聖夜







いつもより少し豪華な夕飯の後、妹達の相手をし、父親の過剰なスキンシップを暴力的に
振り切って漸く自室に戻ると、一護は急いで身支度を済ませこっそりと家を抜け出した

久しぶりに乗る都心行きの電車はまだ宵の口だけあって、少し混雑している
その誰もが、普段より着飾っているように見えるのは気のせいではないだろう
みんな目的は同じって事か……
それぞれがきっと、今から大事な人と大切な時間を過ごすのだろう
混み合う人の多さに少し辟易しながらも、これからの時間がみんな幸せだったらいいな…と
埒も無いことを思いながら、一護は目的の場所を目指した


よかった…まだ来てないや

相手がまだ来ていない事を確認し、一護は待ち合わせの場所に立って、
ぼんやりと周囲に視線を巡らせる

綺麗にイルミネーションされた街
どこからか流れてくるクリスマスソング

今日は、クリスマス・イヴ

ひときわ大きく綺麗に飾り付けられたツリーの下での待ち合わせ

最初にこの場所を指定された時は、ベタだなぁと笑ったのだけど

今まで誰とも付き合ったことのない一護にとっては、そんなベタな事も実は初めてで

実際ここに立ってみると、思いの外嬉しいものだなと思う
寒さの中、こうやって相手を待つことでさえ、どこかほんのり温かく思えてしまう

子供の頃には、毎年わくわくしていたのに、いつの間にかただの年間のイベントとしての認識しか無くなってしまったこの日

付き合って初めてのクリスマス

せっかくだから一緒に祝いたいと言い出したのは、クリスマスというものがある事さえ
知らなかったのではないかと思っていた恋人で
たぶんどこかから仕入れてきた知識で、きっと一護の為にそう言ってくれていると言う事は
一護にもちゃんと伝わってきて

だから、正直特別に思い入れがなかったこの日が、
今の一護にとってはとても大切なものに感じていた


ダッフルコートのポケットに手を入れて、そんなささやかな幸せ気分に浸っていた一護の目に
ふと見慣れた銀色が映る

人よりも少し抜き出た銀髪が、溢れかえる人混みをするすると抜けてくる
その姿を見つけて待ち人来たりと笑みを零した一護が、あれ?と首を傾げた

珍しく現世の服を身につけて、人を避けるように歩いている
モデル並のその体躯に珍しい銀髪
暖かそうなフラノのロングコートを身に纏って、颯爽と歩くその姿にすれ違う幾人かが振り返る
それを気にするでもなく、一護に向かって歩を進める彼を一護はぽかんと見つめていた

「おまたせ、一護ちゃん 待たしてしもうてごめんな?」

はんなりとした声音で軽く詫びる彼は、一護の待ち人──恋人の市丸ギン
それには間違いないのだが……
いつの間にか目の前に立っている市丸を、一護は呆然と見上げる

「ギン…」

「ん?どないした?」

にこにこと笑う彼の片手が一護の冷たくなった頬を包む
ポケットに入れられていたせいなのか、皮の手袋がほんのりと温かい

「おまえ…義骸?」

人が振り返るということは、見えているということ
そんな間違えようもない事実を一護は確認するように問う

「うん、せや」
「なんで…お前義骸って嫌いなんじゃなかったっけ…?」
「まあ…せやけど… たまにはええやろ」
「いや…いいけど…」

───びっくりした

以前、なにかの話の折に、昔、何度か義骸に入る機会があったらしい市丸が、
どうもしっくりこないから好きじゃないとこぼしていたのを一護は覚えていた
それを聞いた時に、基本他人の手に寄るものは信用できない性質なんだろうなと
思った事がある

だから、市丸がこうして仕事でもないのに自分から義骸に入ることなんて考えてもいなかったのだ

「やって、せっかくのデートなんに、一護ちゃん一人で居るように見えるの嫌やろ?」

にっこりと笑ってそう言う市丸に、確かにそれはそうかも…と思う
一護にとっては二人でも、死神である市丸は人には見ることができない
周りから見れば一護は一人でいるようにしか見えないのだ
だから…今回のデートは嬉しいと思う反面、ちょっぴり嫌かもと思っていたのだ

ああ…だから…

「だから、生身で来いって言ったのか…」
漸く合点がいったというような顔をする一護に、市丸が苦笑する
「せや、ほんなら行こか 手え出して?一護ちゃん」
「?」
市丸の言葉に首を傾げながらも、ポケットから引き出された一護の手を市丸の手がぎゅっと握る
「!おい、ギン」
「気にせんと、ボクら恋人同士なんやから」
そう言って手を繋いだまま、一護は引き摺られるような形で歩き出した



広い公園に、この時期だけ設置されたイルミネーションの中を、他愛もない話をしながら、
手を繋いで歩く
繋いだ手から、手袋越しに伝わる体温がひどく温かく感じられる
その手を離したくなくて、握られた手に少し力を入れると、それに答えるようにぎゅっと握り返される
そのままするりと一護の手ごとコートのポケットに入れられて離れていた身体がぴたりと寄り添う

幻想的な光の中で、ただ寄り添いながら歩いているだけなのに、
まるでそれが特別な事のように思えてしまうのは、今日が聖夜だからなのだろうか
大好きな人とこうやって手を繋いで歩ける事だけで、本当に幸せだと思う

現世の人間と尸魂界に住む死神

こうして二人でぶらぶらと手を繋いで街を歩く

普通の恋人同士ならそんな当たり前の事でさえ、生きる世界が違う二人にとっては
特別な事に変わる
ただ一護の為だけに、苦手な義骸に体を押し込んで今日のデートに漕ぎ着けたのかと思うと、
どれほど自分がこの男に愛されているのかを改めて思い知る

非情だとも酷薄だとも言われる市丸だけど…
こうして惜しみなく与えられる愛情に
一護はやっぱりこの男を好きになってよかったと心から思う

「…ありがとな、ギン」
市丸の腕にこつんと頭を寄せて、ぽつりと言葉を紡ぐ
今日誘ってくれたこと 好きでもない義骸で来てくれたこと
そして、一護を好きになってくれたこと

いろんな思いを込めてそう言うと、寄り添った一護の髪に市丸がそっと優しいキスを落とす

「…綺麗やね」
「うん…」

光の洪水とでもいうような色とりどりのイルミネーション
その中で、一際一護の目を引いたのは、白とブルーが瞬時に変わるキラキラと瞬く電飾のオブジェ
まるでそれは、一護の大好きな市丸のアイスブルーの瞳のようで
その瞳の色が見たくて、一護は市丸の顔を振り仰ぐ

「ん?」

不穏だと言われる笑みは、今は優しさだけを乗せて一護に微笑みかける

めったに開かれない瞳が今は開かれて、明るい電飾の光がその瞳に映し出される

「ギン…」

市丸の繋がれた手とは反対の手が、そっと一護の頬を持ち上げる
キスの予感に一瞬こんな人前で…という考えが過ぎるが、それを見越したように市丸が囁いた

「…大丈夫…だぁれも見てへんよ…」

その言葉に、そっと目を閉じた一護の唇に市丸の優しいキスが降りてきた




「で、どうすんだ?これから」

ひとしきり光の空間を楽しんだ後、落ち着いたカフェで温かいココアに口を付けながら市丸に問う
まさか義骸で来るとは思っていなかったから、この先の展開が少々心配になる
尸魂界へ行くにしても、義骸の市丸はともかく、生身の一護は一旦身体を家に置いてこないと霊子変換器がない状態では行くことができない
市丸が死神状態なら、街中で楽しんだ後、少々遅くなっても人気のない場所から瞬歩で連れ帰ってもらえばいいかなと思っていたのだ

だけど…義骸に入っている彼は死神化しないと瞬歩は使えない
普通に電車で帰るか、はたまた死神化した市丸が自分の義骸を抱え、一護も自分の身体を抱えて帰るという間抜けな方法しか浮かばない

その姿を思い浮かべて、なんかちょっとヤダ…と一護は思う

だとしたら、最終で帰るしかないなと思い、一護は腕時計に目を落とした
問題は家に着いてから、市丸が一護の部屋に入るまでだが…まあそれはなんとかなるだろう

「一護ちゃんは、今日は泊まれるん?」

最終の電車を調べようと携帯を開いた一護に、ぼんやりと外を見ていた市丸が声をかける
「え…、ああ…泊まるのは問題ないんだけど…」
市丸の言葉にお座なりに返しながら、一護は携帯の画面をスクロールする
「なら、今日は泊まってこ?」
その台詞に、携帯を見ていた一護の顔がぱっと上がり、にこにこと笑う市丸に困ったように
眉を寄せた

「泊まるって…」
やっぱり、こういう所がわかっていないと思う
今日はクリスマスイブ
世間では一番ホテルの予約が取りにくい日なのだ
おそらくこの辺りのホテルはビジネスホテルまで満室だろう
だとしたら…ラブホ…?初のラブホデビューが今日なのか?
いや、こんなにカップルばっかりの日だ ラブホの方が埋まっているに違いない
とりあえず、現世の状況が分かっていない市丸にちゃんと説明しないと…と一護が口を開く

「えっと…たぶん今日は外で泊まるのは無理 ホテルも今から探しても空いてないと思うし…
とりあえず俺んち泊まっていいからさ、最終で帰ろうぜ」
と、言い含めるように市丸に言うと、なぜか市丸の口角がにぃっとあがる

「なに…?」
「ん〜ふふふ」
良くも悪くも見慣れてしまった、市丸のこの何かを企んでいるような笑い顔
しかも、なんだか上機嫌で笑っている
「…なんだよ…」
何かあるのかと恐る恐る問えば、市丸がコートの内ポケットを探り何かを取り出した

「コレな〜んや」
目の前に差し出されたのは、一枚のカードキイ
にやにやと人の悪い笑みで、カードをひらひらと振る市丸は、まるで悪戯が成功した子供のようだ
「それって…ホテルの…?」
呆然としたまま一護が問えば、市丸はそうだと言うように目で笑う
「ここなぁ、上の方の階やから、夜景綺麗に見えるんやて
一護ちゃん、今からボクと一緒に夜景見よ」
やけに男臭い笑みで誘いの台詞を吐く市丸に、一護は目を見開き沸き上がった疑問を口にする
「なんでお前がそんなもの持ってるんだよ!?」
「え〜、いややわぁ、一護ちゃん ボクを誰や思てんねや 
こんなん用意するくらい朝飯前やで」
ひらりと市丸の手の中で振られるそれは、印刷された名前から一流ホテルのものだと分かる
どういうルートで手配したのか、知りたいような知りたくないような…
頭を抱える一護に、市丸の言葉が落とされる

「まあ、ええやん細かい事は それよりもな、一護ちゃん」
「ん?」
「改めてお願いや …今日はボクと一緒におって欲しいんやけど」
するりと延ばされた手が一護の手を取り、今までの笑みを引っ込めて真面目な顔で市丸が誘う

ツリーの下で待ち合わせて、雑誌にも載っているようなデートスポットを歩いて
カフェでお茶して…そのあとはホテルに宿泊なんて…

「ほんとベタだよなぁ」

と一護が笑う

「ええやんベタで 他の人にとってはそうでも、ボクも一護ちゃんもこんなん初めてやし 
こういうのは案外ベタな事ほど楽しいで?」
そう言って市丸が笑いながら返す

確かに、それはそうかも…と一護も思う
恋愛経験ゼロの一護と、現世のクリスマスデートは初の市丸
初めて同士はきっと使い古されたマニュアルでも楽しい
きっとこの後も、この男の事だ ケーキやプレゼント攻撃が待っているんだろう

「で、お返事は?一護ちゃん ボクと一緒におってくれる?」

大人の笑みを乗せてうっすらと開かれた薄氷のような瞳に一護の視線が捕らわれる
この目の前の男に、思う存分愛されたいと願う

「俺も…ギンと一緒にいたい…」

そう素直に口に出すと、了解というように市丸がにっこりと微笑んだ





※何を思ったかクリスマス時期に怒濤のごとく書いたもの
この後は、当然一護ちゃん美味しく頂かれちゃってます