※頑張れ吉良イヅル その2
拍手から移動しました。
少しだけ加筆修正してます。(まあ、ほとんど変わらないですけど)
今の一護贔屓からは考えられない拒絶反応状態なイヅルのお話。



 ──天上の華 幕間その3 頑張れ吉良イヅル!──




「い…市丸様っ!!!」


いつものようにソファにごろんと寝ころんで惰眠を貪っていた市丸の元に、イヅルが血相を変えて飛び込んできた。
うるさいなぁと思いながら寝たふりを決め込む。
少々神経質な所があるイヅルは少しの事でも騒ぎ過ぎる…と市丸は思う。
イヅルからしてみれば何が起ころうと慌てたそぶりさえ見せない市丸を頼もしく思う反面、本当に分かってるのかと
殴りたくなる事もしばしばだ。

「ちょっと!寝たふりしないで起きて下さいっ!!」
さすがに幼少の頃からの付き合いだけあって、狸寝入りは簡単に見破られる。
仕方なくそっと薄目を開けるとワナワナと震えるイヅルがファイルを握りしめていた。



「一体、何ですか!これはっ!!!???」
そう言って寝ころんだままの市丸に青筋を立てながら、ずいっと手元のファイルを突きつける。
その表書きに目を通した瞬間、市丸はイヅルの話に想像がついてしまった。

「ああ…。上がってきたんやなぁ」
そのファイルを受け取りぱらりと捲る。中には市丸が愛してやまない少年の写真が挟み込んであった。
『調査報告書』――─。
市丸が一護をこの家に迎え入れると決めた時に依頼した一護の身上調査書だ。
表向きは平和な状態が続いているとはいえ、一家の跡目である市丸は常にいつ寝首を掻かれてもおかしくない状態
に立たされている。ほんの僅かな気の緩みが自身の身を滅ぼす事になるのは市丸も、そしてイヅルも重々身に染みていた。
だからこそ市丸は──そしてイヅルは特に、この組に近づく人間には神経を尖らせる。



「不審なとこでもあったん?」
そう言いながらパラパラと紙面を捲ると、イヅルの手がぶるぶると震えだした。


「不審って…、その前に 男!でしょーーーーがっ!!」


くわっと目を見開いて怒鳴るイヅルに市丸がにんまりと笑った。
「あれ?言うてなかった?」
「聞いてたらこんなに驚いてませんよっ!」
『いちご』という名前の響きから、どんなに可愛らしい女性かと密かに想像を膨らませていたのに……。
「そうやっけ。あ、この子が一護ちゃんな。可愛えやろv」
目の前で写真をひらひらと振る市丸に、イヅルの米神がぴくりと音を立てた。


「あなたは…何考えて生きてるんですか…。どーせ今までだってなんも考えちゃあいなかったんでしょうけど、今度は
珍しく本気だって言うから…ようやくうちにも姐さんが出来ると思って喜んでたのに…。お・と・こ…ですって…?
男に向かって姐さんって言うんですか!?え!?」
ズルズルと背後に妖気を背負って地を這うような声で訴えるイヅルに、市丸が笑顔を引き攣らせる。
普段は堅苦しいくらいに主従を重んじるイヅルだが、その実幼少の頃から共に育った家族のようなものだ。
本気で切れるとかなり面倒だという事は市丸が一番よく知っている。

「あ〜確かに『姐さん』はないなぁ。やったらほら、『一護様』でもええやん。"様"は…嫌がるかも知れへんから『一護さん』とか『一護くん』とか?」
「…誰が呼び方の事言ってるんです…?」
微妙に矛先を逸らそうと思ったが無駄だったらしい。
「いやー、やってイヅルが"姐さん"呼べへん言うから」
へらりと言う市丸に、イヅルは青筋を立てたまま無表情に答える。
「あんた人の話ちゃんと聞いてます?」
「イ…イヅルがボクの事"あんた"言うた!」
「あんたなんかあんたで十分ですっ!何が組長だっ!もうやってられっかっ!僕は降りるっ!!」
市丸の手からファイルを取り上げてバンッとテーブルに叩き付ける。
そして、そのまま踵を返して部屋を出ようとしたイヅルに市丸の低い声が飛んだ。


「ちょぉ待ち、イヅル」
「……何です」
ドアノブに手をかけたままイヅルが振り返る。
「…ボクは『本気や』、言わんかったか?」
「――あんたそういう趣味があったんですか」
「イヅル」
市丸の声色に、流石に怒り心頭だったイヅルの顔が引き攣った。
だが、このまま大人しく引く訳にはいかないと、しばらくドアノブを手に掛けたまま無言で睨み合う。

──が、結局先に折れたのはイヅルの方だった。
「――本気で言ってるんですか…?御大にはなんと説明するんです」
「爺さんにはボクから話つける。ええか、イヅル。この事に関しては誰にも文句は言わせん。――お前にもや」
辺りの空気が凍り付くような冷たい声でそう告げる市丸に、いつものイヅルであったらなら身が竦んでいた事だろう。
だが、余程感情に余裕がないのか、イヅルは市丸の目を見据えたまま、自分を落ち着けるように深く息を吐いて市丸に問いかけた。

「相手はどうなんです…。本当に、この市丸の家に入る気なんですか?」
「…それはまだ分からへん。せやけど、ボクはあの子を離す気はないで。男とか女とかそんなん関係あらへん」
きっぱりとそう言い切る市丸に、イヅルは呆れたようにため息を落とした。
「……まったく……。…それを認めろと仰るんですか…?」
「お前が認める認めんはどうでもええ。今ここで踵返す言うんなら、杯も返してもらおか、イヅル」
「――――ッ!」


思いも寄らなかった市丸の言葉にイヅルが目を見開いた。
この自分に杯を返せなどと冗談にも程がある。
そして同時に──市丸が本気でそれを言っている事も分かってしまう。
本当に、本気なのだ。
たった一人、市丸が本気で惹かれた相手なのだ。
あの──黒崎一護という子は───。



「……わかりましたよ…。とりあえず、あなたが本気だと言うことは」
ふうっと肩を落として諦めたようにイヅルが言う。
「でもなんでよりにもよって…」
市丸の気持ちは分かったが、なぜそれがよりにもよって男なのだ。
つい愚痴が出てしまうのは、せめて勘弁して欲しい。
「お前も一度会うたらわかるわ。あんなに純粋で心が綺麗な子は他にはおらへん。しかも可愛ぇし」
「男に可愛いはどうかと……」
今までの冷たい空気はどこへやら。
へらりと笑み崩れる市丸に思わずイヅルが呆れたように呟いた。
「うるさいで、イヅル。可愛ぇもんは可愛ぇの。もう、そんな心配せんかてボクお前には欲情せえへんから安心しぃ」
ニィ…と人の悪い笑みを浮かべてとんでも無い事を言う市丸に、イヅルがヒッと喉を鳴らす。

「き…気持ち悪い事言わないで下さい!あなたにそんな事されたらそれこそ蛇に睨まれたカエルですよ!カエルの気持ちが今本当によーくわかりますっ!つーか組の人間にも手ぇ出さないで下さいよねっ!それこそ逆らえる人間なんて誰もいないんですからっ!!」
叫ぶように言うイヅルの言葉に、市丸はあんぐりと口を開けて、次の瞬間苦虫を噛み潰したような顔をして声を荒げた。

「あ…アホか!なしてボクがあんなガチムチした奴らに手ぇ出すねん!」
「細身が好きだと」
「うん、そうそう。って、違うわっ!ボクは一護ちゃんだけやの!あの子が特別やったんやからしゃーないやろ!」
「特別ねぇ…。ほんと、今更ながらあなたの性癖がそんなだったなんて驚きですよ…」
「…イヅル、いい加減にしや。ボクかて男もイケるんやったなんて自分でも驚いてるわ。やけどな…本気で人ん事好きになったら性別とか関係あれへんのや。…イヅル…。ボクが今まで誰かをこの家に囲い込もうなんざした事あるか?
──一度でも」
「いえ…。だから余計に驚いてるんですよ…」
そう。市丸の本気が分かるからこそ、こうして動揺が隠せないのだ。
これがいつものように遊びの範疇だったなら、どれほど良かった事か──。



「…まだ…そのお相手には何も話してらっしゃらないんでしょう…?」
こうなればせめて相手の方から断ってはくれないか…と、イヅルは空しい望みに縋る。
だが、おそらくそれは無駄な事なのだろうと思う。
市丸が本気になれば、たぶん免疫のない子供など一溜まりもないだろう。
「…近いうちにカタつける。それまで、お前も気持ちの整理つけとき」
「…そうさせてもらいますよ…」
もうこれ以上何を言っても無駄だというように、イヅルはがっくりと肩を落とした。
極道界広しとはいえ、男の『姐さん』を迎えるなんて前代未聞だろう。

「とりあえず、御大にはあなたからちゃんと話して下さいよね!言っときますけど、私は今回は絶対に口添えなんかしませんからねっ!」
せめてもの抵抗のように、思いっきり捨て台詞を残してイヅルが部屋を出ていく。

それに、「はいはい。任しとき」と、のんびりとした市丸の声が背後から聞こえた。



イヅルが、一護を手放しで迎えいれるようになるのは
このすぐ後の事である───。





  end


※やっぱりイヅルって気の度な役回りがよく似合うなぁ←鬼
確かに姐さんが男だったらそりゃ…当然の反応だろう。

あ、ここで何ですが。イヅルの一人称「僕」だったり「私」だったりしますが
プライベートの時は「僕」。それ以外は「私」を使ってます。(藍染さんと逆w)
同じく「市丸様」はプライベート…というか、昔からの癖みたいなもので、それ以外は
市丸さんが組を持ってからは「組長」と呼んでます。
小さい頃は、なんと「坊っちゃま」と呼んでいた(爆笑)

この小話もう少し続きます。出来たら拍手に上げる予定。(…は未定?)
次回、「イヅルに何があったのか!?」(笑)