三番隊の宝物 その2





ぱたぱたと、軽い足音と共に暖かくて強い霊圧が近づいてくる


それにつられて目を通していた書類から顔を上げれば、軽いノックの後、我が隊の宝物の少年が
ひょっこりと顔を出した

「こんちは、イヅルさん ギンいる?」

現世の死神代行黒崎一護
ただ今護廷に吹き荒れる『一護争奪戦』の渦中人物で
そして、人知れず、三番隊隊長市丸ギンの愛してやまない恋人でもある

「やあ、黒崎君」
にっこりと笑いかけると、一護はするりと猫のように執務室に滑り込む
「あれ?ギン…またいねえの…?」
また、仕事をサボってんのかと言うようにトレードマークの眉間の皺を深める一護に
イヅルは笑いながら首を振った
「今日は違うよ 午後一から隊首会なんだよ もうすぐ終わると思うけど」
取り敢えず今日はサボっているわけではないと告げると、一護はほっとしたように笑みを零す

「そっか …じゃあ、待っててもいい?」
未だに一々イヅルの了解を取る所が律儀で可愛らしい
ぶっきらぼうで傍若無人に見えて礼儀正しく義理堅い性格なのが、尚更人を惹きつけるのだろう
きっと彼ならどこに行っても大歓迎で受け入れられているだろうに
その一護に「もちろん」と頷きかけて、イヅルは、はたっと気がついた

「…ねえ、黒崎君」
「ん?」
ああ、だから、そこで小首なんて傾げない方がいいよ
そんな他愛もない仕草で落ちる死神が山ほどいるから…
と、すっかり恋心を封印したはずのイヅルが思う

「えっと…ここに来るまで、誰かに会った?」
とりあえず、ぐらぐらきそうな一護の仕草には目を瞑って本題に入る
「いや…一応気をつけてはいたから…会ってないと思うけど… 全然とは…言い切れない…」
「そうか…」
一護の答えにイヅルは難しい顔をする

どんなに気をつけてはいても、一護は自分の霊圧がバカ高いという自覚がない
しかも、抑える術を知らないから、ほぼ垂れ流し状態
恐らく今一番隊に集まっている隊長格にはバレバレに違いない
それどころか、現在各隊で執務中の副隊長以下上位席官も、きっと一護が今三番隊にいる事に
気がついているはずだ
このままここへ置いておくのは危険すぎる

さて、困ったな…と思う

護廷十三隊内を吹き荒れる『争奪戦』
それは収まるどころか水面下ではどんどん激しさを増す一方
そして、肝心の一護と唯一争奪戦に加わらなかった三番隊隊長とは秘密の恋の真っ最中なのだ
偶然にも二人の関係を知ってしまったイヅルは、色々思う所があって、その秘密に荷担している
一人だった
取り敢えず一護が望むまではバレる訳にはいかない

「なんか…不味かったかな、俺…」
心配そうに呟く一護になにか良い案はないかと頭を巡らす
ここ一番、吉良イヅルの頭の見せ所
だてに秀才だった訳ではないのだ

そして…

あ!

「黒崎君、ちょっと…」
イヅルは良いことを思いついたというように、ちょいちょいと一護を手招いた



あ、一護ちゃんや

定例と化した退屈な隊首会の真っ最中
あくびをかみ殺しながら各隊の報告を聞いていた市丸が、ふと愛しい霊圧を拾った
今日は学校が半日で終わるため、午後から来る事は知っていたが、予定よりも早い時間に
思わず市丸の頬がゆるみそうになる
学校終わってから飛んできてくれたんや…
あくまで現世の生活が第一、と 市丸にとっては少々そっけない所もある恋人だが
その実一護は一旦懐に入れてしまうと、誰よりも優しく甘やかしてくれる
まあ、甘やかすだけではなく締めるところは締めてくるのは天性の兄属性なんだろうが、
それでも現世の家族ときちんとバランスを取りながら、こうして市丸の所にも飛んできてくれる
まるで早く会いたいと言われているようで、市丸の心がほかほか温かくなる

だが、しかし

その愛し子の霊圧に気づいたのは何も自分だけではない
この場のほぼ全員がさっさと隊首会を終わらせて飛びださんばかりにそわそわしているのがわかる
…やから、一護ちゃんはボクのやっちゅーねん
その台詞をこの場で言えたらどんなに楽な事か…
自分と一護が人もうらやむ恋人同士なのを知りもしない輩が、これでもか!というようにわらわらと
一護の周りをうろつく
一護が旅過として尸魂界に来た時から、会う死神をことごとく虜にしてゆき…気がついたら各隊の
隊長格はもとよりその副官、席官にいたるまで一護に恋い焦がれる始末

つーか、モテすぎや…一護ちゃん

モテモテの恋人が自慢な反面、さすがにここまでは勘弁して欲しいと思う
市丸自身は正直いつ誰にバレようがまったくかまわないのだが、…というか、さっさとバラして
ざまーみろと言ってやりたいのだが…肝心の一護がどうしても首を縦に振らないのだ
今まで──、市丸と知り合って付き合い始めてからの一護を考えるとそれも分からないでもない
慣れない死神代行と高校生という二足のわらじで大変だった上に、ルキアの件で死闘を繰り返し
ようやく今、落ち着いて恋人との時間を過ごせるようになったのだ
ここで市丸との関係がバレてしまえば、また一悶着起こるのはいくら鈍い一護でも容易に想像がつく
だからこそ、もう少しだけ誰の横やりも入らない状態でいたいという可愛い願いに市丸も頷かざるを得なかったのだ

ほんま、うっとおしいわ どいつもこいつも…

正直彼らさえ諦めてくれれば、今頃めくるめく恋人ライフが待っていたのに…
ああ…あかん これ以上煮詰まったら、どいつもこいつも射殺しとうなってくるわ…
まったくもって鬱陶しいことこの上ない
だが、愛しい恋人の願いを無下にする訳にもいかず、我慢に我慢を重ねている市丸に可愛く
「ごめんな」と言うあの瞳には勝てずに…
取り敢えずさっさとこの退屈な会が終わって愛しい身体を抱きしめたいと、市丸は愛しい霊圧に
思いを馳せた


久しぶりに尸魂界へとやってきた一護に一刻も早く会いたいと思う気持ちは皆同じなせいか
思ったより早く終わった隊首会から、他の隊長を振り切って瞬歩で三番隊へと戻ってきた市丸は
執務室の扉を開けた瞬間、おやっというようにきょろきょろとあたりを見渡した

「…あれ?一護ちゃん、ここおったんやないの…?」

どこかに隠れているのかというようにあちこち探し回る市丸に、呆れたようにイヅルが声をかける
「隊長…いくらなんでも、そんな所には居ませんって…」
ひとしきり、ソファの影や隣の副官室、はたまた執務机の下を覗き込み、何を思ったか市丸は
引き出しまで開け始めた
「え…そやけど、確かに一護ちゃんここ居ったよなあ?」
確認するように聞いてくる市丸に、イヅルは鷹揚に頷いた
「ええ、確かにさっきまでは」
「え、ならどこ行ったん?」
不思議そうにそう聞いてくる市丸に、イヅルは耳を貸せと言うように合図する
「なんや?」
不審気に呟く市丸に、いいからというように耳を引っ張ると口早に用件だけを言う
「え?そうなん?」
「ええ、さすがにバレちゃマズイんでしょう?ほら、もう早速お越しですよ」
ちょいちょいと、イヅルが閉じられた扉の向こうを指させば、わらわらと隊長格の霊圧が犇めき
合っているのを感じる

「まったく…しゃあないなあ…」
と市丸が呟くと同時に静かな執務室にノックの音が響き渡る
「はあい、どなたさん?」
それに鷹揚に返事を返すと、返事もなく扉が開けられる
「おやあ、みなさんお揃いでどうしはりました?」
ことさらにのんびりと口にすれば、今にも乗り込んで来そうな勢いで今まで一緒だった隊長格が
顔を揃えていた

「…ここに黒崎一護が居ると思ったのだが…」
口火を切ったのは、現在一護を娶るというドリーム真っ最中の六番隊隊長である大貴族朽木白哉
それに続いて、元上司の狸親父が口を開く
「サボり癖のある君がさっさと隊舎に戻るなんてね… 君もいよいよ参戦という訳かい?」
いっそ穏やかといえる笑みを浮かべながらさらりと牽制をかけてくる藍染に市丸は慣れた様子で
切り返す
「はて、なんのことやら …って言うかボクが自分の隊舎に戻るんがおかしい言わはりますの?」
その言葉に藍染の米神がぴくりと筋を立てる
一触即発とも言える状態に現実的な言葉で割って入ったのは、神童と名高い最年少隊長
「おい、吉良 一護は何処行った?」
僅かに霊圧は残るものの、今現在ここには居ないと言うことは一見しただけで誰もがわかっている
さくっと居場所を尋ねるあたり、さすがに神童、切り替えが早い
だが、それに対するイヅルの答えは、ここにいる全員を裏切るものだった

「さあ…確かにさっきまではココにいましたが… 用件を済ませた後すぐ出て行きましたよ?」
しれっと言い放つイヅルに隊長格が顔をしかめる
「どこに行ったかは知らないのかい?」
珍しく体調がいいのか、病欠せずに隊首会に参加していた浮竹が代表するように聞いてくる
「さあ… あ、でも朽木さんのところに顔を出すとは言っていましたが…」
イヅルのその言葉を最後まで聞かずに瞬歩で去って行ったのは、その義兄
それにつられるように次々と何事もなかったかのように一人、また一人と姿を消す
それを見送りながら、イヅルは市丸と顔を見合わせ、やれやれというように肩をすくめた


「はい?一護なら先程顔を出しましたが…」

十三番隊平隊士朽木ルキア
だが、平隊士とはいえその実力は席官クラス
そして…今では一護と最も親しい人間として、隊長格からも一目置かれていた
このルキアを助け出す為に尸魂界に一護が来たことは既に皆の知るところ
それ故に、ルキアの機嫌を損ねると言うことは一護への印象に直結するということを
この争奪戦メンバーは嫌というほど分かっていた
万が一ルキアの機嫌を損ねて、あることないこと吹き込まれては堪らない
それは、すぐさま一護争奪戦から脱落することを意味するのだ
かくして今現在、この護廷で一護に次いで権力を担っているのはこの朽木ルキアに他ならなかった
あくまで、争奪戦メンバーにとって、ではあるが

それが何か?と言うように首を傾げるルキアに、あくまで上から目線で問いただしたのは他ならぬ
義兄の朽木白哉だった
「お前と会ったことはわかっている 私が知りたいのはその後どこへ行ったかだ」
おおー、さすが長年ルキアの兄をやってきただけはある
ずばずばと知りたい事だけ切り込んでいく白哉に一同は心の中で拍手を送った
だが、それに対して長年の確執が取れたせいかルキアは堂々と言い放った
「知りませぬ 第一、一護は幼子ではないのですから、一々私がどこへ行くのかと詮索する謂われもないですし」
それに…とルキアは雁首そろえた面々に呆れたようにため息をつく

「各隊の隊長格の皆様がそろいもそろって何事ですか?そんなに気になるのであればあやつの
霊圧を探れば良いのではないですか?どうせ一護は霊圧なんぞ垂れ流しでしょうに…」
「それがな、朽木 お前と会ったまではわかるんだが、それ以降の霊圧がとんと消えているんだよ」
ルキアの上司である浮竹が取りなすように言う
なにか知らないか?と言外に聞いてくる上司にルキアはそっけなく返す
「さあ…霊圧を感じられないという事は、もう現世に帰ったのではないですか?」
ルキアのその言葉に、集まった隊長格は口々に漏らす
「やっぱり、もう帰ってるのかなぁ…」
「いや京極、それはあり得ないよ だってさっき来たばかりだろう?」
「でも僕達でも探れないとなるともう尸魂界には居ないんじゃあないのかな…」
「おい、朽木 一護は何か言ってなかったか?」
分からないことは聞く方が早いとばかりに日番谷が問いかける
「さあ…特には… 単に近況を話したくらいで別れましたから」
「…まさか、私を待ちわびて屋敷に居るのでは…」
常日頃嫁にすると豪語している四大貴族の当主がぼそっと呟けば、集まった面々がナイナイと
手を振りながら突っ込む
「ふむ…でもここまで綺麗さっぱり霊圧が消えている以上現世に帰ったと見なした方が理屈は通るね」
裏では何を考えているのかわからない狸をそっと忍ばせながら穏やかに藍染が呟く
その言葉に、皆がっくりとうなだれながら場に諦めムードが漂う
それを切り上げるかのようにルキアが口を開いた

「では、浮竹隊長、私はそろそろ業務に戻らせていただいてかまいませんか?」
にっこりと、内心バカ共の相手はこれで仕舞だということはおくびにも出さずに、生真面目な隊士
よろしくルキアが上司に了解を求める
「あ…ああ、すまなかったな朽木 もういいよ」
自隊の隊長の言葉に、ゆっくりと頷きながら、ルキアは雁首そろえた隊長格を見渡して礼儀正しく
一礼をする
「それでは、皆様失礼いたします」
にっこりと笑顔のまま顔を上げて、ルキアはとっとと踵を返す
はあ…どいつもこいつも馬鹿ばかりだ… がんばれよ一護
心の中で大事な盟友にエールを送る

そうして、呆然自失の隊長格を尻目に、ルキアは業務に戻るべく足早にその場を去った



「なんか俺迷惑かけちまったな…」

市丸の腕に身体を預けてぽつりと一護が呟く
それに、市丸は一護の額にそっと唇を落とすと慰めるように囁いた
「気にせんと 今はまだバレる訳いかへんのやから、そこは割り切らなしゃあない
イヅルにも、ルキアちゃんにも、いずれちゃんとお返ししたらええんやから」
市丸のその言葉に申し訳ない気持ちが募りつつ、小さく頷いて一護は身体の力を抜く

この関係がバレたくないというのは、単なる自分の我が侭なのは十分承知している
だけど、ようやく訪れたゆったりとした恋人との時間を堪能したいというのは、今の所一護にとっては
譲れない一線だった

「それにしても、よう隊長格騙くらかせたなあ」
若干感心したように呟く市丸に、状況がよく分かっていないながらも、一護が説明を始めた
「うん…俺も…正直どうやったかはよく分からないんだけど…」

そういって説明する一護の話は要約するとこういうことだ

まず、イヅルは三番隊に来た一護の霊圧を残したまま、瞬歩でルキアの元まで一護を送り届けた
そして、ルキアに会った後自分の痕跡と、ルキアと二人がかりで一護の霊圧を消す鬼道をかけて
念のため一度穿界門まで送り届けてから、その場に一護の霊圧の痕跡を僅かに残した後再び
瞬歩で一護をここに非難させた…と言うわけだ

さすがに一人だと鬼道の熟練度は隊長格に遙かに及ばないものの、仮にも副隊長のイヅルと
鬼道ではトップクラスだったルキアが組めば、さすがの隊長格でもだまし仰せる事は可能だ
しかも、やることは単純 一護の霊圧を抑えるだけに過ぎない
だから、一護が人知れず隠れる場所さえ確保できれば、さして無理な計画ではなかった


と、そこまでをつたない説明で話す一護に耳を傾けながら、やっぱり副官をさくっと巻き込んでおいて
つくづくよかったと市丸は思う
イヅルが一護に対して邪な気持ちを持っている事くらい、もちろん市丸は知っていた
正直、何回か射殺してやろうかと本気で思った事もある
だが、一護との事がバレて…というかバラして以来、どういう心境の変化か、しっかりちゃっかり
ルキアとタッグを組んで、一護の恋を守ろうと色々手を尽くしてくれている
まあ…そのおかげで、最近堂々と仕事をさぼれなくなっているのは
どうにかして欲しいと思うのだが……
とりあえずは、あの二人には滅多にしない感謝というモノをしておこうと市丸は思い、
自分の心境の変化にくすりと笑みを漏らす
その僅かな気配に一護の顔が上がり、不思議そうに首を傾げる

「ギン…?」
「ん、なんもない…」
そう言って市丸は腕の中の子供をぎゅっと抱きしめる

このボクが、人の好意が有難いと思う日が来るなんてなぁ…
つくづく、先の事なんて分からないものだと思う
灰色だった自分の世界に飛び込んできた鮮やかな光
気まぐれに訪れた現世で出会ったその光は、一瞬にして無味乾燥な自分の世界を
塗り替えてしまった
その光が、今自分の腕の中に留まっているという奇跡
こんな大事な存在を、みすみす他の者に取られて堪るものかと市丸は思う
そんな思いを込めて、腕の中の愛しい光を抱き締める腕に力を込めれば、一護はされるがままに
市丸に身体を預けてくる


「…にしても、えらい場所やなぁ… なんでこんなトコ知ってたん?」
双極の丘の地下にある秘密の訓練所──そこから、ほんの僅かに離れた場所に作られた
もう一つの空間
さすがに、地下訓練所の方は恋次が知っている為逃げ込む事はできず、途方に暮れていた一護が
ふと思い出したのがこの場所だった
「ん…実は俺も忘れてたんだけどさ… 前に夜一さんから何かあったらココ使えって言われてたの
思い出して…」
「そうか…」
元二番隊隊長兼、元隠密機動総司令官である大貴族──四楓院夜一
その一筋縄ではいかない彼女ですら、一護には相当に甘い
恐らくそれは今の尸魂界の争奪戦状況を見越しての彼女なりの配慮なのだろう

「なんか俺、ホント色んな人に迷惑掛けまくってるよな…」
そうして、一護はふうっとため息をついて申し訳なさそうに呟く
「ごめんな、ギン」
そっと身体を預けながら上目遣いに市丸を見る
それに普段見ることのない大人の余裕で市丸が微笑んだ
「ええよ 一護ちゃんとゆっくりしたい言うんはボクもおんなしや」
「うん…」

その言葉に一護は安堵の表情を浮かべる

市丸がこの状況に煮詰まっているのは分かっていた
確かに、一護が好きなのは、恋人に選んだのは市丸だという事は彼自身十二分に分かっていると思う
だけど、この独占欲が強い男が、自分の恋人が他の人間…いや死神から言い寄られている姿を
見ているのは、恋人としては面白くないだろうと言うことくらいは一護にも分かる
自分が逆の立場だとしても、きっと面白くないだろう
きっと、あられもなく焼き餅を焼いて、恋人の言葉さえ疑っていたかも知れない
それを、自分の我が侭で我慢してくれている市丸を、一護は心底愛おしいと思う
この目の前の恋人が、実はどんなに甘えたで独占欲が強いかを重々承知しているから尚更だ
普段我が侭なくせに、こういう所だけは大人な恋人に、一護はやっぱりこの男が好きだなあと改めて思い、自分からその広い胸に頬を寄せた

「…どうしたん?」
滅多に見せない一護の甘えた姿に、市丸の顔が綻びる
愛しくてたまらないというように、一護の鮮やかな髪にゆっくりと指を絡ませて何度も何度も愛しそうに髪を梳く
「一護ちゃん」
「…うん…」
求めるようなその声に、一護は素直に顔を上げて、近づいてくる薄青の瞳にゆっくりと瞼を落とす
そっと触れ合う口唇に合わせるように、市丸の首に腕をまわして、もっと…言うように引き寄せる
しだいに深くなる口付けに一護も自分から求めるように舌を絡めた

静かな空間に、くちゅくちゅと水音が響きだし、やがて飲み込み切れない唾液が一護の顎を伝い落ちる頃になって、ようやく離された唇に、一護は足りないと言うようにまた自分からキスをねだった
お互いに、相手の口腔を堪能しながら、市丸がゆっくりと一護を横たえる
そこで、ふと市丸が労るように一護に声をかけた
「背中…痛ない?」
「うん…平気」

むき出しの切り出したばかりのような岩の上
さすがにこのまま抱いたら可哀想かな…と市丸は思う
基本的にはSの市丸だが、愛しい相手を痛めつけるようなセックスには興味はない
いや…ないことはないのだが、一護に対してはとことん甘やかせたいとも思う
思う存分泣かせたいとは思うけれど、どうせなら快楽に溺れて自分を求めて泣く姿のほうがそそられる
羞恥と快楽でトロトロに溶け出す一護に官能を満たされるから、それ以外はとことん労ってやりたいと思うのだ
だから、すでに快楽に落ちかけている一護がけなげに大丈夫だと言って腕を伸ばすのに
市丸は「よっこいせ」と再び一護の身体を起こして労るように抱きしめた

「…ギン…?」
いつもならすぐにも与えられる愛撫に、身を任せようとしていた一護が、その市丸の様子に怪訝そうな表情を浮かべる
「ん?」
「…しない…の?」
すぐにでも欲しいというような一護の顔に、市丸はくすりと笑みを漏らす
「するよ?」
「ん…だって…」
なにかあったのかと言うように首を傾げる一護に一つキスを落として市丸が囁く
「下、固いやろ… このままやと一護ちゃん辛ろなるからな 今日は座ったまますんねん」
「座ったまま…って…」
あからさまに体位を口に出されて、一護の顔にうっすらと紅が捌ける
ほんのりと色づいた一護の表情が、身体が、幼い色香を醸し出す
それに、一瞬市丸はくらりとするような目眩を覚えて、引き寄せられるように目の前の喉元に優しく
唇を落した
「ほんまは、はよ家に連れてってあげたいんやけど… さすがにまだウロチョロしよるやろうしな…
せやけど…我慢できへんねん… ごめんな…」
そっと囁けば、市丸の背に回された一護の手が、ぎゅっと羽織を掴む
「ん…俺も… …ギンが欲しい…」
その言葉を合図に、二人は甘やかな口付けを交わす


その頃──外では案の定、市丸が懸念した通りあきらめの悪い隊長格は、尚も一護を探して
瀞霊廷内をかけずり回っていた



そんな喧噪をよそに──、恋人達は秘められた空間でどこまでも甘い時間を過ごしていた



※争奪戦続きです。
争奪戦といいながら、激しくギン一
他の隊長格の方々も、こんなにさくっと
騙される訳ないと思うんですが…
まあ、そこはスルーで。