天上の華 1








抜き身の刀剣────

その男を最初に見た時そう思った

冴えわたる月のような銀髪に長身
痩身だが均整のとれた体
一見どこかのモデルかホスト
でも 彼が纏っているものは
どこまでも暗い漆黒の闇だった



ああ、行きたくねぇ…

そう思いながら、所謂ネオン街と呼ばれる街を一護は足早に歩く
目指しているのはどこにでもある飲食街のビルの3階にある小さなカウンターバー
一護はそこでバーテンのバイトをしていた

早くに両親を亡くして今や天涯孤独の身
幸いに親が残してくれた貯金で高校までは無事に卒業できた
だが、いざ就職活動をしてみると…
この就職難にともなってこの外見
一応それなりの成績をとっているにも係わらず相変わらず外見のみで判断される

そのたびに地毛だと説明しているのだが、嘘と思われるか、よしんば信じてくれても
『染めてくれるなら』という条件をつけられる
そんな事が度重なり、仕方ないときっぱり昼間の仕事は諦めた

まあ、夜の方が時給はいいし

何にせよ一人で生きて行かなくてはならないのだ
その点派手な外見が好まれる夜の世界は気が楽と言えば楽なのだが……

このバイトを初めてまだ一月
正直、向いてないと思う
店の雰囲気も、従業員たちも悪くはないのだが、やはり慣れない接客は疲れる
元々あまり愛想の良い方ではない性格に加え、いつの間にか張り付いてしまった
眉間の皺がさらに愛想を悪くする
何度店のマスターから『笑顔で!』と言われても、愛想笑いには限度がある

幸いな事に客層がいいのか、今のところもめ事もなく順調に来ているが
それもいつまでもつのやら
昔からやたらと目立つ髪のせいで絡まれる事など日常茶飯事だ

特別喧嘩っ早い訳ではないが、短気な性格が災いしてか売られた喧嘩はつい買ってしまう
幸い幼い頃に習っていた空手のおかげで今の所連戦連勝
だが、さすがに店でもめ事を起こす訳にはいかないだろう


そんなことをつらつら考えながら歩いていたところに、ふと耳障りな怒号が聞こえた

ビルとビルの合間の狭い路地

喧嘩など日常茶飯事のこの街で
目をやったのはただの偶然

だが

自分に背を向けて立つ人物を見た瞬間

思わず目を奪われた

冴えた月を思わせるような見事な銀髪
剣呑な雰囲気を物ともせずどこか飄々と立つ後ろ姿
恐らくは絡まれてるであろうこの状況を楽しんでるようにさえ見える
好奇心と言えばそれまでだが、何となく目が離せなくてつい立ち止まってしまった

若いチンピラ三人に男一人
どうやら因縁を付けられてる様だが、男の飄々とした雰囲気がさらに相手の怒りを
買っているらしい

面倒くさいなと思いつつもさすがに三対一
従来の正義感からか、見過ごす事ができずに声をかけようとしたとき
今まで黙っていた男が口を開いた

「…あァ…うるさい」

心底煩そうに呟く言葉は独特のイントネーション
だが、柔らかそうな響きとは裏腹にすっと空気が冷たくなるのが分かった

こいつ…!

それは…あきらかな殺気

それも────

「やめろっ!!!」

思わず叫んでいた

突然割り込んできた第三者の声に男がゆっくり振り返る

うっすらと開かれたその目を見た瞬間
全身を冷や汗が伝うのを感じた

「なんやキミ」
どこかのんびりとした口調に一護の確信が深まる

「やめろ…」

間違いない
この男は

本気で目の前の人間を殺す気だと───


男の殺気に当てられてか相手は硬直したままだ
「やめろ…ってなにが?」
「…だから…」
言いよどむ一護に男は物珍しげにふうんと呟く
「キミおもろいなぁ ボクが怖ないん?」
先程より幾分殺気を顰めて男が笑っているように口角をつり上げる

「別に…」

ああ…言っちまった…

たぶん、これでここで殺されても文句は言えないだろう
怖くないと言えば、それは嘘だ
だが、目の前でいくらチンピラとはいえ人が殺されるのを見過ごす訳にはいかない
そう思って精一杯虚勢を張った一護を男は不思議そうに眺める

「ふーん…」

その言葉と共にふっと、今まで纏っていた殺気が無くなった

「まあ、ええわ」

そう言いながら男は固まったチンピラに「はよ行き」と手をひらひらと振って追い返す
それに我に返ったのか、足を縺れさせながら三人は脱兎のごとくその場を後にした
その背を見送る訳でもなくさっさと背を向けた男と改めて向かい合う

「キミあいつらの知り合い?」
そうは見えんけど…
そう軽い口調で男が口を開く

「………」
それに答えようとして満足に声が出ない事に一護は気づいた

怯えている
自分が
先程までとは違い、力を抜いて、ただ立ってるだけの男に───

そんな一護の様子に気づいたのか、男が首をかしげる
「キミ、怯えとんの?」
纏う雰囲気が柔らかくなったにもかかわらず、
男に質問されるたびに、喉元に鋭い刃をつきつけられているような気がする

うっすらと開いていた瞳は、今はなく
見えてるのかと疑いたくなるような細い目になり、口元をにゅいっとあげて作る笑みは
笑っているようでまったく笑っていないと感じてしまう

純粋に、怖いと思った

この目の前の男に、すべてを壊されそうで───

そして同時に、それでもいいや…と一護は思っていた



迎えに来させた車を降り、今日はなんか疲れたわ〜と思いながら
ゆっくり風呂にでも浸かろうと、純日本家屋の磨き上げられた長い廊下を
ほてほてと歩いていた市丸の行く手を阻んだのは、市丸より少し年下の側付きの姿だった

「市丸様!またお伴もつれずに…!なにかあったらどうするんですかっ!」
──また始まった
幼少からの側付き吉良イヅル
真面目で忠義にあふれ、しかも有能
一見すれば非の打ち所のない人間なのだが、如何せん真面目過ぎる
自分の仕える主を守ろうという姿勢は立派だと思うが、
生来何事にも縛られるのを嫌う市丸にとっては、鬱陶しいことこの上ない

特に今日は……久しぶりにおもしろいと思えるものを見つけて、密かに気分がいいというのに

「ああ、うるさいイヅル」
自分の前をふさぐ側付きを無言で脇によせて、追い越しながらひらひらと手を振る

「うるさくて結構ですから聞いてください!」
「なんもあらへんかったからええやろ ボクかて一人で出歩きたい時もあんねや」
「時も…って…毎回じゃないですか!せめて護衛1人くらいはつけて下さいとあれ程…」
心配性なこの側付きの小言は毎度の事で、今更気にも留めないが、
せっかくのいい気分に水を差されたようでひどく気に障る

「イヅル」
すっと、周囲の温度が下がるような冷たい声

思わずイヅルの背中から冷や汗が滑り落ちる
普段の飄々とした態を引っ込め冷酷を身に纏った市丸がどれ程残酷かは
イヅルは嫌と言うほど身にしみている
「…っ……すみま…せん…でした 差し出た事を…」
青ざめた顔で頭を下げるイヅルの様子にふうっとため息をこぼすと、不機嫌ながらも
幾分纏う空気を和らげた市丸は自室へと歩き出した



「一護くーん、君にご指名」
店の裏手で、在庫の確認や手配という裏方に精を出していた一護にバイト先の
マスターが呼びかけた

「え?指名?」
どういうことだ?
つーか、この店一々バーテンも指名とんなきゃなんねえの!?
そんな事聞いてないんだけど!
と、はてなマークが一護の頭を飛び交う

てかまだ作業途中なんだけど…
とぼんやり思いながら、『それは後でいいから急いでねー』と声がかかる

従業員とはいえ、所詮入ったばかりのバイトの身
バーテンと名打っておきながらも、まだ未成年の自分は酒の種類もわからなければ
客あしらいもうまくない
外見に反して、受発注だの在庫管理だの雑用だの…と、生来華やかな世界を
目指して来た人間が嫌がる仕事の方が自分には向いていると思うし、気が楽で
好きだった


ともかくも店のマスターの命令には従わなければならず…
やりかけの書類を簡単に纏めて一護は店内に向かった


「あー、やっと来たな自分」
年季のはいったカウンターに座って、右手をひらひらと振りながら、まさに狐!という
風貌で笑いかける

そのはんなりとした声と…顔を見るなり一護は固まり
次の瞬間脱兎で逃げ……出したかった 本当は

つい先日、裏路地で出会った銀色の妖怪
今にも人を殺しそうな殺気を纏ったまさに死神

いつもは眇められている瞳を、これでもか!というくらい目一杯見開いて、
一護はしばらくその場で固まった



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※出会い編です。
市丸さん893似合いすぎ。