
唇に触れるだけの優しい口付け
市丸との、そして一護にとっては初めてのキス
そっと離れられて寂しいと思う間もなくまた、角度を変えて何度も触れられる
いつの間にか一護の背中にあったはずの市丸の手は、気づくと一護の後頭部にまわされていた
もう片方の手は腰にまわり、ぐっと引き寄せられる
「…一護」
「……っふ…」
唇がふれあったまま名前を囁かれて、一護の体がぞくりと震える
「……ギ……ン…」
震える舌で同じように名前を紡げば、僅かにくすりと笑う音と共にするりと舌が潜り込んできた
途端に今度は貪るように口づけられる
キスというよりも、口腔を余すところ無く市丸の舌で愛撫されるような激しい口付けに
体温が一気に上昇した一護は、市丸の舌に誘われるまま彼のものに舌を絡める
お互いの舌を絡め合って、貪り合う
歯茎をなぞられ、痛いほど舌を吸われ絡め合い引き摺り出された舌を軽く噛まれる
「……んっ…ん…っ」
その僅かな痛みにさえたまらなくて体が震える
思うさま蹂躙される口腔に市丸の唾液が流し込まれ、喉を鳴らしてそれを飲み込む
欲望のままに貪れば、飲み込み切れなかった唾液が顎を伝い細い糸となって滑り落ちる
初めてにしては激しすぎるキスに一護の頭が朦朧としてきた頃、僅かな交接音を立てて
市丸の唇が離れると、絡まり合った舌が細い糸を引きながら名残惜しそうに分かたれる
一護はうっすらと濡れた琥珀色の瞳で離れていく市丸の氷河色の瞳を見つめていた
「一護…」
市丸がいつもより幾分掠れた声で、一護を呼ぶ
「ほんまはこのまま抱きたいんやけど…少し話とかなあかんことがあるんよ」
ゆっくりと一護の髪を梳きながら、そっと気遣うように紡ぎ出されたその言葉を、
一護はぼんやりと瞬きしながら唇の動きだけで『なに』と返した
「一護……さっきボクのこと知りたい言うたな」
「…うん…」
まだうまく声が出ず、掠れ声で返事を返す
「仕事なにしてるんとか…普段のボクがどうしてるかとか…」
「……ん」
体が熱い
本当はそんなの後でもいいのにと思うけれど、市丸が何を言いたいのかなんとなく一護は
分かる気がした
そしてたぶん、それは”今”でなければならないのだろう
一護の様子が少し収まるのを待って、市丸が再び話しだす
「なあ…一護」
「うん…」
「もう…気づいてんねやろ ボクが何者かゆうの」
そう言って市丸は一護を見つめる
ああ……そうか……やっぱり、そうだったのか……
今、一護の体を支えるこの腕の持ち主が何者なのか
たぶん、それは出会ったころから漠然とわかっていたのかも知れない
「ボクから言うのんは簡単やけど…、一護がボクの事どんな風に見とるんか知りたい」
「ギン…」
そう言う市丸の言葉はとても真摯で、一護もぐっと決心する
「言うて、一護 ええから」
この人は───今目の前のこの男は───
たぶん、───極道
それも、昨日今日ではなくおそらく最初からの
でも、それを告げようとして、一護ははたっと考えてしまった
なんて表現したらいいんだ!?
まさかヤクザにむかってヤクザとは言えない
極道…これが一番いいのか?それとも暴力団!?いや、なんか暴力団って響きもなんか嫌だ
ヤクザ屋さん……あ、屋をつけるだけでなんか言いやすいかも
そんなことをぐるぐる考えて、固まってしまった一護をじっと見ていた市丸は、ふと今までの
真摯さはどこへやら、いつもの人の悪い笑みを浮かべた
「……ギン…?」
その顔に一護が不審そうな目で見上げる
「もしかして一護、変な事考えてへん?」
「へ…変なこと?」
「うん」
そう言って市丸は一護をじーっと見つめる
その様子に、一護はとたんに頭の中で焦り出す
もしかして違ったのか!?
いや…違うに越したことはないけど…
でも、じゃあだったら何だ!?
どーみたってコイツ「そう」だろ!
そう思って固まった一護に市丸がずいっと顔を近づける
「もしかして…一護 ボクのこと…」
「な…なに…?」
「ヤクザか極道か暴力団と思てへん?」
「ヤクザか…って、どれも一緒じゃねえか!」
「思てたやろ」
鋭く突っ込まれて一護の喉がぐっと鳴る
じろっと市丸が一護を睨む
やばい…目がマジだ…
仕方ない…正直に白状しよう
「思ってた」
「ホンマに?」
「ああ、思ってるよ! ほとんど100パーそう思ってたよ!!」
だから仕方なく一護はきっぱりと言い切った
その言葉に市丸は今まで見たことのないくらい、にぃ〜んまりと笑うと
「ピンポーン!一護ちゃん大せいか〜い ヤクザやっとります市丸ギンです!」
とのたまった
「───こんの……ばっかやろ─────っっっっっ!!!!」
リビングに一護の怒声が響き渡る
さっきまで、離れたくないと思った腕から、離せ!ともがく
「ごめんごめん一護ちゃん そない怒らんといて」
てめー離しやがれ!と暴れる一護を、見かけを裏切って怪力の市丸がぎゅうっと抱きしめる
「もう!てめーは!!ふざけるんなら時と場所を選びやがれ!!!」
そう叫ぶ一護を抱きしめたまま、ふと肩口で真面目な声で市丸が言う
「やってな、そうでもせんと一護ちゃん言いにくかったやろ?」
その言葉に一護のもがいていた体がピタっと止まった
「……ギン…」
「わかっとうよ ヤクザに向かってお前ヤクザやろって言いにくいもんなぁ…」
確かに、それはその通りなので一護はなにも言えず黙り込む
と、一護の肩口で市丸がふっとため息をついた
「ごめんな」
それは…何に対しての謝罪なのか
ぽつりと零すように落とされたそれは、なんだか色んな意味を含んでいるようで
たまらず一護はそっと市丸の背中に手をまわす
「ばっか あやまんなよ」
少しぶっきらぼうに呟く一護の耳元で市丸の髪が揺れた
「うん…でもな…、一護ちゃん嫌やろうけど、もう離してあげられへんねん」
「ギン…」
ぽつぽつと呟かれる市丸の言葉は、内容とは裏腹にどこか寂しげだった
「一護ちゃん正義感強いやろ?曲がった事とか嫌いやん でもボクはそうやない」
「…ギン」
「一護ちゃんには悪い思うけど、ボクな、一護ちゃんと出会てから一度も一護ちゃんのこと
離してあげようなんて考えた事ないんよ」
「出会って…から?」
「そうや…最初に会うた時からや あん時はまだ興味本位やったけど、それでもボクのもんに
したろくらいは思てた」
「お前のもんって…」
「んー、怒らんと聞いてな?手ぇ出して飽きたらそれはそれでいいかくらいに思てた…言うたら
やっぱ怒るよなぁ」
「まあ、お前らしいよ」
この言い分じゃあ実際にそうなる可能性だってあったのだろう
いや、むしろ今こうしている事自体が、奇跡みたいなものかも知れない
市丸の性格の悪さは折り紙付きだ
普段にこにこしていてもそれは決して笑っている訳じゃないことはもう一護も知っている
きっと今までも、まるで子供のように欲しいと思ったものに手を伸ばし、飽きれば捨てるということを
繰り返してきたのだろう
そして一護も恐らくその中に含まれるはずだったのだ
「なんかな、あの店で一護ちゃんと話してると、それがほんま楽しゅうてなぁ
他愛もないこと言い合って思いっきり笑ろて そんな普通の事がえらい楽しゅうてしゃあなかった
ほんまやったら手ぇ出してさっさ捨てたはずやった いつものボクなら
一護ちゃんのこと好きになって、我慢なんかしたことないから、もうはよ抱きとうてしゃあなかった
けど…、一護ちゃんに対してだけはそうするの嫌やってん」
「俺には…?」
「せや…一護ちゃんの全部が欲しなってん」
「俺…の?」
「うん全部や まるごと全部 体も…心も欲しい思た」
そこで体が先にくるか…と聞きながら一護は思う
でもきっと、今一護を抱いているこの腕は、人のぬくもりは知っていても、心はずっと冷えたまま
だったのだろう
普通の家に生まれ両親に愛されて育った一護だが、愛する人を失い世界が音を立てて崩れて
いった時の、あの寒々とした感覚は未だ忘れることはできない
市丸のものとは違うだろうが、一護にも一護なりに抱える心の闇がある
癒してやりたいと心から思った
この我が侭で、子供みたいな危険な男を
自分ができるすべてで
自分といることで、少しでも癒されるなら
冷えた心が温まるのなら……
きっと自分は何を差し出してもこれから先後悔なんてしないだろう
「…ギン…」
「ん?」
「俺の事好き?」
「愛しとるよ一護」
そっか
じゃあ仕方ねえな
そう一護は思い
ふうっと一つ息を吐いて、きっぱりと言い切った
「じゃあ、全部お前のものにしてくれよ」
「一護…ちゃん…?」
「そんだけの大告白きかされたら、もうそう言うしかねぇだろ」
ああ…男らしい、俺
きっとこの男は一護に本当にすべてを望むのだろう
心も体もこれからの人生もなにもかもすべて
でも、後悔はしていなかった
「──ホンマにええの?」
「おう しかもお前最初から言ってたじゃねえか 離す気はないって」
「うん そうやった」
耳元でくすっと笑う市丸の声がした
「ホンマかなんなぁ 一護ちゃんには」
「あたり前だ こんな男らしい俺には俺も会ったことがねぇよ」
くすっと漏らされる吐息
それを心地よく感じながら一護は自分が今触れている市丸の背中を思う
「なあ…」
「ん?」
「ここに…入ってん…だよな…」
そうやって市丸の背中を愛しそうになぞる
「そうやよ」
「俺に…みせてくれないか」
「……ええの?」
「うん みたい」
「見たらもう…引き返せんよ?」
「ギン…」
すっと一護から体を離して、市丸の青い双玉が一護を見つめる
「一護の言葉を疑うつもりなんて無い けど、これを一護が見る言うことは
ホンマにボクのもんになる言うことや」
いつにない市丸の強い口調に一護の表情も引き締まる
「何もかもや 何もかも全部もらうで
一護のもつすべてはボクのものや
それを拒否することは絶対に許さへん
もう、なにがあっても、一護が何言うても絶対に離してあげられん
もし離れようとでもしたら…そん時は…」
「その時は…?」
もう、聞かなくても一護にはその次に紡がれる言葉がわかる
するりと引き寄せられる
妖しい狂気を滲ませた氷の青がゆっくりと一護を絡め取る
「そん時は……ボクが一護を殺したる」
───それでも ボクとおりたい───?
吐息が触れるギリギリの距離で市丸がそう告げる
…ああ…もうコイツは………
間近にある市丸の表情を見て、本当に仕方ねえやつだと一護は思う
冷酷なのに甘ったれで本当に子供のようだ
だから
「いいぜ殺して」
一護はそう告げる
もう、覚悟はできてる
市丸ギンという男を愛した瞬間から一護のすべてはこの男のものだというのに
「一護…」
「おまえさ、ホントはどうしたい訳?」
その言葉に市丸の瞳が揺れる
「いち…ご…」
氷の青が苦しそうな色を増す
「ここまで来て迷ってんじゃねえよ…」
優しく、子供をあやすように言い募れば、そのまま強い力で抱きしめられた
「ギン…」
「……わからへん……」
苦しげな声で、絞り出すように市丸が零す
「ギン」
「ホンマわからへんのや…一護… どうしたらいいんか……
ここ来るまで…、一護の気持ち聞くまではボクほんまに離れるくらいやったら
殺したる思ってた…… 絶対なにがあっても離さへんって
せやけど…、一護がそれでもいい言うたびに、決心鈍るんよ
ホンマに、ホンマに一護を巻き込んでええんか…
そんな事したら、一護の人生めちゃめちゃなるで?
ホンマ、めっちゃくちゃや ボクは自分が壊れとるのよう知っとるから断言してもええ」
「…そんなこと威張るなよ…」
呆れたように呟くとなおさらぎゅうっとしがみつくように抱きしめられる
「やって…ほんまの事や 離したないねん ホンマ離したない
やけど、今やったらまだ離してあげられるかも知れへんって気ぃもするんよ
……ホンマにできるか分からんけど……」
「ギン」
「一護の気持ちはホンマに嬉しい もう幸せ過ぎて頭おかしなりそうや
今も抱きとうて、めちゃめちゃに犯しとうてたまらんのや
やけど…抱いたら終わりや もう無理や 絶対、絶対離されへん」
「ギン」
自分では気が付かないのか、小刻みに震える市丸の背をあやすように撫でる
ああ、ほんとにこの男は
まったくの初心者に向かって、めちゃめちゃに犯すなんて言うなよと思う
そんなこと言われて、はいどーぞ、なんて普通言えるか
ただでさえ怖いというのに…
ほんと、仕方ない奴………
「ギン」
「…ん?」
「とりあえず今日は優しくしてくんね…?」
ぴくっと市丸の肩が震える
「まあ…俺こういうの初めてだし…勝手もわかんねえ
一から十までお前に任せるしかねえんだからさ」
「い…ちご…?」
「やるよ、俺の全部 もってけよ 俺の人生めちゃめちゃになるって言うけど、
俺はお前がいない人生の方が嫌だ」
そう言って一護は市丸の顔が見える程度に体を離す
「一護」
そして、しっかりと市丸の双玉をその自分の瞳に映す
そして───
「ギン 俺の全部をお前にやる だからさ、お前の全部も俺にくれよ」
そう言って、一護は晴れやかに微笑んだ───
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