
虚圏の砂漠に二つの影が降り立つ
何もない真っ黒な虚空と辺り一面の白い世界
踏みしめた足下でさらさらと砂の鳴く僅かな音だけが響く
視線を足下に移して、舞い上がる僅かな砂塵にオレンジ色の髪をした少年が、くすりと笑みを漏らした
「一護ちゃん?」
その僅かな声に、隣に佇む長身の男が、銀色の髪を揺らして少年へと首を傾ける
「どないしたん」
静かに尋ねる男に、少年はまた、くすっと口角をあげる
「ん、虚圏にも、風って吹くんだな…と思って」
どこか寂しそうなその様子に男の柳眉が僅かに寄せられ、一瞬口をついて出そうになった言葉を
押しとどめて、そっと頷きを返す
「……せやね」
目立つオレンジの髪に、黒い死覇装──背中には身の丈ほどもある黒い大きな斬魄刀を持つ
その少年の名は、黒崎一護
現世で生を受け、裡に死神と虚という相反する性質を兼ね備えたこの希有な少年は
つい先程、生まれ育った現世へ永遠の別れを告げてこの虚圏に降り立った
その差し出された手を取り、ここまで導いてきた男の名は市丸ギン
尸魂界動乱の首魁である元隊長格である三人のうちの一人───謀反の大逆人
そして、幼い頃から一護を護り続けた一護のたった一人の恋人でもあった
「…どないする…?直接藍染さんとこいく?それともボクの部屋で少し休もか?」
目の前にはこの世界の君臨者たる藍染の住まう虚夜宮
どのみち一度は顔を出さなければならないのだが、少し疲れたような一護の様子に市丸は
一護が来るのを心待ちにしているであろう統治者をさくっと切り捨てる
その言葉に、物思いに沈んでいたかのような一護の顔がぱっと上がる
「いや、いいよ このまま行く」
どこかすっきりしたように微笑む一護に、市丸は気遣うようにオレンジ色の髪を梳いた
「ええよ、無理せんかて どうせ来たことくらいとっくに知ってはるんやし
少しくらい休んでからでもかまへんよ」
「ん、でも、どうせ会うんだから面倒な事は先に済ましときたい」
屈託なく言う一護に市丸は軽く息をつくと、一護の体を優しく抱き寄せて髪にそっと口付けを落とす
「わかった なら、行こか 面倒事はさっさ済ませて早よ二人っきりになりたいし」
「うん…俺も…」
くすりと笑いを含んだ市丸の言葉に罵声が返る普段とは違い、一護は市丸の背に腕を回して呟いた
「よく来たね一護 歓迎するよ」
玉座から一護を見下ろし、口元に不遜な笑みを湛える藍染を、一護は臆することなく見上げていた
「ども、久しぶり藍染さん これから世話になる」
少年らしく、きっぱりした物言いで挨拶を述べる一護に、藍染の笑みが深くなる
「こちらこそ 君が来てくれて本当に嬉しいよ もっとも…私以上に喜んでいるのがそこに居るがね」
暗に市丸との仲を揶揄されたが、一護は動じることなく笑い返す
「さっそく君の席を用意しなくてはね …どうする?いっそここに座るかい?」
ここ…と自分の座る玉座の肘掛けを軽く叩く
その言葉に、玉座広間の左右に並んで様子を見守っていた十刃達の霊圧が一瞬動揺で揺れる
そうでなくても、今この広間で繰り広げられている自分達の統治者と対峙している死神との遣り取りに
十刃達は口には出せずとも混乱していた
たった今まで、敵だと認識してきたオレンジ色の髪の死神
立ち並ぶ十刃の中には、つい先程この死神と刃を交えたばかりの者もいる
確かに、この君主がこの死神に興味を抱いていたことは、みな知っている
だが、それほど興味を抱く対象なのか疑問に思っている者も少なくなかった
今目の前にしてさえ、驚異は感じない
ただの死神の能力を持った人間の子供────
その子供に対して、まるで敬うような態度を取る藍染の姿に、一同は表情に僅かな怪訝を浮かべて
二人の遣り取りを見守る
そして
んー…と、かしかしと二三度頭を掻きながら答える死神の言葉に、十刃達は凍り付いた
「いや…、いいよ 俺がソコ座っても色々面倒だから、藍染さん座ってて?」
面倒!?
面倒といったか!?
絶対君主しか座れない玉座に向かって!?
その言葉は、まるで藍染の代わりに自分が座る価値があるかのような台詞
いくら冗談でも聞き捨てては於けないと、忠誠の深い幾人かが霊圧を上げようとした時──
その玉座から、初めて耳にする心底楽しそうな笑い声が響いた
「ははは…本当に、君は楽しい 私は君になら喜んで忠誠を捧げるがね
面倒事は私がすべて引き受けてあげるよ?君は何も考えずふんぞり返っていればいい」
くすくすと笑いながら話す藍染に、一護は僅かに眉を顰めてふるりと首を振る
「だから、そういうの面倒なんだって それに俺特に今やりたい事もないし…
だったら目的がある藍染さんが統治してくれたほうがすっきりする」
「そうか…、ならどうしようね……」
そう言って藍染は肘掛けに肘を付き、親指の付け根に軽く顎を乗せながら、考え込むように
微笑んで一護を見つめる
ここ虚圏の階級はそのまま純粋に力に置き換えられる
統治者である藍染を頂点として、そのすぐ下の両翼には東仙と市丸が並び、
それから駒である十刃へと続く
その十刃に入ってさえ、力が無ければ容赦なく入れ替えられる
力こそが絶対の不文律
虚の頂点である破面の、そのまた頂点ともいえる十刃でさえ、藍染はおろか東仙や市丸には
絶対に逆らえないほどの力の差を感じている
だからこその絶対服従なのだ
「……俺、ギンの隣じゃダメかな」
そう言う一護に、藍染は口元を上げて鷹揚に頷く
「そうだな… どうだい、ギン?」
そう言って、藍染が玉座広間へと入る大きな扉の前に立つ市丸に視線を投げる
「ええんちゃいます?どうせ一護ちゃん、今はなんもする気あらへんのやし
ボクは一護ちゃん居ってくれたらなんでもええわ」
「そうか、要は?」
「ええ、私も賛成です 立場がないままでは示しが付きませんし、妥当だと思いますが」
誰よりも規律を重んじる東仙が答える
「そうか、ではそうしよう」
そこで話は終わりだとばかりに、髪をかき上げる藍染に、気の逸る十刃が声を上げた
「藍染様っ!」
その声に、声が上がるのを見越していたように藍染が視線を投げる
「なんだい?」
「一体…どういう事なのですか!?その死神は我らの敵では………」
「おや…」
最後まで言わせずに、藍染が口を開く
「今の話を聞いていなかったのかい?彼、黒崎一護は、たった今から君達十刃の上に付く」
ゆらり…と、僅かに霊圧を上げて、居並ぶ十刃たちを制する
「君たちには分からないだろうが、彼の存在は私たちにとってとても重要なのだよ…
だから…彼に対しての反抗は一切認めないからそのつもりでいなさい」
逆らうことなど許されない藍染の決定に、おとなしく従うもの、我関せずなもの、
そして、口には出せずとも内心不満なもの…とそれぞれの表情を伺わせる
と、そこに一護のからりとした声が響いた
「藍染さん、ちょっと任せてもらってもいい?」
一言伺いを立てて、藍染が僅かに笑み上がった唇で返事を返すのを待って、一護は藍染に背を向け
両端に並ぶ十刃を見渡した
「黒崎一護だ これから世話になるからよろしく」
一護の声に返る返事はない
その様子を見て、一護は軽く肩をすくめ、肩越しに藍染を振り仰ぐ
「藍染さん、悪いけどちょっと霊圧下げてくんない?」
「一護?」
「こういうのは、最初に示し付けといた方がいいから
取り敢えず不満だけはみんなモリモリあるみてーだし」
そう言ってにやっと口の端を上げる
「……わかった 好きにしなさい」
そう言うと藍染は、霊圧を下げ、圧から十刃を解放する
「ありがと、……ギン、お前も手出し無用だから」
居並ぶ十刃の奥、一護の正面に扉を背にして立つ市丸に向かって軽く言う
「わかっとるよ 狂犬は先に躾けんと…… なぁ、グリムジョー?」
その言葉に、グリムジョーと呼ばれた水浅黄の髪と目を持つ十刃は、唇を噛んで市丸を睨み付けた
「あ、そう、おまえ、グリムジョー」
そう言いながらグリムジョーを指さし、一護はそのまま彼に向かって手招きをする
「……なんだよ……」
むっつりと口を開くグリムジョーに、一護は面白そうに口の端を上げる
「いいよ、言いたいことあるなら言って」
明るくさくっと切り込むと、むっとした表情のままグリムジョーが押し黙る
「…ねえの?」
本当はあるんだろとでも言いたげに首を傾げる一護に、吐き捨てるように言葉を投げる
「…べつにねえよ」
「ふーん… でもお前、力もねえやつが上に立つのなんて嫌だろ?」
どこか挑発するような一護の口調に、グリムジョーがギリっと奥歯を噛む
「……てめぇ……」
ボソっと押し殺したように漏れる声に、一護はくすりと笑う
「心配すんなって 今は藍染さんも、東仙さんも、……ギンも…俺が手出しさせねえから
後でグダグダ言われんの性に合わないんでね ……なんなら、ここで全員相手してもいいけど?」
その言葉に、二人の様子を傍観していた周りの十刃たちの霊圧に不穏が滲む
一瞬で、部屋の空気が殺伐さを帯び、霊気の密度が濃さを増す
「…っざっけんじゃねえぞ、死神… 大体そんな霊圧で俺らを制せるとでも思ってんのかよっ」
一護の様子にさすがに直情型のグリムジョーがキレる
無理もない、ほんのついさっきまで一護と戦っていたのだ
しかも…、情勢はどうみてもグリムジョーの方が上回っていた
途中で市丸のジャマさえ入らなければ、俺が確実に殺していたとグリムジョーは思う
その後、一護に追い返されるように虚圏に戻ってきた事実は、今のグリムジョーの頭から
きれいさっぱり抹消されていた
今、目の前に立つ一護の霊圧は、非戦闘態勢のせいか穏やかなまま
──つまりは、ただの塵にしか見えない
「……こいよ、死神……」
挑発するだけして、動かない一護に焦れる
今にも戦闘体制に入りそうなグリムジョーを見据えて、一護が軽く左右に視線を流す
「なんだよ、かかってくるのはコイツだけか?」
…腰抜けだな
ボソっと呟かれた言葉に、ほぼ全員が戦闘時の霊圧を纏う
そして───
示し合わせたようにみなが一気に一護に向かい床を蹴った瞬間
僅かに顔を伏せた一護の口元が酷薄に上がった
刹那、ドンっ!と、一気に一護の霊圧が上がる
「───────!!」
部屋の密度が一瞬にして高まる
息も出来ないほどの重い霊圧───
床を蹴った者はその場で固い床面に叩き付けられ、刀を抜こうとしたものは血が滲むほど
柄を握りしめ……それぞれが自らの体を支えきれずに崩れ落ちる
誰もが、恐怖を感じた
それは…重苦しい霊圧に押し潰されそうだったからでも、殺意を感じたからでもない
ただ、純粋な恐怖
圧倒的な力の差を見せつけられる藍染のものとも、また違う怖ろしさ
もっと違うもの───たとえば、根源的な恐怖
冷や汗がだらだらと流れ落ち、耐えきれないものは意識を手放し闇に堕ちる瞬間───
ふっとなんの前触れもなく、それは止んだ
時間にして僅か10秒足らず
けれどもそれは、永遠であるかのように感じていた
「……これで、文句ないな?」
先程とまったく変わらない口調で、一護が床に伏した十刃を見渡して言う
ぜえぜえと荒い息を吐く十刃に向かって、ふうっと一つため息を落とす
「べつにお前らを殺る気ねえから、安心しな お前らはみんな藍染さんの大事な駒なんだからさ
お前らの上に立つって言ってっけど、取り敢えず俺はお前らに対してなんの負荷もかけるつもりも
ねえから…… まあ、もしかしたらこの先、俺のために動いてもらうかも知れねえけど…
そんときは、ヨロシクな」
にっこりと笑いながら言う一護に、先程とは違う意味で、誰も声を発しなかった
それを気にするでもなく、一護は笑顔で床を見渡す
「あ、それから、俺の事は『一護』でいいから 堅苦しいの嫌いだし、『様』付けはどうも…気持ち悪いし
話すのも敬語とかいらねえから あ、もう「死神」はやめろよ?特にグリムジョー
…と、こんなとこか」
一気に話し終えて、軽く肩を上げ、終了というように肩を落とす
ほとんど失神寸前の十刃を見渡して、ヤレヤレやりすぎたか…とちょっと反省
と、目の前に音もなく市丸が移動してくる
「ひゃあ、ちょっと見ん間に、またすごい事なっとるなぁ ほんま一護ちゃん成長早すぎや」
そう言いながら市丸は楽しそうな笑みを浮かべて、一護の髪を米神から後ろへ流すように梳く
その仕草に一護は擽ったそうに肩をすくめると、玉座の藍染を振り返る
「ごめん、藍染さん ちょっとやりすぎた」
これでも押さえたつもりだったんだけど……
そう呟く一護に、藍染は悠然と笑みを浮かべてさらりと言い放つ
「いや、かまわないよ 彼らは君の駒でもある どう扱おうと君の自由だよ、一護
…それにしても、素晴らしいね 惚れ惚れするような霊圧だ」
「んー、まだあんまり方向性がよく分かんなくて… 現在模索中って感じなんだけど…」
顎に手を当てて、何かを思案するように零れた一護の台詞に藍染が問い返す
「方向性?」
「あ、いや…こっちの話 また今度詳しく話すよ」
「そうだね、今日はもう疲れたろうから、ゆっくりするといい 来た早々済まなかったね
…きみたちも、下がりなさい」
そう、藍染が告げた所で一応の挨拶の儀は終了となる
倒れ伏していた十刃も、あるものは自力で、あるものは支えられてどうにか体を起こす
ようやく解放されると、玉座の間を出ようとした十刃に向かって、あ、と市丸が声を掛ける
「そや、大事なこと忘れとった」
その声に何事かと振り返った彼らに、市丸は威嚇するような笑みを向ける
「ええか、最初に言うとくわ 今のんで一護ちゃんの実力わかったやろうから、よもや不埒な真似は
せえへん思うけど… 一護ちゃんはボクの恋人やから手ぇ出したらあかんで?」
するり、と一護を引き寄せて埒もないことを言う市丸に、思わず一護の手が銀色の頭を叩いた
「ばか!何言ってんだよ」
「あた〜っ せやけど一護ちゃん、こういう事は最初が肝心なんやで?」
「うるせえ!わざわざ呼び止めてまで言うことかっ!」
早速目の前で繰り広げられる痴話げんかに目を剥いたまま立ちつくす十刃に、藍染は
下がれというようにひらひらと片手を振る
それを合図に、ぐったりと精魂疲れ果てた彼らは次々と玉座の間を後にした
玉座の間を辞して、市丸の私室へと落ち着いた一護は、高い天井までも届く大きな窓に腰掛け、
どこまでも広がる黒と白の世界を物憂げに見つめていた
「お疲れさん 一護ちゃん」
背後から労るように声を掛ける市丸に、一護は視線だけを向けて微笑む
「最初から大変やったなぁ…」
先程の玉座の間での遣り取りを気遣うように市丸が言う
それに、
「いや…予想の範囲内だったし…」
と、一護がゆるく微笑んだ
今の一護にとって、先程の霊圧の解放は息をするに等しい
特に力を使ったという実感も感じない程度のものだ
反発されるのは分かり切っていた事なので、それに対しての感慨も特にない
だが…、確かに、今の一護は疲れていた
疲れた…というより、気が抜けたという方が近いかもしれない
その一護の様子に、市丸は何を言うでもなく、ただ長い両手を広げて愛しそうに誘う
「おいで、一護ちゃん」
その姿に、一護は僅かに口元を上げると、ゆっくりと市丸の元へと歩を進めた
市丸の白装束の胸元を掴んで、僅かに引き寄せるように胸に顔を寄せる
「……ギン ………疲れた………」
ぽつりと呟かれた言葉は、市丸の胸を痛くする
「…せやね……」
そう言って市丸は細いその体を優しく抱きしめる
この、細い…抱きしめたら折れてしまいそうな体に、一護はすべてを抱えて生きてきたのだ
いくら一護が望んだ事とはいえ、生まれ育った場所を捨てるには、相当な覚悟が必要だったろう
しかも、裏切り者の烙印まで押されて
虚圏へ降り立った砂漠で、思わず口に出そうだった台詞が再び胸をかすめる
『後悔してへん……?』
けれど、それは聞くべきではない事も市丸は分かっていた
一抹の後悔もない訳ではない
どんなに切り捨てたとしても、彼の短い現世での生活の中に、彼が愛したものも確かにあるのだ
それを捨ててまでも、共に歩む場所が自分の居場所と決めてくれた一護に、市丸は愛しさを込めるように一護の髪を梳く
「…今日はもう疲れたやろ… このまま休もか……」
連れだった当初は、二人きりになったら貪るように抱き合おうと思っていたけれど、今はただ、一護を
ゆっくり休ませてやりたいとそれだけを思う
それに対して、一護は市丸の胸に顔を寄せたままゆるく首を振る
「…いい……抱いて、ギン……」
「…一護ちゃん…?」
今にも崩れ落ちそうな体で、男を望む台詞に、市丸の眉が寄せられる
「無理せんとき…?一護ちゃん今日は疲れてはる……」
いつもは執拗なまでに一護を求める市丸が、やんわりと一護を制する
そのままそっと一護を抱えて隣接する寝室へと歩を進め、労るようにゆっくりと大きなベッドに横たえて
その長い指で一護の瞼を覆う
「このまま…何も考えんと眠り…… ボクが側に居るし……」
愛しさを惜しげもなく声に乗せて、市丸が囁く
その瞼を覆う手にそっと自分の手を重ねて、一護がゆるりと言葉を紡ぐ
「…脱がせて……死覇装………」
その言葉に市丸の目が僅かに開いた
死神を象徴するその装束
一護がその力を得た時から、それは力の象徴として一護を纏っていたそれ───
闇を湛える黒装束を纏った一護は何処までも強く、美しい死神だった
そっと、一護の瞼を覆う手を滑らせると、琥珀色をした飴玉のような瞳が市丸を見上げる
その瞳に視線を絡ませて、市丸はふっと僅かに口角を上げた
「……なに……?」
「いや… 一護ちゃんの死覇装姿見納めやな…思て」
その台詞に一護がくすりと笑う
「…俺も…お前の隊長羽織好きだったよ…」
背中に三の数字を背負った後ろ姿
長身痩躯に纏う隊長としての証を背負うその後ろ姿は、今でも一護の胸を切ないまでに打つ
なんの未練もなくそれを脱ぎ捨て、この世界の象徴のように纏う白装束に、一護はそっと腕を伸ばす
藍染が作り上げた新たな世界で、新たな装束を身に纏う男────
ただ、この男の側にいたいと願った
ただ一人、一護の闇も光もすべてを受け入れ一護と共にあることを願ったこの男と
一護の強さも弱さも……何を望むことなく一護を一護のままで居させてくれた、ただ一人の男
何度も、壊れそうになった
一護の裡に秘める力に、周りはただ、強くあることを望んだ
強くなりたいと…、自分でも望んだその力は、それとは裏腹に一護の繊細な心を押しつぶした
ただ、ありのままで居たかった
秘めたる力も、能力も、一護にとってはなんの意味もなかった
ただ、自分でありたいと願っただけ
何も包み隠さず、ただ自分自身でいたいと───願ったのは、それだけ
けれど、自分の存在は、ただそこに在るだけで、周りとの摩擦を引き起こす
ただの人として生きる事は叶わず、死神としても内包するものがそれを許さず───
虚としてさえ、異質な存在
この世界のどこにも自分が存在する場所を見つけられず……
そんな自分をただ、愛した男
何も望まずに、ただ、一護が一護であることを許した唯一の存在
たとえこのまま一護が壊れても、恐らくなにも揺らがないであろうその愛情を──
唯一信じられるただ一人の男
「───ギン───」
自分にとってのたった一人の名を愛しげに呟く
誘うようなその眼差しに、市丸の唇がゆっくりと降りる
|