※久しぶりの極妻シリーズです。
たぶん、3〜4話で終わる予定。
前半はそうでもありませんが、後半だんだんと
血なまぐさくなっていきますので、流血注意でございます。



 ──天上の華 血の烙印 1──




「あー…疲れた。汗だくだぜ、ちきしょう」
道場の床にぺったりと座り込み、流れ落ちる汗をタオルで拭いながら、恋次が同様に隣で汗を拭く一護にぼやいた。
更木剣術道場──。一応一般にも門戸は開いているものの、今この場にいる人間は全て堅気の人間ではない。
それもそのはず、ここは『更木組』という極道一家の抱える道場であり、その門下生は悉くその組員と、縁の深い組の人間とで占められている。
たまに何を思ったか事情を知らない一般人が門を叩くこともあるのだが、やはり一月以上続いた者はいない。

この道場の師範代を任されている一角は、血の気は多い事は否めないが腕は確かだし教え方も上手い。
しかも仁義は心得ているので、決して堅気の人間に手を出すような真似はしない。
同じく師範として名を連ねている弓親も少々性格に難はあるが、物腰は柔らかく一見して極道には見えない。
だが、それでも何か感じ取ってしまうのか…、はたまた出入りしている人間に問題があるのか…。
やはり一月もするとみんな逃げるように去ってしまう。
その最大の原因は、たまに道場に訪れるこの組の組長である剣八なのだと一角も弓親も口を揃えて言う。
「あんなナリしていきなり入ってこられたんじゃ、誰だって逃げるよ」とは弓親の談。
一角も組の貴重な財源である道場なだけに、剣八の登場には毎回頭を痛めてはいるが、さすがに組長に対して
「来るな」とは言えないらしい。
まあ…そりゃ逃げるよな…と一護も思う。
かく言う一護も道場に姿を現した剣八から、手合わせしろ!と迫られた時には、地獄の番人かという迫力に思いっきり逃げ出したのだ。
剣八が極道と知っている一護でさえそうなら、普通の何も知らない一般人は、それこそ腰が抜けるほど恐い思いをしただろう。
恐らく一生分の恐怖を味わったんだろうなと一護は見知らぬ彼らに同情した。


一護のお披露目の席で妙に一角と馬が合った一護は、久しぶりに再会した恋次に誘われたのもあり、この道場に通う事になった。
元々空手をやっていたので、体を動かすのは好きだし気分転換にもなる。
市丸の家で毎日することもなく腐っていた一護にとってその誘いは渡りに船で、早速市丸に話を向けると、反対されるかと思いきや意外にあっさりと承諾された。
他の所ならいざ知らず、更木組の道場だからなのだろう。毎日家で暇を持て余している一護の様子に市丸自身も何か感じる所があったのか、相変わらず車での送迎付きという制約はついたものの、むしろ「行っておいで」と後押ししてくれた。
そして今、週に三日一護はこの道場に通っている。
そして、一護がいる日に合わせているのか、大学生である恋次も講義が終わると真っ直ぐに道場へとやってくる。
まるで高校の時のようにこうやって共に汗を流して他愛もない話で笑い合う。
お互いの状況を知った時には言葉もでない程驚いたが、計らずとも極道の『伴侶』となった一護と、極道である事を隠し続けていた恋次との間に、以前よりも互いに隠し立てすることなく付き合えるという気楽さが生まれたのも確かだった。

「おい、一護。帰りメシ食ってこうぜ」
上がった息が落ち着くのを待って、タオルを首に掛けながら恋次が一護に誘いをかけた。
「あー…。悪ぃ。今日はギンが早く帰ってこいって言うからさ…」
それに一護が若干済まなさそうに断りを入れると、途端に恋次が苦虫を噛み潰したような表情を向けた。
「…ったく。また市丸組長かよ…。なんだってお前あんな奴と…」
面白くなさそうに吐き捨てる恋次に、一護はまたかというように肩を竦めた。
「うるせえな。つーか恋次。それギンの前じゃ言えねぇくせに」
「ば…っ!バカ言うな!そんな事言ったら俺が殺されるだろーがっ!」
一護の言葉に何て事言うんだというように、顔を青ざめさせて恋次ががなり立てた。
上下関係が殊更厳しいこの世界で、市丸に対して堂々と"あんな奴"呼ばわりできる人間など居る訳がない。
直接本人の耳に入る事も怖ろしいが、その側近であるイヅルの耳に入ればどんな仕打ちが待っているか想像するだけで怖ろしい。
下手したら指の一本くらいは軽く持っていかれるに違いない。
「だからって毎回俺に言うんじゃねえよ。自分の事は棚に上げて何言ってんだか」
呆れた様に言う一護に再び恋次の眦が上がった。
「俺はいいんだよっ!ったく、ちょっと目ェ離した隙に極道なんかと付き合いやがって。てめーは堅気なんだから大人しく堅気の人間と付き合えばいいんだよっ!」
一護のお披露目の席で散々な目に遭ったにも拘わらず、恋次は懲りずに同じ言葉を繰り返した。
尤も少しは応えてはいるのか、その言葉を向けるのは一護だけに限られていた。
「だから…っ!それは何度も説明しただろうがっ!俺は別にギンが極道だから付き合ってる訳じゃねえっての!たまたま相手がそうだったっつってんだろーが!何度も同じ事言わせんな!」
「どっかの極妻みたいな台詞言ってんじゃねえよっ!」
結局、恋次とはいつもこれで言い合いになる。
元々一本気な恋次と市丸とでは馬も反りも合わないのは分かるが、一護にとっては恋次は大事な親友であることには変わりないし、市丸は大事な恋人だ。
恋次が一護の身を案じて言っているのは分かってはいるが、いい加減認めて欲しい。
認めてくれないのなら、諦めろと思う。
「ったく、何が良くてあんな奴なんか…」
ぶつぶつと零す恋次に一護が醒めた視線を向ける。
「もう…いいかげんにしろって。お前がどう言おうと無駄。──無理。ギンと別れるつもりなんかこれっぽっちもねぇから文句言うだけムダ」
あんまりこんな事は言いたくないが、黙らせるにはこれが一番だろうと一護はしれっと惚気る。
その台詞に、案の定恋次はむっつりと眉を寄せた。
「…惚気てんじゃねえよ、テメェ…」
「ふふん。悔しかったらテメーもカノジョくらいつくれば?」
「うるせぇ!大体テメェに居るのは彼女じゃなくて彼氏だろーが!」
うわっ、やぶ蛇。と一護は天を向く。諫めるつもりがまた煽ってしまったらしい。
「大体なんで市丸組長なんだよ…。よりにもよって、あの『親殺し』を……」
「……え…?」
するっと恋次の口を吐いて出た言葉に、一護は思わず恋次を振り返った。

「なに…。何だって…?恋次、今なんつった?」
一護の言葉に恋次が一瞬しまったという顔をする。そして、バツが悪そうに一護から視線を背けるとぼそりと言った。
「やべ…。知らなかったのかよ…」
恋次の呟くような声を拾った一護が再び恋次に詰め寄る。
「なんだよ?どういう事だ?今…親殺しって…」
詰め寄る一護に恋次がきゅっと口を引き結ぶ。だが、その表情から不味いことを言ったというのがありありと出ていた。
「…悪ぃ。帰るわ、俺」
これ以上誤魔化しきれないのか、そう言って恋次が立ち上がり呆然とする一護を置いてさっさと道場を出て行く。
その背を呆然と見送りながら、一護は思わず背後にいた一角を振り返った。
「…一角…」
打ち合いが終わり、しんと静まりかえった道場に今の二人の会話はまる聞こえだっただろう。
「今のって…」
説明を求めるように呟く一護に、一角が「あのバカ…」と吐き捨てた。
だがそれ以上話す事をよしとしないのか、一角も眉間に皺を寄せて黙り込む。
その重苦しい雰囲気を壊すように、からりとした声が響いた。
「有名な話だよ。この世界じゃあね」
「弓親!」
そう言いながら近づいてきた弓親に一角の声が飛ぶ。だが弓親は、一護に視線を向けたまま一角に向かって言った。
「どうせ聞いた以上聞かなかったふりできないだろう。まあ恋次もバカだけど、恋次が言わなくったってそのうち誰からか耳に入るんじゃない?」
そう言って一護の隣に腰を下ろす。そうして一護の目をじっと見つめたまま「聞く?」と確認する。
それにこっくりと頷いて一護は立ったままの一角を見上げた。
「ったく…阿散井のバカが…」
諦めたようにため息を吐きながら、一角もまた腰を下ろした。


「噂だよ…。昔からまことしやかに囁かれてるこの界隈のな」
そう前置きをして話はじめた一角に一護の眉間の皺が深くなった。
「…昔?」
「ああ…。俺や弓親がまだこの世界に入る前だ。市丸組長がガキの頃、実の親を斬り殺したってな」
「ガキの頃…?」
その言葉に一護は、以前乱菊から聞いた話を思い出していた。

現市丸一家の総長は二代目である元柳斎。そして、市丸がその三代目。元柳斎の曾孫である市丸が『三代目』だと言う事に疑問を抱いた一護に、市丸の祖父は堅気に──そして両親はすでに鬼籍に入っていると言いにくそうに言った乱菊。なにか事情があるのかとその時も思ったが、まさか、こんな事だったとは。
親殺し──。自分の親を、その手に掛ける。それがどういう事なのか、一護には想像がつかない。
驚き目を見張る一護に、一角が静かに言った。
「お前が驚くのも無理はねえ…。俺達もな、極道は"切った張ったの世界"だって言われてるが、実際に血を見た奴のほうが今は少ねぇんだ。昔はそれこそ出入りだなんだってドンパチやらかしてたけど、今じゃほとんどが上の方の取り引きで片付いちまうしな。実際にそんな体験してんのなんて…うちの組長ぐらいだ。あの人が──市丸組長が若い連中から畏れられてるのはそういう理由もあるんだよ」
その一角の言葉を引き取るように弓親が続けた。
「うん…。でもね、一護。それが真実かどうかなんて僕らにも分からないんだよ。実際市丸組長のご両親は病死だって事に公式ではなってるみたいだし。ただ……」
「ただ、何だよ」
訳がわからないと言うように弓親の言葉を待つ一護に、弓親がちらりと一角に視線を向ける。
それに仕方ないというように一角が口を開いた。
「あのな、一護。この世界じゃ箔付ける為の噂なんざいくらでもあるんだ。どっかの組潰しただの、何人殺っただの、な。まあ、あの人がそんな箔付けするとは思えねぇんだが、それで上手く収まってる部分もある事は事実だ」
「どういう…事だ…?」
「市丸組長が一家の三代目継ぐって事は知ってるよね?でもさ、それって結構おおごとな事だと思わない?」
一角の言葉に首を傾げた一護に、弓親が言う。それに再び一角が口を開き説明を始めた。
「極道ってのはある意味実力世界なんだよ。血族だからっておいそれと組の代紋譲る訳じゃねえんだ。市丸一家ってのはこの世界に於いてはトップと言っても過言じゃねぇ。確かにあの人はそれ相当の人間だってのは認めるが、それに反対してた人間だって…もちろんいたんだ」
「特に…古くから居た幹部なんかはね。だって市丸組長が組の跡目として迎え入れられたのってまだほんの子供の時だったんだよ。そりゃ反対もするよね。いくら才覚があるからって総長が認めたとしても、まだどう育つか分からない子供に一家預けるんだから。それがいくら未来の事でも幹部は納得できなかったと思うよ」
「俺らもな、詳しいことは何も知らねえんだ。もちろんポロッと言っちまった阿散井もな。ただ、噂として流れてる事だけを言えば、市丸組長がガキの頃、当時一家の幹部だった実の親を斬り殺して内部抗争を食い止めたって事なんだ」
「内部…抗争?」
「うん。その当時の事は僕らは知らないんだけどね。表沙汰にはならなかったけど、どうやら一時期抗争に発展しかかってたらしいんだ。で、その抗争に彼の親が一枚噛んでたって話。結局、市丸組長が自ら自分の親を手に掛けてそれを沈めたっていうのが僕らが知ってる『噂』だよ」
「まだ十になるかならねぇかのガキが組織の分裂防いだんだ。それがどんなに凄ぇ事かはわかるか?市丸一家ってのは巨大組織だ。一度綻びが出りゃ次々と新たな抗争が起こる。そうなりゃ組潰したがってる当局や他の組なんかがこれ幸いと乗り出してくるのは目に見えてる。いくら総長の力が絶大でもそこまで行っちゃあ止めようがねえ。……結局、その事があってあの人が跡目継ぐ事に誰も文句は言えなくなっちまったんだ。要するにあの人は、僅か十で幹部連中を実力で黙らせたんだよ」
二人から交互に語られる言葉を、一護は一言も聞き漏らさないようにじっと聞き入っていた。
「まあ…何でその時総長自ら動かなかったのかとか、言い出したらキリはないんだけどね。全て水面下で起こった話だし……抗争自体がどこまで進んでたのか、本当だったのかもよく分からないし…。でも、市丸組長が一家を救った『恩人』だってのは西の大幹部辺りじゃ定説になってるけどね。だから、嘘とも本当ともつかない『まことしやか』ってやつなんだよ。結局、表では病死として処理されたし、本家での出来事だったらしいからあくまで噂レベルなんだけど…。
──東の人間で事実知ってる人間って…いたっけ?」
そう言って弓親が一角に視線を投げる。それに頬杖をつきながら一角が記憶を辿る。
「…乱菊さんもその頃にはもうこっちに来てたって話だしな…。あとは…吉良…か。でもそれこそあいつはまだ子供だったろ。──ああ、藍染組長がいたな」
「藍染さん?」
「ああ、あの人が市丸組長の教育係だったのは知ってるだろ?まだその頃には本家に居たはずだぜ」
「そうか…」
「一護。あくまで僕らが知ってるのは『噂』にしか過ぎないよ。真実は市丸組長しかわからないと思う。──たとえそれが嘘でも──本当でも」
市丸の過去を唐突に知らされた一護を気遣うように弓親が言う。
極道ならいざ知らず、堅気の人間である一護には正直荷が勝ちすぎる話だろうと一角も弓親も思っていた。
その二人の心配そうな表情に、一護は大丈夫だと言うようにこくりと頷いた。
「…うん…。わかってる。──ありがとな、一角、弓親さんも。言いにくい事話してくれて」
「いいよ。下手に下っ端の訳わかんない奴から聞くよりも何倍もマシ。あいつらの話尾ひれ付き過ぎて酷いことになってるし」
「どんなだよ…」
重苦しい場を振り切るようにからりと軽口を叩き始めた二人の話を聞くとは無しに聞きながら、一護は今聞いた話をじっと胸の内で噛みしめていた。


内部抗争、組織の分裂、跡目争い。その中で起こった両親の死亡。
ただの噂だと言いながら、かなりの具体性を持ったその話。
何が本当でなにが嘘か、彼らの話だけでは一護には判断できない。
───ギン……。
初めて会った時に触れた、市丸の殺気を思い出す。
極道だと知った時、もしかして本当に一人や二人は殺ってるんじゃないかと冗談半分に考えもした。
人の命が容易く遣り取りされる世界。
そこに自身が身を置く事になった時、一護自身も覚悟は決めたはずだ。
だが、今は、そんなものは覚悟でもなんでもなかったのだと思い知る。
わかっていなかっただけだ、何も。
「………ギン……」
屋敷に向かう車の中で、一護はずっと市丸の事だけを考えていた。




「あっきれた。それで、言うだけ言い捨てて逃亡してきたって訳ぇ〜?」
「…そう言わないで下さいよっ!…つーか、乱菊さん…俺どーしたらイイんすか……」
「売り言葉に買い言葉で、『禁忌』口に出したのはアンタでしょ。知らないわよ」
カウンターの隅で、グダグダと女々しい泣き言を言いながらすがってきた恋次を乱菊は一蹴した。
開店と同時に店に姿を現した恋次は、決して安いとはいえない酒を浴びるように飲んで、時折ガシガシと頭を掻きむしっていた。
面倒なのと、他の客相手で忙しかった乱菊は、とりあえず放っておいたが、一向に浮上する様子もない恋次に痺れを切らして話を聞いてみる事にしたのだが…。恋次から放り投げられた言葉は、乱菊の予想のナナメ上を越えていた。
乱菊の言葉に「そうっすよね…」と頷きながらも、目の前の恋次はどんどんと落ち込んでいく。
そして、しばらく黙っていたかと思うと、とんでもない事を口にし始めた。
「…こうなったからには、指の一本でも届けるのが筋ってもんですよね…」
自分で言いながら、うんうんと頷く恋次に、乱菊は呆れかえったように言った。
「はぁ!?アンタ本当の、バカ!?そんな事したら、一護がどう思うのか考えなさいよ!」
「でも、これがバレたら市丸組長、絶対怒りますって!極道には極道としてのケジメってもんが…」
「あーーー!もうっ!極道って言えばなんでも通ると思ってたら大間違いよ、このバカ!ケジメはケジメとして、あんたのキタナイ指なんかもらったって誰も嬉しくなんかないわよ」
「でも俺…どうしたら……」
そう言って再び俯いた恋次に、乱菊はヤレヤレと肩を竦めた。
確かに、つるっと口を滑らせた恋次も悪い。だが問題は、そういういつ他人から入るか解らない噂の元を、いつまでも一護に話そうとしない市丸の態度なのだと乱菊は思っていた。
たぶん、これは良い機会なのだ。
本家でお披露目まで済ませ、名実共に市丸の家に入る事になった一護と、それを守り支えていこうとする市丸…その両方への覚悟。
市丸の過去を知らないまま、彼を愛した一護。今の彼を見る限り、それが微塵も揺らぐ事はないように見える。
でも…、この事を知ってまでもそう言い切れるのか、乱菊には読み切れなかった。
それはきっと、市丸自身もそう思っているのだろう。
きっと、ここが二人の正念場だ。
甘い恋愛気分に、冷や水を浴びせかけられるほどの過去。
それを乗り越えるのか、そこで切れるのか。あとは二人の問題でしかない。
「…アンタのせいっちゃせいだけど、元はと言えば悪いのはギンよ。あいつが一護に話してなかったんなら、この先どうなっても、それは自業自得でしかないわ。それでアンタに八つ当たりするほど、ギンはバカでも狭量でもないわよ」
落ち込みながらテーブルにつっぷした恋次の赤い頭を乱菊はポンポンと叩いた。
今ここで、少しでも引っ張り上げて置かなければ、この単細胞は何をするか解ったものではない。
「いい?一護の事考えるんなら、指詰めるなんてバカなマネするんじゃないわよ。そんな事したら、一護がどれほど怒るか…悲しむか…親友のアンタだったら解るでしょう?あとは、あの二人の問題なんだから」
「………っス」
まったく、世話のやける…と思いながら、もう一つだけお節介やいておくか…と、乱菊はまた一つ肩を竦めた。



「どないしたん?食進んでへんようやけど」
「え…?なんでもねぇよ」
市丸から指摘されて、一護は慌てて目の前の皿から肉を一切れ口に放りこみ、ご飯を掻き込んだ。
道場から帰ってきて市丸と顔を合わるのがなんとなく気まずかった一護は、なんのかんのと理由をつけて、市丸と二人になるのを避けていた。
だが、食事の場だけは顔を合わせない訳にはいかなかった。
市丸が家に居れば当然のように二人で食事を取るし、食べたくないなどといえば心配されるのは解りきっている。

あれから、一護の思考はずっと一角達から聞いた『噂』で占められていた。
市丸の手前、なんども頭から振り切ろうとしたけれど、意識すればするほど、どうしても思考はそこへと戻ってしまう。
そして、いつも通りに振る舞おうとすればするほど、自分の態度がぎこちないものになってしまう事が自分で一番情けなかった。
人よりも聡い市丸は、もうとっくに一護のそんな態度に気づいているだろうに、いつもと変わらずに一護に接してくる。
それが有り難いやら申し訳ないやら…で、益々一護はふさぎがちになる。
いつもの自分であれば、聞きたければ直接聞くし、グジグジと考えるくらなら当たって砕ける方を選ぶ。
だが、単なる噂話として話題にするには、この話はあまりにも重すぎた。
弓親の言うように、嘘でも本当でも、真実は市丸しか知らない。
それは解ってはいるけれど……。
本当にどうしようと、グルグルしたまま一護は機械的に箸を運んだ。

「ホンマ、どないしたん一護。なんぞあった?」
問いかけてくる市丸は優しい。それを心苦しく思いながら、一護はなんでもないと首を振った。
「なんか…今日はちょっと疲れちまって…」
体が辛い訳ではなかったが、たぶん精神的に疲れている。
なんの前触れもなく急に飛び込んできた話に、平気なふりをしていてもやはり自分は混乱しているのだろうと思う。
「…ごめん、俺もうメシはいいや。ごちそうさま」
そう言って一護はぱたりと箸を置いた。
次の瞬間、するりと額に当てられた手に驚いて顔を上げると、眉根を寄せて神妙な顔をした市丸の表情とぶつかった。
「うん、熱はないみたいやな。なんや、シゴかれでもしたん?」
「ん…まあ…そんなトコ…」
ごまかすようにそう笑う一護に、市丸は「さよか」とそれ以上突っ込んではこなかった。
いつもであれば、この後は二人の時間がやってくる。
市丸には悪いが、今日だけは一人になりたかった。
触れられればきっと、この混乱した頭のまま市丸にぶつけてしまう。
それだけは何としても避けたかった。
「ギン…あの……」
上手い言い訳などなにも思いつかず一護はモゴモゴと言葉を濁した。
ただ一人になりたいと言うには気が引けるし、それでは余計に心配を掛けてしまうだけだ。
次の言葉が出ないまま、訴えかけるような眼差しで市丸を見上げた一護に、市丸は労るように優しい声を掛けてきた。
「ええよ、ボクん事は気にせんと。ゆっくりおやすみ」
「うん……」
すまないと思いながらも、そう言われてほっと肩の力が抜けた一護は、そのままふらふらと自室へと足を運んだ。



一護が先に寝室に引き取ってから、市丸はぼんやりとリビングで酒を傾けていた。
気が付くと時刻はもう真夜中を回っていた。きっと今頃は一護も夢の中だろう。


一護の様子があきらかにおかしいのは一目で解った。食事の席でそれとなく聞いてはみたが一護は頑なに口を閉ざしたままだった。
何かあったのは確かだろうが、だからと言って一々一護に問い質す訳にもいかない。
ここは周りから攻めるべきか…と考えるともなく考えていた市丸の携帯に着信があったのは、一護が部屋に行ってすぐの事だった。
電話の相手は乱菊だった。
そこでようやく、なぜ一護の様子がおかしかったのか、市丸は理解したのだ。


『だからね、まあ恋次もかなり反省して…ってか落ち込みまくって鬱陶しいし、アンタ指なんていらないでしょ。まあ、
一護も今は混乱してるだろうから、しばらくはそっとしといてあげなさいよ。ただでさえ、カレシが極道なんてフツーの子にはありえない程負担になるんだから。…って、ちょっと、聞いてるの?』
『聞いてるで』
相も変わらず騒がしい女や…と些か眉を顰めながら、市丸は生返事を返した。
それに乱菊は畳みかけるように、今度は説教モードに入った。
『大体ねぇ、アンタが最初っからちゃんと話してればよかったのよ。大事な事になるほど自分一人で抱え込んで何も話さないってのは、昔っからのアンタの悪い癖だけど、一護にだけはもうそれは通じないわよ。それ解ってて側にいるんでしょう?誰かと一緒に生きようと思ったら、『自分だけ』じゃすまされないって事、アンタももういい加減解ってもいい頃だと思うわよ』
『相変わらず説教好きやな、お前は…』
それくらい言われなくとも解っていると言いたかったが、どうせ言っても言わなくても自分の気が済むまで喋る事には変わりない。
取り敢えず、喋りたいだけ喋らせるというのが、昔から乱菊を相手にした時の一番早い回避方法だった。
そうして、次の言葉を待っていると、ふいに乱菊から沈黙が落ちた。そして。
『……大丈夫よ、一護は』
いつもより若干低めのトーンで、乱菊がきっぱりとそう言った。
『万人には決して受け入れられる事じゃないわ。アンタだってそう思ったから、今まで話せなかったんでしょう。確かに今、一護は混乱してると思うわ。当たり前よ、そんなの。でも…一護は…絶対にアンタからは離れない。あたしはそう思うわよ』
『お前の見立てが当てになるかいな』
茶化すようにそう言えば、いつもなら応戦してくるであろう乱菊は、変わらず静かなトーンで言った。
『ねえ…。よければあたしから話すわよ?アンタも自分からじゃ言いにくいでしょう?恋次の話じゃ、道場にそのまま置いてきたっていうから、たぶん後のフォローは一角か弓親がやってるとは思うのよね。でも、それも結局噂程度の話しかできないと思うのよ。だから……』
そう言った乱菊の言葉を、市丸はバッサリと斬り捨てた。
『お前かて、”噂”程度でしか知らんやろ』
その市丸の言葉に乱菊が絶句し、息を呑むのが解った。
『あの日……あの夜、何があったか…あん時すでにこっちに居ったお前は、なんも知らんはずや。お前が知ったつもりになっとるんは、後で人づてに聞いた話でしかないやろ』
そう──。あの時の事は、ほんの極一部の人間しか知らない。それですら、実際に何があったのか知る人間など一人も居ない。
この自分でさえ、解らないというのに。
表に出た『事実』。隠された『真実』。そんなものに意味などない。
あの夜の事を、正しく理解した人間など、この世に誰一人として居はしない。
それでも……それを目撃した人間が身近に居る事もまた事実だった。
『オマエが一護に話せるんは、所詮人から聞いた伝聞だけや。まあ…それでも首突っ込みたいいうんなら、一護が聞いて来たとき好きに話たらええわ』
そう言って、市丸は徐に通話を終えた。


乱菊との会話を思い出して、市丸は深くため息を吐いた。
いずれ…一護には話そうと思っていた。
だが、そのうち…そのうちに…と思っているうちに、結局、自分から告げる前にこうして一護の耳に入ってしまった。
あの事件の事は、極道なら誰もが知っている噂話だ。
当の市丸の預かり知らぬ所で『武勇伝』として話だけが一人歩きしている状態で、この世界にいればいつ何時一護の耳に入ってもおかしくはない状況だった。
今回、恋次の口からそれを聞かされたのは予想外だったとしても、決してあり得ない事ではない。
むしろ、そのフォローで一角や弓親から話を聞いたというのであれば、まだマシだったと言わざるを得ない。
いつも、最悪の事態を考えて動くクセがついていたはずなのに、一護の事となると、どうしても感情が先に立って判断が鈍りがちだと、市丸は自分の甘さに嫌悪感を覚えた。

「…なにが…話そうと思うてたや……」
表面の自分の意識に、そう吐き捨てる。
自己弁護もいいところだ。
本当は…一護にだけは知られたくなかった。
こんな自分を愛し、信頼し、全てを預けてくれている一護のあの瞳に、嫌悪の表情が浮かぶのを見たくなかっただけではないか。
あの時の事を、市丸自身後悔した事など、一度もない。
それどころか、なんの感情すら沸いてはこなかった。──今でも。
道ばたを歩く虫を踏みつぶしたところで、それに感情が動く人間など一人もいない。
市丸にとって、あの時の事はそれと同じで、殊更思い返す価値すらない出来事だった。
だが…、きっと一護は違う。
そう思ったからこそ、今まで話す事を躊躇していたのだ。


部屋に備え付けられた電話を取って、内線で相手を呼び出すと、しばらくしてノックの音が聞こえた。
「お呼びですか」
「ああ…。入り、イヅル」
夜中に呼び出したにも係わらず、いつもの様にきっちりと身仕舞いを正し、一礼して部屋に入るイヅルに、市丸は珍しく労いの言葉を掛けた。
「夜中に悪いな。…寝ておったんやろ」
そんな市丸に、一瞬目を瞬かせるとイヅルはふっと笑みを零した。
「いえ。一杯やりながら読書していましたので。あなたからそんな労い、こそばゆいですよ。…何かありましたか?」
その問いには答えずに、市丸は手元の書類に目を通し、一通り読み込んだ後バサリと机の上にそれを投げ出した。
「台東区の土地開発の件やけど、少し詰まっとるようやな…。あと…立川の件もまだ進んでへんのやろ。これ以上延ばしても埒あかんから、ボクが出るわ。それと…名古屋もほかしとったけど、いい加減動かなアカンやろ思てな」
「え…。でも、それは今向こうさんと話つけてる最中ですが…」
「それは知っとる。やから、ボクが出る言うてんねや。それと…叔父貴がまた色々煩ぅ言うて来てんやろ。面倒やけど、ここらで一度顔出しとくわ。明日っから動くで。スケジュールちゃんと組んどいてや」
「……市丸様…?」
市丸の言葉に、イヅルが怪訝そうに眉を顰めた。
今言われた案件は、どれも年単位で話が進んでいる事柄だった。それは前にも市丸とはきっちりと話ずみで、今後の対応も表だって『市丸』としては動かないと指示を受けていたものだった。
確かに、市丸自身が出向けば話は早い事は確かだが、そこには地回りの組との擦り合わせなど、細かな点での調整が必要とされるものが多かった。別に命令とあらば、イヅルもそれに従って動くまでだ。そして、一旦市丸が動けば、早い段階でカタは着くだろう。
だが、それをするとなれば、当然そこに付随する事柄にも気を配らなければならない。
それが解らない市丸ではないはずだった。そこを敢えてというのなら、そこには市丸なりの考えがあるのだろう。
「…わかりました。ご命令とあらば、早速手配いたします。ですが……」
敢えて言葉を濁したイヅルの考えを読んだように、市丸が笑みを零す。だが、その笑みがどこか歪んでいるのをイヅルは見逃さなかった。
「市丸様……」
「……お前の言いたい事はわかっとる。今ここで、ボクが動くいうんはボクが表に立つのんを示す事になる…いうんやろ。あん時はまだ、それはそれで面倒やし、水面下で事進めてからて思うとったけど、もうすでにボクが東に来とるいうんは誰もが知っとる事や。それが何の為にここ居るんかみんなもうわかっとる。今更裏でごちゃごちゃやっても状況的には同じ事や。ここいらで、誰が市丸の跡継ぐんか、示すのもええ機会やろ?」
ニッっとそう笑う市丸に、だがイヅルは、市丸の眼を見据えたまま零すように口にした。
「…なにがあったんです…?」
その問いに、市丸はしばらくの間、イヅルをじっと見返したまま口を開かなかった。
そして。ひとつ深いため息を吐くと、いつものように飄々とした軽い口調でイヅルに言った。
「一護ちゃんにバレてもうた」
「え…?」
「…本家での噂の事や。まあ、いずれ耳にするやろとは思うてたけど…さすがに少し早いわなぁ……」
まるで自嘲するようにそういう市丸に、イヅルは目を見開いた。
「え…噂って……。あの事…ですか……?」
確認するようにそう聞けば。市丸の表情が可笑しそうに歪んだ。
「あの事以外噂なんてあんねや。…あーまあ、あるかも知れへんなぁ…。鬼畜やの、人でなしやの、そんなんが一杯」
「…だったら…っ!余計に今、仕事なんかしてる場合じゃないでしょうっ!!どれもこれも、今すぐに貴方が動く必要がありますか!?尤もらしい理由をつけちゃあいるけど、単に家に居たくないって事じゃないですか!」
そう怒鳴るイヅルに、市丸は静かな表情でゆるく頭を振った。
「…一護かて一人で考える時間は必要や…。あの子に今必要なんは、頭整理する時間であって、ボクやない。かと言ってボクも、用もないのにフラフラ出てもしゃぁないしな。まあ、どっちにしろええ機会や。ここいらでボクが動く事にまったく意味がない訳でもあらへん」
「…どうするおつもりなんですか…」
「跡目…?それとも、一護…?」
解りきった問いに、市丸は茶化すように問いで返した。
「……っ!一護様ですよッ!」
それに、当然だというようにイヅルは怒鳴り返す。
市丸がどんなに一護を大事にしているか知っているからこそ…そして、その二人の幸せを願う立場だからこそ。
今は、一護の気持ちが優先であるべきだとイヅルは市丸に詰め寄った。
だが。そのイヅルに、市丸は視線を窓の外に預けたまま、淡々と言った。
「どうするもこうするも…後は一護次第なんちゃう…?」
「それは……っ」
そのいっそ投げやりとでもいえる言葉に、イヅルは絶句した。
「ボクがどう言った所で、事実は変わるもんやない。もし今、過去を変えられるとしても、やっぱりボクは同じようにした思うんや。…これが、一護にとっては受け入れられん事やいうんはボクも承知してる。やから…今まで話そう思うても話せんかったんや…。人の暗部を見んまま幸せに育った人間が、いきなり尤も暗い醜い部分を見せられて戸惑うんは当たり前の事や。そして…そんな人間を愛した自分を疑うてもしゃぁない事や。…一護はな、まだボクの『綺麗な』部分しか見てへん。いくら極道やというても、ホンマの汚い部分は一護に見せてへんのや。それを知った時、一護が戸惑うても…ボクから離れる事を選んでも…それは仕方のない事やろ…?」
そう言って、自嘲するように嗤う市丸に、イヅルは言葉を無くした。
「一護にな、言うた事あるんや。『離れるくらいなら殺したる』って。…それは今でも変わってへん。一護が、ボク以外の人間を見るんは、ボク自身が耐えられへん。ボク以外に、一瞬でも心を移したんなら、その相手を殺ってでも一護を側に置いておく。あの綺麗な身体に、ボク以外の痕跡残されるんは、ボクが許せへんねや。…でもな、一護は人形やない…。命を絶ってでも自分の側に置いときたいいうんは、所詮ボクの身勝手であって、何を選ぶんかは、一護自身が決めなしゃぁないんや…」
「それでいいって言うんですか、あなたは。反対するなら市丸と縁を切ると御大に啖呵切ってまで一護様の側にいようとした貴方が、それを言うんですか!?…そりゃ、過去は変えられませんよ。でも、だから仕方ないって、今更そんな情けない事を口に出さないで下さい!もしそれで一護様が去るというんなら、何を捨ててでも追いかけるくらい言ったらどうなんです!?」
イヅルの剣幕を飄々と聞き流しながら、市丸がふと、くすりと笑った。
そして、まっすぐにイヅルを見据えてニィっと口の端を吊り上げた。
「…アカンなぁ…。イヅル、それは”三代目"の側付きとして失格やで。お前が護らなアカンのは、三代目総長の立場としてのボクやろ?ボク個人の思惑…ましてや、一護ん事なんか後回しにして然るべきや。こんままいけば、お前は三代目直属の側近…。一家を支える柱となる立場や。お前が護るんは、一家であって、個人やない。そんな人間が、一個人の思惑優先しててどないするんや」
市丸から突きつけられる言葉に、イヅルはくっと唇を噛みしめる。そして、それでもしっかりと市丸を見返して声を上げた。
「…じゃあ…僕個人の気持ちは一旦置きますよ。……私は、本家に引き取られた時から、あなたの側付となるべく育てられました。確かに、三代目の…後の総長付としては、私の考えは異端…いえ、むしろあってはならない事でしょう。でも、私は、”あなたの”側付きです。そして…今、あなたが大事になさっている一護様は、私にとっても主です。それは先日御大もお認めになられた確固たる事実です。あの時御大が言われた言葉を覚えておいでですか?一護様は市丸の人間だと。そう思って仕えよ…と。それは市丸総長の厳命であり、『市丸』の総意です。ですから…たとえ貴方のお言葉であっても、私が一護様を優先するのは当然の事です」
「一護ん為に、組の行く末が変わってもか?」
「それくらいで行く末が変わるほど、私が仕えている人物は無能なんですかね」
いっそきっぱりとそう言い切るイヅルに、市丸はひょいっと肩を竦めた。
「…ホンマお前、昔っから爺さんの言う事だけは絶対なんやからなぁ…。いい加減、あんなボケ老人の言う事話半分に聞いとけばええんに…」
呆れたようにそう零す市丸に、イヅルは眉を寄せると、ひとつ息を落としてから市丸に向き直った。
「わかりました。明日からのスケジュールは、私の方で至急調整させていただきます。…しばらくは、寝る暇もないと思っていて下さい。ああ…言っておきますが、もし貴方が暴走するようなら、私はこの命を張ってでも止めさせて頂きますよ?貴方は、一家にとって、漸く跡を継ぐ資格を得た大事な人間なんですから。主が暴走するのを止めるのは、私にとっては重要な役目です。それと共に…総長が認めた『三代目の伴侶』である一護様をお守りするのも、私に課せられた使命ですから」
言外に、一護を手放すなというイヅルの言葉を読み取って、市丸は低く笑う。
そして、この件はもう終わりだと言うように、ふんっと肩を竦めて市丸は言葉尻だけを返した。
「なんやの、暴走って。そんな事ボクがするかいな」
「今のあなたではわかりませんね。『面倒だから、全部潰す』くらいは言いかねませんから。ま、大規模な抗争になった方が、今のあなたには気が紛れていいんでしょうけど」
「…お前のが過激やんけ……」
呆れたように言う市丸の言葉を無視して、「では」とイヅルは暇を告げて出て行った。

一人残った市丸は、すっかり氷が溶けて洋酒とまじりあった水っぽいグラスの中身を一気に煽る。
──一護………。
今無性に、あの柔らかな身体を抱きしめたかった。

そして…夜空に鈍く輝く月を見上げながら、市丸は思い出す。
そう、あの時も、こんな月の夜だった事を───。




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