三番隊の宝物




各隊への書類を漸く届け終わり、自隊の執務室前でイヅルはふと足を止めた

ここは三番隊執務室
それは間違いないのだが───
うっすらと中から漂ってくる霊圧にイヅルは首を傾げる
そして、もう一つ
書類を届けに出るまでは確かに居なかったはずの自隊の長

「?」
とりあえず、中に入らないと状況がわからないと思い、扉を開けたイヅルの目に
とんでもない光景が飛び込んできた

あまりの驚きに思わず後ろ手にバンっと扉を閉める
と、その音に驚いたのか、うつむいていた顔がぱっと上がった
「あ、イヅルさん お邪魔してる」
「も〜、一護ちゃん集中してぇな」
「はいはい」

やっぱり、いた
恐らく本人は気づかないうちに外に漏れないようシールドされていたのだろうが、その霊圧は
紛れもなく、今目の前にいるオレンジ色の髪の少年のものだった

今現在、尸魂界で最も有名人、現世の死神代行である黒崎一護
その彼が執務室のソファに座りうつむき加減で先程から作業を続けている
そしてその膝の上には銀色の頭を乗っけて上半身だけ寝そべった狐
開いているのかどうかわからない目をして、口元は笑っているが、
その顔はいつもの人を食ったような笑みではなくて、へらへらと笑み崩れている

なんというか…状況が、理解できない

いや、やっている事はわかるのだが、イヅルの頭のなかにハテナマークが飛び交う
「く…黒崎君… あの、何やってるんだい…?」
呆然としたまま問えば、一護は手元を止めてその飴玉のような目でイヅルを見上げきょとんとして言う

「なに…って 見てわかんねぇ?──耳掻き」

そう、耳掻き
それくらいは見てわかる
一護の手にはよく見る竹製の耳掻きがしっかりと握られていたからだ
わからないのは…

「な…なんで君が、隊長の…っ!?」

思わず声を張り上げたイヅルに冷たい声が飛ぶ
「うるさいで イヅル」
「い…いや、でも…っ」
「ほら、ギン、動くなって」
「あ〜せやった せやけどうるさいんやもん、イヅルが」
さっくりと人のせいにして、市丸の頭が一護の膝の上でごそごそと姿勢を探る
「んー、もうちょっと頭こっち向けて」
「こう?」
「ん」

その二人の様子を擬音にするならば…ほのぼの、いちゃいちゃ…らぶらぶ?
いや、擬音にする必要などこれっぽっちもないぞ!何か間違えてるぞ、吉良イヅル!
とイヅルは混乱した心の中でセルフツッコミを入れる

無理もない 黒崎一護といえば、歩いているだけで、どこからともなく隊長、副隊長格がわらわらと
沸いてくるほどの超人気ぶりなのだ

あの、堅物で有名な六番隊長が脇目もふらずに一直線
あげくの果てには「嫁にする」とまで言い出したのは記憶に新しい
しかも、それに付く赤毛の副官は運良く『親友』という立場を得たものの、どこまでが友情なのか
全員があやしいと思っている
ときおり六番隊舎から、虚の断末魔のような声が瀞霊廷中に響き渡っている事は周知の事実だが、
止めに入るものなど誰もいやしない

その他にも…
十番隊の隊長は悲しいかなその容姿から弟にしかみられていないが、中身はしっかり『漢』なのは
誰でもみんな知っている そのうち絶対に動き出すに決まっている

十一番隊長はあいかわらずの喧嘩上等で見かけるやいなや『相手しろー!』と追いかけ回しているが、
本当にそれだけなのかは誰も怖くて聞けない
しかも十一番隊は三席、五席までもが一護を見ると目の色を変えてすっ飛んでくる

八番、十三番の隊長にいたっては、いい年して(失礼)片やべたべたとひっつこうとして玉砕を繰り返し
片や病弱アピールで愛情というより同情を買い…自隊の副官とこれまた自隊の一護ともっとも親しい
六番隊長の義妹から冷たい視線を投げつけられている

同じアダルトな雰囲気を漂わせる温厚で有名な五番隊隊長も、最近では『本当にこの人温厚なのか!?』
と思わせるようなアブナイ雰囲気がただよっているし、顔に恥ずかしい入れ墨を持つ九番副隊長などは
今まで憧れまくっていた美女からあっさりと方向転換したものの、隊長格に阻まれて近づくことすら
できない始末

女性死神にいたっては、もうどれが敵か味方か…女の世界はつくづく怖い…

と、つらつら考えただけでも混戦状態な今の尸魂界

当の本人はといえば、時には殴り倒し、時には笑顔でさっくりと切り捨てていたって平和に過ごしている
元々死神からすれば子供も子供 まだまだ恋愛には疎かろうとそんな少年に翻弄されながらも
みなそれぞれ仕方ないとため息をつきながら、水面下の攻防戦は激しさを増している今日この頃

だから、今この目の前の状況に驚かずになんとしよう

わずかな瞬きの間にここまで一気に考えて、イヅルは上司の笑いを含んだ声ではっと我に返る

「ひゃあ、くすぐったい」
「動くなって くすぐったいか?」
「ん〜 でも気持ちええ」
「どっちだよ」
「くすぐったいけど気持ちええんやもん」
「なんだよそれ」
白いふわふわした所謂梵天と呼ばれる部分で市丸の耳を優しくかき回す一護に市丸が抗議とも甘えとも
つかない声を漏らす
それに対する一護は口調こそぶっきらぼうだが、いつもの眉間の皺をゆるめ心底幸せそうに微笑んでいる
どう見たって、昨日今日の付き合いではないことくらい、嫌でもわかってしまう

そこで、ふとイヅルは思い当たる

そういえば…、これだけ激しい攻防戦が続く中この狐だけが、我関せずと飄々としていた事を
正直、上司の好みなどどうでもいいが、真っ先に参戦していてもおかしくはないのに

同期である恋次と仲がいいせいもあって、イヅル自身は一護とはよく話す方だと思う
時にはみんなで食事に行ったりと、それなりの付き合いもある
あの渦中に堂々と名乗りをあげる気はないが、密かにあわよくばとも思っている
だが、こんなお祭り騒ぎの中、一番騒ぎそうな人物が静観していたというのは、今更ながら
おかしかったと気づく
だが、どこをどう切り取ってみても、この狐と一護の接点がまるで見られないのだ

だとしたら、一体いつからこうなのだ!?

「はい、終わり 次こっち向いて」
「はいな〜」
「隊長!」
一護の言葉に体勢を代えようとした市丸に、ようやくイヅルが声をあげた
「なに?」
市丸が反転しかかった身体をひねって、イヅルを見据える
「てか、黒崎君!」
「ん?」
「どっちやねん」
軽く突っ込む市丸を無視して、イヅルは心からの叫びを声に出す

「つーか、二人ともいつから付き合ってんですかっ!!!???」

イヅルの悲痛な叫び声が木霊するほど静まりかえった執務室
一瞬しーんとなった部屋の静寂を破ったのは、いっそのんきとも言える一護の声だった

「…いつから…だっけ?」
「ああ!?なんやて!?一護ちゃん、ボクらのあのめくるめく初夜を忘れた言うんか!?」
「ばっ…!初夜言うなっっ!バカかお前っ!」
「やってそうやもん しかも一護ちゃんお初やったやないの」
「ばっ…イヅルさんの前で何てこと言うんだよっっ!!」
ああ…そうなんだ…お初だったんだ
だろうね… そうだろうと思ってたよ… って、突っ込むのはそこなのかい黒崎君
すでにそういう関係だってことはどうでもいいんだね…

一護の言葉に思考がぐるぐる回り出したイヅルに、尚も二人の甘い言葉が続く

「あ〜ほんま あの時の一護ちゃん可愛えかったなぁ…」
「……っ あっそ、じゃああの時の俺はもういないから一人で思い出に浸ってれば?」
「何言うてんの 自分に焼き餅やいてどないするのん 
今でも一護ちゃんは可愛ええよ 益々ボク好みや」
「なにバカ言ってんだか…」
「やってほんまの事やもん」
「…ギン…」
「あのー よければ先に質問に答えてくれませんかね?」
このまま甘い雰囲気に飲まれてしまいそうな所にイヅルの呆れたような一言が割って入る
それに対して市丸はチッと行儀悪く舌を鳴らし、一護は我に返ったようにぽりぽりと頭を掻く
「邪魔せんとき、イヅル」
「ギン」
剣呑な空気を纏わせようとした市丸の髪を一護が宥めるように指で梳く
怒るでもなく咎めるでもなく、ただ名前を呼ぶだけで市丸の空気がふっと和らぐのにイヅルは内心
驚きを隠せない

すごい…黒崎君… 隊長の操縦法を完璧に心得てるよ
黒崎一護の神髄ここにあり

「んー、あれいつだっけ… まだルキアが俺ん家居る時だよなあ」
「そうそう、ほんま苦労したんやで〜 まあルキアちゃん聡い子やから助かったけど」
「なんつーか、もうバレバレでさ… 本当に恥ずかしかったんだからな、俺」
「まあ、気にせんと あれでもルキアちゃん一護ちゃんの十倍は生きてはるんやし、そんな事くらいでは
驚かんよ」
「まあ…そうなんだろうけど… やっぱりほら、外見からして上には見えねえじゃん
しかも、毎回ルキアが逃げ出す先がゲタ帽子のトコだったから、もう嫌み言われるわ揶揄われるわ…で
散々だったんだからな」
「ああ…浦原の兄さんなぁ… ほんまあの人が一護ちゃんにいたらん事せんか気が気やなかったわ」
「つーか、しっかり釘指してったくせによく言うよ」
「やって心配やん」
「だから、それが余計な心配だってんだよ 俺が好きなのはお前だろ」
「ん〜分かってんねんけどね」
「いやいや!だからっ!」
「「あ、イヅル」 さん」
「…二人とも今気づいたように言わないで欲しいんだけど…」
放っておいたらいつまでも続きそうな戯れ言にイヅルの米神がひくりと痙攣する

「つまり…要約すると… 二人とも知り合ったのは黒崎君が尸魂界に来る前だったって事?」
「うん」
「せや」
目の前でオレンジの髪と銀色の髪が同時にこっくりと揺れる
「…てか、隊長!そんな事おくびにも出さなかったじゃないですかっ!」
イヅルの抗議に市丸はいつものように飄々とした態でさらりと言う
「あたり前やん」
「ああ、それ俺が頼んだ」
「え?」
「んー、だってあの時は俺は尸魂界からしたら敵だったろ?ルキアはともかくギンと知り合いじゃあ
コイツの立場マズイだろうと思って 一応隊長だし」
「そうなんよ〜 ボクはかめへん言うたんやけど、一護ちゃんがボクの立場第一に考えてくれはってなぁ〜
やから、一護ちゃんの気持ち汲んで知らんふりしてたんや」
ほんま優しい子やろ〜
と市丸の顔がだらしなく崩れる
「まあ、ほんまに危のうなったら他のもんボクが射殺そ思てたけど」
にっこりとした笑顔のまま物騒な台詞を吐く市丸に、イヅルは心底胸をなで下ろす

よかった…黒崎君が強くて……

もしそうじゃなかったら、今頃尸魂界は市丸の謀反で阿鼻叫喚と化しているだろう
そして、その副官であるイヅルは、市丸に付いたらついたで謀反者として追われ、付かなかったら
付かないであっさりと神鎗の餌食となっていただろう
どちらにしても命の保証はなかったに違いない

ああ…心底よかった 

今イヅルがこうして無事に生きていられるのは一護のお陰と言っても過言ではない
そして、瀞霊廷が『一護争奪戦』と呑気な事をやっていられるのも、ある意味一護のお陰なのだ
なんというか…はた迷惑この上ないこの二人
その二人はイヅルの胸中など知らずに相変わらずほのぼのムードを漂わせている
イヅルに背を向けて、一護の身体に顔をすりつけるようにして寝転がる市丸に、一護は再び耳掻きを
持ち替え、さじを使ってさくさくと耳掃除に勢を出す
その間、一護の反対の指はまるであやすように市丸の銀糸をゆっくりと梳いている

はあ…

イヅルの口から声にならないため息が漏れる
なんて事はない光景なのに、なんだかイケナイ場面を目撃したような気分になるのはナゼだろう
普段は少年らしく照れ屋な所がある一護が、まったく照れも見せずに当たり前のように市丸を懐かせて
あまつさえイヅルの前で市丸の髪を愛しそうに梳いているなんて
たぶん、市丸はそんな状態を十分わかっていながら、愛しい恋人の仕草を堪能している
目の前のイヅルを見事なほど無視して

ああ、バカらしい
馬に蹴られて死んじまえ…と言われる前に早々にここから立ち去ったほうが賢明だろうと
踵を返したイヅルに背後から市丸の声がかかる

「イヅル、今見たことはナイショやで?」
「はあ…まあ、いいですけど…」
呆れたように振り返るイヅルに今度は一護が口を挟んだ
「ごめんな、イヅルさん …そのうちちゃんと皆には話すから…」
済まなさそうに目尻を下げて言う一護に、いいやと言うように首を振る
「いいよ、君と秘密を持つのも楽しそうだからね」
そうにっこり笑って言うと、すかさず焼き餅焼きの上司がツッコンだ
「お前と一護ちゃんの秘密やあらへん ボクと一護ちゃんの秘密や」
「…知った以上同じ事でしょうが…」
呆れて返すと「もしバレたら射殺すで」と物騒を呟かれた
それにおざなりに返事しながら、イヅルは執務室の扉を閉める

さて、これからどうしよう
まだ午後の執務は残っているのに…

まあ、いいや今日くらいは

なんだか甘い雰囲気に当てられて、これでは仕事など手につきそうもない

仕方なく、今日はめずらしく仕事をさぼることに決めたイヅルは、
明日は今日の分まであのサボり魔に働いてもらおうと決心を固めた




※一護争奪戦
砂吐きそうに甘くてすみません
なんか耳掻きさせたかったんだもん