悪夢が終わらない
ずっと…ずっと終わらない夢に一護は苛まれ続ける
夢なのか、それとも現なのか
どちらが本当の現実の自分なのだろう
終わらない悪夢に一護の精神は次第に均衡を崩し始める
ゆっくりと、でも確実に
狂気がすぐ近くに一護を捕らえようとしていた
「う…わぁああああああーーーーーーっ!」
絶叫と同時に一護はがばりと飛び起きた。
ぜいぜいと耳障りな呼吸音が薄暗い部屋に響く。
ツっ…と頬を伝う汗がそのまま顎から滴となって固く握りしめられた拳の上に落ちてから、漸く自分が覚醒した事に気がついた。
広い寝台の上に敷かれたシーツも、与えられた薄手の夜着も大量の寝汗でぐっしょりと濡れそぼっている。
途端に熱かった身体が今度は自分の汗で冷えてゆくのを感じた。
一護のしなやかな背筋に沿って冷や汗が滑り落ちてゆく。
心臓が早鐘を打っていた。
──ゆめ……
まだ闇が残る殺風景な広い部屋を見渡してから、一護は自分を落ち着けるように大きく息を吐いた。
一護が市丸に浚われる形で虚圏に落ち着いてから、もうどれくらいの時間が過ぎたのか。
とてつもなく長い時間が経ったようにも、まだ僅かしか経っていないようにも感じる。
時間の感覚がまるでない。ないというよりも──それは酷く間延びしたような感覚だった。
来る日も来る日も市丸から陵辱され続け、夢か現か分からないような悪夢を何度も見せられた。
市丸から与えられる濃密な愛撫と現実としか思えないような狂った夢──。
身体に感じる恐ろしいほどの快楽と、精神を蝕む植え付けられた恐怖とそれに縋るように差し出された安堵感は一護の精神を確実に歪めていった。
身体に張りつく夜着の感触にそれが不快感なのだということに気がついて、一護の身体の感覚が序々に戻ってくる。
そこで漸く隣に居るはずの男が居ないことに気が付いた。
「いちまる…?」
掠れた声で名前を呼ぶが返る返事はない。ここへ来てから…そしてあの狂った悪夢を見せられ一護が自ら市丸を求めてから…市丸は一護を片時も離さなかった。
特に夜は…市丸が求めるからだけではなく、一護の方が離れるのを恐れるようになった。
───ボクと一緒に居ったら悪夢は見ぃへん───
その言葉の通り、市丸と居る限りあの悪夢は二度と訪れる事はなかった。
あの──仲間に──親友に犯される耐え難い───夢。
何よりも怖いのは、それが現実の痛みすら伴っている事だ。
夢だと言ってはいるが、残る感触は現実のものと何一つ変わらない。
市丸が居なければ決して醒める事ができない、一護にとってもう一つの「現実」。
それから逃れたくて、それを与えた男に縋り付いた。
一護を浚い、監禁し、幾度となく陵辱を繰り返し……。
一護の身体も心も何もかも全てを変えた憎むべきはずの男──。
触れられ暴かれる事に恐怖すら覚えたその男の姿が見えない事に、押しつぶされそうな恐怖を感じて、一護は
転げるように寝台から滑り落ちた。
大嫌いな男なのに…。憎んでも憎みきれない筈の男なのに…。
今この場に市丸が居ない事が、怖くて怖くて堪らない。
──はやく……、はやく探しにいかないと……──
「いち…まる…っ!」
気持ちばかりが焦るが、一護の足はがくがくと震えたまま立つことすら覚束ない。
先程見た夢は、あの時市丸から見せられた『悪夢』ではなかった。
ただの──夢。
現世の家族に囲まれた、ささやかだけれど幸せだった頃の…ただの幸福な夢。
だがそれすらも、今の一護には恐怖を植え付ける。
幸せだと漸く安堵した瞬間に、またいつあの恐ろしい夢に変わるのか分からない。
僅かばかりの幸福感が恐怖に塗り替えられてゆく。
ぱたぱたと自分でも分からない涙が零れる。
怖い…怖い、怖い怖い怖い……───
気が狂いそうになる。漸く保っていた精神の均衡が崩れ始める。
「…あ……」
市丸の名を再び呼ぼうとして開かれた口は真っ黒な恐怖に染められて……。
「あ…、ああああああああああーーーーーーーっ!」
一護はそのままあらん限りの悲鳴を上げていた。
「──ご…一護!しっかりしぃっ!」
ぱんっと軽く頬を叩かれて一護は漸く自分を見つめる瞳に視線を合わせた。
「……ち…まる…?」
呆然と呟くと目の前の男はそうだというように軽く頷く。
「どないしたん?ボクが居らんで怖なったん?」
くいっと口角を引き上げるようないつもの笑み。見慣れたその姿に一護の身体からがくりと力が抜けた。
「おっと」
そのまま崩れ落ちそうな一護を支えてベッドに座らせると、市丸は腕の中に抱き込みあやすように背中をさする。
慣れ親しんだ身体の感触に安堵を覚えその胸元に震える身体でしがみついた。
「…まる…市丸……っ」
がくがくと震える手でしっかりと市丸の服を握りしめて、一護は覗き込んだ市丸にまるでぶつけるように口づけた。
「ん…は……」
自ら舌を差しだして市丸の口腔を貪る。いつもは貪欲に絡みつく市丸の舌は一護が求めるのを焦らすように自分からは動こうとはしない。それに強引に舌を絡めて一護は自身の口腔へと市丸を招き入れた。
途端に、今度は焦らしていたのが嘘のように市丸の蹂躙が始まった。
一護の絡みつく舌を振り切るように上顎も内頬も喉にまで届きそうなくらいに激しく深く市丸の舌が這い回る。
顎をぐいっと上向けられて舌の根まで愛撫されると、絡めた舌を引き摺り出されて市丸の歯に噛まれ、痛い程に吸われる。
一度離され唇をぞろりと舐め回し、再び一護の口腔を犯し始める。
息を吐くことすらままならないくらいの激しい口付けに一護の頭が朦朧とする。次々と注がれる唾液を呑み込む暇すら与えられずに一護の顎を滴り、糸を引きながら勃ち上がった胸元の飾りを濡らしていく。
「あ…は…ぁ…」
漸く唇が離れ外へと引き摺り出された舌が二人の間でひとしきり絡み合ってから、市丸はするりと舌を戻した。
「なんや、積極的やなぁ。そんなにボクが居らんかったのが耐えられへんの?」
困った子ぉやね…と苦笑を滲ませながら言う市丸は、その口調と表情の裏腹にいたく満足そうだった。
「…どこに……」
何処に行っていたのかと眉根を寄せて一護が呟く。
自分でもおかしいのはよく分かっている。恐らく、市丸が離れていたのはほんの僅かな時間なのだろう。
市丸とのセックスは果てがない。一護の身体が…意識が限界を迎えて、一護が意識を手放してからようやく離される。
今も…眠りに落ちる前に散々市丸から注がれたものがゆるりと口を開いたアナルから太腿を伝い落ちている。
天蓋の下の世界には疑似とはいえ昼夜の区別はある。ぼんやりと室内が見渡せると言うことは今はまだ明け方近くのはずだ。
そして、一護が意識を失って市丸から解放されるのはいつも夜が明ける僅か前の事だ。
その、ほんの僅かな時間。
たったそれだけですら、耐えられない。意識がない時だからこそ一護は市丸の不在を敏感に感じ取る。
そして──夢を見るのだ。市丸が居る時には決してみない夢を──。
縋るように市丸を見つめる一護に、ニンマリとした笑みを返すと市丸はゆっくりと汗に塗れた一護の髪を梳いた。
「ごめんなぁ。ちょぉ、藍染さんから呼ばれててん」
「…そう、か……」
現世の──そして尸魂界の最大の敵。
今一護が居るこの場所はその敵の本拠地。
決して望んで来た訳ではない。
けれど、此処に──市丸の側に居る事を選んだのは他でもない一護自身だ。
藍染にとって市丸は腹心の部下だ。以前の自分ならば藍染と市丸との間で交わされる内容はどんな事でも決して聞き流せるものではないと思っただろう。
だが……今の一護には、例えそれが現世や尸魂界にとって重大な事であるとしてもそれについて異を唱えることはおろか拘わる事すら許されない。
それに異を唱えるという事は市丸の側にいられなくなると言うことだ。
それだけは──絶対に耐えられない。
──俺は…狂ってる……。
狂っている。心も、身体も。怖いと思いながら、自ら手を伸ばして安らぎを求める。解放して欲しいと思いながら、自ら縛り付けられている。許して欲しいと願いながらも貪欲に快楽を貪る。
この男が憎いと思うのに───欲しくて堪らない。
「……シテ……」
ずんっと身体の奥が熱を持つ。燠火のようにじりじりと身体の深い部分が焦がされる。
早く…確かなものが欲しい。もっと熱くて激しい…この男の熱が…欲しい。
「さっき散々したやろ?もう許してって泣きながら言うてたんは一護ちゃうの?」
揺れる腰を擦りつけて強請る一護を揶揄うように市丸が嗤う。
「……お…ねが…ぃ…。…欲し……」
一心に市丸を見つめる一護の瞳に薄っすらと欲情の膜が張る。
飴玉の様な瞳が快楽で濡れる。桜色に染まった目元。焦れったそうに何度も唇を舐めるピンクの舌。
戦慄く唇はすでに閉じる事すらできずに口元から唾液が滑り落ちる。
──ほんまゾクゾクするわ……
声に出さずに市丸が笑う。
快楽に支配された一護は市丸ですら戦慄するほどの壮絶な色香を放つ。
なにも知らなかった一護を、ここまで変えたのは他でもない自分だと言う事実がさらに市丸の欲情を煽る。
「…やぁらしい顔して…」
するりと一護の頬に指を滑らせると、一護の身体がビクンと震えた。
「こんなやぁらしい顔…他の誰にも見せたらアカンよ?」
くいっと親指と人差し指で頤を上げて言い聞かせるように一護に言うと、一護がこくりと頷いた。
「ん…見せ…ない…。そんなコト…。市丸だけ…。…だから…、なぁ…もう…早く……」
情欲に潤んだ瞳で抱いて欲しいと強請る一護に市丸が低く嗤う。
「欲しい時にはどうしたらええん?…ちゃぁんと教えたやろ?上手にお強請りせな…」
「ん……」
こくんと喉を鳴らして、一護は震える手で市丸の下肢を寛げ始めた。
未だ半分ほどしか勃ち上がっていない市丸のペニスにそっと手を這わせ、ぴちゃりと唇を舐めてから一護はゆっくりと舌を這わせてその屹立を育ててゆく。
市丸の前で四つんばいになり大きく足を開いて市丸を煽るように尻を高く上げる。
「ふっ…ん、…んく…」
市丸の目を見つめながら裏筋に沿って根本からゆっくりと舌を這わせる。亀頭の括れの部分にねっとりと舌を絡めてカリの部分に唇でも愛撫を施す。片方の手で双袋を丹念に愛撫しながら、わざとぴちゃぴちゃと音を立てて唇を使って全体を舐めしゃぶる。
鈴口から染み出した先走りを舌で掬い取り、尖端の穴に舌先を差し入れる。
そして、口を大きく開けて長大なペニスを口腔に迎え入れた。
歯を立てないように口の中のあらゆる粘膜を使ってしゃぶる。市丸の先走りの液と一護の唾液が混ざり合い飲み込み切れなかったものが口の端を伝う。
口淫を施しながら、我慢できないというように一護の腰が妖しく揺れる。
先の行為で出し尽くしたと思っていたペニスからは、再びトロトロと蜜が溢れてシーツへと糸を引いていた。
思わず刺激を求めてシーツに先端を擦りつけようと腰を落とした一護に市丸の低い声が飛んだ。
「一護」
「んぅ…」
その声にハッとして再び腰を持ち上げると、焦れた身体が刺激を求めて腰を振り立てる。
その一護の姿を市丸の薄青い瞳がじっと見下ろしていた。普段は熱を感じないアイスブルーの瞳が、一護の愛撫と痴態で欲情を灯しだす。
こんな風に市丸を欲しがり、同じ雄のものに悦んで舌を這わせ、乱れた自分を視姦される事に昏い悦びを覚えたのはいつの頃からだろう。
市丸の瞳に見られる事が快絶へと繋がると知ったのはいつだったのか──。
もう、それすらも覚えていない。
意識していなくても、市丸によって教え込まれた身体は市丸の望む愛撫を繰り返し、市丸の望む通りに乱れ拓かれてゆく。
初めはただ苦痛でしかなかった口淫も今では一護から求める事すらある。
「上手なったなぁ、一護…。気持ちええよ…」
飼い犬を褒めるように市丸が一護の頭を撫でる。
屈辱だという気持ちは最早なかった。どんな風に思われてもいい。ただ、この苦しい程の快楽に終わりが欲しいだけだ。ただ、暴走する身体が苦しい。
「…いちま…る…、も…お願…ぃ」
市丸の怒張に頬を擦りつけて強請る。
大きく広げられた脚のせいで、ぽっかりと口を開けたアナルがはしたないほどひくついているのが分かる。
市丸の長くて太いペニスを欲しがり、まるで金魚の口のようにぱくぱくと開閉を繰り返す。
中の襞までざわついているのが感じ取れる。
ツ…と太腿を伝う市丸の精液の感触すら、粟立った肌には刺激となって一護を襲う。
一護の必死の懇願で漸く与える気になったのか、市丸は一護の額に手を当てて一護をペニスから引きはがした。
「どうして欲しいん?ちゃぁんとボクに分かるように言わな一護の望み叶えてあげられへんやろ?」
「…あ…」
市丸の言葉に一護は後ろ向きに四つんばいになると、市丸によく見えるようにひくつくアナルを晒した。
「…ここに…挿れ、…て。市丸のおっきいの…俺の、アナルに…挿れてぇっ」
叫ぶ様に言う一護の懇願に市丸は口の端を吊り上げて嘲笑ともとれる冷たい嗤いを乗せる。
「自分で広げ。両方の指入れてナカまでよぅ見えるように開いてみ?一護のそのやぁらしい穴がどんだけボクを欲しがってるか見たるわ」
「…あ…あぁ…っ」
市丸の言葉にすら感じて一護の背が綺麗に反り返る。もう理性の欠片すら残っていない。
命じられるままにガクガクと震える手で左右に尻たぶを押し広げる。そして躊躇すらせずに両手の人差し指を緩んだアナルに差し入れて、ぐいっと左右に割り広げた。
市丸の精液で濡れそぼった入り口がヌルヌルと滑るのと、ようやくの異物感に悦ぶ秘所は自身の指をより深く咥え込もうとし、開こうとする一護の意志とは裏腹にキュウっと窄まり、一護の指をずっぽりと咥え込んだ。
「ひぁ…ああ…っ…んっ」
アナルへの刺激と指に絡みつく熱く蕩けた内壁を同時に感じて一護の口から歓喜の声が漏れる。
「ああ…っ…い…イイ…っ…あぁあ…」
待ちこがれた異物感に、それが自分の指だという事も忘れたように、一護は尻を揺らしながら自身の指で狂ったようにアナルを掻き回す。
目の前で行われる一護の自慰に市丸は思わず笑みを零す。全身を桜色に染めて自慰に耽る一護の姿は、堪らなく淫靡だ。
グチョグチョといやらし気な淫水の音を立てながら一護は夢中でアナルでの快感を追う。
やがて、足りなくなったのか一護は両の中指を入り口に潜らせた。それを待ち望んだかのように一護の肉襞が奥へと誘い込んだ。
「は…っ!あ…あ、んっ!ああぁ…っ!」
その指が再び動き始めるタイミングを見計らって、市丸はぴしりとした声を上げた。
「やめ!一護」
「…え……あ…?…あ……」
市丸の声で漸く後ろに市丸が居た事を思い出したかのように、一護の身体がビクンと竦んだ。
「ボクは広げて見せ、言うたんよ?自分でした方が気持ちええんなら、ええわ。ずっとそうしとき」
市丸の台詞に一護はシーツに押しつけられたままの顔を市丸へと捩った。
「あ…ごめ……ごめん…なさい…。…違う…イヤ……。欲し…、いちまるのが…」
ふるふると首を振りながら一護が言う。それに市丸は誘うように甘い声色で一護に命じた。
「なら…できるな?ああ、丁度ええ…。指一本じゃあよう広がらへんからそのまんまナカで指広げてみ」
「ん……ふ…っ……んんっ…」
「広げたらそんまま左右に開くんや。身体ん力抜いてな。奥までよう見えるように…そうや…」
市丸の言う通りに滑る指に力を込めて人差し指と中指を開く。そのままグイっと左右に引っ張るように入り口を広げるとぽっかりとあいた穴からは今の自慰で奥から掻き出された精液がだらだらと零れ落ちた。
「どや、一護。自分で触ってみて。一護んナカ熱ぅてやぁらしく絡みついてくるやろ。ソコはな、ボクのもんに絡みついて離せへんねや。一護の舌みたいに襞の一枚一枚がボクのん美味しそうにしゃぶるんよ。
自分でも分かるやろ?今も一護の指旨そうにしゃぶってんのやろ」
「あ……」
「分かるんか分からんのかどっちや」
答えない一護に市丸の声のトーンが下がる。それに不穏を感じて一護は必死で言葉を紡いだ。
「わ…かる…。熱い…。熱くって…指に…ああっ…」
「その身体は誰のもんや?」
「市…いち…まる…の…」
「そうや。それ忘れたらアカンよ?一護の身体はな、ぜーんぶボクのもんや。そうやって気持ちええ事教えたんもボクや。一護はボクに抱かれて気持ちようなったらええんや。今後ボクの許可なしで自分でやったりしたら、その指切り落とすで」
睦言のように甘い声で恐ろしい台詞を吐く。快楽の熱に浮かされた一護の耳にもその恐ろしい言葉がするりと入り込み、一瞬背筋が凍るようなゾクリという感覚をもたらした。
だが…その言葉を正しく認識したにも拘わらず、一護の快楽にぐずぐずに蕩けた脳と身体はそれすらも快感への信号に変わる。
怖い…怖い市丸。恐ろしく残酷で、冷酷な男。
「ひ……あ…っ」
「ああ…ええなぁ…。怯えながら感じる一護はホンマ可愛ぇ。
心配せんとき、オイタしぃひんかったらええだけやろ?」
「は……」
恐怖と快楽がない交ぜになって涙として一護の頬を濡らす。
両極から両極へと針が振り切れるように一護の感情がぐちゃぐちゃになる。
「…ぅ…ふ……っ ひ…ぐっ…うぅ…っ」
声にならない嗚咽を漏らし、涙でぐちゃぐちゃになりながらも一護の下半身はまるで別の生き物のように市丸を求める。
このまま抱かれたいのか、逃げ出したいのか。そのどちらもが同じだけ強く一護の精神を掻き乱す。
もう、狂うと思った。
耐えられない──。この男と一緒に居る事も。この男が居ない事も───。
「……も…ゃ……」
涙でぐしゃぐしゃになりながら呟かれた一護の声に市丸が僅かに形のよい柳眉を顰める。
「…何がや」
「も…殺し…て…。お願い…このまま…抱き、殺してぇ……っ!」
身体が硬直して動かない。市丸に命じられてあられもなく内部をさらけ出したそのままの姿で一護は市丸に懇願する。
まるで生き物のようにひくひくと指に絡みつく秘肉は尚一層妖しく熱く蠢いている。
正気と狂気の狭間を行き交う一護の姿。
恐怖に泣きながらも市丸を求める一護。
こんな愛しい存在は他にはいない───。
あの真っ白でまぶしかった一護が自分の手で壊れてゆく。
──もっと…───もっとや……───
自分の手の中で壊れる一護にゾクゾクするほど感じる。
背筋を這い昇る怖気立つような快楽。
一護への愛情と内に秘める狂気とが混在する。
今だ嘗てこの自分を此処まで奮い立たせた存在は一護を置いて他にない。
市丸の長い舌がぴちゃりと薄い唇を舐める。
そして、悪魔のような残酷な笑みを乗せて、にぃっと嗤う。
「ええよ…抱いたる…。ボクが一護を壊したるわ……。
……ああ……可哀想になぁ…こんなんなってもココは疼いて止まれへんねや。ほら、一護たっぷり味わい」
甘く、毒を含んだ声色でそう言うと、市丸は一護のアナルに怒張したペニスを突き立てた。
「ひ…っあ、あっ、…あああああぁぁぁぁっっ」
後ろから突き上げるように激しく一護の中を犯す。
ひっきりなしに漏れる悲鳴のような嬌声とグチャグチャとした水音。そして肉と肉がぶつかり合うようなパンパンとした乾いた音。それらが同時に発せられ和音とも不協和音ともつかない調べが奏でられる。
「や…やぁあああっ!あ…っ…ひぃ…っ い、イ、イ…イイ…ああああっ」
一護の上半身は寝台に沈み込んだまま、手だけが掻きむしるようにシーツの上を這う。
市丸に腰を掴まれ思うさまに揺さぶられながら、時折ふとスイッチが入ったように一護の尻が市丸の動きに合わせて振りたくられる。
「あ…あ…ひっ……っ───っ!や、ぁああああっ」
既に一護の口からは意味のある言葉など発せられない。
一護の身体を知り尽くした市丸が快感のポイントを突けば一護の身体は激しく身悶え、僅かにずらして突けば違うというように激しく首を振り髪を掻きむしる。
あれから、部屋がすっかり明るくなっても益々激しさを増す饗宴に明るい筈の部屋にはどこか澱んだ暗い瘴気のようなものが漂っていた。
「ひっ…イ…い、クっ……っ!い、いいっ…イイっぁ…っ!あ、あっ……くっ」
一護の顎が綺麗な弧を描きしなやかな背が反り返る。
その後ろ髪をぐいっと掴み、市丸がおもむろに一護の中から絡みついた秘肉を振り切るようにペニスを引き摺り出す。
「や、──や、ぁあああああっ」
後一突きで達することのできた絶頂を無理矢理閉ざされた一護が狂ったように泣き叫ぶ。
今まで脱力していたのが嘘のように身体を反転させると市丸の肩に縋り付く。
「い……っい、やぁああ、な…、んで…っ!ヤダぁ…っ!シテっ!してよぉおお……っ」
両足を市丸の腰に絡めて今まで自分の中にあった市丸のものを引き寄せる。
その狂ったような姿に市丸はくつりと嗤うと市丸のペニスに手を添えて自ら自分の中に挿入しようとする一護の前髪を掴み視線を合わせた。
「イク時はボクの目ぇみてイケ言うたやろ?ボクの名前呼びながらイケ言うたん忘れたんか?」
思いっきり髪を掴まれて射すくめるような視線を向ける市丸に、一護の目から透明な涙がボタボタと零れる。
「……すれて…な……」
「なんや。聞こえへん」
「忘れ…て…な、い……」
「そうやな…。忘れたんなら思い出してもらうまでや。足、開き」
「…あ……」
市丸のその言葉に一護の顔に期待が過ぎる。言われた通りに素直に足を開くとそのまま肩を掴まれ強い力でシーツに倒された。必然的に腰が浮き上がり、広げられた両足がそのまま空を切る。
その不安定な体勢のまま、再び狙い澄ましたかのように一護の穴に市丸のものが戻された。それも、一気に奥まで。
「は……っ ひぃいいいいいいいっ」
一護の口から断末魔のような悲鳴が上がる。
「……ああ…、ええ子や…。まだイかんかったな」
ニィっと市丸が口角をつり上げる。
「ほら、一護。ボクの目ぇ見ぃ。今一護を抱いてるんは、誰や?」
「…あ……市丸…いち…ま……」
最早舌が縺れて言葉にすらならない市丸の名前を一護は健気にも繰り返す。
絶頂寸前の一護の中はまるで煮えたぎる坩堝のように熱い。市丸のペニスに絡みつく襞はそれぞれが意志をもった生き物のようだ。奥へ奥へと引き込むように蠢動を繰り返す動きに加えてまるで虫のようにざわざわと蠢き市丸の肉棒に絡みつく。荒淫とも呼べる激しいセックスを繰り返しても一護の中は緩むどころか快楽を与えてくれる市丸のものを離すまいとでもいうように妖しくきつく締め付けてくる。
痛いほど紅くぷっくりと勃ち上がった乳首に手を伸ばしあやすように捏ねたかと思うと、徐に爪を立てる。
「あああああああっ」
痛みすら快楽に変えて身悶える一護の姿に煽られるように市丸は激しく抽挿を繰り返した。
「もうぐちゃぐちゃやな、一護のココ…。ボクのもんと…一護…自分で濡れてるのんでぐっちゃぐちゃや」
ほら、聞こえるやろ…と、市丸がぐじゅぐじゅと中を掻き回す。
「ひぁ……っ ん…ふ…っ あ、ふぅっ あ、はぁ、あっ」
「ええで、イって。何遍でもイったらええ…。逝きすぎて気ぃ狂うたらええ」
「や…も、ぅ い…ち…っ ああああぁあ、イ…も…っ 市、まるっ い…───アァッ───」
ずんずんと奥を突かれる快感。敏感になりすぎた肉襞を擦られ、そのまま出て行くかのようにギリギリまで引き抜きまた最奥まで戻される。そのたびに一護の中が熱い肉棒で擦られ快楽に悶え狂う。
内壁がびくびくと痙攣する。すでに出るものすらなくなったペニスからはそれでも透明な液がひっきりなしに流れ落ちる。ありえない程の射精感がずっと続いていた。
一護の身体の中から行き場のない熱が渦を巻く。
刹那、頭が真っ白に塗り替えられた。
「ひ……、や、ああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ」
悲鳴と共に一護の内部が市丸を締め付ける。びくびくと痙攣しながらも市丸の精を全て搾り取るように入り口も内壁も、奥もギュウっと収縮する。
「……く……っ」
痛みにも似た激しい射精感が市丸を襲い、そのまま一護の最奥に熱い迸りを叩き付ける。
だが、射精を終えた筈の市丸のペニスは一護の絶頂の痙攣に誘われるように硬度を失わなかった。
ビクビクと瘧がついたように痙攣する身体。
達したばかりの敏感過ぎる秘肉を遊ぶように市丸が緩く腰を動かした。
「───ひ、ゃ…、ぁあああ」
がくがくと面白いくらいに一護の身体が揺れる。
「ああ…辛いなぁ…。イったばかりなんにまたイってまうなぁ」
そう言いながら市丸の腰の動きが速くなる。
段々とあやすような動きから責めるような動きへと変わってゆく。
「あ、あ、あ、ひぁ…ああああぁぁぁああっ───っ」
再び押し上げられる絶頂に一護が戦慄く。
「ドコでイくんや?一護」
一護の内部を激しく突き上げながら市丸はくつくつと笑う。
「は……っ あ……ぅ…し、ろ… 後…ろぉ ナカ、で…ぁっ ひぁ…っ」
「ふぅん…。お尻んナカでイクんや。このやぁらしい穴でイくんか」
「あ、あ、あああっ!イ…イ、くっ また……っ お、尻で…お…奥…イイっ イイよぉ──い、ちま…──っ」
「ホンマ淫乱になってもうて。あんま後ろだけでイきっぱなしてるとほんま気ぃ狂うで?」
そう言いながら、市丸は狂ったように泣き叫ぶ一護の身体をさらに蹂躙するように激しく腰を突き入れた。
「もぅ…許し、て……」
力の入らない身体で声を出す事さえ辛いというように一護が途切れ途切れに市丸に許しを乞う。
「…お…ねが、…ぃ……」
泣きはらした目にはもう涙の一滴すら浮かんでこない。
あれから幾度も激しく奥を突かれ一滴の精すらも残さず搾り取られた一護は、最早ペニスで達する事は叶わず、アナルだけで達し続けていた。
このまま抱き殺して欲しいと思った。最早自分に残された道はそれしかないのだと……。
けれど、それはあまりにも過酷で───。
僅かに残る生存本能だけが一護に生を願った。
指の一本さえ動かすことのできない一護に市丸は妖しい笑みを浮かべて抱きしめるように肌を重ねると
ゆっくりと一護の肌を撫でながら耳元に囁く。
「安心しぃ…。初めに言うたやろ?ボクは一護を殺したりなんかせぇへんよ。
一護が壊れてもうてもちゃぁんと可愛いがったる。なにがあっても死なせたりなんかさせへんよ」
耳元で、甘く囁く市丸の声。
だがそれは、逆を言えば死ぬことすら許されないという事だ。
たった一つの自分の自由すら市丸に奪われる。
このまま悪夢に怯え快楽の淵に落とされながら市丸と共に長い時を過ごすのか──。
一護の表情に絶望が過ぎる。
それを愛おしげに見つめながら市丸がそっと一護の頬をなでる。
「そんな顔せんと。ああ、まだ分かってへんのやね。一護はもうボクから離れる事なんか出来ひんのやで?
それを認めたらええだけやろ?それが認められへん言うことは、まだ現世に未練残ってるいう事やろ」
「…そ…れは……」
市丸の言葉にひくりと喉が鳴る。
そんな事は当たり前だ。今ですら、帰れるものならば帰りたいと思う。
諦めたといいつつも何の未練もなく過ごせる訳などない。
元々市丸との間には恋愛と呼べるものなど何もなかった。
身体が慣らされ、心が飼い慣らされて行くのを感じながらも、そして市丸を必要としながらも、自分がこの男に感じるものがなんなのかさえ分からない。
ただ、悪夢から逃れるために市丸を選んだ。
信頼し合った、この男より遙かに近かった親友よりも、市丸に犯されることを選んだ。
ただそれだけなのに──それ以上の事をこの男は一護に求めてくる。
揺れる一護の瞳に一護の裡を正確に見抜いたように、市丸が冷たく微笑む。
「もう一度ちゃぁんと分からせる必要あるな。一護が何を選んだんか。一護が誰のもんになったんか…」
にぃっと口の端を釣り上げる市丸に一護の顔に恐怖が滲む。
「…あ……」
市丸の真意を測りかねて戸惑う一護の目の前がふっと暗くなる。
市丸の大きな手が一護の目を覆う。
「なら、最後や。もっぺん夢見といで。一護の──悪夢を」
市丸の声が遠くに響いた。
ふと気がつくと道路に立っていた。
「…え……」
一瞬それが何処かわからずに、ぐるりと視線を向けると見慣れた光景だった事に気がついた。
「ここは……」
現世の、一護の住む街の住宅街だった。今は夜中なのか街はしんっと静まり返っている。
外灯の明かりに引き寄せられた誘蛾灯が僅かに一護に現実感を抱かせる。
──これは…ゆめ……?
また、あの夢なのか。けれど身体に感じる感覚はどう考えても現実としか思えない。
──違う──、夢だ……この前だって同じように───
そこまで考えた時、慣れ親しんだ霊圧を感じた。
「一護!」
「れ……」
思わず身体が竦む。また同じなのか。また同じように恋次に犯されるとでもいうのか──。
「てめー一体何してやがんだっ!やっと帰ってきたと思ったらまたいなくなりやがってっ!」
がしっと一護の肩を掴んで怒鳴る恋次に一護の身体がびくんと固まる。
「…離…せっ、恋次!」
普段なら振りほどくくらい簡単なのに、硬直した身体は思うように動かない。
弱々しく身を捩る一護に、恋次の眉間に皺が刻まれた。
「なに怯えてやがんだよ…。そんなに、イヤか…」
不機嫌も露わに吐かれた恋次の台詞に一護の目が見開かれる。
まさか──あの、続きなのか──。あの、悪夢の──。
そこで、はっと気づく。確かに恋次は言わなかったか……?『帰ってきたのにいなくなった』と──。
「……れ……」
一護の身体ががくがくと震え始める。
あの続きだとしたら……。自分だけではない、恋次も覚えているという事だ。あの凶行を。
そして、もしそれが本当ならば、覚えているのは恋次だけではない──。
「…ったく…。そんなに俺がイヤかよ…。一体てめーは毎日誰に抱かれてやがんだ?ええっ!?
藍染か?市丸か?東仙か?それとも破面とでもヤってんのか!?」
噛み付くように一護に詰め寄る恋次の言葉に一護は二の句が継げなくなる。
「恋次…やめ……」
怯えたように恋次を見つめる一護の瞳に恋次がギリっと唇を噛む。
「やめねぇよ…。てめーに一番近いのは俺だ!俺以外に仕込まれやがったなんざ許せる訳ねぇだろ!!」
そう言うと恋次は動揺する一護の身体を強引に押し倒した。
「や……やめっ……!恋次っ!恋次、たのむから──っ!」
そのまま服を剥ぎ取り恋次が荒々しく一護の身体に愛撫を施す。
一護を楽しませるというよりも、強引に自分の欲望をぶつけてくる恋次に一護の顔に怯えが走る。
一護をまさぐる手が下肢に伸びペニスを通り越して欲望を受け入れる器に手を伸ばす。
と、恋次の顔に険しさが増した。
「…なんだよコレは…。」
恋次の言葉と共に強引に指が入り込む。
「…ひっ」
慣らされないまま乱暴に衝き入れられる痛みを想像していた一護がびくんと震えた。
「あ……」
だが、予想した衝撃はなく、その代わりに一護のアナルはぐじゅっと湿った音を立てて易々と恋次の指を呑み込んでいった。
「ナカにたっぷりぶち込まれやがって…!誰のだよ、ああ!?」
「…やめ……」
その言葉は、身体を傷つけられるよりもショックが大きかった。市丸の残滓が残ったままの身体。
あからさまに残る愛撫の跡よりも遙かに深く情交の跡を物語るそれ。
こんな姿を親友に見られたくない──。
「い…いやだっ!恋次っ!いやっ……止めてくれっ!」
「なに言ってやがんだ!冗談じゃねぇっ!誰のもんでもいいんなら俺が犯ってやる」
「ちが…っ!」
ぐじゅぐじゅと淫音を響かせながら恋次が激しく指を動かす。そして自らの下肢を緩めると一護の足を引き寄せて強引に貫いた。
「う…───っ」
がくがくと揺さぶられる身体。
乱暴に衝き入れては強引に引いていく。
獣のような欲望を露わにした恋次に一護はただ唇を噛みしめて首を振り続ける。
全身で拒んではいても男の愛撫に慣らされた身体は入り込む雄に悦ぶ。
「ん…っ くっ……」
激しく突き上げる恋次の雄を離すまいというように一護のアナルは奥へ奥へと恋次のものを誘い込む。
「…す…げぇな。てめーの身体。もう男無しじゃいられねぇじゃねえか。
誰がテメェの身体こうしたんだよ!女も抱けねえような身体にされやがって」
熱に浮かされたように喋る恋次の言葉に一護は首を振る。
「おい一護、知ってんのか。てめーのケツんなかぐちょぐちょに濡れてるぜ。
俺のにギュウギュウに絡みついてきやがって…そんなにイイかよ。」
そして恋次はわざと一護に聞かせる様に強弱をつけて腰を回す。
恋次のものが中を掻き回すたびにぐじゅぐじゅといやらしい水音が響く。
「くっ……」
ギリっと一護は唇を噛みしめる。どんなに嫌だと思っても、心が激しく拒んでいても、背筋から這い昇る快感に思わず声を上げそうになる。
既に自ら妖しく蠢く腰を止められなくなっている。
自分の身体なのに、意志とは裏腹に一護の身体は男の肉を悦び誘い込む。
最後の抵抗のようにせめて声だけは出すまいと必死で噛みしめる唇に血が滲む。
最初の頃そうしてよく市丸から咎められた。
市丸は自分が一護を傷つける事に関しては良いらしいが、たとえそれが一護自身であっても自分以外のものから一護が傷つけられるのを極端に嫌う。
だが今は…それを咎める市丸はここには居ない。
血の滲んだ唇を癒すように舐める市丸の舌の感触が懐かしくすら感じる。
もう、お願いだから早く終わって欲しかった。
欲望に滾った雄がその精を吐き出さない限り、この時間は終わらない。
自分の意志とは関係なく与えられる雄のものを貪る身体。
それに浮かされたように、益々激しく突き立てる恋次。
この身体が男の精を搾り取ろうとしているのなら、早くそれに身を任せてくれ。
一刻も早くこの時が終わってくれるのならば……。
一護がそう思って、壊れそうな心で身を委ねようとした時───。
「よう…、二人だけで楽しむたぁ、つれねぇじゃねえか…」
半ば予想していたその声に、一護は再び絶望の淵に叩き落とされた。
──もう…イヤだ……。
恋次と一角──二人に同時に犯されながら一護は思う。
もう、たくさんだ。こんな事は。
ずっと、仲間だと…親友だと思ってきた。
共に戦える同士だと、そう思っていた。
なのに、なぜ、彼らがこんな風に自分を組み敷くのか──。
自分は男だ。男として、彼らとは対等であった筈だ。
一護にとって、彼らとの友情が恋情に、ましてや性を伴ったものに変わる事などありえない。
信頼しあった仲間に組み敷かれるなどという事は、どうしても認める事などできない。
市丸に陵辱され、男を受け入れる事に慣れて…慣らされてしまった身体──。
こんな身体になってすら、彼らの事を受け入れる事ができない。
何度も…何度も考えた。
好きでも…愛してもいない男を…ましてや敵を受け入れるのと、一体どこが違うのだろうと──。
それでも、理由は分からなくても、本能的に拒否するのだ。
この身体が……心が───。
もう…、嫌だ。
恋次に、一角に、組み敷かれる事に、嫌悪しか感じない。
自分の上で感じる息づかいですら、吐き気を催す。
──市丸………。
二人に犯されながら一護が縋る。
──お願い……。
「…ち…まる……」
声にならない声で呟いた、その時───。
一護の目の前に、その姿が霞んだ。
(……そんなに、嫌なん?)
「市丸……?」
気づくと、市丸が目の前に立っていた。
四つんばいに這わされた姿勢のまま、動くことができなかったが、たった今一護を陵辱していた二人の影は何処にも見えない。
この感覚は何かに似ているとそう思い、一護は度々訪れていた自分の精神世界に移行した時と似ているのだと思い出す。ただし、此処にはあの縦横が逆転したビルも、空もない。
明かりも何もない暗闇の世界にただ市丸と二人だけだ。
(なんで?やって一護、阿散井くんも斑目くんも…好きなんちゃうの…?)
這ったままの一護を見下ろして市丸がうっそりと笑う。
その市丸の言葉に、一護は強く頭を振った。
「…ち…がう…。好きだけど…こんな…こんなんじゃ、ない」
そう、違うのだ。
確かに恋次は親友だと思う。一角も…親友とは言えなくても、大事な気の合う戦友だ。
けれど、だからと言って身体を繋げられるかと言えば、それとこれとは別だ。
近しい故に、耐えられない。男を受け入れる事に悦びを覚えてしまった身体。
一度溺れてしまえば、自分がどんなに淫らに啼くか自分が一番よく知っている。
市丸から、無理矢理暴かれた性──。
それを、彼らの前に晒す事など、耐えられない。
(やったら…、自分でなんとかできるやろ)
「…自分で……?」
(そうや。どうしたらええか、一護にはもう分かってる筈やで?ホンマに嫌なんやったら…。こいつらよりボクを選ぶんやったら…、てっとり早い方法あるやろ)
「方…法…?」
(前に、一護ボクを選んだな。この二人に犯されるよりも、ボクの方がええて…そう思たんちゃうの?
この二人に犯されるんは…耐えられん思たんちゃうの?)
「……っ!…から…っ、だから!お前を……。俺は…お前を……」
市丸の言葉に一護の目から涙が滑り落ちる。
あの時、だから選んだではないか。
この二人に犯される事よりも、市丸を。市丸に犯される事の方を、自分は選んだのに──。
言ったではないか。市丸といる限り、二度と悪夢は見ないのだと。
なのに──なぜ……。
「…イヤだ…。もう、お願いだから…。市丸…助けて───!」
どんなにプライドが軋んでも。
どんなに惨めでも。
今の自分には、市丸に縋るしか方法は残されていない。
この悪夢が市丸が与えたものだと言うのなら、どんな事をしてもいいから助けて欲しかった。
もう、これ以上は…心が壊れてしまうのに……。
(どうしたらええか一護はもう分かってるやろ。この二人から逃れる一番早くて…確実な方法…。
大丈夫、ちゃあんと一護は知っとる)
だが、懇願する一護に、いつもの笑みを乗せたまま市丸が言う。
この状況から抜け出す手だてなど、一護が知るよしもないのに。
「逃れる…方…法…」
そんなの知らないと呆然と呟く一護に、市丸は小さく首を振る。
(せや。まあ、それを選ぶんも選ばんも一護次第や。このままボクんとこに帰って来て、ずぅっとコレに怯えて暮らしたいんならそれでもええけど)
「や…、嫌だっ!もう…もう、こんなのっ…!俺は───!」
そう言って、一護が市丸に手を伸ばす。
だが、その手は届くことなく、市丸の姿が段々と闇に紛れていく。
「嫌だ……っ!市丸───っ!」
(一護が選び。自分で選んで──そして、今度こそ…ちゃぁんとボクんトコ帰っておいで……)
クツクツと嗤い声だけ残して、市丸の姿はやがて完全に闇に熔ける。
最後にふわりとした風に乗って、市丸の囁く声が暗闇に木霊する。
(──そしたら…二度と…こんな悪夢…見ぃひんよ?)
気がつくと星を見ていた。
夜空に浮かんだ今にも消え入りそうに小さく瞬く星。
背中が、痛い。
「…え……?」
身体が酷く重かった。
起き上がることすら億劫で、僅かに視線だけを巡らせると、見慣れた外灯が目に入る。
だが、なぜかいつも煌々と点いているはずの明かりが消えている。
なぜだろうと不思議に思って明かりがあるはずの場所を凝視すると、蛍光灯の部分が粉々に割れていた。
「…ああ……。だから……」
だから、いつもより星がちゃんと見えるのか、と思う。
初めて尸魂界できちんと夜空を見た時に、頭上に輝く星の多さに驚いたものだ。
その時にも同じ事を思った。
現世の夜は明る過ぎるのだと。
もちろんそれだけではなくて、汚染された大気や何やらで本来の空が見えないのだろうと思うが、この辺一帯の外灯が全て消えただけでも、星って見えるもんだなぁ…と、ぼんやりと思う。
そして、そこまで思って、一護はふと気づく。
「…現世……?」
そうだ。ここは現世だ。
背中に感じる固い地面の感触は、まぎれもなく人工のアスファルトだ。
そして、さっきまで自分は───。
「…れん…じ……?…一角……?」
恐る恐る呟いた声に返る返事はない。
身体に掛かる重みも、気配すらも無くなっている。
それに…、そうだ。さっきまで獣のように這わされて背後にのし掛かられていたはずなのに。
なぜ自分は今こうして仰向けに寝転がっているのだろう。
途切れた記憶を手繰るように、僅かに手を持ち上げると、まるで鉛のように重かった。
思わずそのまま地面に下ろすと、ピチャンという水音が響く。
胸元をはだけられ、着崩れた死覇装も泥濘に浸かった後のようにずっしりと重い。
そして、自分の身体に意識を向ければ、顔も髪も全身ぐっしょりと濡れていた。
──雨かよ……。
気づけば自分が寝ころぶ地面にも、大量の水溜まりができている。
というよりも、水溜まりの中に寝ころんでいる。
「…え……」
ふと、何かに気づいたように、一護はパチリと瞬きを繰り返す。
───違う───。
違う。雨など降ってはいない。
自分は今、星を見ているではないか。
空には雨雲の欠片すら見あたらない。
──と、一護の鼻腔が僅かに違和感を拾う。
身体に纏わりつく粘ついた匂い。
幾多の戦いの中で、嗅ぎ慣れてしまったその匂い。そして、肌に感じる生温かい感触。
僅かに鉄錆の交じったような、それ───。
恐る恐る、鉛のように重い手を持ち上げて目の前に翳す。
夜目に映るそれは、本来の色ではなく真っ黒にしか見えなかったけれど……。
ポタリと指先から滴った黒い雫が一護の頬に落ちる。
ツッ…と顔を滑る、まだ生温かい、それ──。
「……血……」
それの正体に気づいた瞬間、一護が跳ね起きる。
ボタボタと、着物の袖から裾から髪から…重力に沿って下へと大量に滴る生臭い血。
「…な……っ」
この二人から逃れる、確実な方法───。
(ちゃぁんと自分で選んで、帰っておいで──)
「…まさか……」
俺は……。
「俺…は……」
いつの間に握られていたのだろう。右手には、しっかり愛刀の斬月が握り込まれている。
視線の先に転がる割れたスイカのような物体。
ああ…きっと…。あの髪は…、元は赤かったのだ。
左右のブロック塀に擦り付けられた黒い染みと、肉の残骸。
彼処に転がるのは、腕──。そして、向こうには…脚…だろうか…。
最後に見た恋次の目は、まるで信じられないものを見るような目で自分を見ていた。
「あ……」
ガシャンと、手から斬月が滑り落ちる。
──俺が、選んだモノは……。俺が選んだ結末は───。
これが…コレが、二人から…この悪夢から逃れる『方法』───。
「う……、うわぁああああああーーーーーーーっ!」
全身の力が抜けたように血溜まりの中に膝を付き、一護はただ、絶叫を上げ続けた。
「──ぁああああああーーーーーっ」
「…ちご…。一護、ほら、起き」
全身にびっしりと汗をかいて、叫び続ける一護の髪を市丸の大きな手がゆっくりと撫でていく。
声が嗄れるほど叫んで、一護の目の焦点がようやく市丸に結ばれる。
「…あ、ぁ……い…ちま…る…?」
ガタガタと身体を震わせながら揺れる瞳で市丸を見上げる一護に、市丸がうっそりと微笑んだ。
「そうや。もう平気や。怖い夢でも見たん?」
「…ゆ…め……?」
未だ歯の根が合わないように途切れ途切れで漸くそれだけ口にした一護が、確かめるように辺りを見回す。
「ここ……」
「お帰り、一護」
そう言って市丸が安心させるように一護を抱きしめる。
「…市丸……」
──夢……。
あれは、夢───。
「そうや、あれはな、ぜぇんぶ夢や。──一護にとってはな」
「俺……」
震える身体を縮こめるように一護が市丸腕に縋り付く。
まるで雛鳥をあやすようにその長い腕でしっかりと一護を抱き込んで市丸が一護の額に、頬に口付けを落とす。
「ああ…。怖かったなぁ。せやけどもう大丈夫やで。今度こそ、一護はちゃぁんとボクん事選んだんやから」
「…夢…、だよ…な?あれは…あれは、夢だよな!?」
市丸の言葉に縋るように一護が言う。
それに、市丸は頷く事はせずにツゥ…と口の端を吊り上げた。
「言うたやろ。どっちが『現実』か、一護が選びて。ボクと此処に居るのんが一護の『現実』やと思うんやったら、
あれは『夢』や。もう二度と現れへん…ただの悪夢。せやけど…もし、向こうを選ぶ言うんやったら…『アレ』が現実や。──ほら、一護、自分の身体よう見てみ?」
「…え……」
市丸から言われて一護はゆっくりと自分の身体に視線を落とす。
「…ひっ……」
ぐっしょりと、全身に塗れた赤黒い血──。
たった今、浴びたばかりのように、乾きもせず滴り落ちる生温かい血液。
「ひぃ……っ」
息を吸い込んだまま、悲鳴すら固まった血塗れの一護の身体を愛しそうになぞりながら謳うように市丸が言う。
「ただ思うだけでええのや。あれは夢なんやて。一護が選んだんはボクやて。ボクと…ずぅっと一緒に居りたいって…一護が心から思うたら、此処が現実になる。…どないする…?」
ゆっくりと耳朶から滑り込む市丸の声。
その声を聞きながら一護は指先から落ちる赤い色を見つめる。
もう、何もわからなかった。
何が夢で、何が現実なのかも……。
未だ耳に残る断末魔──。
肉に刃が滑り込む湿った鈍い音──。
骨を断ち切るのが、意外と簡単だった事を思い出す。
頭蓋骨を踏み抜いた時、そういえば昔家族で行った海でスイカ割りした時の音に似てたな…と一護は思い出して可笑しくなった。
「なんや…どないしたん…?」
胸の中で、可笑しそうにクスクスと笑う一護に、市丸が甘い声で囁く。
「ううん…。…俺、市丸と居るよ」
クスクスと笑いながら意外にもしっかりとした声で一護が告げる。
「もう…。あんな夢…見ない?」
ふいっと顔を上げて飴玉のような瞳を煌めかせて、甘えるように一護が言う。
「見ぃひんよ。もう…見せる必要ないやろ」
そっと、触れるだけの口付けを落として市丸が答える。
「…うん」
それに、一護はにっこりと、まるで子供のような無垢な顔で笑った。
end
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