久しぶりの争奪戦。
別にこれ、争奪戦設定でなくてもいいんじゃないかと
書いた後で思ったり…。
(なので、特に読み返す必要も、読んで無い方も全然大丈夫!)
一応、まるーく収まった後の一コマです。

干し柿  





赤や黄色に染まっていた流魂街の山々が、少しずつ色を落とし始める頃。

今年最初の木枯らしが冬の到来を告げにくる。
ここ瀞霊廷も、寒さと共に少しずつ街並みに色を無くしていく。
そんな中、太陽を思わせる暖かな色の髪が、忙しそうに走り回っていた。

「おう!一護!」
すぐ目の前を走ってゆくオレンジの髪に、これまた鮮やかな赤毛の死神が声をかける。
「おう!恋次!」
恋次の呼びかけに同じように返して、一護は手を振りながらひょこひょこと走ってきた。
同じような暖色系の髪なのに、恋次の燃えるような赤とは違って、一護の髪はほんわかと暖かいお日様を思い出させる。
思わず触ると暖かそうで、恋次は近寄ってきた一護の髪を大きな手でがしがしとかき回した。

「っ!ナニすんだよテメーっ!」
突然の行為にびっくりし、次にぐしゃぐしゃにされた事に一護は怒ったように声を張り上げ、恋次の手を叩き落とした。
その手を呆然と見詰めて、恋次がぼそりと呟く。
「冷てえ…」
あんな色をしているから、なんとなく暖かいような気がしたのだ。
「詐欺だテメー…」
再び口の中でぼやけば、一護の眉間の皺が深くなる。
「ああ!?ナニ言ってんだよ?外走ってたんだから冷てえに決まってんだろ!」
もう…ぐしゃぐしゃじゃねえか、髪
ぶつぶつ言いながら手ぐしでざざっと直すと、一護は恋次を上目遣いに睨み付けた。

凶悪───とは、恋次の感想。

一応恋次は一護とは尸魂界での『親友』という位置にいるが、その実この凶悪なまでに可愛く愛らしい、現世の人間であり死神代行にめちゃめちゃ惚れていた。
同じ男に対して、可愛いだの愛らしいだのという言葉を躊躇なく思えるくらいに。
しかも、この上目遣いに睨み付ける表情にヨコシマな部分が直撃されるくらいに。

だが、肝心のこのお子様は、そんな恋次の気持ちなどまったく気づかず、相変わらず無防備に接してくる。
役得だとも思う一方、あまりな無防備さ加減に、「犯したろかコイツ」と何度も思ったことは内緒だ。
しかし…そんな事をすれば…いや、たとえ未遂だったとしても、あの何を考えているかわからない笑みを貼り付けた性悪狐から射殺されるのは目に見えている。

そう、その性悪狐こと三番隊長、市丸ギン。
その男こそ、この目の前の可愛い一護の恋人だった。

「あ、そだ恋次、今ヒマ?」
髪型が直ると機嫌も直るのか、さっきの剣幕はどこへやら、一護がにっこりと笑って聞いてくる。
「ヒマって…一応執務中だぞ、俺」
空しく仕事している男アピールの恋次に、一護は少し残念そうに、そっかとうつむく。
外を走っていたせいか、ほんのりと赤い頬と意外と長いまつげが影を落として寂しげにうつむく姿が妙に色っぽい。

なんだ、この天然男タラシはぁぁぁぁ〜!!!

どうせその後、「悪かったな」とか「ごめんな」とか言って、「じゃあまたな」とあっさり去っていくんだろう。
そんな事惚れてるやつからされてみろ!何が何でも行くって言うに決まってんじゃねーかっ!
そう心の中で叫ぶ恋次を知るよしもなく、一護は軽く肩をすくめると、再び恋次を見上げて
「そうだよな…ごめん、悪かったな。じゃあ、またな恋次」
と恋次が思った台詞すべてを口にのせて、あっさり去っていこうとした。

「ちょ…っ、ちょっと待てぇっ!」
「あ?」
いきなりの大声に、走りだそうとしていた一護が不審そうに振り返る。
「なに?」
「なに、じゃねーよ。何か用事あったんだろテメー」
そうぶっきらぼうに恋次が言えば、一護の口が何言ってんだというようにへの字に曲がる。
「ああ、だから仕事中ならいいよ」
「だから!執務中だが、付き合わねえとは言ってねえ!」
「…どんな理屈だよ…」
恋次の言葉に呆れたように一護が返す。
「まあ、執務中なのは確かだけど、今日は朽木隊長午後からいねえんだよ。だから、今日中の仕事もねえし、待機してりゃあいいんだよ」
「あ、そうなの?」
いや、それは大嘘だ。当然そんな事がバレれば白哉から大目玉をくらうだろう。
結果的に何もなければどこで何をしていようと大丈夫だろうが、緊急の何かがあったらどうするんだ自分…と一瞬思う。たが、目の前の誘惑には勝てない。
もちろん、そんな事情など知らない一護は、それを聞いた瞬間、飴玉のような瞳をきらきらと輝かせる。
ぜってー何か企んでるよなコイツ…とは思うが、そこは惚れた弱み。
誘いは受けるのがまず第一。文句があれば、後で一護に直接言えばいい。
「じゃあ、ちょっと付き合ってくんないかな」
ほれ、来た。
「…なんだよ、仕方ねえな…」
恋次にできる、目一杯の渋り顔と台詞で、仕方なく付き合ってやるという様を演出する。
だが、一護はそんな恋次にかまいもせず、「じゃあ、こっち」とくるっと踵を返して走り始めた。



「…って…なんだこりゃーーーっ!」

「ほら、早く入れよ!」
入り口で固まっている恋次を、一護が後ろからガンっと蹴飛ばして中へと押し込む。
「おんやぁ。阿散井くん、いらっしゃい」
ひらひらと手を振る妖怪狐。
「ああ、阿散井くんも来たの」
普段でも青白い顔に心底げっそりとした表情を乗せて力なく言うのは、三番隊副官で同期の吉良イヅル。
「なんだ、お前も来たのか、恋次」
と、これは幼なじみのルキア。
「よう、阿散井、お前もさっさと座れ」
なぜ、ここにあんたが!?と驚いた人物は恋次の先輩でもある九番隊副官の檜佐木修兵。
その他にも一護と仲の良い花太郎や、それにくっついて来たであろう荻堂など、各隊からそれぞれ一護と面識のある…正確には『一護を狙っている』輩が勢揃いしている。
それをぐるりと見回して、恋次は思わず頭を抱えそうになった。

なんだ、このメンツは…………。
そして、なんだこの目の前の大量の物体は!?

「ほら、お前の包丁。あとこれお前のノルマな」
そう言って一護から渡されたのは、大ざる一杯に入った渋柿の山と切れ味の良さそうな包丁。
呆然とする恋次にそれだけ言うと、一護はさっさと定位置…市丸の横に腰を下ろす。

そう、ここは三番隊隊舎の一角。
そして、その中には所狭しと大きなざるに入れられた柿が置かれ、その合間を縫うように集められたメンツが、もくもくと柿を剥いていた。

「ほら、恋次。空いたとこさっさと座れって」
ざるを持ったまま固まった恋次に一護が声をかけながら、目の前のざるからひょいっと柿を取る。
「なんだ…これ」
呆然としたまま言えば、一護は器用に包丁でくるくると柿を剥きながら、にっこりと答える。
「あれ、言ってなかったっけ?だから、柿剥きだよ。干し柿用の」
「干し柿……」
ふと一護の横に座る銀髪に視線を移す。

そうだった。この三番隊名物 『狐印の干し柿』

毎年、冬の初めに各隊に現れる、自作の干し柿を持った狐の妖怪。
確かに味は旨いので、恋次も護廷に入ったときからご相伴にあずかっている。
しかも各隊結構な量が配られるので、一体どうやって一人で作っているんだと思っていたが……。

「今年は一護ちゃんが手伝ってくれはるから、楽やわぁ〜」
と、にこにこしながら隣に座る恋人に話す市丸に、一護は手を休めずに視線だけあげて微笑む。
「ほれ、恋次!ぼさっとしていないで座らぬか!」
その一護の笑顔に見惚れていた恋次は、ルキアから急かされて、しぶしぶ隣に座ると声を潜めて問いかけた。
「なに、お前もかり出されたのか?一護に」
「ああ、ちゃんと浮竹隊長には許可を取ったぞ。…一護が」
……他隊の柿剥きにか……と、恋次はがっくりと項垂れる。

──浮竹隊長…そんなに一護が好きですか……

「ほら、休んでないでお前も始めろ」
そう言ってルキアが自分の分から一つとって恋次に手渡す。
「…おう…って、お前の分じゃねえか!コレ!」
「チッ。男が細かい事をぐだぐだ言うな。だからモテんのだ貴様は」
そう言いながらも、ルキアは手際よく皮を剥いてゆく。
仕方なく、口では勝てないルキアに反論するのを諦めて、恋次も包丁を取ると、見かけによらず繊細な手つきで皮を剥き始めた。

「なあ、このメンツって……」
「そうだ、一護が選りすぐった柿剥き隊だ!」
「なんだ!その変な名前はっ!」
そんな変な名前の隊に入る気なんてこれっぽっちもない!と抗議すれば、ルキアは馬鹿にしたようにフンっと鼻を鳴らす。
「馬鹿か。冗談に決まっておろう。一護が護廷でも料理ができそうなメンツを選んで声をかけたのだ」
「…で、声かけられたからって、仕事ほっぽり出して来ちまったって訳か…」
「ふふん。人の事は言えぬであろう?恋次」
にやりとルキアが人の悪い笑みを浮かべる。
「な…っ」
「阿散井くん…さっさとしないと終わらないよ…」
思わず声を上げそうになった恋次の後ろから、幽鬼のような声が掛かる。
「き…吉良!」
「ふふふ…いいかい、阿散井くん。柿はね、まだまだ一杯あるんだよ?しかも剥いたあとには吊すための縄がけもあるんだ…。分かってるよね…この作業が終わらないかぎり、うちの隊長が仕事しないって…ふふふふふ」
「お…おい、吉良!大丈夫か!?」
「まったく…僕はね、干し柿が大っきらいなんだよ…。まあ、隊長がこの時期いつも以上に仕事そっちのけで干し柿ばっかり作っているのはいいんだけど、今年はそうもいかなくてね…」
大量の柿に塗れて、どこかイっちゃってる目のイヅルに恋次がこわごわと聞く。
「それってやっぱり、一護か?」
それにイヅルは、当然というように頷いた。
「そう、優しい黒崎君はね、隊長が一人でもくもくと柿剥きしているのが可哀想だと言って…、しかも…みんなでやれば早く終わって僕の負担も減るからって…今年は三番隊総出で作業してるんだよ」
「なんつーか…」

それでいいのか、三番隊。
いや…それに振り回される他隊だって同様だ。

「泣く子と一護には適わねえって事か…」
「そうみたいだね…。本当は各隊の隊長格も来たがったんだよ。でも、それはさすがにマズイんで、黒崎君が断ったんだ。まあ、バックには隊長の脅しがしっかり入ってたみたいだけど…」
ふと、そのはた迷惑なバカップルに視線を移す。
何を話ているのか、幸せそうに手際よく手元の柿をくるくると剥く一護に、普段は絶対に見せないような万遍の笑みを浮かべて同じようにすいすいと手を動かす銀狐。
恋敵には間違いないが、ああやって一護が幸せそうに笑っているなら、仕方ないと思う。
ここにいる誰もが、一護の笑顔には適わないのだ。
だからこそ、あの狐が隣にいる事をみんな渋々ながらも認めざるを得なかったのだ。
尤も、そこに至るまでは、隊長格同士での激しいバトルが繰り広げられたりと…そりゃもう、瀞霊廷がひっくり返るほどの上や下への大騒ぎがあったのだが。
その時の事を思い返して、はあ、と恋次が一つため息を吐くと、扉が勢いよく開けられ、明るい声と共に場に華やかさが増した。

「ほら〜!みんな一息入れなさい!差し入れ持ってきたわよ〜!」

大量の鯛焼きと共に、大きなやかんを持った乱菊を筆頭に女性陣が雪崩れ込む。
そうだ。料理ができそうなメンツが男だけのはずがない。
そして、未だに一護を狙っている女性死神だって、山のように居るのだ。一護から誘われて断る訳がない。
たとえ隊長格を脅したとしてもこっちを優先にするに決まっている。

「あ〜おおきに。乱菊」
そう市丸が声をかければ、
「ばっかねぇ。あんたにじゃないわよ!あたしは一護に持ってきたの!ねっ」
そう言って一護にウィンクを返しながら、柿と人をすり抜けて乱菊がどっかりと一護の隣に腰を下ろした。
「はい、一護」
「ありがと、乱菊さん」
鯛焼きと湯飲みを一護に手渡し、甲斐甲斐しく世話を焼く乱菊に、市丸の表情が不機嫌そうにゆがむ。
「…乱菊。一護ちゃんから離れぇ」
「やあよ。てか何あたしに命令してんのよ。ばっかじゃない?」
市丸の文句をフフンと鼻で笑って乱菊が言う。
「なんやて?ここはボクの三番隊舎や。嫌やったらはよ帰り」
それに膠も無く返す市丸に、乱菊が益々声を張り上げた。
「ま〜!自隊でしか威張れないって、どんだけ小さい男なの〜?あんたそれ、みんなに手伝ってもらってる立場のやつが言うこと?あ〜ヤダヤダ。一護も、こんなのやめて、あたしのトコ来なさいって」
「…それ以上言うと、いくら乱菊でも許さへんよ」
「やれるモンならやってみなさいよ」
一護を巡る幼なじみ同士の攻防戦。
やっぱり、あの市丸に堂々と立ち向かえるのはこの人しかいなかった。
間に挟まれた一護は、この激しい口げんかに慣れているのか、張りつく二人を意に介さず、鯛焼きをぺろりと平らげると行儀良く「ごちそうさま」と手を合わせてから、また黙々と目の前の山をこなしてゆく。

その姿に…集まった人間は呆然と目を見開き…。
そしてたぶん、同じ事を思っていた。

この状態に動じないなんて…黒崎一護、恐るべし。

「…だ…大丈夫なのか?アレ……」
一護を挟んで段々と険悪になる雰囲気に、恋次は思わず青ざめる。
喚く乱菊も手に負えないが、市丸が怒れば何をするかわからない処が恐ろしい。
隣のルキアに小声で聞くと、ルキアはこの険悪ムードも気にせず、するすると柿剥きに精を出していた。
「ああ…。いざとなったら一護が止めるだろう。それに、一護を挟んでの市丸隊長と松本副隊長はいつもあんなもんだぞ。ほら、お前も気にせず柿を剥け」
淡々というルキアに、ホントかよ…と思いながら、恋次はとばっちりが来ないようにまたそっと様子を盗み見る。
その恋次の様子を横目で見ながら、ルキアが呆れたように口にした。
「…免疫が無い輩はこれだからな…。あのバカップルの側に居れば、嫌でも動じなくなるものだ。吉良を見てみろ。いつもなら慌てて止めに入っているだろうが、相変わらず幽鬼のような顔をしてフラフラしておるではないか」
ルキアの言葉に恋次はイヅルに視線を向ける。
確かに、さっきと変わらずおどろ線を背負ったまま、剥いた柿の山をフラフラと運んでいる。
そう言えば、あの二人がくっついた陰の立て役者は、この二人だったと恋次は思い返す。

現世の話にある「大岡裁判」の如く、市丸からは肩を抱き寄せられ、乱菊からは腕を引かれ…の一護は、「もう、お前ジャマ」と市丸に冷たく言い放ち、乱菊には優しく「ゴメン、乱菊さん離して」とやんわり制している。
それに拗ねるような表情を向けた市丸の頭を一護はポンポンと撫でて何事かをそっと囁くと、市丸の表情が見る間に浮上する。
対する乱菊にも小声で何事かを呟くと、あれほど煩かった乱菊が、しゅんと大人しくなる。
一体どういう魔法を使ったのか。
確かに、扱いには慣れきっている。
子供だ子供だと思っていた一護だが、果たして、もしかするとこの中では一番の大人なのかも知れなかった。


そして、その当の本人は。
一護の牽制虚しく再び張り付いてきた二人を纏わせながら。
これまたのんびりと、今年の干し柿は甘くなるといいなあ…と考えていた。




 end



米護廷『柿剥き隊』(笑)
いや、ギンがやるなら一護は当然手伝うだろうと。
そしたら、狙ってる奴らもきっと……と(笑)
ちなみに、一護がギンに囁いたのは、「これ終わったら相手してやるから」
んで乱菊には「乱菊さん。やんないなら帰る?」の一言。
この一護、すっかり操縦法に長けてます。