
なんの変哲もない、高校生の昼休み。
普段は、屋上で取る昼食を今日に限って教室で取っていたのは特別意味はない。
今日はいつも弁当を用意してくれている遊子が珍しく寝坊してしまい、久しぶりに売店での昼飯確保の
競争に参戦した一護だったが、慣れない売店での攻防に疲れたのと、日頃の疲れも相まってなんとなく
足が自分の机に向かっていたという他愛もない理由からだった。
それに追随するかのように、いつものメンバー…チャドと水色と啓吾…そしてこの頃は石田も一護に倣って
今日は一護を囲むように教室での昼食と相成っていた。
と、男子同士の他愛ない会話の合間に、その声が聞こえてきたのだ。
「ええ〜、それって浮気って心配じゃないのォ〜?」
ひときわ高い女子の声に意識はせずとも耳だけはしっかり声を拾う。
その直後に、口々と声を上げるクラスメイトの声を聞くとは無しに聞きながらパンを頬張っていた一護の耳に、その話題の中心であろう女子の声が届いてきた。
「うん…。でも、仕方ないじゃん。相手はさ、ずっと年上だし…。それにやりたい事あるからその大学受け
たんだしさ…。こっちとしては信じて待つしかないでしょー?」
「きゃ〜v 大人な発言してるー!」
きゃいのきゃいのと益々大きくなる女子の声に、やはり同じように声を拾っていた…というよりも、こっちは
完全に耳ダンボになっていた啓吾が周囲には聞こえないように悲痛な声を上げる。
「あ〜、渡辺さんってカレシいたのか!くぅうっ!ちくしょう、また女子が一人減っていくーーーーー!」
がっくりと机に突っ伏した啓吾に水色が醒めた視線で醒めた言葉を吐く。
「一人減っても二人減っても浅野さんには全然、まったく関係ないと思いますが?」
「だから敬語はヤメテーーーー!」
相変わらずの二人の遣り取りに、また始まったと一護は無視を決め込んでパックのジュースを啜る。
「でもさ、エンレンだったらまだチャンスはあると見たっ!」
一通り落ち込んだ後、そう言ってガバリと起き上がった啓吾に再び水色が止めを差す。
「止めときなって。まあそりゃ中々会えない相手よりも身近な方がいいかも知れないけど。
どっちにしてもキミには無理」
その二人の会話に珍しく反応して、一護がボソリと声を落とした。
「エンレン…?」
二人の会話に突然割って入った一護の言葉に、啓吾と水色が目を丸くする。
近隣の学生から『超ヤンキー』として恐れられている一護だが、実の所は結構モテる。
ただ、本人にその気がないのと、恋愛に関しては超・おニブな為、一護がその視線に気づく事がないだけ
なのだと周りの誰もが知っている。そして、一護に思いを寄せる女子達も、やはり直接は言い出せずに
遠巻きに見ているだけ…というのが、一護の鈍さに益々拍車を掛けていた。
だから、一護がこんな恋愛がらみの話題に自分から割り込んでくる事など今だ嘗てなかったのだ。
「い…一護お前もとうとう……っ!ブホッ!」
ようやく人並みの男子に成り下がったか!同士よ!と一護に抱きつこうとした啓吾を水色がすかさず啓吾の
弁当のフタで後頭部を殴り、向かってこられた一護が反射的に鉄拳をめり込ませて沈めると、啓吾はその
まま白目を剥いて机に突っ伏す。
まあ、いつもの恒例行事なので放っておいても自然に起きるだろうと、チャドも石田も当然無視を決め込む。
もちろん殴った張本人達も同様に。
そんな僅か1秒足らずの遣り取りなど、まるでなかったかのように水色がさくっと話題を戻した。
「うん。渡辺さんのカレシって地方の大学に行っちゃったんだって。まあ、本人は平気だって強がってるけど、
やっぱり寂しいよね。大学生って合コンだ何だって誘惑も多いし…。…一護、気になるの?」
「え…?いや、別に」
言外に『彼女の事が』気になるのかと問われて、一護はあっさりと首を振る。
…気になったのは、その本人ではなくて…。
その『遠恋』という響きだった。
遠距離恋愛──遙かな距離を隔てた、遠い恋──。
その言葉の響きに、一護は今この場にいるはずもない面影をふと思い出す。
そう…、と。それ以上突っ込む事はせずに水色があっさりと流す。
やはりこういう所は水色は大人だ。絶対に絡んできただろう啓吾を、先に沈めておいて正解だったと一護の
思いを知るチャドと石田が同じ事を思う。
「まあ、今は携帯もメールもあるから、連絡なんて簡単に取れるけどさ…。それ考えたら、昔はもっと大変だったんだろうね」
「……だな……」
水色の言葉にそれとなく頷いて、一護は再びパンに齧り付く。
気絶していた啓吾が起き上がった時には、もう話題は別方向へ流れていて。
そうして昼休み終了のチャイムと共に平和な休み時間は幕を閉じた。
風呂上がりにごろんとベッドに沈み込んでぼんやりと、窓の外を見上げる。
今日は珍しく虚の襲撃がなかった。
まあ、来るときは夜中でも叩き起こされる羽目になるので、完全には油断できないが、授業中に抜け出さ
なかっただけマシというものだろう。
ゴロゴロとベッドの上で転がりながら一護はふとあの言葉を思い出した。
「遠恋…か…」
遠い恋といえばこれほど遠いのもそうないだろう。
なにせ、生きる世界自体が違うのだ。
尸魂界の死神と現世の住人───。
同じ人間同士なら水色のいうように今は携帯もメールもあって、声が聞きたくなればすぐにでも聞くことが
できる。相手が元気かどうかなんて、メールの1本でもすれば済むことだ。
だけど……。棲む世界が違う自分達にはそんな事はできない。
今現在の相手の状況すら、知りたくても知ることができないのだ。
「……ギン……」
ポツリとその名前を口に出した瞬間、会いたい気持ちが募ってくる。
あの何かを企んでいるような食えない笑みも、ひょろりと長い手足も、若干猫背な立ち姿も──。
一つ思い出すと止まらなくなって、次々と脳裏に浮かんでくる。
それを振り切るようにぎゅっと目を閉じれば、尚更瞼の裏にその姿が映る。
「あー…、もう…っ」
ぎゅっと枕をかき抱いて窓に背を向ける。
こんな風に寂しいと感じる事なんて、今までなかったのに。
いや…、きっと今までも感じてはいたのだ。──意識しなかっただけで。
市丸のあのはんなりとした甘い声で…そして、彼に似合わず酷く生真面目な顔で「好きだ」と告げられた時
から、こうなるのは分かっていた事ではなかったか。
それを承知で頷いたのも自分だし、そして…どんなに離れていても、市丸の恋人になれる事が嬉しかった
のも自分だ。
『浮気とか心配じゃないの?』と、昼間のクラスの女子の声が脳裏を過ぎる。
「…別に…心配じゃねぇよ…」
自分に問われた訳でもないのに、その声は一護の中でまるで自分に問いかけられているかのように聞こえ
てきて、思わずボソリと呟いてしまう。
「でもさ…、そうは言ってもあいつ…結構モテるんだよな…あれで」
市丸自身の魅力なのか、それとも護廷の隊長だからなのか…。
密かに結成されている『女性死神協会』の面々に言わせれば、市丸は得体が知れなくて恐い、と思われて
いるのと同じくらい女性死神には人気が高いのだという。
『たぶんアレは怖いもの見たさでしょ』
とバッサリ切り捨てたのは、市丸の幼なじみの乱菊だ。
人懐っこそうで、その実他人を寄せ付けない所が、どこか秘密めいて興味を煽るのだという。
それは…なんとなく一護にも分かる。
「あいつ…あんまり他人には興味ないからなぁ…」
一度口から滑り出た独り言が止まらなくなる。
「だから…。モテるのは事実なんだけど…そんなに心配なんかしてねぇよ…」
いつしか一護の頭の中で、クラスメイトの会話が自分に向けて語りだしていた。
『今は携帯もメールもあるからさ』
そう言う水色の声に、一護の眉間の皺が深く刻まれる。
「でもさ…。俺とあいつは…そんなの出来ねぇんだよ…」
『昔はもっと大変だったんだろうね』
「昔じゃねぇっつーの。今だって大変なんだよ。ケータイとかメールどころか…手紙すら届かねえんだよ、
こっちは」
どんなに声を聞きたくても、聞くことすらできない。
たった一言、声でなくても…液晶の文字でもいいのに、それすら叶わない。
護廷の隊長だから…市丸はハンパなく強いから…、万に一つもそんな可能性なんてないけれど、それでも
自分が会えない間に死んだりしたらどうしようとか…、そんな益体もない事まで考えてしまう。
こうやってグダグダ考えているくらいなら、さっさと死神化して会いに行けばいいのに、用事もないのに尸魂界に行くのってどうだよ…と、『いい子』の自分が押しとどめる。
もちろん市丸だって、一護に会いに現世に出向いてくるのは、厳密にいえば立派な違反だ。
それを相手にだけさせておいて自分だけいい子でいるのはどうなのか…とも思うが、やはりいざとなっては
中々決心が付かない。
「あーーーっ!もう!ギンのバカヤロウ!日頃あんだけ俺の事好きだって言ってんなら、こんな時こそ会いに
来やがれってんだっ!」
叫ぶ言葉は完全な八つ当たりだ。
だが、今それを聞いているのは自分一人。
ここでどんなに文句を言っても市丸には届かないのなら、遠慮なんてする事はない。
それが八つ当たりだろうがなんだろうが構うものか、と一護は思いついた罵詈雑言を次々と口にする。
「あんだよ、ギンのバーカ!どスケベ!エロジジイ!いくら護廷で若いっつっても、てめーはそんじょそこらの
ジジイよりは上だろうがっ!大体、俺はまだ未成年なんだっつーの。この犯罪者。
てめーと付き合うまで俺は何も知らなかったんだよっ!あーあ、いつか可愛いカノジョみつけてフツーにデート
して、そんでもって優しい奥さんもらって、バリバリ働いて…可愛い子供に恵まれて…。
俺の明るい人生設計全てパーにしやがって!責任とれ、オラッ!」
ほとんど息継ぎも無しに、そこまで言ってから、一護は枕を抱えたままくるんと丸まる。
別に今言った人生設計など本気で考えていた訳じゃないけれど。
でも、死神になどならずに普通に生きていたらたぶん、そんな人並みの人生を自分もきっと送っていたのだろ
うと思う。
別にそれに未練があるわけでも、殊更それに憧れている訳でもない。
今現在、市丸とは恋人だけど、この関係に先があるか…と言われれば、一護にだってどうだろうと首を傾げ
ざるを得ない。
だって…。自分は年を取るのだ。
いくら実年齢で市丸が遙か上だとはいえ、死神の外見的な成長は極ゆっくりだ。
『100年前はボクかて子供やったんやで』と、当時の画像を見せられたが、人間にしてみれば100年どころ
か50年も経つと、立派な壮年だ。
そんな自分が市丸に変わらず組み敷かれているなんて、想像もつかない。
今でこそ、可愛いだの愛らしいだのと言ってはくれているが、一体それがいつまで続くのか。
同じ人間だったら考えもしないそんな事まで考えてしまうのは、全て市丸のせいだ。
「バカ…。もう…お前なんか…知らねぇ…」
自分の想像で、思わず零れそうになった涙をぐっと堪えて、それでもぐすりとした涙声で小さく一護が呟いた。
「そないな事言わんといて」
──と。
突如として降って沸いたその声に、一護はビクーッと身体を硬直させて、次の瞬間飛び起きるように背後を
振り返った。
「……な……」
あまりな事に思考がついていかない。
確かに目の前に居るのは、今自分が尤も会いたかったその人物なのだが……。
何で今ココに!? と、混乱した頭で一護が呆然とその顔を見上げる。
「ごめんなぁ…。寂しい思いさしてもうて。…でも『エロジジイ』はないんちゃう?」
いつも通り、ニヤニヤと笑いながらそう言う市丸に、一護の顔面からさぁーっと血の気が引く。
「…うそ…」
漸く絞り出した声は、その言葉にしかならずに…。
一護はぼんやりと市丸を見つめたまま、しばらく身動きする事ができなかった。
「…え…お前…なんでここに…。──てか、一体いつから居たんだよっ!!!???」
漸く惚けていた頭が巡り始めて、一護の惚けた様子をニヤニヤした顔で見ていた市丸の表情に、一護の顔
がボンッと音がするほど、青から赤へと見事に変化した。
「いつから…って。そうやなぁ…、日頃好きやって言うてるんなら、こんな時に会いに来いて言うトコから
やろか…」
市丸のその言葉に、一護は思わず「げっ」と声を詰まらせる。
…という事は、市丸への八つ当たりはほぼ全部聞かれてるじゃないか!
「なんや一護は、普通にカノジョとデートして、優しい奥さんもろて可愛い子供も欲しかったんや。
…なんやごめんなぁ。さすがのボクもそれだけは叶えてあげられへんわ」
クシャっと形の良い柳眉をハの字に下げて済まなさそうに言う市丸に、一護がアワアワと口ごもる。
「え…、いや…違っ!そうじゃなくて…」
「やって一護さっき自分でそう言うてたやん」
「てかあれは…単なる言葉のアヤで……。──ってか!居るならいるで、先に声かけろっ!!!」
恥ずかしさの余り真っ赤になって市丸を怒鳴りつける一護に、市丸が可笑しそうにクスクスと笑う。
「いや…。やって、ボクかて声かけようとしたんよ?でも一護ちゃんなんや一人で怒ってはるし、ボクが
おらん思うてボクの悪口言いたい放題やったし…。そんなん流石のボクでもよう声かけられんわ」
「だ…から…っ!あれは…悪口なんかじゃ……」
「なんや、バカやのどスケベやのジジイやの…。あげくの果てにはボク犯罪者なんかいな」
「いや…違…」
演技だとは重々分かってはいても、心底悲しそうにはぁ…、とため息を吐いて肩を落とす市丸に、一護は
慌てて首を振る。
さんざん恥ずかしい台詞を聞かれて、気まずさからくる怒りはあるが、いくら本人が居ないとはいえ…しかも
本心ではないとはいえ、やっぱり言い過ぎだった事は自分でも少々罪悪感があるのだ。
「だから!違うって!オイ、人の話聞けよっ!!」
「ひどい…一護ちゃん」と、わざとらしくよよっと泣き崩れる市丸に、だんだんと一護が醒めてくる。
大体、なんで今、市丸がここに居るのだ。
そりゃ…確かに会いたかったし、寂しいとも思ってはいたけれど…。
突然降って沸いたような市丸の来訪に、嬉しさどころか激しく動揺してしまう。
「いつも言ってるだろっ!気配殺して入ってくんなっ!」
「そう言われても…気配殺してるんは常やしなぁ。隊長格が霊圧垂れ流したまんまやと、護廷で気絶者続出
で仕事にならへんのやもん。隊長格と同等で霊圧垂れ流しなんは一護ちゃんだけやで。…知っとる?
一護ちゃんがボクに向かって喧嘩腰になるたんびに三番隊の下位隊士倒れてってるの」
「え…。ウソ…」
「嘘なんかやあらへんよ。その度にボクがイヅルに怒られてるんやで。一護ちゃん怒らすような事するなて」
「…マジ…?」
初めて聞く事実に、そう言えば自分が三番隊を訪れている時には不思議と隊首室には誰も近づかなかったな…と改めて思い返す。
それが事実だとしたら、さもありなん。そりゃあ怖くて誰も近づけないだろう。
誰だって好き好んで気絶なんかしたくはない。
「ごめん…俺……」
知らなかったとはいえ、自分のしでかした事にしゅんと頭を垂れた一護に市丸の大きな手が慰めるように
ポンポンと頭を叩く。
「まあ、しゃあない。これから序々に覚えてったらええやろ?なにせ一護ちゃんは死神になってまだ間もない
んやし、今まで霊圧コントロールなんかしたことないんやから、急には無理や。大丈夫、ボクがちゃぁんと教
えたるから、心配せんでええ」
「…うん…」
市丸の言葉に、一護はしゅんとしたままコクリと頷く。
それに優しい笑みを落として市丸が一護を引き寄せた。
「ごめんな…。寂しがらせてもうて…。この所、ちょっとバタバタしてて中々抜け出せんかってん」
耳元にそう甘く囁く市丸の声を聞きながら、一護は大人しく腕の中に収まったままフルフルと頭を振る。
「いい…。ごめん、俺が我が侭なだけだから…。お前は隊長としての仕事があるし…こんな風に現世に
来ちゃいけないんだって俺も分かってる。ただ…。ごめん、今日は…」
市丸の背中に手を回して、隊長羽織をきゅっと握り込む。
市丸の立場も、隊長としての仕事が苛烈を極める事も──、死神代行として護廷に関わっている一護にも
全てではないが、分かっているつもりだ。
それでも、やれば早いと自負しているせいなのか、市丸はよく仕事を溜めるだけ溜め込んでたまにこうして
ふらりと一護の元へとやってくる。
いつもはそれに対して『仕事をサボるな!』とか『さっさと帰れ!』だとか憎まれ口…というか当然の事しか
言わないのだが…。今日に限っては、市丸が禁を犯しても自分に会いに来てくれた事が酷く嬉しかった。
「俺…今日は…すっげぇお前に会いたかった…」
ポツリと零すように小さな声で言う一護に、市丸は一護の髪に顔を埋めたまま抱きしめる手に力を込める。
「なんや、今日は素直やな」
あやすようにゆっくりと背中をさすりながらそう言う市丸に、一護は胸に顔を沈めたままボソリと言う。
「…たまにはいいだろ」
若干拗ねたようなその声に、市丸はくすりと笑みを落としてその髪に口づける。
「たまには…やのうて、いつもこんだけ素直やったら嬉しいんやけどなぁ」
「うるせえよ。今日は特別。ほんっとーにたまたま!極、まれ。だから…、素直に甘えさせろ…」
憎まれ口を叩きながらも、可愛い事をいう恋人に、市丸の顔が思わず綻ぶ。
事の最中ならいざしらず、一護が普段こうやって甘えてくるなど本当に滅多にない事だ。
それだけ自分に会いたがっていてくれていたという事実を、市丸は実感し、それを噛みしめる。
「そんなに…ボクに会いたいて…思うてくれてたん?」
「…うん…」
普段ならこんな訊き方をすれば即座に憎まれ口が返ってくるのに、今日の一護はそれに対しても素直に頷く。
「寂しかった?」
「…寂しかったよ…。…お前は…?」
ふいっと顔を上げて一護が市丸を見つめる。
それに市丸も揶揄う事はせずに、素直に自分の気持ちを返す。
「ボクかてもちろんそうや。一護に会いとうて…一護の事抱きとうて…しゃあなかったよ」
「…うん…。俺も…。ギンに会いたくて…。ギンが…欲しくてしかたなかった…」
互いの瞳を見つめたまま、そっと顔が近付く。
どちらからともなく誘われるように深い口付けを交わして、再びしっかりと互いを抱きしめる。
「なあ…一護」
「ん…?」
「責任…取らしてや…」
一護の耳朶に市丸が甘い囁きを落とす。
「ギン……?」
「ボクは一護になんにも与えてはあげられん。人並みの幸せ…いうやつも、奥さんと子供が居る幸福な
家庭ってやつも…。ボクが一護の事思うてる限り、そんなん絶対に許せへん。
ボクが唯一、一護にあげられるんはボクの思いだけや…」
「…ギン…」
いつになく真剣に語る市丸に、一護の瞳が揺れる。
「でもな、一護。どんなに離れてても…棲む世界が違うても…ボクには一護だけや。ボクが生きてる限り、
絶対一護ん事離さへん。幸せにするとか…大層な事は言えんけど…、でも一護の一生ボクにくれへん?
一生かけて、ボクに責任取らせてや。一護が現世の生を終えて尸魂界にきたら…今度こそずっと一緒に
ボクと暮らしてくれへん?」
市丸のその言葉に、一護の目からするりと涙が零れ出る。
その様子に市丸が苦笑を漏らした。
「泣かんといて…一護」
そっと涙を拭うように唇を寄せ、舌で舐め取っていく市丸に身を任せながら一護がくすりと笑う。
「一護?」
「違う…。嬉しいんだ。なんかそれ、プロポーズみてぇ…」
「うん。そうや。ボクそのつもりやで?」
「死神って男同士結婚できたっけ」
「さぁ…。前例はないと思うけど…。でも、そんな書類上の事なんてどうでもええんやない?」
「…だな…」
「ほんなら、今日は『初夜』という事で」
そう言って市丸が一護を抱いたまま、そっとベッドに横たえる。
その銀色の髪を引き寄せながら一護は、真っ赤な顔で「やっぱお前バカ…」と可愛く呟いた。
end
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