
出された宿題を片すべく机に向かい、あともう少しで終わるという所で、いきなり背後に重たいものが張り付いた。
「うぉっ!?」
思わず叫んで首を捻ると、見慣れた笑みにぶつかる。
「―――ギン」
どうして護廷の隊長格はそろいもそろって気配を消してくるのか。
以前それで文句を言ったら、『一護ちゃんの霊圧探知が低いのが悪いんや』と膠もなく返された。
普段甘いくせに、事死神の能力に対してはギンは容赦がない。
まあ、それでこそ護廷の隊長が務まるのだろうし、仕事に対して完全なマイペースを気取っているギンの別の
側面を見たようでそういう所は密かに尊敬していたりもする。
だが、護廷ならともかく、自分の部屋にいきなり現れるのには勘弁して欲しい。
「ギン…。苦しいって。離せ、オラ!」
「え〜。嫌や〜。お風呂上がりなんやね一護ちゃん。ええ匂いするわ〜」
ぴったりと張り付きながら腕の力を益々込めて、すりすりと髪に頬ずりする。
「ちょ…っ!もうっ!離れろって!!」
さすがに苦しくなって声を荒げると、ギンはようやく力を緩めて人差し指を口元にあてた。
「しぃ〜。静かにせんと家の人びっくりするで?もう夜遅いんやし」
その言葉にはっと気づいて外の様子を伺い誰も起きてくる気配はないのを確認すると、声を落として文句を言う。
「お前が張り付いてるのが悪いんだろーが。てか、何しに来たんだよ」
恋人同士とはいえ、そこはそれ。護廷の隊長と現世の住人。住む世界が違う分やはり会う回数は限られる。
つい悪態を吐いてしまうけれど、それでも時間の許す限りこうやって会いに来てくれるのはやっぱり嬉しい。
ただ…素直にそれが言えないだけだ。……恥ずかしくって。
俺の言葉にギンは形の良い柳眉をハの字にさげて苦笑する。
「んー、なんで…って。ああ、もうそろそろやねぇ」
「なにが?」
俺の質問をまるっと無視して、ギンは部屋の時計に視線を合わせる。
そして。
「お、ぴったりや。では改めて」
そう言ってギンが座っていた椅子ごと俺をくるりと回転させて向き直ると、大事なものを扱うようにそっと俺の手を
取って視線を合わせた。
「お誕生日おめでとう、一護ちゃん。これからもずーっとボクの恋人でおってな」
その言葉に思わず時計を見る。
そうだ、忘れていた。明日――いや、もう今日は俺の誕生日。
それをわざわざ言う為にこいつはここに来たのか。
思いもかけない台詞に目をぱちくりさせている俺を嬉しそうに見ながらギンが言う。
「一番初めにボクがおめでとう言いたかったんや。今日は一護ちゃん家族でお祝いしてもらうんやろ?
やから、夜中で悪いなぁ思たけど、恋人として一番最初に一護ちゃんにおめでとう言う権利は譲られへん
かったんよ」
「――ギン……」
にっこりと笑って言うギンに嬉しいのと照れくさいのと、そして何よりギンの笑顔に見惚れてしまって上手く言葉が
出てこない。
元々笑い顔なんだけど、本当に笑っている時のギンの顔は楽しそうで嬉しそうで、その顔を見る度にああやっぱり俺はこいつの事が好きなんだなぁと思う。
ずっと恋人で居たいのは俺も同じ。ひどく子供っぽい所もあるけど、それでもやっぱりギンは大人で、色んな経験もたくさん積んでて、そして本人は気づいているのか知らないけど、とにかくモテるんだ。
ギンに言わせれば『一護ちゃんの方がモテモテやん』と言うけれど、特別モテた記憶なんて俺にはない。
いつも心配だって言われるけれど、心配してるのはむしろ俺の方。
あんまり自覚したくはないけど、俺って結構ヤキモチ焼きなんだってギンと付き合いだして初めてわかった。
名前を呼んだまま、ぼうっとしてしまった俺の髪を長い指でくしゃりと撫でて若干心配そうにギンが言う。
「どないしたん?」
「……ん」
それに答えずに、するりと腕を伸ばしてそのままギンに抱きついた。
いつものギンの匂い。俺が一番好きで、安心する匂い。
それを堪能するように広い胸に顔を寄せると僅かに心臓の音が聞こえる。
トクトクトク…と。これはギンが生きている証。住む世界は違うけれど、別の場所で確かにギンは生きている。
生きていてよかった。ギンが生まれてくれて、そして出会えて本当によかった。
「ありがと…。俺上手く言えないけど、今すっげぇ嬉しい。誰に言われるよりもお前におめでとうって
言われるのが一番嬉しいよ。ありがとな、ギン。お前が生まれてきてくれて…本当にありがと」
「何言うてるん。生まれてきてくれてありがと言うんはボクの台詞やろ?今日はボクが神さんに感謝する日やで。
そして一護ちゃんのお父さんとお母さんにもな。こんな優しい気持ちになれるんも一護ちゃんがおってくれたからや。
ほんまにおめでとう、一護ちゃん」
ゆっくりと俺の髪を梳きながらはんなりとした声でギンが話す。
ギンの声は酷く心地いい。それは柔らかく俺の鼓膜を通して直接心に響いてくる。
ギンにしがみついたまま、うっとりと目を閉じた俺の頬にギンの手が滑り上を向かされる。
「キスしてもええ?」
「――うん」
普段はそんな事聞かないくせに、律儀に聞いてくるギンに素直に頷く。
そっと降りてくるギンの唇。軽く触れるだけでまた離れるキスに思わず自分から唇を寄せた。
深く熱いキスを堪能してから、漸くほどかれ深く息を吐く。
もしかしてこのままなだれ込むか?と思いきや、ギンが若干申し訳なさそうに聞いてきた。
「あんな、一護ちゃん。プレゼント何がいい?ボクな、用意しようと思てたんやけど、あれこれ迷い過ぎてどれも
選ばれへんかったんよ。ほんまは今日用意して一護ちゃん喜ばそ思てたんに、ほんまごめんな。
やから何でも言うて?何でも買うたるから」
「ん……。ありがと。…でも、いいや」
「へ?いいって…。いらへんの?ええよ、遠慮せんと言い?ボクこう見えても甲斐性あるで?」
ギンの言葉に俺は軽く首を振る。人並みに物欲はあるし、欲しい物がない訳じゃない。
でも、そんな物よりももっと大事なものがあるんだ。
「うん。でも物は…いいかな。それよりもさ…、俺はギンが欲しい」
普通なら絶対言えない台詞。でも熱に浮かされたように今日はするりと口をつく。
俺が本当に欲しいもの。ギンという存在。こうやって恋人になってもまだ足りないくらい俺はこいつを欲してる。
これってかなり欲深いと思う。
その俺の言葉にギンがくすりと笑う。
「いくらでも。でもそんなんでええの?やってもうボクはとっくに一護ちゃんのもんやろ。
そんな可愛いおねだりされたらボク理性ふっとぶで」
「うん…。いい。その代わり朝まで一緒に居てくれる?」
じっとギンの瞳を見上げながら言うとギンは酷く男くさい笑みを浮かべてしっかりと頷いた。
「当たり前や。今日は離さへんよ」
「ん」
そう言ってギンがしっかりと俺を抱きしめる。その大きな背中に俺はしっかりとしがみついた。
end
あ、宿題忘れてた。先生すまねぇ。
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