一護は思わず隣を振り仰いだ。
「てめぇがこの場所に座る時には、俺はお前に取り込まれてただの力に戻る…そう言う事だ」
「お前……」
一瞬、一護の瞳が揺れる。だが、それはすぐに奥へと引っ込み、一護本来の硝子の様な無機質な瞳に変わった。
「俺は騎馬だ。王は───お前だ、一護」
「……ああ……」
その言葉に一護は無表情に頷く。
今こうやって実体として存在してはいるが、彼は元々一護自身の虚の性質が人格化しただけに他ならない。
一護自身を生かす為に一護の残虐な部分だけが切り離され魂の奥底に封印された。
虚化する前の一護の主人格は一度めちゃくちゃに壊され、今居る一護はその主人格を元に虚に通じる精神だけを排除され死神となるべく再構成されたものだ。
だから、一護は虚化する前の自分の事は断片的な記憶しかない。恐らく性格すらもまるっきり違うのだろう。
言ってみれば今の一護はこの身体に宿る第三の人格とも言えるのだ。
将来的に全てを統合するのが、最終的に作られたこの人格だというのは皮肉としか言いようがない。
元の「一護」も、この虚の「一護」も。本来ならばこの身体を支配する権利があるのはむしろ彼らの方なのだ。
尸魂界を出奔した時に漸く彼は「力」として正しく一護の中に収まる事ができる。
本来あるべき姿に戻るのだ。
だが、ここまで別の人格として形成された彼が、ただ一護の「力」としての存在に戻る事が本当に正しいのか。
以前は思わなかった迷いがこの所頻繁に意識に昇っていた。
その迷いを断ち切るような台詞に彼の覚悟を見る。だとしたら…もう、自分が迷う必要はない。
全てを凌駕する程の力がなければ、この世界を壊す事などできはしないのだから。

「なあ…」
「ああ?」
ふと、一護が隣の男を仰ぎ見た。
「今更だけどさ…名前ないと不便だよな」
「はぁ!?」
一護の言葉に何を言い出すんだと言うように男の目が思いっきり見開かれる。
「だってしばらくはこの状態が続くんだぜ?名前ないと呼ぶ時に困るだろ」
「何言ってんだ…。名前だったら俺も『一護』だろうが」
呆れたように返す言葉に一護はぶんぶんと首を振る。
「だから!俺も一護でお前も一護じゃややこしいって言ってんだよ。てか呼びたくねぇし」
「…じゃあ呼ばなきゃいいだろうが」
「呼ぶ時困るって言ってんだろ。あーっ、もういい。俺が勝手に決める」
そう言って一護は一人ぶつぶつと考え込み始めた。
「──白。白いから」
名案だと言うようににっこり笑って言う一護に、『白(ハク)』と呼ばれた彼が思いっきり眉間の皺を寄せる。
「なんだそれは。見たまんまじゃねえか。名前付けるってんなら、まずてめぇのネーミングセンスをどうにかしろっ!」
「え、いいじゃん。じゃあ決まり。お前これからハクな」
「──勝手にしろ」
そう言って白がふいっと横を向いた。
呆れてはいるが怒っている訳ではなさそうだと一護は思う。
その証拠に先程恭しく一護の手を取ったその手は未だ握られたままだった。
ひんやりと冷たい体温。添えられた手からは生者の温もりなど感じられない。
抱き合う時ですら彼の身体は冷たい。
だからなのか──一護は自分と寝る男の熱い身体が若干苦手だ。
「……そうか……」
ふと、思い付いたように一護が呟いた。
「ああ?」
「だから…気に入ったのかもな…」
心此処にあらずと言うように呟く一護に、何の事だというようにその手をぐいっと引く。
「え…?ああ……」
そこで漸く我に返ったように一護が瞬いた。
「何の話してんだよ。人がせっかく真面目に語ってるっつーのに。勝手に名前決めるわ、惚けるは…。
お前の頭はカラッポか!?」
「いや……ギンが……」
一護の口から出たその名前に白が目を見開いた。
「……あのガキがどうしたよ」
「…手が…冷たかった…」
ぽつりと言ったその言葉に呆れたように言う。
「おい…。てめぇ、今俺はてめぇの内に居る訳じゃねぇんだ。もっと分かるように話せ」
「…なんだ、わかんねぇのか」
にやっと悪戯っぽく嗤う一護を睨み付けてそっぽを向く。
大抵の事は通じているはずだが、さすがにこれは本当に分からなかったらしいと一護が笑った。
「ギンの手だよ。あいつ子供のくせに体温低いの。──お前みたいに」
そこで漸く合点がいったと云うように白が頷いた。
「ああ…お前体温高い奴苦手だもんな。──自分の事は棚に上げて」
「うるせぇな。俺が高いから相手も高いとヤなんだよ。暑苦しくって」
「俺に仕込まれたからだろ」
「──そうかもな……」
いつもは速攻反発するくせに、素直に頷く一護に一つ鼻を鳴らすと視線を空に投げる。
「で?だから気に入ったってのか、あのクソガキが」
「さあ……。でもそれも理由の一つかなって、今お前の手に触れてて思った」
そう言って一護はその感触を懐かしむように視線を遊ばせる。
肌に触れる体温が気持ちいいと思えたのはこいつ以外に初めてだな…と一護は思う。
求められれば相手が誰であれ、利用価値があるならば寝る事は厭わない。
性行為に対して価値を見出した事もなければ、特定の相手に欲情した事すらない。
藍染が言ったように恐らくそう遠くない未来に自分はあの子が求めるがまま身体を差し出すのだろう。
そこまで思った時、ふと一護の顔が曇った。
「どうした」
「……惚右介が揺らいでる」
「──当たり前だ」
一護の言葉にきっぱりとそう言い切る白を一護はきょとんとした表情で見上げる。
「そんな事もわかんねぇのか。バカか、てめぇは」
呆れたように言う白に一護は何の事だというように眉間の皺を濃くした。
「ったく…。相変わらず何年経っても人の気持ちがわかんねぇ奴だな。藍染はてめぇに惚れてんだ。
他の奴と寝るなんざ面白い訳ねぇだろ」
「……そんなの今に始まった事じゃない」
噛んで含めるような言い方に一護はムッとしたまま返す。
藍染が自分に対して執着といえる程の愛情を持っていることくらい一護にも分かっている。
そして表には出さずとも一護が他の男と寝る事を快く思っていない事も知っている。
今回目に見えるほどに藍染が揺らいでいるのは、まだ先の話だとしても、恐らくギンが同じ立場たる所以なのだろう。
けれど───。理屈は分かっても、一護には藍染の感情までは理解できない。
感情豊かで優しいと思われている一護だが、本来、一護は他人にはまったく興味がない。
人の気持ちが分かるかと言われれば、正直まったく分からない。
ただ、相手の言動から『感情の流れのようなもの』を推し量っているに過ぎない。
人一倍洞察力が優れている一護だからこそ周りには、それがさも『気持ちが分かっている』かのように見えるというだけの事だ。
だから───、藍染には何度も言ったはずだ。期待などするな、と。
何度肌を重ねようと、最中に一護が溺れようと、それはその時だけの事で何の意味もありはしないのだと──。
それが分かっていて、なぜ今更ギンの事で揺らぐのかが一護にはまったく理解できない。
「んっとにてめぇは…。上手い台詞の一つも言えねぇのか。俺が表に出て寝てやろうか?あいつと。
俺なら一発で機嫌良くなる事言ってやれるぜ」
「よけいなお世話だ。俺はまだお前と心中する気はない」
揶揄いまじりで言う台詞をぴしゃりとはねつける。いくら霊圧を押さえたとしても、一発で虚だと分かるような奴に出てこられたんじゃあ今までの努力が水の泡だ。
ただでさえ…今以て一護の霊圧は監視状態にあるというのに。
「…冗談に目くじら立てんなよ。何で俺がてめぇみたいに男に抱かれてよがんなきゃなんねぇんだよ。んっとにバカだなてめぇは」
「…うるさい」
本当に煩いと一護が睨むと今まで軽口を叩いていたのが嘘の様に白が真剣な顔に戻った。
「お前はな…、人を愛した事なんかねぇからあいつの気持ちがわかんねえんだよ」
およそ『愛』などと言う言葉から尤も無縁だろうと思っていた相手から言われて一護は驚いたように目を見開いた。
「お前…何言ってんだ」
「ああ?事実だろうが。他人を愛した事はおろか興味すらねえくせに」
「───!じゃあ、お前はあんのかよ!?」
売り言葉に買い言葉というようにその言葉を叩き付けた一護に、白はふうっとため息を付くと一護の瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。
「あるぜ」
さらりと言われた言葉に一護は一瞬混乱し、言葉を失った。
瞬きすら忘れて驚きのあまり白の顔を凝視する一護に、白はもう一度深いため息を付くとふんっと顎をしゃくった。
「──お前だよ」
「───は?」
「俺が愛してるのはお前だ、一護」
「………な……。何言ってんだお前…。ナルシストかお前は!」
「バカか。俺とてめぇは同じ魂を共有してる別人格だろうが。俺が愛してるのは俺じゃねぇ、お前だよ」
それこそ気の遠くなるほど長い事一緒にいるが、こいつがこんな風に静かに話す事ってあっただろうかと一護は不思議に思う。だが、自分の分身から愛していると言われて一体どう答えろというのか。
そもそも本気で言っているのだろうかと思い、一護はじっと相手を見据える。だが、予想に反してそこにはふざけた様子など微塵も感じられなかった。
「だから、てめぇは分かんねぇってんだよ。何で俺が好きこのんで好きでもねぇヤロウを抱かなきゃなんねえんだ。ちょっと考えたら分かるだろう普通。俺はお前のオナニーマシンか」
「ば……っ!何て事言うんだよっ!大体俺がいつ自分からお前に抱いてくれって言ったよ!?いっつもてめぇが無理矢理……」
「無理矢理にでも犯してぇ気持ちなんざお前には分からねぇだろっつってんだ。いいか、一護。お前が誰と、何人と寝ようと俺にはまったく関係ねぇし、てめぇの勝手にしろって思う。だがな、他の男の跡をこれ見よがしに見せつけられると流石の俺でも面白いもんじゃねぇんだ。お前と一番深い付き合いの俺ですらそうだ。だったら藍染があのクソガキに嫉妬すんのも当たり前だろうが。あいつはお前の部下になった事で、お前を抱いてる事で他の男とは違うって思ってんだよ。それがいきなり同じ立場がもう一人増えました、しかもガキです。なんて言われてみろ。流石にへこむだろ。しかも何だ、「てめーの感情なんか知らねえから自分で折り合い付けろ」って、よくまあそんな冷たい言葉言えたもんだな。ええ?一護」
立て板に水の如くにベラベラと話す白を見ながら一護はじっとその言葉に聞き入っていた。
今まで──一護にそんな風に人の感情を教えてくれた人間は居ない。たしかに口は悪いが言っている事は正しいのだろうと思う。だとしても、それが分かったからといって一護には藍染の気持ちに応える事などできないし、藍染が揺らぐからとギンを遠ざける気もない。
結局、状況は何一つ変わらないのだ。
「俺に……どうしろって言うんだよ…」
「……別に」
あれだけの事を言ったくせに、肝心な所で放り出すような事を言う。
その言葉に呆れ返って目を丸くした一護に、白はやれやれと言うように肩を竦める。
「お前が誰の事も愛せない奴だって知ってて惚れたのは向こうだ。そしてお前は甘い言葉の一つも掛けずに虜にしちまいやがったんだ。お前の言うようにこれはあいつ自身の問題だし、あいつが自分で折り合い付けるしかねぇよ。ただ……」
「ただ、……何だよ?」
珍しく口ごもる様子に一護が表情に怪訝を浮かべる。だが、口を開きかけたと思った瞬間、「いや…」と言う言葉と共にそれっきり口を閉ざしてしまった。
「なあ……」
「うるせえ。後は自分で考えろ。ここまで言ってやっただけでも出血大サービスだ」
「いや…。なあ、何でお前惚右介は『藍染』で、ギンの事は『クソガキ』なんだ?」
一護の質問に今度は白が目を丸くする。
「お前要の事も普通に『東仙』って呼ぶよな。別にギンは『ギン』でいいじゃん。『市丸』でもいいだろ。
そんなに気に入らねえのか?なんで?」
きょとんとしたまま不思議そうに言う一護に白はチッと舌打ちすると今まで添えていた手を乱暴に振り払いすたすたと歩き出した。
「え…!?おい!待てって!こらっ!」
「…気に入らねぇよ…」
玉座広間を出る扉を開けた瞬間、背後に上がる一護の怒声を聞きながら口の中でぼそりと呟いた。
そのまま怒鳴る一護を置いて回廊へと歩を進める。

───気に入らないに決まっている。
人を愛する事すら知らず、誰にも、何にも興味すらなかった一護───。
その身にに宿る闇と絶望だけが唯一、一護を動かす感情の全てだったのに───。
奇しくも一護自身が口に出していたではないか。
───気に入った───と。
藍染や東仙を部下にすると一護が決めた時、一護が思っていたのは「使えるか、使えないか」の二択だけだった。
そこに「気に入る」という感情など入る余地は微塵もなかった事は自分が一番よく知っている。
恐らく───、一護が初めて興味を持った相手。
初めて一護の感情が動いた相手なのだ。
それが例え子供だろうがなんだろうが、面白い訳がない。
一護自身に自覚はまるでないが、恐らく藍染はそれを敏感に感じ取っていたのだろう。
感情に振り回され、折り合いが付いていないのはむしろ一護の方だ。
自覚が無い分、それは一護の奥深くに澱のように溜まってゆく。
普段なら藍染の感情など気にするでもなくばっさりと切り捨てるくせに、心の奥で動揺していたのは一護自身に原因がある事をどこかで感じていたからだ。
そしてこの自分の事も───。
以前の一護ならば、自分の存在が一護に組み込まれる事に喜びこそすれ、戸惑う事など決してありえなかった筈だ。
一護は知らない──。この自分がこうして外に出る時は一護自身がが不安定な時なのだという事を。
勝手に呼びつけるといつも一護は言っているが、呼んでいるのは一護自身だという事を。



誰の事も愛せない一護。
誰もが想像しえない特殊な環境で育ったせいで、一護自身自分にそんな感情があるなどとは微塵も思っていない。
けれど───。一護が自分で思っているほど一護は冷淡な性格ではない。
確かに、自分の目的や仕事に関しては一護は淡々とそれを遂行する事だけしか考えない。
よしんば感情を挟む事があったとしても、それはあくまで他人の感情をどうコントロールするかという分析にしか過ぎず、そこに一護自身の感情が含まれる事など決してない。
けれど……。あの百戦錬磨の護廷の隊長格が揃いも揃って一護に惹かれるのは、一護の元々の本質が温かいものに包まれてる所以なのだ。
いくら表面を装ったとしても、人の感覚は鋭い。
今の一護には自分の目的以外に動く感情の欠片すらない。
けれど、それは一護が自分で課した枷なのだ。
優しく温かいものから殊更自分を遠ざけようとする一護の悲しい思い故なのだ。
そうでなければ、一護のあの暖かな太陽の様な笑みは生まれない。
その笑みに──この自分を含めて、どれほどの人間が惹きつけられているのか───。
恐らく、一護自身はそんな事は分かってはいまい。
自分はあくまで表面を装っているだけだと一護は思っている。
一護の心の奥底に封じ込められた、脆くて無垢な本当の一護───。
一護の感情が僅かに揺り動かされる時、その『一護』が目覚め、悲しみの悲鳴を上げる。
決して泣けない一護の代わりに、透明な涙を零し続ける。
忘れかけた優しさが、温かい感情が、溢れる術を知らずにただ涙を零し続ける。
自分が一護を犯すのは、何も肉欲だけではない。
死に直面する様な狂ったような快楽の中でしか、一護は自分自身を取り戻せない。
快楽で理性を麻痺させて、快感に噎び泣きながら漸く一護はほんの刹那一護自身を解放できるのだ。

「…あの、クソガキ………」

正直、一護がここまで脆くなっているとは予想外だ。
これまでも度々、一護の感情の波が僅かに揺らぐ度に自分は一護を抱いてきた。
抱いて、犯して、今の一護を壊すほどに激しく一護の望む快楽を与え───。
そしてそうする事で、一護の荒だった心は凪いでゆき、一時の安定を取り戻すのだ。
だが、これは────。


「───まあ、いいさ」
ふうっと大きくため息を吐く。
今回の事が一護自身の気持ちへと結びつくのはまだもう少し時間が掛かるだろう。
たとえそこに感情が芽生えようとも、一護の目的に対する芯がぶれなければそれでいい。
今の一護にとって、それだけが全てなのだ───。

だが───。
「あんな事まで言わせやがって……」
一護を愛しているなどと、決して口にする事はないと思っていたのに。
一護の変化に思いの外影響を受けているのかも知れない。
「だから気に入らねぇんだよ、あのクソガキ───」
チッと舌打ちしながら足早に一護の自室へと向かう。
────帰るまで目一杯犯してやる。


尸魂界への帰還までには、まだ今少し猶予があった。





 第四章 end

   
※第四章 今回は白一護様です。名前ないと面倒なんで、勝手に『白(ハク)』と命名。
まあ、ほら、名付けたの一護だから(笑) 改造魂魄で『コン』だし。
いや、この話にはコンはでてきませんけれど。ってか、私コン出した事ないや(笑)
なんだかこの話で、一番不幸なのはもしかして惚様!?
いっつも当て馬みたいに出しちゃってごめんなさいっ!!!
でも惚様と居る時の一護が、一番「黒」っぽくって書きやすいんだよーーーぅ。