久しぶりの振り子シリーズです。
お待たせ(?)致しました。ようやく三章あがりました(滝汗)
序章・藍染 本編・仔ギンです。


  刻の振り子 ── 第三章 序・藍染 ──



「──これを以て、三番隊第三席藍染惚右介を五番隊副隊長に任ずるものとする──」

三番隊隊首室に隣接した和室に隊長である一護とその副官、そして一護の正面にたった今任官状を受け取った藍染が座っていた。
「おめでとう、藍染くん。これで君も副隊長だな」
そう言って壮齢の三番隊の副官が笑った。
それに礼儀正しく笑みを返して、藍染は改めて一護に向き直った。
「黒崎隊長、今までご指導頂きありがとうございました」
そう言ってきっちりと頭を下げる。それに一護は軽く頷くと藍染に労いの言葉を掛けた。
「今まで本当によく尽くしてくれた、藍染三席……いや、もう藍染副隊長…だな」
にやりと悪戯っぽく笑うと仰々しかった儀礼の場がいつも通り和やかに変わった。
「正式な任官式もまだですよ、黒崎隊長。それまではまだ三番隊の三席です」
「なんだよ、三席から副隊長に上がるのがどれほど大変かお前も知ってるだろ?もう少し喜べよ」
そう笑いながら言う一護が、藍染が本当は三番隊を離れる事など少しも望んではいない事を誰よりも知っていた。
それでも、端からみれば藍染はこれで隊の重責を担う立場の一人として数えられる事になる。
それほど三席から副隊長への昇格は大きなものだった。
「正式な異動は一月後だ。それまでは、副隊長に付いて副官の仕事を覚えてくれ。…とは言ってもたぶんお前にとっては今までとあんまり変わらねえよ。うちではお前は三席というよりも、副官代理みたいなもんだったしな」
コキコキと首を鳴らしながら一護は足を崩して手元のお茶に手を伸ばす。
「あーあ、平子に安請け合いするんじゃなかったぜ。これからどうするよ、なあ副隊長」
「本当ですね…。藍染くんが抜けた穴は大きいですから…。うちも三席をどうするか考えないと…」
一護の言葉を受けて副官が思案気に呟いた。

藍染の任官状が届く日だという考慮があったせいなのか、いつもは忙しい三番隊も今日は通常よりも業務量が少なく、三人はうららかな午後の日差しを浴びながらのんびりとお茶を啜った。
庭に面した縁側から心地よい日差しと風が入ってくる。それにうっとりと目を細めながら一護はふと思い出したように隣の副官を振り仰いだ。
「あ、そうだ。のんびりしてる所悪いけど、副隊長、今日〆の書類爺さんトコに届けて貰えるかな。
んで、ついでに来週の業務日程打ち合わせてきてくれるとありがたい」
「はい。机の右側のやつですね?隊長も今日は久しぶりにのんびりなさって下さい」
「おう!悪いな。ついでに爺さん所でサボってきてもいいからな。どーせ茶飲み友達が欲しいに決まってんだからあの人」
「はい。では行ってまいります」
くすくすと笑いながら副官が席を立つ。するりと音もなく閉められた障子に足音が遠ざかるのを聞いてから、一護は藍染に視線を移した。
「なんだよ。浮かない顔だな」
にやりと笑いながら一護が言う。それに藍染は穏やかな笑みを浮かべたまま声だけに僅かに不機嫌さを乗せた。
「…当然でしょう…。これで本当に三番隊から離れる事になったのですからね」
「まあ、そう言うなって。たぶん楽しいぜ?五番隊も」
「…いいかげんな事を言わないで下さい…」
疲れたように零す藍染にくすくす笑いながら、一護はふと真顔になった。
「いや、たぶん本当に楽しいと思うぜ。…いよいよ動き出すって感じがな」
「───五番隊で…ですか?」
一護のその様子に藍染が声を潜めた。
長年ずっと水面下で準備し、時を待ち続けた。それが、もうすぐ一護の言う『時』が満ちるのだろうか。
「…実際にはまだ早いんだけどな。でも、それに向かってる感じしないか?
お前も漸く巣立ってく事だし」
「…ああ…そういう意味ですか…」
なんだ、というように藍染はむっつりと手元の茶を啜る。他人にはいつも穏やかで沈着な藍染だが、一護に対してだけは時折酷く人間くさい感情を露わにする。
必要以上に馴れ合うのは一護の趣味ではないが、それでも長年共に連れ立ってきた腹心の部下の僅かな甘えすら許さないと糾弾するつもりも一護にはなかった。
「…で、副隊長も言ってましたけど…、結局三席はどうするんです?」
「ん〜、それなんだよなぁ…。まあ順当に四席から一つずつ繰り上げかな、当分は。まあうちは結構仕事出来る奴が揃ってるからなんとかなるだろ。さすがに今までみたいには行かないだろうけどな」
そう言って一護がため息を落とす。その様子に藍染がくすりと笑みを零した。
「そんな風に惜しんで下さるとありがたいですね、黒崎隊長。僕も少しは役に立つ人間だったような気がしますよ」
「なに厭味言ってんだよ。言っとくけど…平子の所じゃなきゃ、まだ当分お前を出す気はなかったんだよ俺は」
「そうですか」
「前にも言ったけど…、あいつは鋭い。あいつが何でお前を訝しんでるか分かるか?」
不意に核心を突く問いに、藍染は思案気に眉を寄せた。
「さあ…。まあ信用などされていないのは丸わかりですが…。さすがに何故だと聞かれると、自分の事は見えにくいですね…」
「優秀だからだよ」
「優秀だから…ですか?」
一護の言葉を鸚鵡返しに呟く。優秀だから怪しいと言われても、それはもうどうしようもない。
「お前に卒がなさ過ぎるんだよ、たぶん。あいつは中身はかなり辛辣だけど表面上は人間くさいだろ酷く」
「ええ…」
「あいつの性格は昔から知ってっけど…、平子はな、欠点が見つからない奴は徹底的に信用できないんだよ。たぶん嘘臭く感じるんだ。全てが。まあそう言う意味で言えば大当たりなんだけどな。
お前も作る仮面にはほんの少し欠点混ぜとけ。たとえば…眼鏡とったら暴れ出すとか」
「どういう欠点ですか。ほとんど人格崩壊ですよそれは」
呆れたように言う藍染に一護は胡座をかいて後ろ手をついた姿勢のまま、目の奥に強いものを滲ませた。
「いいか、お前の事だから心配はしてないが…。決して油断はするな。お前は完璧を求めるあまりやりすぎる傾向にある。その事だけは心に留めておけ」
「──はい」
「ま、嫌な話はここまでだ。惚右介、お茶おかわり」
「…かしこまりました。一護様」
「…もう一回この場で言ったら、殺す」
本気とも冗談とも付かない台詞を吐く一護に、藍染は呆れたように返す。
「──私の『惚右介』はいいんですか…」
それをわざと聞こえないふりをして一護は日向ぼっこをする猫のようにぼんやりと庭を眺めていた。


「そう言えば、以前言っていた『面白い子』とやらはどうなったんですか?」
ぼんやりと庭を眺めて藍染が入れたお茶を啜りながらそう聞かれた一護は、不思議そうに藍染を見返した。
「どう…しました?」
一護の様子に藍染もまた不思議そうに問いかける。
「いや…。お前その話題出されるの嫌かと思ってたんだけど」
気遣うような一護の台詞に藍染は苦笑を零す。
「ああ…。いえ、あの時は色々重なっていたので…。あれから会えたんですか?その子供に」
「いや、っていうか流魂街まで行く暇なかったしな。…久しぶりに行ってみるか」
ふと思い立ったように一護が言う。
「え?今からですか?」
「思い立ったらって言うだろ?どうせ今日は暇なんだし、お前が居るうちじゃないと早々時間も取れなくなるし」
「僕も会ってみたいですね、その子供に」
藍染の言葉に一護はほんの少し迷うような表情を見せた。そして、次の瞬間、すっぱりと藍染の申し出を切り捨てる。
「だめだ」
「駄目、ですか」
「まだお前に会わすのは早ぇよ。…絶対突っかかる」
「その子が…ですか」
「お前も」
「は?僕が、子供に…ですか?」
一護の言葉に心外だというように藍染が目を丸くする。だがそれに対して一護は膠もなかった。
「お前俺に関する事だと冷静でいられないじゃん。しかも相手が子供だと舐めて掛かったら絶対むかつくよお前。あいつ、結構ズバズバ核心突いてくるから」
「一体どんな子なんですか?」
「ん〜、どんなって…。ああ、ある意味お前とはいいコンビになりそう」
ぽんっと手を叩く一護に、藍染は顔を顰める。
「いいコンビ?」
「そ、狐と狸」
「…勘弁して下さい…」
狸、の所で思いっきり一護から指差された藍染が、がっくりと肩を落とした。




   



※ 続きます。結構長くなったので、ぶった切り(得意技v) 次はいよいよギンです。
それにしてもこのシリーズ惚様始まりが多いなぁ…。
もうこのシリーズに於いて、キングオブ当て馬!(なんて可哀想な命名…)になりつつあります、彼。