おまけ




「ひどい〜〜 一護ちゃん!ボクを捨てる気なんやあ〜〜〜」

漸く連れ帰った市丸を執務室に放り込み、なんとか机に座らせたものの、
そのまま突っ伏してうだうだと言い始める市丸に、とうとう一護がキレた

「うるせえ!あんなのはただの冗談だ!!
あんまりウダウダ言ってぇとホントにするぞ、オラ!!!」

「ああっ!アカン!!あかんよ一護!!
あんなオッサンとこなんか行ったらなにされるか分からへんっ!!!」

「〜〜だからっ!!………いや、もう、いい」

これ以上埒もない事で言い合いたくない、というように一護がため息をつく
その様子に市丸が慌ててがばっと起き上がる

「ちょ…っ 一護ちゃん、落ち着いて…な? ボクちゃんとお仕事するし」
「いや…いいよ、もう 好きなだけ遊んでれば?」
ふう、やれやれと言うように一護が遠くを見ながら投げやりに言う
「そんな事言わんと…… な?ちゃんとするし」
「………今から?」
「そや、ほなイヅル始めよか あ、その前にお茶入れて」
「……お茶…って、てめー……」
「まあまあ、一護くん落ち着いて」
やっぱり、やる気ねえのか!
と再びクワっと目をむいた一護に背後から冷静なイヅルの声が止めにかかる

「…イヅルさん?」

見れば、先程の妖怪然とした霊圧は鳴りを潜め、ちょいちょいと手招きをされる
「じゃあ、取り敢えず机の上のものから目を通していて下さい 
それが隊長印が必要なものですので その間にお茶入れてきます」
「はいな、じゃあ頑張ってお仕事しよか」
そう言いながら、市丸が机の右側に山と積まれた書類の一束を取り上げ目を通し始める
「イヅルさん?」
「一護くんはこっち、ちょっと手伝ってくれるかな…?」
「ああ、うん」
そう言いながら、執務室に隣接した小部屋へと足を運ぶイヅルに、一護は慌てて後を追う

と、その部屋を見て一護はぎょっと目を見開いた

机から、テーブルから、ソファから…ありとあらゆる所にうず高く積まれた書類の山!
…なんだコレは…!
呆然と目を見張る一護に、さらに奥の給湯室からいつの間に用意したのか
盆に湯飲みをのせてイヅルが出てくる

「はい、悪いけどコレ隊長に持って行ってくれるかな 僕はこっちの書類運ぶから」
そう言って一護に盆を差し出す
「いいけど…イヅルさんこれ…全部?」
「ああ、急ぎの分はその机のだけ」
「だけって量じゃねえよ!アレ!」

その大量に積まれた紙の山を指さして一護が叫ぶ
一護の目線より遙かに高く積まれた山が三つ

まさか、ここまで溜め込んでいたとは……

「まあね… まあ、でも取り敢えず隊長がやる気になったんだから、なんとかなるよ
ありがとう一護くん」
「なんとか…って………」
あれは一人の人間にこなせる量なのか
読むだけでも一週間はかかろうかという大量の紙
しかも刻限までは、たぶん現世時間でわずか2〜3時間

「イヅル〜 お茶まだぁ〜?」
隣室からかかる、そののんびりとした声に一護が我に返る
その緊迫感の欠片もない声に、目を離した隙にまたサボっているんじゃねえだろうなと
一護は盆を持って市丸の元に戻った

「ほい」
熱々の寿司屋で出るような大きな湯飲みを差し出すと市丸は一護を見てにっこりと笑う
「ん、ありがと一護ちゃん」
にこにこと笑う市丸の机の山は、今の間に右から左へと移動していた
手元には朱肉のべったりとついた、隊長印
そこへ、イヅルがさらに大量の書類と共に入ってくる
それを、どかっと空いた右側に積み上げる
そして、移動した書類を横目にさらっと言った

「ああ、終わられたんですね」
「うん、完璧や」
「内容は」
「入っとるに決まっとる」
「なら、結構です」
ぱきぱきと交わされる会話に一護が凍りつく
「では、次にこちらが指示保留となっているものがいくつか
あと、これは回覧分です それと…」
「ん〜」

イヅルから受け取った一束をもの凄い早さでバラバラと捲り、その傍らイヅルの報告を
聞きながらてきぱきと指示を出していく
たった今目を通したばかりだと言うのに、考え淀むということが、まったくない
その様子に目を見開いているのは一護だけで、二人は淡々と業務をこなしていく
どう見たって読んでるとも思えないスピードで書類を捲る市丸
だが、出される指示にイヅルが異を唱えない所を見ると、内容はしっかり把握しているらしい

バケモノかこいつ………

呆然とする一護をよそに、三番隊が慌ただしく動き出す

積まれた書類の山が次々にイヅルに呼ばれた隊士に振り分けられ、その間にまた
新たな山が積まれ───
その間市丸は、ぱらぱらと紙を捲り、さらさらと筆を走らせ、終わりというように印をぽんっと押す
その様子にあんぐり口を開けた一護に、すれ違いざまイヅルが呆れたように言った

「ね?やると早いって言ったろう?」



そして、夕刻

「んん〜 疲れたぁ〜」
市丸が椅子にもたれてのび〜と両手を上に伸ばす
最後の書類を持って、イヅルが退舎し、ようやく二人きりになる
綺麗に磨き込まれた机の上には、書道具と投げ出された隊長印と湯飲みだけ


「てか、お前、仕事早いなら、なんで最初からやらねーんだ!」
「ええ〜?やって、毎日やるの面倒やんか」
「仕事ってのは、毎日こつこつやるもんだ!!」
「え〜、ええやん ちゃんと終わらしたやん」

まあ…、なあ……

日頃の行いはともかく、仕事ぶりだけは素直に凄いと思う

だから、なんで日頃からそれを生かせないか…と思うが

ふと、先程の藍染との会話が思い出される

確かに、常日頃からあの状態だと、下は常に緊張を強いられるに違いない
瞬時に判断を求められ、思ってもみない所から切り返され…
そして、それが理解できないとみると、即座に使えないと切り捨てられる
それがもし、常なのだとしたら、確かに誰もついてはこれないだろう

ああ…、隊長ができないってそういう事か…と一護は思う

人に合わせる事ができない市丸
器用なんだか不器用なんだかわからないが
市丸のこの隊は、案外これでバランスが取れているのかも知れない
イヅルさんには気の毒だけど……
ただ、ここまでなる前にもう少しなんとかしろよとは思うが


「どないしたん?一護ちゃん、こっちおいで?」
おいでおいでと手を振る市丸の元に一護は素直に向かう
そして、隣に立った一護の顔を、座ったままの市丸が見上げて言う
「ちょっとは惚れなおしてもらえたやろか?」
にんまりと口角を上げながら聞いてくる市丸に、
「…まあな…」
赤くなった顔を横に向けてぼそっと呟く

「…一護ちゃん?」
きょとっとする市丸の頭をぎゅっと抱き寄せて
「うん、マジに惚れなおした」
そう言って銀色の髪にそっと唇を寄せた




※あまりにもギンがバカっぽかったので
頑張ってみました
普段はのらりくらりだけど、やれば優秀…みたいな
でもこういう人が職場にいたら、それはそれで
ちょっと嫌かも…