はた迷惑な人たち 2




「みんなご飯だぜー! 食卓に集合ー!」

虚夜宮各宮に設置されているモニターから響き渡るその声に、十刃を中心とした
破面が一斉に我先にとぞくぞくと広間に集まり始める

自分が一番乗りだとばかりに開けられた玉座広間にでんっと据えられたテーブルは
以前は強制参加のお茶会に使われるだけだったもの
それが、今では食卓という名の団らんの場に変わっている

変えたのは、彼、黒崎一護

ここ虚圏に恋人である市丸を追いかけて…か攫われてか拐かされてかは定かではないが
とにかく現世の死神代行である彼がここへ落ち着いて早数ヶ月
その彼がここへ来て僅か一月も経たない内に、根を上げたのが食生活だった

基本、破面とはいえ虚は食事といえば霊力の高い魂魄だ
もちろん、普通の食事も食って食えない訳ではないし、味だってわかる
ただ、基本必要としないものへの執着は薄く、体力さえ維持できれば問題ないと考えるものが
大半を占めていた
だが、一護を含め元死神たちはやはりきちんとした食物としての食事が必要になる
しかし、料理が趣味だった東仙は、今や統括官様としての職務で暇な時にしか台所に立てず、
市丸については決して味音痴な訳ではないが、基本、飯なんて食えればいいという認識しか
持ってはいない
藍染も口は煩いが研究室にこもれば食事など栄養さえ取れればいいという始末

黒崎家で毎日々々妹の作ってくれる美味しいご飯を食べてきた一護にとっては、
不味くはないが美味しくもない…しかも、時間もバラバラな上に、栄養バランスが
偏りまくった献立に来てそうそうブチ切れた

そして、みんなのご飯は俺が作る!と台所を占領

元々、妹の遊子が家事を切り盛りするまでは、黒崎家の家事一切を仕切ってきた一護の事
本格的にやりだせば昔のカンも戻るのも早く、実家が町医者なだけあって栄養のバランスも抜群
どういう経緯か東仙までをもさくっと巻き込み、『正義の食生活』(命名:東仙要)のスローガンと
共に、ご飯はみんなで食うもんだ!と破面たちを餌付けて回った結果───

一護と共に食卓を囲むというのは、今や破面たちの日常と化していた


「おはよう!ほら、早く席に付けって」

次々と顔を出す破面に声をかけて、手元のワゴンに鎮座するどでかい炊飯器からもりもりと
飯をよそい席についた順に手元に手際よく配膳する
それと同じくして給仕係たちがそれぞれに椀を配ってゆく

「しかし…毎回すごい量ですね…」
目の前に並ぶ料理に呆れとも感心とも付かない声を漏らしたのは、十刃1の番号をもつスターク
その隣には、今この状況の最大の元凶である一護の恋人である市丸が一護の様子を愛しそうに眺めながらちらりと目の前の料理に視線を落とす

所狭しと並べられた朝食は日本人の定番とも言えるご飯と本日はわかめと豆腐の味噌汁
そして、今日は鮭の塩焼きに始まり、市丸好みの京風だし巻き卵、残り物の煮物と、
ほうれん草のおひたしに、酢の物はきゅうりとちりめんじゃこの胡麻酢和え
各々好みで納豆とのりと梅干し、数種の香の物、そして一護の大好物の辛子明太子
一体どこから食材を調達しているんだと言いたくなるような充実した食卓 

「まあ…一護ちゃん、これが楽しみなんやから …でも、美味いやろ?」
一護が来るまで、未だかつて見たこと無いような笑み崩れた顔で惚気る市丸に、
この人ってこんなキャラだったけと思いながらスタークが呟く
「美味いっちゃ美味いですけど… いくら手伝いがいるからってこれだけの量作るのは
大変でしょうに…」
「それなんやなあ… まったく、みんなに美味しいご飯食べさせるんや言うて、一護ちゃん
毎朝早ようから起きはるんよ… はあ…ほんま、もうちょっとボクの腕んなかおって欲しいいう
男心がわかっとらん… ボクはもっと一護ちゃんとあんなことやこんなことしたい言うんに… 
せやから、心して食えや、スターク」
「はあ…そうですね…」
あんた十分あんな事やこんな事してるだろう!しかも俺達の目の前で!
という言葉はさすがスターク大人なだけあって言葉には出さない
その代わりこれ以上ないほど深くため息をついた


一通り給仕し終えてようやく一護が自分の席──市丸の隣に戻ってくる

「んー、これでみんなそろったかな… ってあれ?藍染さんは?」
そう言いながら、椅子に腰を下ろしてから、今気がついたと言うように辺りを見回す
「ああ、放っておいてかまへんよ それより冷めてまうからはよ食べよ」
「でも…ご飯はみんなそろっての方がいいだろ」
「ええって あのオッサン単に拗ねとるだけなんやから」
「なんだよそれ…」
怪訝そうに眉を寄せる一護に、割って入ったのは一護の料理の師匠でもある統括官東仙様だ
「大丈夫だ 心配しなくても…ああ、今こっちに向かってらっしゃる」
「そう?」
その言葉に、「じゃあご飯とお味噌汁お願いな」と給仕係に頼んだ所でようやく藍染が顔を出した

「ああ…遅れてすまないね 先に始めてくれていてもよかったのに」
ざっくりと髪を掻き上げながら気怠そうに椅子に座る藍染に、一護が気遣うように声をかける
「藍染さん、もしかして寝てない?」
一護の言葉に藍染は軽く首を振る
「いや…昨夜遅かったから少しね…」
「そう?大丈夫?」
気遣うような一護の瞳に藍染は鷹揚に笑いかけると大丈夫だと言うように軽く頷く
その藍染の前に、ほかほか湯気がたつ、つややかなご飯と味噌汁が置かれ、それを機に
藍染がみんなに声をかける
「それじゃあ食事を始めようか」
それを合図に一同「いただきます」の言葉と共に箸を付ける

もちろん、「いただきます」と「ごちそうさま」は一護が仕込んだ結果の現れだ


「あれ…?一護ちゃん、ご飯昨日のと味違わへん?」
炊きたてご飯を一口含んだ市丸が一護に問いかける
それに気を良くしたのか一護の顔がにっこりと微笑んだ
「あ、わかる?これ新米なんだよ 産地限定で手に入りにくいらしいんだけど
特別に取り寄せてもらったんだ ギンこの味好み?」
にこにことそう語る一護に、一体どこから取り寄せたんだと疑問が走るが、そこはみな
華麗にスルーする

「うん、美味い ボク好きやでこの味」
「そっか…よかった 炊きあがるまではちょっと心配だったんだけど、
味みてギンが好きかなぁって思って…」
「そうなんや…ありがとな一護ちゃん ボクそんなに想うてもろて幸せもんや」
「なあなあ、このだし巻き食ってみて?今日は多分…火加減とか出汁の具合とか…
ギン好みだと思うんだけど…」
「ん… あ、美味い!なんか色々丁度ええ感じやわ ほんま美味しいよ一護ちゃん」
「本当?よかった 出汁って追求すると奥が深くってさ… ちょっとの加減で味変わるし…
今日は今までと少し配分変えてみたんだよ じゃあ、これからはこれ基本にするな」

朝食の席で繰り広げられる一体ドコの新婚カップルか!という会話に口を挟むものなど誰もいない
そんな事をしたら、生命の危機だと言う事はみな十二分に分かっているからだ
そんな破面の気持ちなど知らずに一護はもくもくと箸を進める皆に無邪気に声をかける

「おい、みんな食ってるか?…ああ、やっぱり日本人はご飯だなぁ…」
しみじみと言う一護に、「いや、俺達は日本人でも…まして人間でもないし」と心の中で突っ込む
「ほら、グリムジョー お前にんじん嫌いだからって残すなよ」
「…なっ… うるせー、こんなもん食わなくたって生きていけるっつーの!」
「だめ!好き嫌いすんな」
その様子を横目で見てほくそ笑んでいたザエルアポロにもすかさず一護から厳しい一言が
落とされる
「ザエル、お前人のこと笑ってる場合か 
酸っぱいもの嫌いなのは分かるけど、酢の物は身体にいいんだぞ?
お前がきゅうり好きだから今日はキュウリの酢の物にしたんだから、一口でも手ぇつけろ」
ぐっと言いよどむザエルアポロに、馬鹿が…という視線を送っていたウルキオラにも
一護の容赦ない一言が飛ぶ
「こら、ウル お前も同じ 梅干しは身体にいいんだから、一個だけでも食え!
あんまり避けてると、明日は梅粥にすんぞ?」

ここ数ヶ月で、すっかり破面の好き嫌いまで見抜いている一護は容赦ない

「…東仙さんも…酢の物嫌いなのは分かるけど、今日のはそんなに酸っぱくないから
一口だけでも食べてみて?」
と、破面だけではなく東仙にもダメ出しし始めた
「うん…そうなんだろうけど…どうにも苦手でね… でも、まるで一護は破面のお母さんのようだね」
さっくりと話題を変える東仙に、幼い一護はもののみごとに引っかかる
「な…なんだよ、お母さんって!」
「だってそんな感じだよ?私には…もちろんここにいる皆にも母の記憶はないが…
こうやって好き嫌いを諭されたり怒られたりするのは、やはり母のイメージなんだよ」

「…そっか…」
そう言われて一護はあの大好きだった母を思い出す
いつも笑っていて余り怒られた記憶などない一護だが、唯一好き嫌いだけは煩く言われた事を
懐かしく思い出す
それが母のイメージだと言われればそうかも知れないな…と、ちょっとしんみりした所で
思いもかけない人物が割って入った

「じゃあ、一護くんが母というのなら、破面を作った私が父親だという事かな」
ずずっと味噌汁を啜りながら藍染が言う
それに、やはり真っ向から反論したのは市丸だった
「なに言うてんねや 一護ちゃんがお母はんなんやったら、お父はんはもちろんボクやろ
惚けた事言いなやオッサン」
「…なにを言ってるんだい、ギン この破面を作ったのは誰だと思っているんだい」
「そっちこそ、アホな事言いなや 大体一護ちゃんが妻なら旦那さんはボクやし
なあ、一護ちゃん?」
「え?」

市丸と藍染のこういった言い合いは日常茶飯事なので、
内容にかかわらずさっくり無視する事に決めていた一護だが、
いつの間にか矛先が自分に向けられて一護は目を白黒させる

「なあ一護ちゃん?こないなオッサンが一護ちゃんの旦那や言うてはるんやで?
そんなん違うてちゃんと言うたり」
「…てか、俺母親でも妻でもねーし…」
「だから、たとえばやって! なんや…一護ちゃんボク以外と添い遂げたい言うんか?」
「そんな事言ってねーだろっ!」
「じゃあ、一護ちゃんが奥さんやとしたら、その相手は誰なん?」
「それは…」
「それは?旦那さんは誰なん?」
「…それは…ギンに決まってるだろ……」
そう言って真っ赤になってうつむく一護は殊の外愛らしい
その台詞と、その隣でざまーみろと言わんばかりにへらへらと笑み崩れている狐を除けば、だが

「もう、ほんま一護ちゃんは可愛えなあ」
うつむいた一護の髪にちゅっとキスを落としてすりすりと顔を擦りつける市丸に、一護は
やめろと言うように軽く肘で市丸をつつく

朝っぱらから繰り広げられるこんな光景に、悲しいかなみんな慣れきってしまっていた
まあ、放っておいてもそろそろ一護が止めるかキレるかするだろう
ただ…何回かに一度はそのまま流される事があるので要注意だが…
今日がその日じゃありませんように…と祈りながら、もくもくとご飯を口に入れる破面に
一護の救いの一言が聞こえてきた

「ギン!いいかげんにしろって!食事中だろっ」
「え〜 ええやん、もう少し」
「もう少しじゃねえっての さっさと食わねえと、お前明日から干し芋ばっかり食わすぞ!」
「えええ!そ…それは勘弁して?」
「じゃあ、まずはメシを食え!……続きは…部屋帰ってからな」
「おし!なら張り切って食わな!」
「張り切らなくてもいいから、バランスよく食えよ」
と、やっぱり母性本能丸出しの言葉を添えて眉間の皺をゆるめる
そして、それは市丸のみならず、藍染にまで向けられる

「藍染さんおかわりは?」
「いや…いいよ」
「だめだって!ほんとに入んない訳じゃないだろ?
どうせこの後また研究室に籠もって昼メシ抜くんだから、朝くらいちゃんと食わないと!」
「……ああ……じゃあもらおうかな…」
一護の剣幕に呆然と返すと、一護はよし!というように、にっこり笑う
そして、恐怖の大王である藍染に向かって決して似つかわしくない台詞を吐いた

「そうだよ、ここで藍染さんが倒れでもしたら困るだろ?
一家の大黒柱なんだから、しっかり食べないと!」
にこにこと笑顔で言う一護の台詞に、その場にいた全員が固まる

大黒柱?

いや、ある意味間違ってはいないが、何か間違ってるぞ黒崎一護!!!

一瞬ののち、声には出ていないものの、肩をふるわせて笑いを堪えていたのは
市丸と東仙ただ二人
他の破面たちは、笑う気配を見せた瞬間、瞬殺される為、極力意識を逸らして
目の前のご飯に集中する

そんな中でただ一人、一護だけが心底楽しそうに、そして美味しそうにご飯をほおばっていた


そんな愉快な朝食後──


一人研究室に戻った藍染は、がっくり肩を落としていた

おかしい…なぜだ…
恐怖でこの虚圏を統治していたはずなのに…
気がついたらいつの間にかなんでこんなに和んでいるんだ……
しかも、私は天に立ちたかったんであって、決して大黒柱になりたかった訳じゃない!
すべてはあの子 黒崎一護のせいだ
ああ、やっぱり、さくっと殺しておけばよかった………

そう思う藍染だったが、あの後一護の可愛い瞳に負けて、ついついご飯を3杯、
味噌汁2杯おかわりしてしまった

しかも、殺しておけばと考えた思考の片隅で、

あの煮物は味が染みてて美味しかったから、また作るように言っておこうと思っている藍染が
一番毒されている事を、悲しいかな本人だけが知らなかった





※バカップル第2弾…
今回は虚圏大家族スペシャルに…
一護からしたら、藍染さんは天に立ってるんじゃ
なくて虚圏の大黒柱のようです
結構こういうノリ好きなんです…ごめんなさい