「ん…」 なにかに引き戻されるようにふっと意識が上がってくる 薄暗い部屋の中、なにか柔らかいものの上に寝ているのを感じる ぼんやりとした意識で辺りを見渡せば、見覚えのない部屋が目に映った …どこだ…?ここ… そして、自分が今ベッドに寝かされていると言うことに気づくと、反射的に跳ね起きる 部屋の一画を占める大きなキングサイズのベッド 「まさか…」 その所有者に思い当たる人物を脳裏に浮かべて、一護はまさかという思いで顔をしかめた そして、おもむろに今自分の置かれている事の経緯を思い出す まずい… 一刻も早く帰らなければ、と思う 自分の記憶に間違いがなければ、この部屋は市丸の部屋に違いなかった そして、それを確信できるのが、酔いつぶれた記憶ともう一つこのキングサイズのベッドだという事に 一護は情けなさで一杯になった 幾度となく抱かれ、繋がり合った場所 抱き合うのにも眠るのにも、大きい方がいいと言って寝室の大半を占めていたベッド あの時の物とは当然違うのは分かってはいても、今ここで市丸が毎日眠っているのかと思うと それだけでこの場から逃げ出したくなる とりあえず少し眠ったせいか、頭の痛みはないし、胸のむかつきも収まっている 今が何時なのかわからないが、最悪終電がなくてもこの状態ならタクシーに乗りさえすれば家に帰れる とベッドを降りようとしたその時、気配を察したのか寝室のドアが開けられた 「おや、起きたん?大丈夫か?」 やっぱり、一護が思ったとおり顔を出したのは市丸だった 本当は顔を合わせずに帰りたかったのだが、介抱された上にベッドまで借りたのだ さすがに礼を欠くほど子供ではない さっさと礼だけを述べて帰ろうと、一護は市丸に頭を下げた 「悪かったな…迷惑かけて… もう、大丈夫だから、帰るよ」 そう言ってベッドを降りようとした一護を市丸が強い力で押しとどめた 「なに…っ!」 なにするんだというように睨み付ければ、市丸は腕の力を緩めないまま無表情で言い放つ 「まだ、あかん」 その有無を言わさぬ言い方に、一護がかみつく 「なんだよ!離せっ!帰るんだからよっ!」 そんな一護の剣幕など何処吹く風の市丸は空いた手で持っていたペットボトルを差し出す 「とりあえず、落ち着いてお水飲み」 「いらねえっ!」 こんな所で悠長に水なんて飲んでいる場合ではない 水なんて帰りに自販機で飲めるし、とにかく一刻も早くこの部屋から出ていきたいのだ これ以上この男と同じ部屋に居たくない これ以上一緒に居たら、自分に自信がないのだ だが、そんな一護の抵抗を封じるように市丸の空気がヒヤリと冷たいものを纏う 「………ギ…ン……」 こくりと一護の喉が鳴り、市丸を押しのけようとしていた手が震えを帯びる こんな空気を纏った市丸に逆らう事が、後でどれほどの目に遭うかを一護は経験上嫌と言うほど 分かっていた なんだって言うんだよ… 久しぶりに触れる市丸の冷気 決して逆らうことを許さないそれは、怖ろしいほど恐くて、冷たい なぜ、今そんな空気を纏わなくてはいけないんだと、一護は思わず唇を噛んだ どうして、今更…… いくらゼミでの教え子とはいえ、彼は興味のないものには一切の関心を示さない どこで倒れようがのたれ死のうが一旦関係ないと見切ったものには眉一つ動かすような人間ではない たとえそれが昔の恋人であれなんであれ、彼は”今現在”興味がないものはどうでもいいのだ ほんの僅かな情なのか それとも彼にとっては面白い玩具としてなのか どういう意味かは分からないが、市丸が今一護になんらかの関心を持っている事は確かだ その事が今、たまらなく怖い …お願いだから…もう放っておいてくれ… 未だ残る僅かな酩酊感と困惑に一護の体から力が抜ける そんな一護の様子に抵抗が無くなった事を知ると、市丸はすっと何事も無かったように空気を和らげた そして、ベッドの縁に腰掛けると、ようやく掴んでいた腕を放した 「こんな状態で帰れる訳あらへんやろ いいから大人しゅうしとき」 まるで子供に言い含めるように言う 「大丈夫だ…って もうふらつかねえし… ちゃんと帰れる…」 「あかん 今日は泊まってき」 市丸のその言葉に、一護は思わず市丸を振り仰ぐ 「…冗談…じゃ…ねえよ」 なにを言ってるんだというような一護の口調に、市丸の柳眉が不機嫌そうに寄せられる 「なにが冗談や 聞き分け無いこと言わんと、ちゃんとボクの言う事聞き」 そう言って再び差し出されたペットボトルを一護は仕方なく受け取り、一気に飲み干した 思った以上に体が水分を必要としていたらしい 火照った臓腑に染み渡る冷たさが心地よかった 「……ギン……」 一護の様子をまるで観察するようにつぶさに見ていた市丸に、一護は居心地が悪そうに声をかける 「なに?」 視線を一護から逸らさないまま市丸はこれ以上の抵抗は聞かないというように短く言葉を切る だが、一護もそれに負ける訳にはいかなかった 第一、自分はもうあの頃の子供ではない 酔いつぶれる事くらいあるし、今よりもひどい状態で帰る事だってある それに…もう、自分は市丸の恋人でも何でもない 心配される義理のない赤の他人なのだ 「……帰る……」 短くそれだけを言う 「あかん」 対する市丸の返事も拒絶を吐く言葉だけ 「なんでだよ…」 あくまで一護を帰すまいとする市丸に、一護は泣きそうな思いで唇を噛む 「もう…関係ないだろ…俺たち… もう、勘弁してくれよ…ギン… 俺がお前の所に泊まれる訳ないだろ…?」 「思い出すから?」 そんな一護を見ながら市丸は笑みを浮かべて意地の悪い台詞を吐く その言葉に、もうどうにでもなれと一護はかみついた 「そうだよっ!もう、お前の事なんか思い出したくないんだよっ! だから、さっさと俺を帰しやがれ!!」 一護の言葉に市丸は尚も笑う 「ふうん…ボクと一緒にベッド居ると…ボクにさんざん抱かれたコト思い出すんや」 「ああ!そうだよっ!」 市丸の台詞にヤケクソのように一護が叫ぶ 「俺はもう、あんな思いは二度とゴメンだ!あんたに抱かれるのも…あんたのコトを考えるのもっ! もうこれ以上言わせんなよっ!!」 胸が苦しかった 市丸と同じ空間にいるというだけで、一護の胸が締め付けられる たのむからと…泣きそうな思いでそう告げたのに 市丸は相変わらず薄笑いを浮かべて一護を追い詰めるような台詞を吐く 「せやなぁ… ボクも一護ちゃんとこうして居ると思い出すわ… 一護ちゃんのカラダ」 「……なっ……っ!」 次第にセクシャルな雰囲気を漂わせながら一護に詰め寄る市丸に、 こいつはやっぱりそのつもりで泊まれと言ったのかと一護は目の前が暗くなる そして、市丸のその甘ったるいほどの声色に、忘れかけていた一護の官能が次第に呼び覚まされてゆく 「なあ…たまらんようになるやろ…? どんなにダメや思うても…もう、カラダが言うこと聞かへんのと違う?」 「…そんな訳あるかっ!」 市丸の台詞を振り切るように震える声を上げる 「意地張ってもなんもええことないで? 大体…一護ちゃんの身体ボクでしかイけへんようにしたんは、ボクやしなぁ」 「………っ!」 その言葉に、一護の体がぞくりと震えた 「忘れた訳やないやろ?自分の身体やもんなぁ ボクにさんざんイかせてくれ言うてせがんだんはどこの誰や? ボクの事欲しがってやらしい声で啼いとったんは誰やの?それと同じ口がなんで今更拒否吐くん?」 次々と突きつけられる昔の自分の姿 この男に教えられるままに啼き、身体を開き、普通では考えられないような快楽まで教え込まれた 確かに市丸の言うとおり、彼を求めてあられもない痴態をさらしていたのは一護自身だ だけど、それは…… 「そんなの…っ!全部、昔の話じゃねえかっっ!!」 愛していたから この男を愛していたから… だから、何もかも許せたのに もう、忘れかけていたのに… やっと、忘れられると思っていたのに なぜ、今更別れて何年も経つ人間にベッドの相手を求めるのか 悔しかった 悔しくて、悲しかった この5年間…自分が一体どんな思いをしてこの男を忘れようとしたと思っているのか それをまるで嘲笑うかのような台詞を吐く男 決して、この男の前では泣くまいと思っていたのに かみ締めた涙が堰を切ったように次々と溢れ出る 「…なんで泣くん… 一護ちゃん?」 「俺は…お前の…玩具じゃねえよ……」 絞り出すような一護の言葉に、市丸の目が見開かれる 一護が最も愛してやまなかった薄い氷河色の瞳 それを見た瞬間、一護の首に手が伸び、容赦ない力でベッドに押さえつけられた 「…ぐっ……っ ……ギ……っ!?」 「……なんやて…?」 ゆらりと、市丸から怒りのオーラが立ち上る 見えるはずもないそれがまるで視覚化されたように、市丸から青白い炎が揺らめき立つのを感じる 普段より低くなった声に市丸の怒りが知れる 「誰が、なんやて…?もう一度言うてみい、一護?」 「…ゲホッ……ゴホッ……っ」 わずかに緩められた力に、一護の喉がむせ返り、満足に声がでない 「誰が、いつ、一護の事を玩具言うたんや…?」 「…だ…って…っ ……ゴホッ……っ」 「ボクがいつ自分の恋人んこと玩具扱いした?あんだけ愛しとる言うたんに まだ、わからんの」 「……なん…だって……」 市丸の言葉に一護の目が驚愕に見開かれる 今、市丸は何と言った? 「……なにが…恋人だよ… 俺たち…とっくに別れたじゃねえか…」 「別れてなんかおらん」 「なんだって…」 「別れてへん そんなんは一護が勝手に思うてるだけや」 市丸の言葉に一護は訳が分からないと言うように市丸を見つめる それを一護の愛するアイスブルーの瞳で見返して、市丸はゆっくりと口角をつり上げる 「あん時…一護がボクと別れる言うんは聞いた でも、ボク何て言うた?忘れたとは言わさへんよ?」 「なにを……」 市丸の言葉にあの日の光景が甦る あの時───市丸との最後の夜 もう耐えられないと…… これ以上一緒にいたら壊れると…… だから、お願いだから解放してくれと言い続けた一護に、市丸は─── この男は渋々ながらもアメリカ行きを決めたのではなかったのか あの夜 これ以上ないほどすべてを貶められて 壮絶な快楽に狂わされて それでも、別れることなど許さないという市丸に、一護は決して首を縦には振らなかった その日を境に、市丸との連絡は途絶えて───後に人づてに彼が渡米したと聞いた 一護が知っている事実はそれだけだ 「ほんまに覚えてへんのやな… いいか一護、もう一度言うたるわ」 「………ギン……?」 「一護はボクのもんや あん時は…一護が限界や思うたから離したっただけや まあ…まだあん時は一護は子供やったし… あのまま…最後まで壊すんは、さすがに可哀想やったしな… やけど…言うたやろ ボクは一護と別れる気ぃなんか…一護をほんまに離す気なんかさらっさらないで」 「………な……」 そんな事、聞いた覚えなどない 大体、人が5年も離れて──しかも、音信不通の状態で、どうして元の鞘に戻れると思うのだ 「まあ…あん時の一護は、ほとんど正気飛んどったしな…覚えてへんのも仕方ないわ… せやけど、ほんまに離れられへんかったんは一護も同じちゃうん?」 「なに…言ってんだよ… 俺は……っ」 市丸の言葉に一護は違うというように強く頭を振る もう、何も聞きたくない なにも、知りたくない 本当に…本当に、忘れたいとずっと願っていたのに 別れて今まで──この男の事を忘れる事だけを考えて生きてきたのに─── なのに、市丸から突きつけられる言葉は、一護のそんな空しいとも言える努力を あっさりと否定するものだった 「この5年…ほんまにボクを忘れた事なんてないやろ、一度も」 「………っ!」 「別れられへんのは一護の方や 確かにあん時のボクは…一護の事を苦しめたかも知れへん それくらいの自覚はある 一護がそれに耐え切れんで、別れ話切り出したんも分かっとる まあ…確かにあん時の一護には荷が重かったやろうしな… やけどなぁ…一護 これだけは忘れたらあかんで…」 そういいながら、市丸は一護の唇をその細い親指でゆっくりとなぞる 「ボクに傷つけられる事に感じとったのは自分やろ…」 ぞくんと、一護の背に官能が駆け上がる 「……あ……」 ゆっくりと唇をなぞる指が一護の口腔に含ませられ まるで、口付けを交わすように舌の上をなぞり上顎へと這わされ思う存分蹂躙される 「ボクから傷つけられる度に狂うほど感じとったんは誰や?一護?」 「……ん…んっ……」 市丸の言葉に違うというようにゆるく首を振る けれど…… 久しぶりに与えられる市丸からの官能が次第に一護の理性を狂わせてゆく いつの間にか、市丸の一護への呼びかけが、『一護ちゃん』から『一護』へと変わっていた 幾度となく聞かされた呼びかけだった それは、日常から、二人の世界へと移行する合図 市丸が、たった一人一護の男に変わる瞬間 「……あ……ギ…ン……っ」 市丸の含まされた指が一護の劣情を煽る 慣らされた身体が全身でこの男を求め始める たった、指一本で──一護の思考がどろどろに溶かされる 「なあ一護…前にも言うた事あるよな… 一護はそういうのが好きなんやって…」 「…ちが…っ」 「違わへん… 自分でもちゃぁんと分かっとるやろ? 一護がほんまに耐えられへんかったんは、ボクの浮気なんかやない 傷つけられて悦んでる自分が恐なったんやろ…? せやけど…無駄やで 自分が愛する男から付けられる傷がどんなに甘いか…一護の身体も 心もよう知っとるはずや… ボクしか見えへんようになって…なにされても感じるようになるやろ? どんなに嫌や思うても…一護はそういう性質なんやって…教えたったやろ」 一護の唾液でぬるぬるになった親指がそろりと口腔から引き抜かれ、 口唇をゆっくりと愛撫するように親指を這わせ、再び中へと戻される 「……ふ……ぁ…っ」 「…欲しいやろ?」 市丸の誘うような声がとろりと一護の脳に侵入する 聞いてはダメだと思うのに…まるで催眠術にかかったかのように この男の声だけしか耳に入らなくなる 市丸の、情欲を滲ませた甘ったるい声色がたまらない 震える舌が与えられた指を欲しがり始める この指を思いっきり舐めしゃぶりたいと心が望む 被虐を煽るような市丸の言葉にすら……感じていた ゆっくりと耳から入る市丸の声に一護の脳がとろりと溶け出してゆく ずんっと腰が重くなり、身体の奥底が市丸を求めてじくじくと疼きだす 心のどこかではダメだと思うのに…この男が欲しくて堪らないという欲求が どうしても抑えきれない 心が…身体が…とろとろに溶かされて、どろどろに溺れてゆく 「もう…我慢できんひんなぁ…一護…?」 そう言って市丸が笑う ゆるく口角をつりあげて、一護の愛する氷の瞳が一護を捕らえる 市丸の声に、表情に、醸し出す情欲に…すべてに誘われる─── だめだ…もう… これ以上…我慢ができない… 身体も…心も…この男に犯されたくてたまらなくなる…… 我慢なんて……もう…できない…… ……欲しい…… 「……んん……っ」 市丸の言葉に、そうだと言うように一護は濡れた視線を絡める 溢れる唾液がゆるく開いた口元から滑り落ちる 許しを請うようにそろりと舌を這わせれば、市丸の口角がにぃっとつり上がる 「ええで…一護」 許しを吐く市丸の言葉に、僅かに残っていた一護の理性がぶっつりと切れた to be continue [NEXT] |
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※すいません、ホンド 一護ドMまっしぐらです まだもうちょっと続きます 続き…Hシーンばっかり… |
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