
「あァ…あかん…」
毎回恒例の玉座広間でのお茶会の席で、普段は不穏な笑みを貼り付けたまま
めったに発言などしない市丸から深いため息と共にその呟きは落とされた
「ギン?」
ぼそりと呟いたきり、何かを考え込むように黙り込んだ部下に何のことだと藍染が問う
だが、聞いているのかいないのか…珍しく眉間に皺を寄せて頬杖をついている市丸に再度
声をかけようとしたその時、うう〜という唸り声と同時に市丸の手がバンっとテーブルを叩いた
「…あかん、もう限界や!」
そのまま、乱暴に立ち上がると、あっけに取られる周りをよそに、さっさとその場を後にする
作戦会議という名のほぼ強制のこのお茶会
絶対専制君主である藍染の許可無くしては、拒否することもましてや途中退席など決して
許されない、破面達にとっては拷問にも等しいこの時間
いきなり起こった珍事に一同が何事かと目を剥く
「…なんだ、あれは…」
呆れたように呟く藍染に答えたのは、ただ一人冷静な正義と調和が大好きな破面の統括官様だ
「ああ…どうやら臨界点を超えたらしいですね」
今や影も形もない市丸の霊圧を探るように、その盲いた眼を彼方へ向けてヤレヤレというように
肩をすくめる
「要?」
なんの事だというように東仙に詰め寄る藍染に、東仙はしれっと手元の紅茶をすすりながら言う
「ですから…、黒崎君不足の」
それだけ言うと、一瞬呆けたようなその場の空気をモノともせず添えられたお茶請けを口に入れる
ああ…またか…
その言葉に、破面と藍染の肩が、がっくりと落ちる
「…まったく…そんなに好きなら、さっさとココに連れてくればいいものを…」
呆れたように言う藍染の言葉に、すかさず東仙が返す
「…本当にそれでよろしいのですか?」
「どういう事だ?」
「…あんなバカップルのいちゃつきぶりを、本当に毎日間近で見たいと思われますか?」
「…………」
東仙の直球ストレートな言葉に、藍染が言葉を失う
そして、東仙はしなやかな手つきでカップを受け皿に戻すと、おもむろに口火を切った
「よろしいですか?あれは、本当にバカップルです もう、所かまわずです
まあ、黒崎君の方はまだ若干照れと恥じらいというものはありますが、
あの狐にはそんなモノは皆無です 連れてきたが最後、ぴったりと張りついて、
一刻も離しませんよ?
恐らく黒崎君は皆の居る前では、そんな狐を引きはがそうとするでしょうが、そんなモノは
ギンには通じません 逆におもしろがってベタベタするに決まってます
そして、それに抵抗する黒崎君…という図式が所かまわず展開されるんですよ?
それだけでも十分いちゃこいてるのに、ギンのあのよく回る口に絆されて終いには
甘〜いムードを醸し出すに決まってます
だいたい黒崎君だってあの狐のドコがいいのかメロメロなんです
どうします虚圏一帯がピンク色に染まってもいいんですか?まあ、それでもよろしいなら
私は止めませんが…
それに、そこに居る君たちだって他人事じゃないんだよ?
黒崎君のあの色気に当てられて毎日鼻血攻撃だ
元々欲望を抑えるのが苦手な君達が本当に黒崎君に手を出さないという保証があるのかい?
そんな事にでもなればギンの神鎗が飛んでくるよ
ああ…私はそんな事には耐えられない… 本当に平和と調和が大好きなんだ私は…」
そこまで一気に話して、これ以上は言うことはないというように残りの紅茶を飲み干し
ぽかんとする一同を無視して小間使いにお茶のお代わりを要求する
そりゃ、あれだけ一気に話したら、喉だって渇くだろう…
というか、一体なぜそんなバカップルぶりを知っているんだ東仙要
のぞきか?のぞいたのか?
それとも惚気られたのか?それは惚気というよりも猥談じゃないか
抱きつかれて頬を染める黒崎一護
しかもそれが潤んだ瞳で見上げてくるんだぞ
きっと壮絶に色っぽいに違いない…… 相手がギンというのがしゃくに触るが…
いやいや、脳内変換すれば、相手は自分じゃないか!ははは
……なにを考えているんだ私(俺)は……
東仙の言葉に一斉に脳内ドリームを展開した虚圏の統治者と破面たちだったが
やっぱり我に返るのはこの人の方が一歩早かった
「…で…肝心の黒崎君は、どうするつもりなんだ?」
今し方頭の中で展開された妄想など何処吹く風で東仙に尋ねたのは、もちろん
藍染惚右介その人だ
それに対して東仙は知らないというように頭を振る
「さあ… ただ、ギンの話によると今の所現世を離れる気はないようですが」
よかったですね
そう言って、にっこりと見えない目で辺りを見渡して、東仙は二杯目の紅茶に口をつけた
ただ、この先どうなるかは知らないけど…
と、それは口に出さずにおこうと東仙は思った
「いーちごちゃん」
「おぁぅわっっ!」
机に向かってこりこりとシャーペンを走らせていた一護の背後に音もなく忍びより
がばりと抱きしめた市丸に向かって放たれた一護の第一声はまったく色気の欠片もない
「おま…ギン!何すんだよっ!びっくりさせんな!」
首だけを向けて、続けざまに言われる文句に市丸の柳眉がへにゃりと下がる
「ごめんなぁ… びっくりさしてもうて」
素直に詫びを入れる市丸に、だが一護の眉間の皺は寄ったままだ
「つーか、何で居るんだよ」
ムッと口を尖らせる一護に、市丸は怒った顔も可愛えなあと惚けた事を思う
ただ、もう少し喜んでくれてもいいのに…と若干の不満はあるが
「一護ちゃんに会いに」
にっこり笑ってそう言えば、尖っていた口元が今度はへの字を書いた
「…ついこの前じゃん、…会ったの」
「一護ちゃん不足なんや」
そう言って市丸が抱きしめる腕に力を込める
「…ばか言ってんなよ 見つかったらどーすんだ」
「そんなヘマなんかせーへんもん」
ぐりぐりとオレンジの髪に顔を擦りつけて言う市丸に、一護はヤメロと文句を吐く
「まったくもう… ちょっとは離れろ、ギン!」
「いーやーや」
「ギン!」
「嫌や ボク今一護ちゃん欠乏症でふらふらや
補給さしてもらわんと、動かれへん」
背後からへばりついたまま一護の耳元で市丸が訴えると一護は仕方ないというように
身体の力を抜いて、市丸に体重を預けた
「もう…我が侭言ってんじゃねえよ…」
ぽつりと落とされた呟きは、文句のようだったが、そこに含まれる僅かに悲しげなトーンを
市丸は聞き逃さなかった
「一護ちゃん?」
確認するように問い返せば、前に回された市丸の腕を一護の手がぎゅっと掴む
「…俺だって…寂しいの我慢してんだからな」
赤くなった顔を見られたくないのか、うつむき加減でそう言う一護の耳がほんのりと
ピンク色に染まる
普段は意地っ張りで、素っ気ない一護だが、たまに素直にこういう台詞を吐かれると
本当に可愛すぎてタチが悪い
背を向けた一護から、顔を真っ赤にしながら瞳を潤ませて、唇をきゅっと噛むその表情まで
見えてくるようだ
たった一言で、この子から自分が愛されていると素直に感じられる
あかんなぁ…手放せへんようになってまう…
このまま連れ帰って一時も離さずにいたいという気持ちが強くなる
「あかんよ… そんな事言うたら離されへんようなってまう…」
ほんのりと色づいた耳元に薄い唇を落として睦言のように囁けば、市丸の声に感じたのか
一護の身体がふるりと震える
「ギン…」
きゅっと市丸の腕を掴む力が強くなり、一護が背後の市丸をゆっくりと振り仰ぐと、そのまま
引き寄せられるように唇が重なった
「……ギ…ン…」
だんだんと深くなる口付けの合間に、一護が市丸の名前を呼ぶ
「ん…?」
口元から滑り落ちる銀糸をたどるように唇を滑らせながら市丸が返すと、普段はそのまま
なだれ込む行為を止めるように、一護の手が市丸の胸を押した
「ギン…」
「どないした?」
潤んだ瞳で見つめてくる一護の表情で拒否されている訳ではない事が分かるが、
どうしたのかと言うように市丸が優しく問い返すと、一護はそのまま市丸の背に手を回して
市丸を抱き寄せる
「一護ちゃん?」
なんだか、今日の一護は少しおかしい
おかしい…というよりも、いつもよりも甘えがかっているような気がする
元気がないというか…どこか幼くて儚い
何かあったのかと問いかけようとした市丸の耳が小さく落とされた一護の声を拾う
「…も…ゃだ…」
「え?」
「…もう…嫌だ…」
震える声に思わず市丸は一護を引きはがし、一護の隣にしゃがみ込んで椅子ごと一護の
身体を向けると、その顔を覗き込む
泣いているかと思ったが、涙は零れてはいない だが、すでに瞳は滴を湛えていて今にも
零れ落ちそうになっていた
「どないしたの?」
一護の顔を両手で包み込んで視線を合わせると、飴玉のような瞳からするりと涙が零れ出る
「…嫌って……辛うなった…?」
そう聞くと一護は市丸に視線を合わせたまま一つ瞬く
自分と付き合う事が、一護に負担をかけている自覚は市丸にも十分ある
真っ直ぐで正義感が強い分、同じ許されない関係といえども辛いのは一護の方だろう
一護の事だけを考えれば、このまま手を離してやった方がいいのは市丸自身よくわかっている
それでも、愛する一護に無理を強いてでも、離れる事ができない
「…ボクとおるのが嫌なった?」
ここで頷かれたらどうするのだろうと思考の端で考えながら口に出すと、予想に反して
一護はゆるく頭を振る
「…違う…」
一護の言葉に安堵を覚えながら、さてどうしようと市丸は頭を巡らせる
辛い思いを吐き出したいだけならいい
けれど、話の方向性によっては取り返しが付かなくなる可能性を含んでいる
今の時点で一護も、もちろん自分も別れるつもりなどこれっぽっちもないが、──たとえ一護が
そのつもりでも言いくるめられる自信はあるが、こういう事は言葉だけの問題ではない
そう思って慎重に言葉を選んでいた市丸に、一護が呟くように言う
「だから…もう…いい…」
「…いい…って…なにが…?」
一護の言葉を計りかねて、問い返す市丸に、一護が発した言葉は、それこそ予想外なものだった
「だから…俺も行く… ギンと一緒にいる」
「…は?」
あまりに想像を超えた一護の台詞に思わず市丸の口から呆けたような声が漏れる
そして、その言葉を理解した瞬間、市丸が叫んだ
「…ちょ…ちょっと、一護ちゃん、ちょお待ち!」
「…なんだよ…嫌なのかよ」
ムッと口を尖らせて言う一護に、珍しく市丸が焦る
「え…嫌かって… 嫌な訳ないやろ!
って…そうやなくてな、ほら一護ちゃん、早まったらあかん!」
「…なんだよ早まるって」
「やから!そりゃボクは嬉しいし、ボクかて一護ちゃんとずーっと一緒に居りたいよ?
やからって…そんな事言われたら、ほんまに連れて行きたなるやろ?」
「だから!もう、いいっつってんだろ!俺が居たいの!お前と!」
そう言った一護の声は、まだ涙混じりだったが、いつもの少年らしくきっぱりとした物言いだった
「…一護ちゃん…」
「俺だって色々考えたんだよ… だから…これは一時的な感情なんかじゃないんだ
どうせ人生一度しかないんだし、だったら好きな奴と居たいなって…」
一護の瞳をじっと見つめた市丸は、そこに一護の本気を見る
「…ほんまに?連れてってもええの?」
その気持ちを確認するように問えば、一護はすでに覚悟を決めていたように、迷いなく頷いた
「うん 連れて行って ギン」
「一護ちゃん!」
「ギン!」
そのままひしっと抱き合うと、市丸は一護の身体をひょいと抱え上げる
「ええの?もう帰されへんよ?」
「ん」
力強く頷く一護に、市丸も覚悟を決める
「なら…このまま行ってもええ?」
「うん」
「ほな、行こか しっかり捕まっててや」
俗にいう姫だっこをしたまま、一護の額に軽くキスを落とすと、市丸はそのままひらりと
虚空に踏み出した
そして───
「……要… 黒崎君は現世を離れる気はなかったんじゃないのかね…?」
玉座に座って頬杖をつきながら、一段下に控える部下に力なく藍染が言う
「さあ…そのはずだったんですが…予想外でした」
しれっと言い放つ東仙を忌々しく思いながら、元凶であるバカップルが出て行った扉を
ぼんやりと眺める
本当に連れ帰ってくるなんて……
何を考えてるんだ、あのバカ狐は!
実際にあの二人が一緒に居るのを見たのはこれが初めてだったが、東仙の言葉通り…
いやそれ以上に聞きしにまさるバカップルぶりだった
呆れ果ててものも言えない藍染に、どんな事があっても離れないというようにしっかり
しがみついている一護と、これまた姫だっこしたまま一護の顔中にキスの雨を降らせて、
反対するなら駆け落ちすると言い切ったバカ狐
駆け落ちって…私はお前の父親か舅か!
いっそこの場で殺してやろうかと思えば、気配を察したのか一護があの可愛い瞳で見つめてくる
もういっそどうにでもなれと滞在許可を出したはいいが…
はあ……
これでは先が思いやられると深いため息を吐く藍染に、東仙が止めの台詞を吐いた
「ああ…早速ヤってますね… 黒崎君の霊圧がかなりエロくなってます」
普段真面目な東仙から、ヤるだのエロだのと言う台詞が出た事に驚くが、
この際それはさっくり無視して、藍染も市丸の部屋辺りに漂う霊圧を拾う
「……というか、なんだギンのこの霊圧は… あいつは野獣か!?」
「エロさ全開ですね 正直ギンのエロさ加減など知りたくはないですが…」
「まったく、ワザとやってるのか、あいつは 黒崎君はともかくギンなら霊圧くらい抑えられるだろう」
「もちろん、ワザとです 多分牽制のつもりなんでしょう」
「………にしても…なんだね黒崎君のこの色気は……」
「藍染様、あまり探りすぎて鼻血などお出しにならないよう みっともないですから」
「わかっている!」
玉座の間には言うにおよばず、虚圏中で出歯亀?されているなどつゆ知らず
…いや、一人は確信犯だが…
とにかくそんなお騒がせなバカップルは、今とても幸せな時間を過ごしていた
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