
「やれやれ」
「しょうもな」
そう言って、市丸がゆらりと立ちあがる。
一護に言葉を投げつけながら、市丸の斬魄刀が胸の位置まで上がった。
──なんだ、あの構え───……?
そう思った時、身体の中が、なんだかムズムズするのを感じた。
───ヤベェ……!
え、でも、今?──なんで……?
一護がそう思った瞬間、市丸の口角が綺麗な孤を描いた。
「神殺鎗・"舞踏・猫じゃらし"」
「…み……ミギャ───ッ!!」
ぐんと伸びてくる神速の鑓(先端猫じゃらし付き)に、思わず本能で飛びつく。
が、それは一護の手が届く前に、再び市丸の胸元へと戻っていた。
「……にゃっ……にゃにするニャっっっ!!!」
敵である事も忘れて思わず文句を言う一護に、市丸が楽しそうにクスクスと笑った。
「あー、やっぱり思うた通り、一護ちゃん、猫属性やったんやv」
笑いながら言われた言葉に、一護はハッと頭を抑えた。
いや、正確には、頭のてっぺんから左右に生えた可愛らしい猫耳を…だ。
そう、なんの因果か、一護は死神化すると同時に、なぜか属性が猫に変化してしまうのだ。
幸いな事に普段は耳が生える訳でもないし、普通の人間(いや死神か?)と同じく、ちゃんと人としての理性と本能が優先されるのだが、猫としての本能を刺激されると途端に半猫化してしまうというやっかいな性質を抱えていた。
「にゃ…にゃんで、知ってるニャ!?」
こんな時にこんな所で、しかも敵である市丸の前で、なんでこんなハズカシイ姿を晒さなきゃならないニャ!?と思いながら、一護は目の前の市丸を涙目で睨み付けた。
一体なぜ、自分のこの状態を知ってるニャ?もしかして、こいつも…やっぱり見た目通り、キツネ属性だったのかニャ?と思っていると、当の市丸は、その質問には答えずに、楽しそうにニヤァと笑った。
「一護ちゃんが何考えてるんかは大体想像つくけど…、残念ながら、ボクそんなんやないで…」
「だったらにゃぜ、キツネみたいな顔してるニャッ!!」
フーっと全身の毛──とは言っても毛があるのは耳としっぽと、元からある髪の毛と産毛と…後…ピーーーーな毛…なのだが──を逆立てて言う一護に、市丸はポソリと「怒った姿も可愛えなあ…」と呟いた。
「うーん、怒ってはる一護ちゃんは可愛えんやけど…、人んことキツネとか言うたらアカンやん」
こら、ちゃんとお仕置きせななぁ…、と市丸の口角がニヤリと上がる。
「にゃ…にゃにする気…ニャ……」
ジリジリと構えを取りながら一護が不穏気に呟く。
「にゃんだニャ、結局気にしてんじゃニャーか、このキツネニャロウ……っ、んぎゃ!!!???」
そう言い終わらないうちに、市丸が再び構えを取り、呟くように口を開いた。
「──神殺鎗"舞踏連刃・猫じゃらし&マタタビ付きv"」
言葉と同時に、いくつもの刃が…いや、猫じゃらしが一護の目の前に襲いかかる。
「ミギャギャギャギャーーーーーーッッッッ!!!!」
…しょせん、どんなに我慢をしていても、本能には逆らえない。
本能的に飛びついてしまう猫じゃらしとマタタビの二段構えによって、一気に虚化&猫本能むき出しになった一護が、必死でそれに飛びつく。
「…あのバカ息子、なに遊んでやがんだ…」
「いや、一心さん、あれ本能だからどーしようもないですよ。…それにしても可愛いですねぇ黒崎サン…」
「…なんかいいニオイがするのう…。どれ、儂もあっちに…」
「……そう簡単に行かせる訳はないだろう、四楓院夜一。私だって、さっさと猫化した一護を構いたいんだ!
その前に邪魔な君達には死んで貰おう…」
「いえいえ、それはこっちの台詞ですよ。アナタがサクッと死んでくれれば、アタシらはいくらだって黒崎サンを構えるんですから…」
「仕方ない…さっさと殺るぞ…喜助…」
「…てめぇら、親父の許可なく何勝手な事言ってやがる……」
それぞれの思惑を胸に、再び戦闘態勢に入った彼らを余所に、市丸は上機嫌で『舞踏・猫じゃらし連刃』を繰り広げ……。
それに必死で飛びつく一護という姿が、もうもうと舞い上がる砂塵に隠された。
そして………。
「離せニャッッ!!!」
「え〜、ええやん。もう少しおサボりしよ?」
背中からがっしりと市丸に捉えられ、ぺたりと座り込みながら、目の前でゆらゆら揺らされる猫じゃらしにウズウズしながら。一護は、背後からがっしりと抱き込んだ市丸に、離せと身を捩る。
「ほ〜ら、遊びたいやろ?」
甘く囁く市丸の誘惑の声。
「うーーーー……」
「はい、はい。毛ぇ逆立てんでもええて。ほんのちょーっとだけや、ボクと遊んでよ?」
「……ちょっとだけだからニャ………」
可愛く口を尖らせて言い訳のようにそう言うと、一護は揺れる猫じゃらしに猫パンチを繰り出た。
end
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