擬似的に作られた虚圏の空。
その天蓋を切り裂くようにそびえ立つ塔の上で、三体の美しい破面が戯れていた。
するりと身を寄せると漆黒の翼がまるで一護を守るかのように包み込む。
ベルベットの様な肌触りが妙に心地良いい。
本当はあまり意味なく解放するのはダメなのだけど。
漆黒の翼をもつウルキオラの解放状態はとても綺麗で。
その大きな翼に包まれてこうしてとろとろと揺蕩う時間が一護はとても好きだから。
ついつい我が侭を言って解放をせがむ。
「いいよなぁ…お前は…。綺麗な翼があって…」
漆黒のベルベットに身をすり寄せて、その翼にそっと口づけると感情を表情に表さない彼の
霊圧が僅かに和らぐのを感じる。
「…お前は…本当に俺の解放状態が好きだな、一護」
「ん」
そう言ってウルキオラがそっと額に唇を滑らせると一護がくすぐったそうに身じろいだ。
「おい、気持ちよさそうに寝てんじゃねぇよ」
うっとりと目を閉じる一護の頬にするりと尻尾が滑べる。
一見硬質で冷たそうな印象を持つその尻尾は言葉の乱暴さとは裏腹にゆるゆると愛しげに
一護の頬を撫でてゆく。
「…寝てねぇよ」
「煩い。黙ってろ」
ぼんやりと目を開いた一護からはぽつりと、そしてウルキオラからは心底煩そうに呟かれて、
グリムジョーは行儀悪くチッと舌を鳴らす。
その様子に一護はくすりと笑みを漏らして、頬を滑る尻尾を柔らかくはむっと噛んだ。
「妬いてんじゃねえよ バーカ」
「誰が妬いてんだ、ああ!?」
悪戯っぽく笑うとグリムジョーが不機嫌に返す。この単純さが可愛くて堪らない。
「わかった、わかった。よしよし」
まるで子供に対するようにグリグリと鬣のような髪を撫でると、ますます不機嫌そうな表情になる。
けれど、内心一護に構って貰って喜んでいるのが見え見えだった。
「あーあ… いいよな、お前らは…。解放状態、綺麗だし…格好いいし…」
ウルキオラの腕の中で丸まりながらグリムジョーに手を伸ばし、心底羨ましそうに呟く。
二体の破面を解放状態で侍らせてこうしてまどろむような時間を過ごすのが一護は好きだった。
「俺なんて解放したってたいして変わんねえし…。つまんねぇ…」
ぶつぶつと不満を口にする一護こそが、全破面の憧れである事を本人だけが分かっていない。
黒崎一護 十刃No.0。
他の破面が崩玉の力で破面したのとは違い、一護は唯一自身の力で破面し、成体となった突然変異だ。
それが一体いつの事なのか、本人すらも覚えていないらしいが、この虚圏の支配者である藍染が最初に出会ったのがこの一護だったという。
その一護に惹かれた故に、崩玉で破面を作り出しこの世界の頂点を目指したと言う噂は嘘か本当か…まことしやかに囁かれていた。
だから、十刃No.0とは言いながら、一護が本当に破面──虚なのかは誰も知らない。
ただ、その霊圧が自分たちにより近いというだけの事だ。
普段の一護はその強大な霊圧は別として、見た目はただの人間の少年の様な姿だった。
破面の象徴である仮面の欠片すらなく、他の十刃のように解放状態で外見に大きな変化があるわけでもない。
だが、一度戦闘ともなれば、一護は圧倒的な強さを誇る。
解放状態になった一護は鮮やかなオレンジの髪が腰に届くほど伸びるに加え、普段白目の部分が黒く染まり、茶褐色の色をした瞳が金に変わる。そして、最大の変化がその霊圧にあった。
誰もが──この十刃でさえ崩れ落ちそうな程の、黒く重苦しい強大な霊圧。
日頃の優しさなど欠片もなく、冷酷で禍々しくも怖ろしい霊圧に──そして美しい霊圧に、全ての破面が無条件に平伏してしまう。この虚圏の支配者である藍染ともまた違った怖ろしさ。
全てを凌駕する程の一護の存在は、神という概念など持たない彼らでさえ、いっそ神々しく映るほどだった。
「お前はそのままで十分美しい」
ウルキオラが無表情のまま臆面もなくさらりと言うと、一護の頬がほんのりと赤くなる。
「何言ってんだよ…」
照れ隠しのようにぶっきらぼうに呟けば、グリムジョーが低い声を耳朶に落とす。
「てめーはそんままでいいっつってんだろ」
「うるせえよ」
そう言って一護はグリムジョーの尻尾を甘噛する。
「…煽るんじゃねえよ 犯すぜ」
「ばーか」
欲望に火が灯ったグリムジョーの瞳をくすくすと笑いながら煽るように見上げ、チロリといやらし気に舌を這わす一護に、本気で犯したろかコイツとグリムジョーが思う。
だが、一護が望まない以上そんな事ができる訳もなく…。
十刃の中でも殊の外一護の「お気に入り」だという地位に留まらざるを得ないというのが今の現状だった。
それでも、こうして触れる事を許されているのは自分達だけだ。
一護のほんの戯れにそれでも求められる幸福に浸っていた二体の破面に、なんの気配も感じさせないまま、突然その声は降って沸いた。
「何しとんのキミら…」
「──ギン」
その声に弾かれたように一護がその声の主に視線を合わせた。
──来たか……。
──来やがった……。
ほぼ同時に同じ事を思って、ウルキオラは僅かに、そしてグリムジョーは分かりやすく眉を顰める。
いつだってそうなのだ。いい所で必ずと言っていいほど割り込んでくるその声。
一護を独占できる僅かな時間ですら、この嫉妬深い狐は与える気はないらしい。
「無闇に解放したらあかん言うてるやろ。一護ちゃんもほら、こっちおいで」
市丸が二体を一瞥してから、ウルキオラに凭れ掛かっている一護に手を差し延べる。
「…いいじゃん。俺が見たかったから頼んだんだよ。邪魔すんな、ギン」
むうっとふくれて一護が不機嫌そうに、だがどこか甘えを含んだ声で言う。
それに市丸はヤレヤレと肩を竦めた。
「もう…ホンマ我が侭やねんから…。って、ウルキオラ、はよ離し」
相変わらず貼り付けたような不穏な笑みを一つも崩さずに市丸が言うが、声に僅かに苛立ちが含まれる。
「…一護が離れませんので」
市丸の苛立ちをシレっと無視してウルキオラが冷静に返す。その口調とは裏腹に、黒翼に一護を
しっかりと包み込んで。
藍染を筆頭に元死神の三人には絶対服従を誓いながら、その実ウルキオラが本当に忠誠を捧げているのは一護だけだ。こうなった彼は結構強情で何を言っても聞かないのは既に市丸もよく知っている。
だったら貼り付いている一護を離すしかないだろうと市丸が一護に視線を向けた。
「…一護ちゃん」
一護の名を呼んで早く離れろと促す市丸に一護は渋々と凭れていた身体を起こす。
「もう…むやみやたらに妬くなっつってんだろ…。ありがとウル、もういいぜ。グリムジョーも」
そう言って離れようとする一護を片腕でぐいっと引き寄せて耳元に囁くように声を落とす。
それに加勢するようにグリムジョーも一護の頬に手を伸ばし、尻尾をするりと一護の腕に絡めた。
「…俺はまだいい」
「俺もいいぜ」
言外に行くなと言っているのがありありだったが、一護はそんな彼らに向かって済まなさそうに眉間に皺を寄せた。
「ん、いいよ ありがとな。こいつ拗ねたら面倒だから。ほら、ギン」
そう言って宥めるように二人に言うと、一護は市丸に手を伸ばす。
それに市丸はウルキオラの腕から奪い返すようにすかさず一護をさっと抱きかかえる。それに抵抗することもなく、一護はするりと市丸の首に腕を絡めた。
「心せめーの」
「あたり前や」
欲望に忠実なのは虚の性なので仕方がない…とはいえ目の前で恋人が他の男といちゃついているのはやはり面白くない。
一護にしてみれば、可愛いペットや子供を可愛がるのとさして変わらないような感覚だと分かってはいても、対する相手がそうだとは言い難いのも当然市丸は知っている。すばやく瞬歩で自宮へと取って返し、自室に辿り着くと一護の身体を寝台へと横たえた。
「もう…。だから最後までは許してねぇって」
市丸のヤキモチにため息を吐きながら一護がむつりと言う。その言いぐさに市丸が呆れたようにこの淫蕩な恋人に言い聞かせた。快楽に弱い一護は今一恋人としての自覚にかけていると市丸は思う。
「…最後までって…あたり前やろ…。せやけど愛撫させとるだけやと足りひんようになるやろ」
「そりゃ…そうだけど…」
「気持ちええ事好きやもんなぁ…一護?」
「ん…」
一護の肌に唇を滑らせながらそう言う市丸に、一護は肯定の返事なのか快感の為なのか甘く鼻を鳴らす。
「ボク以外に触らせたらアカン言うても聞かへんし…」
「だから……。あいつらとは寝る気ねぇって言ってんじゃん…」
胸の飾りを啄みながら咎めるように言う市丸に、一護が眉を寄せる。
市丸がどう思っていようと一護が好きなのは市丸だ。だから市丸の言いつけ通りに誰とも寝てはいないのに。ただ、あの二人との艶事めいた触れ合いが酷く気持ちよくて、気がついたらいつもされるがままに身を預けてしまう。それでも、最後の一線だけは絶対に許してはいないというのに。
淫らな自分の性質を思いっきり棚に上げて、一護はこの嫉妬深い恋人の心の狭さを僅かに呪う。
そんな一護の気持ちを読み取ったように市丸がふと愛撫の手を止めて一護を見下ろした。
「…あんな、入れさせへんかったらええ言う訳やないやろ?…こないだかて…なにしとったか覚えてるやろ」
「あれは…。だって…」
市丸の言葉に思い当たる事があるのか、一護が口ごもった。
「だって、やあらへん。二人にさんざんココしゃぶられて呑んでもろたんやろ?…しかも我慢でけへんようになって、一護も上のお口でしゃぶってたやん」
ココ…と市丸がそろりと一護のアナルから陰茎をゆっくりとなぞる。
「あ、ん…。……怒る、なよ…」
そう言って分が悪くなったのか、一護がふいっと視線を反らした。反応から見て少しは悪いとは思っているらしい。
まあ、確かに市丸が自分以外にそんな事しようものなら、烈火の如く怒るだろうと一護も思う。
それを考えれば市丸の言い分は尤もなのだが……。だって、あれは…しょうがないじゃん…と一護は懲りずに思う。
だって、気持ち良かったのだ。ウルキオラの繊細な指が肌を滑る感触と、荒々しいグリムジョーの情熱とが同時に自分を追い上げているのが。
──それにあの時は、しばらく戦闘に出ていないせいで、ストレスも溜まりまくって
性欲も高まってたし…。
大体、元はと言えば一護を戦闘に出したがらない藍染が悪いのだと、一護はこの世界の君臨者にまるっと責任転嫁する。藍染は一護を大事にする余り、滅多な事では一護を一線には出さない。
『一護は切り札だからね』と、大層な理由を付けて一護がどんなに望んでも、よほどの事が無い限り一護の参戦を許してはくれない。
決して奢っている訳ではないが、自分が出れば藍染の野望ももう少し早く片が付くだろうと思うのに、それすら許されない状況ではストレスだって溜まりまくりだ。
そして、それに拍車を掛けているのが、この過保護な恋人だという事も一護は嫌というほど良く知っていた。そしてそういう意味では一番冷静な東仙ですら、一護に傷が付くのを嫌う。虚圏の実権を握るトップ三人が揃いも揃って一護を庇護しようとする。
しかもそれに追随するかのように他の破面達も皆、一護を護ろうとするのだ。
一体、何度、『俺は、姫か!?』と叫んでキレそうになったか知れない。
毎日の様に市丸に抱かれてはいるが、気晴らしにたまには他の腕も味わいたいと思って何が悪い、とも思うのだ。
大体虚に…しかも男性体に貞操観念を求める市丸の方がおかしいのだ。
つらつらとそんな事を思っていた一護に市丸の冷たい声が降る。
「もう少しボクが来るの遅かったら、どうなってたん?言うてみぃ」
「だから…、悪かったって。ギン以外とはしねえって、約束しただろ?」
心底反省してるかと言われれば疑問は残るが、一護とて自分が好きな人に嫌われる事はしたくはない。
市丸と恋人関係になった時に、まず真っ先に約束させられたのが、それだ。
絶対に自分以外と寝ないで欲しいと──。肌を晒さないと約束させられた。
まあ、半分くらいは破ってはいるが、最後の一線を守っているだけでも褒めて欲しいくらいだと一護は思う。
「ホンマに… どうしようもない淫乱やな、一護は」
「…うるせえよ…」
呆れたように言って再び一護の肌に唇を滑らせる市丸の頭を抱きながら一護がぼそりと零す。
市丸から──、そしてあの二人からもよく『淫乱』と言われる。
性を貪る事に罪悪感など感じた事がない一護にとっては、自分の欲求が度を超えているのかなんて実際の所わからない。ただ、その言葉の響きが一護の性感を煽る。
蔑むように言われるその言葉が、ゾクゾクと一護の快楽を煽ってゆく。
冷たく、感情を挟まないウルキオラにそう言われるのも……、乱暴な口調で貶めるように言うグリムジョーの言葉にも確かに快感は漲るけれど……。
ゾクリとするほどの男の色香を漂わせて一護を責める市丸の言葉は、一護の身体だけではなく
脳の奥までとろりと溶かされてしまう。
「お仕置きされたくてこんな事するん?」
序々に舌を滑らせて一護の腹辺りを彷徨う市丸が指先でそろりと一護の張り詰めた陰茎を撫で
上げる。
蛇のように自在に動き回る舌の感触と、自身の先走りでとろりと濡れた陰茎を撫でる指に、もっと欲しいと一護の腰が揺れる。
「ち…がう…」
荒い吐息と共に首を振れば市丸は一護の肌に唇を付けたまま低く嗤った。
「やって、何度言うても聞かへんやろ?あれ程何度もボク以外に肌晒したらアカン言うても一向に聞かへんし…。前にもそれでお仕置きされたんが忘れられんで…煽っとるの…?」
そう言う市丸の声にヒヤリとした冷酷が交じる。
「あ……、ギ、ン───」
その声と、滲み出る冷たい霊圧に思わず一護の身体が硬直した。
市丸が怖いと思うのはこういう所なのだ。
普段は誰よりも過保護で一護には甘い市丸が、一度冷酷を纏えば決して容赦はしない性質なのだと一護は嫌という程よく知っていた。まるで、全てのスイッチが切り替わるように、一護が許しを乞いて泣き叫び、気を失うまで市丸はありとあらゆる手段を用いて一護を責め苛む。
頭の芯が溶けて流れ出す程の快楽と焦燥感───。
身体が焦れて戦慄き、狂ったように泣き叫ぶ一護を見下ろす冷たい氷の双眸。
それを思い出し、一護の身体がゾクリと震える。
「…ぁ……」
思わず漏れ出た甘い吐息に、市丸がくすりと嗤った。
「ほぉら。やっぱり、感じとる…。ホンマ一護は淫乱やなぁ…。どんだけお仕置きしても悦んでもうたらお仕置きにならへんやん」
「だ…から…、違う…って…っ」
フルフルと首を振りながら違うと言う一護の顔は、すでに新たな期待に塗れていて──。
その淫蕩に蕩けた表情が、市丸の加虐性を煽ってゆく。
もっと虐めて、泣かせて、快楽でぐちゃぐちゃにして……。何もかも分からなくなるくらい──自分しか見えなくなるくらいまで堕としめたいと思わせるのだ。
──ホンマに、天性の男殺しや───。
一護に出会うまで、こんなに自分を虜にした者は誰一人として居なかった。
一護の温かさも、優しさも、ゾッと背筋が凍る程の冷たさも──。そして何より、何も知らない無垢な顔をしていながら、相反する淫蕩な身体も──。
一護の何もかもが市丸を魅了してやまない。
誰にも渡したくはない。指一本ですら触れさせたくはないと思うのに。
一護の奔放な性は、いつもこうやって簡単に市丸を裏切ってしまう。
愛を知らない、心を持たない虚でありながら、一護はそれでも市丸を愛し答えてくれる。
それが、一護にとっての精一杯なのだということは嫌という程よく分かっている。
自身の欲望を押さえる事が、虚にとってどれ程の苦痛を伴うのかは市丸もよく知っている。
だが──。許せないものは、許せないのだ。
自分から受ける仕置きが快楽へと変わるのなら変えればいい。誰からも与えられた事のない快楽をその身で味わえばいい。そして、思い知ればいい。それを与えてくれるのが、誰かという事を。
そして、愛しているからこそ、その行為が快楽へと変わるのだという事を───。
「何遍言うても聞かへん悪い子ぉにはきっついお灸据えなアカンなぁ…」
ゆっくりと口角をつり上げながら市丸が言う。
「ギ・ン……」
市丸を見上げながら、ゆらりと一護の瞳が揺れる。
それを見下ろして、市丸がニィ…っと嗤った。
どこまでも淫蕩な一護の顔には、すでに恐怖と期待が入り交じっている。
押さえつけた身体は、既に官能の火を灯されたようにビクビクと撥ね、天を向いた鈴口からはトロトロと蜜が溢れ出て可愛らしく立ち上がった陰茎をトロリと濡らしていた。
「や…だ…。ギン…、こわ、い……」
うっすらと涙を溜めた瞳で一護が市丸を見上げる。
冷たく嗤う市丸に、今までにない怖さを感じたのだろう。どうやら期待よりも怖さの方が僅かに上回ったようだった。
だが、それに市丸はペロリと長い舌で薄い唇を舐めて一護の官能を煽る。
自分のその仕草が、表情が、瞳が一護を狂わせると十分知った上で。
「何が怖いん…?どうせ何やっても快感にしか結び付かへんくせして…」
「違……っ!や、だ…ぁっ」
市丸の言葉に煽られたように一護が身体を震わせる。既にだらしなく開かれた口元から唾液の糸が一筋すべり落ちる。嫌だと言いながらも、浅ましく快楽を追うその姿。
「一護……」
すっと耳元に唇を寄せて、一護の好きな甘ったるい声でねっとりと囁く。
「覚悟しぃ…。今日は…何があっても一護が素直に言うこと聞くまで…許さへんよ……」
「ぁ…、あぁ……っ」
そのままピチャリと耳に舌を這わせれば、一護は甘い声を漏らしてビクッと身体を仰け反らせた。
「あ、ぅ…。ふ…」
ビクビクと身体を震わせて、一護の唇から吐息と共にあえかな声が漏れる。
俯せで尻を高く上げさせられた一護が苦しそうにシーツに顔を擦りつけて藻掻く。
寝台の足下に腰掛けて背後からその様子を眺めていた市丸が、くすりとした声を漏らした。
「なんや、気持ちよさそうな声出してるなぁ」
嘲るように言うその声に、一護は違うというように僅かにフルフルと首を動かした。
「…が、う…。ちが…う…」
「なんで?気持ちええん違うの。後ろに…こんな太いの旨そうに咥えこんでるんやで?」
そう言って市丸が、さらに奥深くへと咥え込ませるように、その根本を指でグイっと押し込んだ。
「──アァッ!……っ。…く…」
途端に一護の口から悲鳴が上がる。
内部を掻き回すものの大きさと振動に、一護は狂いそうになっていた。
『お仕置き』だと称されて、一護は後ろ手に縛られたまま四つんばいに這わされアナルにはみっしりと玩具を詰め込まれていた。
射精できないようにとペニスの根本にはリングを填められ、少しの刺激すら与えない様にと腰に巻かれた紐の先端が天井からつり下げられたアームにしっかりと固定されていた。
常々、一体なんの為の金具なのだろうと不思議に思っていたが、まさかこんな用途に使われる為の物だったとは…と、楽しそうに…まるで荷物を梱包するかのような手際よさでチャッチャと一護を縛り上げていく市丸を涙目で見ながら一護は思っていた。
だが、手際よく一護を縛り上げた市丸が、次に手にしたものに、一護の顔が蒼白になった。
一つ目は──まだ、よかったのだ。
全身突起に塗れていたとはいえ、小さな球体をしたローターだったのだから。
市丸が、セックスの際にそういう道具を使うことはさほど珍しい事ではない。
別に道具の力を借りなくても十分──いささか十分過ぎる程に市丸とのセックスは満足している。
だが、たまには変わった趣向も身体を重ねる事に慣れた恋人同士には必要で。
その為の『お遊び』として取り入れられる事に関しては、一護もさほど抵抗はなかったのだが…。
一護の体内にローターを埋め込んだ市丸が、次に手にしたものの形状と大きさに、一護は思わず呆然とした呟きを漏らしていた。
「…ウソ…だろ…」
二股に分かれたソレは大きさも形状も、まさに凶器としか言いようのない物だった。
どちらも全体にびっしりとイボ状のものが覆っていて、その角度は個々に異なっている。
異なる男性器を模した様なその形は、一方はそれだけで中が一杯になってしまう程に太く傘の部分がぐっと張り出ている。そしてもう一方は形は細身だが、その長さが尋常ではなかった。
あんなもので突き上げられたら、腸壁を突き破られるかも知れないと思うくらいの代物だった。
いくら性には奔放で快楽に弱いとはいえ、そんなモノで責められては堪らないと、一護が思い切り抵抗すれば、市丸はそんな一護の態度など分かっていたかのように、駄々っ子を宥めるかの如く
「はいはい」とお座なりな言葉と共に、軽々と一護の抵抗をねじ伏せ、一護のアナルにその凶器を押し当てた。
「…や…、やだ…。ギン…」
あまりの恐怖にガチガチと歯の根を慣らして懇願する一護に、市丸は醒めた目で、「やから、今日のお灸はキツイ言うたやん」としれっと言い放つ。
そして、絶望のあまりにふっと力の抜けた一護の身体を支えて市丸は容赦なくソレを埋め込んだのだ。
「ああ…やっぱり一護は淫乱やなぁ。コレの大きさほぼ二本差しと変わらへんで」
クスクスと笑いながら一護を煽る市丸に、一護はくっと唇を噛みしめた。
振動する内部の凶器が、ずっと一護を苛んでいた。
通常よりもありえないくらいに広げられた入り口も内部も、ソレの大きさと絶え間なく与えられる振動で充血している。奥を中を抉られるような感覚に、始めは苦しさが勝っていたのだが、いつしか一護の身体はソレにも馴染みもっと深く味わいたいと云うように内壁がいやらしく収縮を繰り返していた。
苦痛から逃れるように僅かな快楽を見出し、一護の身体がそれに縋り始める頃になって、今度は新たな苦痛が一護を襲い始めた。
勃ち上がり快感の兆しを主張し始めたペニスの根本に填められたリングが、それを苛んでいた。
痛みと苦痛と快楽と──そして、それを見つめる市丸の視線に、一護の精神が揺さぶられる。
頭の中がグチャグチャになって、一護はもう、既にこの状態が快感なのか苦痛なのかすら分からなくなっていた。
「…あ…、アァ…っ!…は、も…。もう…っ」
「もう、なんや」
「や…もぅ…。イタイ…。も…イきた…ぃ…」
混乱する感覚の中で、一護はただ自身の解放だけを願う。
こんな玩具に弄ばれる事よりも、それに落ちる屈辱よりも…昂ぶる身体が、今は苦しかった。
もっと確かなものが欲しくて仕方ない。
「取って…。お願、ぃ…。リング…外し、て。イかせ、てぇ…!」
僅かな快感に身を委ねてそれを貪る一護に、市丸は態と呆れたようにため息を落とす。
「ほらな。言うたやろ。結局何しても一護の身体は快楽にしか結びつかへんって」
「…ふ…」
段々と霞む視界に、頭に冷たい市丸の声だけが響く。
「一護にとって、究極のお仕置き言うんは、何やと思う?…それはな、焦れた一護に…何も与えへん言う事や」
「…は…。あ…」
浅ましい程腰を振り立てて、泣きじゃくる一護の足をそっと撫でながら市丸が続ける。
「ボクはなぁ…ホンマに一護を愛してるんやで。そりゃ他のもんも、一護の事好きで…愛してるかも知れへん。やけど、一護が選んだんはボクなんちゃうの?ボクがどういう性格で…性質で…、一護ん事ダレにも触れさせたくないて思うてる事…分かっててボクんとこ来たんちゃうの?
なぁ…一護…。もっかい聞かせてや。一護が──ホンマに愛してるんは…誰なん」
市丸のその問いかけに、一護はこくりと唾を飲み込んで快楽に持っていかれそうになる頭を懸命に働かせて答える。
「ギ…。ギン…。俺が…、愛、してるのは…。ギン…だけ…っ」
荒い呼吸で途切れ途切れに告げる一護に、市丸はクッと眉を顰める。──もっとも、その顔は一護には見えなかったが…。
そして市丸は、全ての感情を押し殺したような冷たい口調で一護に告げる。
「…やったら…今日はボクの気が済むまで付き合うてもらうで」
「ふ…、も…。ギン…もぅ…やめ…て…」
涙ながらにか細い声で訴える一護に、市丸は異物をしっかりと咥え込んだ一護のアナルの入り口にそっと手を伸ばして一護の官能を煽るようにゆっくりとさする。
あられもなく開かれたその箇所を愛しげに見つめながら市丸は一護に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「一護のカラダそんな事言うてへんよ。もっとしてぇ…て言うてる。こんなモンでも感じるんやなぁ
一護。よっぽどこのオモチャが気に入ったん?」
「…ちが…っ!も…イヤ…。欲し…、ギンの…欲しい、よぉ…っ」
動かぬ身体で必死に背後を振り返り、市丸に助けを乞う。
いくら通常ではありえない形状だとはいえ、所詮玩具の動きは単調なものだ。
それに無理矢理性感を高められてはいても、その快感は生身とは比べものにならない。
市丸の熱い熱を感じて、求められているという確かな感情を身体全体で感じて…、それで漸く本当の快感を得る事が出来るのに。
冷たい玩具に無理矢理昂ぶらされた身体は、射精の戒めと共に一護の中に怖い程の焦燥感を与えていた。
このまま、市丸に思う存分貫かれたい。
どんなに激しくても、壊れそうになっても、ただこの身体に愛する男の熱を感じたい。
他じゃダメだ……。ただ、市丸だけが、本当に自分の愛する男だけが欲しいとそう思うのに。
するりと身体を滑らせて一護の横に横たわった市丸は一護の瞳を見つめながら尚も残酷な台詞を吐いた。
「挿れてくれるんなら、ダレでもええんやろ?…なぁ、一護。ココにあの二人…呼んだろか?」
ニィ…っと笑う市丸の顔は、その瞳だけが笑ってはいない。
すっと開かれた蒼い瞳の奥に、冷たさと……一護にしか分からない確かな嫉妬が見え隠れする。
その瞳を見つめながら、一護はどこか喜びに似た感情が沸き上がってくるのを感じる。
確かにこんな事は嫌だけれど…。市丸の怒りは怖いけれど…。
でも、こんな風に嫉妬を露わにした市丸から求められる事が嬉しい。
無意識にふっと笑みを落とした一護の表情を市丸が怪訝な顔で見つめる。
「…一護…?」
それに一護はかすかな笑みを湛えたまま、小さく首を振った。
「…やだ…。俺が欲しいのは…ギンだけ…。あいつらでも…こんなオモチャでもない…。ギンが…欲しい」
快楽に潤んだ瞳でそう告げる一護に、市丸がクスリと笑う。
「んな事言うてるけど、こんなんでも一護しっかり感じとるで。気持ちようさせてくれるんなら、ボクやのうてもええんちゃうん」
グイっと手元のスイッチを押し上げて玩具の振動を強に切り替える。
途端に、一護の身体が魚のようにビクビクと撥る。
「いやぁーーーっ!ごめ…、ごめん…なさ…。も…や・だぁ…っ」
ボロボロと涙を零しながら市丸に縋る一護の髪を市丸が優しい手つきで撫でていく。
充血し、敏感になった内壁を突起で容赦なく擦られて、無理矢理快感を高められる。
パンパンに張り詰めたペニスが痛くて堪らない。
「ひ…っ。も…許し…て…。お願……、おねが…ぃ…っ、ギンっ!」
「ボクが欲しい言いながら、こんなんでイクん?…ええよ。リング外したるわ。イキたいんやったら、勝手にイき」
「ヤ………っ」
バチンっと、市丸が根本のリングを外す。
突然訪れた開放感に、思わず身を任せそうになった一護は、ギッと唇を噛んでギリギリでそれに耐えた。
「…なんや…。イかへんの?外したったで、ほら」
市丸の言葉を遠くに聞きながら、一護はそれしかできないというように懸命に首を振る。
たった一声漏らすだけで、吐精してしまいそうな感覚をぎゅっと目を瞑り必死で耐える。
「…くっ…」
唇を噛みしめたまま漏れ出す声が一護に我慢の限界を告げる。
こんな…こんなモノでイきたくはないのに……。
欲しいのは──求めているのは、市丸だけなのに……。
苦しさのあまりボロボロと零れ出す涙が一護の頬を濡らしていく。
このまま快楽に飲み込まれるのだけは、絶対に嫌だった。
どんなにこの身体が浅ましくても。
どんなに解放を求めていても。
こんな事で自分の気持ちまで疑われたくはなかった。
市丸が何を持って自分を推し量ろうとしているのかは知らない。
でも、今自分にできるのは、自分が求めているのが市丸だという事を目に見える状態で分かってもらう事だけ──。
ふっと、市丸の指が広げられた入り口に触れる。
その感触にビクンと身体を震わせながら懸命に首を振り続ける一護に、市丸の静かな声が降ってきた。
「……もう、ええよ…。一護、イき」
何を言われたか分からずに、一護はただ首を振り続ける。
その頭をそっと引き寄せて、市丸が一護の唇を塞ぐ。
噛みしめる歯をに市丸の舌を感じて、一護の口がそっと開く。
「ん…、んんんーーーー…っ」
そこにすかさず潜り込んできた市丸の舌の熱さに、一護は思わず自身の舌を絡め、その拍子に思わず溜まりに溜まった蜜を思いっきり吹き上げた。
「ん…ふ…。ぅ…ふぁ…」
射精の余韻に浸るように、トロンとした表情で市丸の舌を貪る。
いつの間にか、玩具のスイッチが切られ、一護の身体が落ち着くまで長く深い口付けを与えていた市丸が漸く離れてから、一護はゆっくりと瞳を開けた。
「…ギン…」
「…ん?」
「…ごめ……」
市丸の瞳を見つめながら一護の目に再び雫が盛り上がる。
その雫を吸い取るように、真っ赤になった目元に唇を落としながら市丸が優しく問う。
「なにが…?」
「だ…って…。俺…イきたくなんか…なかったのに…。あんなので…、ギンしか…ヤだったのに…」
まるで子供のようにしゃくり上げながら言う一護を抱き寄せて、市丸はあやすようにポンポンと背中を叩いて一護の耳元に声を落とした。
「ええよ。一護が我慢してたん、ちゃんと分かっとるし。…ちょっと力抜いててな。
コレ抜いたるし…。それとも、このまんまがええ?」
「…ヤダ…っ」
ぎゅっと市丸の胸に顔を擦りつけて、激しく拒絶を吐く一護にクスリと笑うと、市丸の手がゆっくりと玩具を引き抜いていった。
ずっと苛まれ続けた圧迫感が漸くなくなった事に、一護はほっとため息を漏らす。
くたりと力の抜けた身体を抱きしめて、市丸は一護を戒めていた紐を全て解いてゆく。
漸く解放された一護は、そのまま市丸にぎゅっとしがみついた。
「も…、やだ…。俺…ギンしか…イヤだ…」
ひっくひっくとしゃくり上げながら懸命に言う一護の顔に市丸が唇を落としていく。額に、目尻に頬に鼻に、そして唇に……。
そして、分かっているというように、一護をぎゅっと抱きしめる。
「ああ…。もう、泣かんといて…。そんなん初めから分かっとるよ…。せやけどな、一護…。
分かってても許せへん事もあんねや」
「…うん…」
「もう…、せんといて…。ボクは、一護を他のもんに触れさすのも…ホンマは視界に入れる事すらイヤやねん。一護があいつらを可愛がっとるのはボクも知っとる。やから…それはもう…しゃあないから許すわ。やけど、どんなに可愛がってても、身体が我慢でけへんようになっても…一護の素肌に触れさせるような事はさせんといて…」
「ん…」
「ボクが独占欲強いん言うんは自分でもよう分かっとる。でもな、自分の恋人他のモンに触れられて許せる奴なんかおらへんで。一護は…もうちょっとそういう所分からなアカン」
聞き分けのない子供に言い聞かせるように言う市丸に、一護は今度は素直に頷く。
「ごめん…。俺も…ギンが他の奴に触れるのなんか…絶対に…ヤダ…」
「せやろ?…ああ…、やったら、今度一護が他の奴とエエことしたら、ボクもそうしよ」
いいことを思いついたというように笑いながら言う市丸に、一護がもの凄い勢いで市丸を振り仰いだ。
「え…。ダメ!そんなの、ぜってーダメっ!!!んなコトしたら、そいつもろともお前もぶっ殺すからなっ!!」
今にも噛み付きそうな一護の剣幕に、市丸が思わず言葉を失う。
だから…それと同じ事を自分も思っていたのだと…どうしてわからないのだこの子供は。
とことんまで自分勝手で我が侭で淫蕩な恋人に、市丸は人知れず深いため息を落とす。
大体、機能はともかく、自分が一護以外にその気になるなどありえないというのに……。
ヤレヤレと肩を落とした市丸に、一護がすりっとすり寄る。
そして、細い指を市丸の袂に滑り込ませて誘うように視線を上げた。
「…なあ…。…して…くんねぇの…?」
一護の誘いに市丸は目を見開く。
「俺…もう…、さっきから疼いて…ダメ…。も…欲しい…ギン…」
はぁ…と悩ましいため息を吐いて市丸に身を寄せる一護を抱き寄せながら、市丸はそっとため息を吐く。
まったくこの子は……。
懲りるという事を知らないのか。
確かに少しは…ほんの少しはお灸の効果はあったようだが、それも喉元過ぎればなんとやら。
きっと、虚の強さはこの逞しさにあるのだと市丸は思う。
だったら…と、それをさらに上回る性の悪さで市丸は一護の上に乗り上げる。
「ギン…。…って、え?まって…まだ中に…っ」
「やから、今日は何言うてもボクの好きにするて言うたやろ?」
ニィ…と、一護が思わず竦むような意地の悪い笑みを乗せて。
「挿れたまんま突いたら一護善がり狂うかもしれへんなぁ。…可愛い声で啼いてや」
「う…そっ!ちょ…、待てって!ギンっ!!!」
未だ一護の中にあるローターをそのままに、一護の必死の制止を振り切って、市丸はその愛しい身体に自分の分身を沈めた。
end
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