
いつものごとく、書類を溜めまくったあげくに本日も見事に逃亡を果たした
「役立たずのバカ」(副隊長談)を探すため、一護は広い瀞霊廷内を当てもなく
歩き回っていた
さすがに業務中の為、人影はあまりない
と、そこへ前から白い隊長羽織をはためかせてのんびりと歩いてくる人影を発見
その人物が誰かを認識した瞬間、一護はくるりと踵を返し、足早に立ち去ろうと
行動を移す間もなくみごとに肩を掴まれる
「げっ」
「おや、黒崎君じゃないか どうしたんだい?こんな所で」
穏やかな風貌に優しげな笑みを浮かべて、のんびりと話しかけてくる
だが、片手は一護の肩を掴んだままだ
「…ども…藍染さん…」
とりあえず、挨拶
「…なにしてるんだい?」
「…いえ…ちょっと…」
相変わらず穏やかな笑みを浮かべながら、一護を見る藍染に、思わず顔が引き攣る
一癖もふた癖もある護廷の隊長格の中でも、ことさら穏やかな人格者として知られる
藍染だが、一護はこの男がどうにも苦手だった
大体、目が笑っていない
優しげな表情こそ作ってはいるが、どうしても胡散臭く見えてしまう
今だって、表情を裏切って瞳の奥が観察者の目になっている
本能的に体が逃げてしまうのは仕方ない
「…ふうん…」
じりじりと逃げ腰になる一護をがっしりと捕まえて、面白そうに藍染が呟く
「…なんスか…「ふうん」って…」
ああ、話かけなきゃよかったよ、俺……
そう思いながらも、やはり一方的にじろじろ観察されるのは面白くない
生来の勝ち気な性格が裏目に出た事に少々後悔する
「いや、やっぱり君はおもしろいね」
口の端を僅かに上げて笑う藍染は、一護にとって悪の総統にしか見えない
「なんスか、おもしろいって」
「だって君、僕を見て逃げるだろう?」
そう言ってくすくすと機嫌良さげに笑う悪の総統に、一護の口がムっと尖る
「だってアンタ目が笑ってないんスよ」
そう、さっくり切り込むと藍染は一瞬目を見開いて、またもや可笑しそうにくすくす笑う
「本当に、いいね君は この僕にそういう事を言う子なんて久しぶりだよ」
『この僕に』とか言っちゃってるよ…このオッサン…
まあ、いいか と言いながら、藍染が一護の肩から手を離す
「で?どこに行くんだい?」
相変わらず胡散臭いものの、冷静な観察者の目を引っ込め、改めて藍染が問う
藍染の雰囲気が和らいだのを感じ、どうせ答えるまで振り切れないと思い
一護は無意識のうちに入っていた力を抜いた
「…ギン、見なかった?」
「ギン?ギンを探してるのかい?」
「うん」
素直に答えると
「君が?なんで?」
と返される
こういう所が性格が悪いというんだ
「イヅルさんに頼まれたんだよ どうしても今日中に決裁しなきゃなんない書類が
あるってのに、あいつまたふらふら遊びに行ったもんだから…
イヅルさん今にもキレそうでさ」
「ふうん、で、君が代わりに探してると言う訳だ
三番隊にはなんの関わりもない、君が」
そう言いながら藍染が探るような笑みを浮かべる
こいつ…絶対、知ってて言ってやがる……
市丸が一護を追いかけ回しているのは瀞霊廷内では有名な話だが、その実情を知るものは少ない
死神代行である一護が、護廷の隊長格である市丸と付き合いだしたのはつい最近の話だ
現世の人間と尸魂界の死神…しかも男同士…という無理難題をあっさりと無視して、
ひらすら一護を追いかけまわした市丸に、ほとんど根負けした形で始まった関係だが
もちろんそれだけが理由ではない
そこにちゃんと自分の気持ちがあると確信したからこそ、首を縦に振ったのだ
だが、人目も憚らずの市丸とは違い、一護はわざわざ関係を言いふらす趣味はない
いずれバレるのは仕方がないが、そこは自然に任せてなるようになれと思っている
だから、漸く一護をゲットした市丸が言いふらしたくてウズウズしているのを
「余計なコト言いやがったら、即別れる!」と釘を差し、取り敢えずは事なきを得ている
状態なのだ
もちろん、市丸の副官であるイヅルや、親友の恋次だけには隠して於けるはずもなく
あっさりとバレてしまったのだが……
つーか、なんで知ってるんだよこの人……
目の前の食えない笑みを見上げながら、眉間の皺を深めると、面白そうに藍染の目が笑う
「…見てないなら、いいっス」
どうせ、何を言っても言い訳にしか聞こえないなら、さっくり無視して行くに限る…と、
一護が横を通り抜けようとした時、
「見てはないけど…」
と藍染が呟いた
「心あたりあるんすか?」
その言葉に一護が振り返る
とっととこの場を去りたいのは山々だが、今はギンを探す方が先決だ
書類提出の夕刻までにはあと少し
ここで連れ帰らなければ、日頃なにかと世話になっているイヅルに対して申し訳が立たない
それでなくても、色々と迷惑を掛けまくっているというのに(主に市丸が)これ以上心労を掛ける訳にはいかない
表情に怪訝を浮かべて伺うように聞く一護に、藍染がさわやかに言い放つ
「闇雲に探してもギンは見つからないと思うよ?」
やっぱり、知らねえんじゃないか と言うのを堪えて一護はひとつ息を吐く
だめだ、一度この男のペースに乗ってしまうと、早々に振り切ることは困難だ
……こういう所はさすが、元上司と部下 よく似ている
「…じゃあ、何処探せばいいのか、知ってるんなら教えて欲しいんだけど」
内心酷くむかつくが、いきりながら話しても、無駄だと知り、素直に聞くことにする
それに気を良くしたのか、藍染は一護を見つめて穏やかに話し出す
「さあ、普段ギンがどこに逃げ込むかなんて興味ないからね
とすると霊圧を探るしかない訳だけど…」
君、苦手だろう?
とあっさりと指摘されて、一護の口がへの字に曲がる
元々、自分の霊圧でさえ、よく分からないのだ
人の霊圧、しかも故意に押さえている隊長格の霊圧を探るなんて器用な真似が
できる訳がない
ほんと、ヤなとこ付くオッサンだよ……
そう考えた一護を尻目に藍染は視線を遠くに投げる
「ああ…、ダメだね 完全に霊圧を消してある
……ところで、ギンは君が来ていることを知ってるのか?」
「いや、たぶんまだ知らねえと思うけど……」
一護が現世での報告書を持って尸魂界を訪れたのは、つい先程だ
そのまま三番隊に顔を出すと、そこには、渦巻く黒い霊圧を纏ったイヅルが大量の書類の前で途方にくれており……、見過ごす訳にもいかずに自分が探してくると飛び出したのだ
「だろうね、知っていたら今頃君に張りついてるだろうから……
どこかで昼寝でもしてるのか…」
「ったく、あいつは… で、どうしたらいい?」
この状態だと、自分で探し当てるのは不可能だ
仕方なく素直に伺いを立てると、意外にも協力してくれる気になったのか、藍染が僅かに頷く
「心配しなくても、こうやって話していれば向こうから寄ってくるさ」
「…なんだよそれ…」
「ギンを早く見つけたいなら、君が動かないのが一番だ なにせアレは君にご執心だからね」
あんたと立ち話なんてごめんだ…と思いながら、確かに言うことは間違ってはいない
恐らく、闇雲に探し回る一護を、今度はギンが探して…という構図が容易に想像できる
仕方ないので、いい機会だと思い一護は前から聞いてみたかった事を口に出す
「なあ…あいつ、以前あんたの副官だったんだよな」
「そうだよ」
「その頃から、こんな風にサボってた訳?」
「そんなこと、この僕が許すはずがないだろう」
超、上から目線できっぱりと否定する
「…だよな…」
その答えに、一護も納得と言うように大きく頷く
が、藍染の下で仕事に励むギン…というのが、どうしても想像できない
眉間の皺を濃くして、う〜っと唸っている一護に、さらりと藍染が言う
「でも、適当だった」
「はい!?」
「面倒なことはやりたがらない、部下への指示は適当、口答えは多い
アレが一生懸命に何かをやる姿なんて一度も見たことがない」
はあ…結局、今も昔も…性格も、仕事に対する姿勢も変わらないということか……
あきれ顔でため息をつく一護に、藍染がぽつりと呟く
「まあ…、あれはあれで、仕方ないかもしれないな…」
ふっと軽くため息をついてはき出された言葉に一護は思わず藍染を見上げる
「仕方ない…って?」
不思議そうに聞き返す一護に藍染の目が見開かれる
「君は…… そうだな…あいつが自分の事を話す訳がないか…」
「どういうコトだよ」
「……ギンが…もし、真面目に…手を抜かずに仕事をしていたら……
たぶん隊長は務まらない」
まるで謎かけのような台詞をきっぱりと言い切る藍染に、一護の頭にはてなマークが灯る
「…え?逆じゃねぇの?」
真面目だと務まらない?
訳が分からず首を傾げる一護に、藍染が遠くを見ながら淡々と言う
「たぶん、誰もついてはいけないってことだよ」
「………?」
「ギンが、ギンのペースで物事を進めれば、周りは誰もついてこれない
恐らく、今の護廷で彼の副官が務まるのは誰もいないだろう」
「…え…」
「彼はね、黒崎君 霊術院をわずか一年で卒業して席官入りした、
正真正銘の天才だよ」
「……うそ……」
初めて聞かされる事実に唖然とする
確かに、さぼり癖はひどいが、仕事ができないと思っていた訳ではない
いつも飄々として、どんな時でも余裕を崩さない市丸に苛立ちながらも、一個隊を束ねる隊長としての能力を疑ったことはない
だけど…、実際の元上官から…というか、藍染から「天才」だと言い切らせてしまう彼の資質がどれほどのものなのか正直一護には想像がつかない
「嘘じゃないよ なにせ、彼を護廷に引き抜いたのは僕だからね」
藍染の口調がどこか懐かしさと、ほんの少しの哀れみを帯びる
「僕は天才の頭脳というものは分からないが…、たぶん常人とはものの考え方も基礎もまるで違うんだと思うよ 人が努力して漸く成せることが、まるで呼吸するようにできてしまう
だから逆に、なぜできないかが分からない 分からないから苛つく
常に人と違う視点でものを見るから、考えが理解されることもない」
「でも…それを言うなら冬獅朗だって…」
一護より遙かに年上だけど、まるで弟を見ている気分にさせられる十番隊長の名前を挙げる
彼も確か「天才児」として名高かったはず
同じ「天才」というカテゴリーで括るには二人はあまりにも違いすぎる
「まあ、最終的には性格の問題だけどね 日番谷くんは自分がどう見られているか、
どうするべきかが分かっていて、尚、相手の所まで降りてくる
ギンにはそれができない それをするくらいなら、適当にこなした方が楽なんだろう」
「なんか…もったいねえな…」
ぽつり…と一護が呟く
どんなに努力しても、できない悔しさと苦さを自分も味わったことがあるから…
それができるのにやらないなんてもったいないと思ってしまう
そう思う一護の気持ちを汲んだように、藍染がふっと微笑する
「まあ…そう思う人は多いな だからこそ、総隊長もギンに甘いんだろう」
「甘い?ジィさんが?」
「あんな職務怠慢を長年放置しているのは十分甘いだろう?」
「そう言われれば…そうかも…」
放置というか、言っても聞かないというか…
たびたび一番隊舎に呼びつけられては、また説教されたとぼやいてはいるが、
改める様子はまったく見られない
それでも、何を言ってものらりくらりと躱す市丸に、本気でキレている訳ではないらしく
相も変わらず同じように小言を繰り返している老齢の総括を思い返す
本気ならきっと…今頃生きてはいられまい……
「まあ、ギンもあれで締めるところはちゃんと締めているからね
適当にやっているようでも、その辺はきっちり押さえている
本当の意味での限界がわかるから、ぎりぎりまで手を抜こうとするんだろう」
「だからそれが……」
ぎりぎり過ぎなんだよ………
なんだか、聞けば聞くほどそんな彼の下についた副官の彼が気の毒になる
「まあ、君が一言言えば、アレももう少し頑張るんじゃないか?」
「え…俺……?」
いきなり自分に振られてとまどう一護に、藍染の笑みがふと、人の悪いものに変わる
「人が居らん所で何べらべら喋りくさっとんのや、オッサン」
ふっと見慣れた霊圧を感じたと思った瞬間、がしっと後ろから腕の中に抱え込まれる
「ギン!」
「やあ、ギン 遅いお出ましだね」
市丸のどす黒い霊圧を余裕の笑みで躱しながら、藍染が言うと
それに対して、市丸はぎゅうっと一護を抱きしめながら、ぐるぐると毒を吐く
「うっさいわ ほんと油断も隙もない人やな
あかんで一護ちゃん、こんなオッサンに気ぃ許したら
どっかその辺に連れ込まれて色々されるのがオチや」
「ばっ……!何言ってんだよギン!」
そのあまりな言いぐさに思わず一護の声が上がる
「まったく人聞きの悪い この僕がそんな姑息な手を使う訳がないだろう」
呆れたようにため息を吐く藍染に、市丸の霊圧がさらに剣呑さを増す
「姑息な手ェやないなら何してもええ思てるんやないやろな」
「莫迦な… 誰も彼も自分と一緒だと思ったら大間違いだよ ギン」
「ああ、そやった こりゃ失礼 長年生きとる古狸の考えはることなんて、僕なんかには
想像つきませんわ」
「策略高い狐の考えることもわからないがね」
一護を挟んで、元上官と部下の不毛な舌戦が繰り広げられる
方や穏やかな笑みを浮かべたまま、方や元から張りついた不穏な笑みをさらに濃くして
いくら人影がないとはいえ、瀞霊廷の道のど真ん中で仮にも一個隊の隊長同士が
「狸」「狐」と言い合う姿はシュール過ぎる
なんか…逃げたい……俺………
市丸にがっちりホールドされたまま、一護はむなしく思う
「まったく、さっきから何を言ってるんだ
僕は黒崎君から、どうしたら君が真面目に仕事をするようになるのか相談されてただけだよ」
……そういうことでもないんだけど……と思うが、藍染の口から市丸の昔を語られたと知ると
さらに拍車がかかりそうなので、一護はおとなしく黙り込む
「ふん 一護ちゃんがアンタにそんな相談するかいな
何言うてますのん 失礼な ボクかてやる時はちゃぁんとやりますぅ」
ふん!と子供のように市丸がそっぽを向く
そこで、一護はふと、こんなことをしている場合ではないのを思い出す
「……なあ…、ギン」
「ん?なんや?一護ちゃん?」
今まで悪態を吐いていたのと同じ口から出るとは思えない甘い声で市丸が答える
「お前、やる時はちゃんとやるんだよな?」
どこか甘えるように口にすると、市丸は一瞬固まったものの、胸を張ってきっぱりと言い切る
「もちろんや!ボクこう見えても優秀なんやで?」
一護ちゃん惚れなおしてまうよ〜
へらぁっと笑み崩れる市丸に一護はそうか…と小さく頷き、背後の市丸を振り仰ぐ
「じゃあ、今がその時だ 帰るぞ ギン」
「はい!?」
そう言って前に回された市丸の腕をがしっと掴むと、一護はそのまま踵を返してずんずんと歩き出す
「え?ちょお…なに!? 一護ちゃん!?」
「だから、俺が惚れ直すくらい優秀なんだろ?みせてくれ、今すぐ」
「え……っ!ちょっと、一護ちゃん!」
「ここで逃げたら今言ったことウソだと思うからな」
一護の不穏な空気を察してか、市丸がぶんぶんと首を振る
「い…いや、嘘やあらへんよ」
「じゃあ、来い!」
「えーーーーーーっ!」
そう言いながらずりずりと市丸を引き摺って、一護はふと足を止めて振り返る
「藍染さん、ありがと」
取り敢えず、当初の目的は果たせたし、めったに聞けない話も聞けたし
そう思って一護は素直に礼を述べる
その様子に軽く手を挙げて、藍染が答える
「いや、おやすいご用だよ」
その二人の空気に、ここぞとばかりに狐が騒ぎ出した
「ちょっと、一護ちゃん!なんであのオッサンに礼なんか言うとるの!?」
「うるせえ!お前は黙ってろ!」
一喝してうるさくわめき出す狐を黙らせると、軽く会釈をして歩き出す
と、その一護の後ろ姿に
「黒崎君」
藍染が声を掛けた
「ギンが手に負えなかったら、いつでも僕のところにおいで」
その言葉に
ぱちりと一つ瞬きをして、一護はからりと笑う
「おう!こいつに見切りつけたらヨロシク!」
そう軽やかに言い放ち、その言葉にショックのあまり開眼してしまった恋人を
ずるずる引き摺りながら、一護は三番隊舎を目指した
いややああああ〜〜〜 一護ちゃん捨てんといてぇえええええ〜〜〜
後に、辺りに響き渡る狐の悲痛な木霊を残して
その遠くなる恋人達の後ろ姿を見送りながら、藍染が愉しそうに微笑んだ
夕刻には あともう少し───
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