暗闇に艶めいた息づかいが谺する。
時折漏らされる秘めやかな声は、聞く者の官能を煽り堕落へと導くような音色を放つ。
月も星もない真の闇。
だが少しその目が慣れてくれば、そこに蠢く人影を判別することができるだろう。
一塊の影は、よく目を凝らせばそれが二つの人型である事がわかる。
下に位置する人型の背は大きく撓り、もう一方はそれに覆い被さるように差し出されたその首筋に食らいついている。
まるで肉食獣に食まれているような様相だが、先ほどからひっきりなしに甘い声を上げているのは、その生け贄となっているはずの小柄な姿の方だった。
「…ッ…ん…、はぁ…っ」
「気持ち良さそうな声出してんなぁ……」
「……ぁ・あぁ……っ!………ふ…ぅ…ッ」
「そないにエエ…?」
「んぁっ…!…ッ……」
耳朶に甘く囁かれる睦言に、声さえ堪らぬというように一護がぶるりと身体を震わせる。
そしてさっきからずっと、甘い愛撫だけを繰り返し与え続ける市丸を潤んだ瞳で見上げた。
「…も……、や・あ……っ。…も…っと…ぉ……、あっ………」
もっと深い結合が欲しくて、甘えるように腰を揺らす一護に市丸が妖しげな笑みを刷く。
クツクツと嗤いながら、ゾロリと長い舌で首筋を舐め上げる市丸に、焦れた一護がその背に爪を立てた。
「……こら、オイタしたらアカンやろ?」
咎める台詞とは対照的にその表情には僅かな苦痛も乗ってはいない。
むしろ愛おしそうに一護を見つめると、クイッと一度だけ腰を深く入れる。
その刺激に一護の内部がヒクヒクと小刻みに痙攣をおこし、市丸のものを締め付けた。
「あああ……ッ!あ、あっ……ふぁっ…い…ッ……!……イッちゃ……イ……く、ぅっ……!」
足の爪先までビクンと身体を反らし声を上げる一護に、ホンマどうしようもないな…と市丸は呟いた。
「やから言うやたろ。こんな状態で突いたりしたら、狂うてまうって…」
円を描くように腰を回しながら緩い突き上げを繰り返すと、グチュグチュという粘着質な音が辺りに響く。
それに気持ちよさそうに喉を鳴らし、びくびくと身体を震わせる一護の眉間には、快感とも苦痛ともつかぬ深い皺が寄せられていた。
「こういうんの、好きやんなぁ…一護。ほら……」
そう言って市丸が、一護が一番感じる場所を再び軽く突き上げた。
「ひっ…!らめ……っ、ぁ…あっ、…も……イッて……イッて、るっ……のに…っ、ま…ら……ヒ、ァア
ア───ッ!」
一際甲高い声を上げて、一護の身体が弓なりに撓る。
「なんや、またイッたん?」
こうなる事はわかっていたくせに、市丸はわざと一護にそう囁いた。
だが、その言葉は果たして一護に届いているのか…。
見ると、ずっと勃ちっぱなしの一護のペニスの先端からは、すでに色を無くした透明な液体が壊れた蛇口のようにビュク、ビュクと溢れ出ていた。
「ふぁッ…!あ───ッ……。あ…、…あ………っ……。ひ…ぃ……」
漏れ出る声すら止められず、一瞬の緊張から弛緩へと移行した身体はガクガクと震え、蕩けきった表情は目の焦点すらあっていない。
口の端からたらたらと涎を零す一護は、至福とでもいうように、うっすらと笑っているようにも見えた。
「あーあ…、潮吹いてるで…。一護…さっきからずぅっと後ろだけでイッとるよ…」
それほど激しい刺激を与えた訳ではないのに。
「もうこれで終いや言うてんのに。こないに感じとったら後戯にならへんやん」
先ほど一護の中にたっぷりと精を注いだばかりの市丸のものは、まだ十分にその硬度を保ったまま一護の中にある。
一通り痙攣が治まり、それをまたもや育て始めようと絡みつき妖しく蠢きだした身体に、市丸はクッと口角を引き上げて嗤った。
ホンマ、淫乱な身体や…。
呆れたようにそう言う市丸に、一護は益々腰を揺らめかせながら恨めしそうに「だって…」と呟いた。
そんな身体にしたのは市丸なのに。
何も知らなかった自分を、こんな風に変えたのは…変わる事を望んだのは他でも無い市丸自身だ。
限界を超え、もう精液すら出来ない状態。
それでも、一旦イキ始めた一護の身体は市丸が刺激を与え続ける限り、浅く深く何度でも繰り返しオーガニズムに達してしまう。
ただ触れられるだけでもその瞳を映すだけでも…市丸が望めば達する事のできる身体。
「……あぁっ………」
市丸の蒼い瞳を琥珀に映した瞬間、一護はゾクっと身体を震わせて、また深く市丸を咥え込もうと腰を揺らした。
まだ、足りない。
もっと、もっと…この身体が壊れるくらいに愛して欲しいのに────。
「……戻らなアカンやろ?」
「……わかっ…てる………」
市丸が突きつける現実に、一護の口が拗ねたように尖った。
それでも一護は市丸を離そうとはしない。
「まったく…。もう腹パンパンで入らへんやろ。ずっとボクのん零してるで?」
一護の太腿も腰周りのシーツも、アナルの淵から市丸の竿を伝いたらたらと溢れ出る市丸の白濁と腹を濡らす自分のものとでぐっしょりと濡れそぼっていた。
一体どれほどの量がこの腹の中に入っているのか。
確かに市丸の言う通り、もう一滴だって入りはしないけれど。
それでも、市丸の居ない間に渇いてしまった心と身体はまだ足りないと一護に訴えていた。
繋がった箇所に骨張った指を這わせて、一護の中から溢れ出る精を指に絡ませると、市丸はまるで見せつけるように一護の目の前でゆっくりと指を開いた。
指から指へと。たらりと白濁とした糸が引かれる。
「ボクのんと…一護のが混じりおうとるよ…」
ぞわりと、思わず腰に震えがくるほどの色を乗せてニヤァっと嗤う市丸の表情に、まるで引き寄せられるように一護はその指に舌を伸ばした。
ミルクを舐める猫のように、わざと音を立ててピチャピチャと舐める。
「んふ……。ふ……ぁ……」
それを綺麗に舐め取ってしまうと、一護は舌を絡めて二本の指を口腔に迎え入れた。
市丸の指が一護の舌をなぞる。内頬や顎の天上、歯…歯茎……口腔のあらゆる所を市丸の指で撫でられて一護は気持ちよさそうに喉を震わせた。
舌を絡めたまま唇を窄めて奥へと誘うと市丸の指が咽喉に触れる。
思わず嘔吐きそうになるのを我慢して、一護は夢中になってまるで市丸のものに口淫するかのようにジュボジュボと抜き差しを始めた。
「………っ…。………んん……っ……」
顔を真っ赤にしながら夢中になって頬張る一護を、市丸の冷たい目が見下ろす。
先ほどまでの愛しげに一護を見つめる瞳とは打って変わった冷めた瞳。
「…う……んっ………ふ…ぅ……」
お願いだから。
お願いだから、そんな目をしないで欲しい。
ちゃんと言う事を聞くから。分かってるから………。
でも……。
人目を忍ぶ今だからこそ、一護にとってこうして市丸と抱き合える時間は何より貴重だった。
だから、本当のギリギリまでこの身体の隅々にまで市丸を味わいたい。
一護が願っているのは、ただそれだけだ。
だから……お願いだから…そんな目をしないで………。
グッと、前触れもなく喉奥に突き立てられた指に、一護の身体に痺れが走った。
「んんん────………っ!」
市丸の熱い怒張でで喉を突かれる感覚。
実際はそれとは比べものにならない程のものだったのだけれど。
それでも、それだけで達する事のできる身体は、その感覚と混同し……。
市丸の屹立をキツク締め付けながら、一護はギチギチに堅くなった屹立から黄金色の液体を吹き上げていた。
緩く腰を引き離れていこうとする市丸を止めるように、一護は市丸の腰に足を絡め、意識的に自分の中にある市丸自身をギュウっと締め付けた。
聞き分けのない子供を振り切るように、市丸はその一護の気持ちを無視して絡みつく肉を振り切るように強引にペニスを引き抜く。
ズルリと抜け出る感触に反応して収縮する襞に、奥に留まった白濁が押し出されるようにゴプリと音を立てて大量に溢れ出た。
「あ、ん…っ」
抗議とも喘ぎとも付かない声を上げて顎を反らせた一護に、市丸が口付けを落とす。
「ほら、今日はもう仕舞いや。一護が欲しかったもんやろ?ちゃんとキレイにしぃ?」
「うん……」
口元に突きつけられたペニスに一護は渋々とそれに舌を伸ばす。
市丸の精と自身の体液で濡れそぼった屹立を拭うように丁寧に舐め上げる。
ジクジクとした身体の火照りは一向に収まらなかったが、市丸が事の終わりを告げた以上、もうどうにもできないのは一護は経験上よく分かっていた。
がっくりと力が抜けた一護の身体を支え、身繕いを整える市丸の目に拗ねたように俯いた一護が映り込む。
口元を引き結び、眉間の皺を濃くした一護は、何かをじっと考え込んで心ここにあらずといった様相で、じっと市丸のするに身を任せていた。
「一護。いつまでも拗ねておらんの」
湯浴みをさせ、丁寧に身体を拭い、死覇装を着付けさせるとぽんぽんと一護の頭を軽く叩く。
欲しいものが欲しいだけ与えられずに拗ねるのは子供の証拠。
そんな一護も可愛い事には変わりないのだが、あまりに聞き分けがないと正直鬱陶しい。
そんな市丸の気配を察したのか、一護がふっと顔を上げて市丸の瞳をのぞき込んだ。
「なあ…。今度は…もっといっぱいご褒美くれる…?」
小首を傾げて伺うようにそう聞いてくる一護に、思わず笑いが漏れる。
どうやら、自身の行動が対価に値しなかったのだと、一護は勝手に判断していたようだった。
もちろんそんな事はなく、単純に時間の問題だっただけだ。
だがきっと一護はそんな答えでは満足はしないだろうと、市丸は一護の思いたいようにさせる答えを返した。
「せやね。ちゃあんと一護がエエ子やったら、なんぼでもご褒美あげる。一護が望むだけ愛したるよ?」
「ほんとに…?」
不安気に聞いてくる一護に市丸が頷く。
「俺の事…愛してくれる…?俺だけを見てくれる…?ギン……」
「ええよ。やってもう…一護はボクが居らんと…生きていかれへんのやもんなあ…?」
「うん…」
謳うようにそう告げる市丸の台詞に、一護は何の躊躇もなくこくりと頷いた。
そのまま市丸の胸に顔を埋めて、一護は離れがたいというように、市丸の白い装束をぎゅっと掴んだ。
「俺…ギンがいないと生きられない…。だから…、俺から離れないで…。良い子にするから。ギンの言うこと、なんでも聞くから…。なんでもするから……俺を…愛して……」
うっとりと夢見るように瞳を閉じて、一護は譫言のようにそう繰り返す。
壊れた人形のように愛して欲しいと繰り返す一護を腕に抱きながら、市丸は愉しくて堪らないというように、
背筋が凍り付きそうな妖しい笑みを浮かべていた。
最初に殺られたのは斑目一角だった。
そして次が綾瀬川弓親。次いで、現世側からも犠牲者が出た。
佐渡泰虎に石田雨竜。
どれも皆、判別が難しい程に、遺体の損傷が激しかった。
極端な話、身体の半分を失っても、発見が早ければ最悪一命だけは取り留める事ができる。
ましてや、事象の回帰で起こった事柄を無に帰してしまう井上織姫の能力を持ってすれば、受けた傷がどんなに激しいものであっても、死に至るという事は無い筈であった。
だが発見された彼らの死体は、それを嘲笑うが如く、執拗に細切れに刻まれ、唯一の生命線である首がどれも切り離されていた。
当然、尸魂界も現世の先遣隊である日番谷達も、そして一護達も、動揺は隠せなかった。
日番谷先遣隊が現世に派遣されてから、破面の襲撃は激しくなっていた。
だが、さすがにこれは今までの破面とは訳が違うという事を、彼らは認めざるを得なくなっていた。
「…どういう事だよッ!?気配も霊圧も全く感じねえ奴に殺られたってのか!?」
日番谷と乱菊が根城にしている織姫のアパートで顔を寄せ合った面々は、そう言ってがなり立てる恋次の台詞を聞き流しながら、皆一様に眉間に濃い皺を刻んでいた。
「まさかもう…藍染が出てきているという事なんでしょうか…?」
そう言って視線を日番谷に向けたルキアに、じっと考え込んでいた日番谷は「いや…」と首を振った。
「その可能性も無くはないが…。だとしたら、その前に東仙か市丸が出てくるだろう。もしくは三人一緒にな」
チラリと隣の乱菊に気遣うような視線を向けて、日番谷はまたむっつりと黙り込む。
それに気遣いは無用だというように、乱菊が小さく首を振るのを、一護は苦々しい思いで視界に映していた。
ザワリと、胸の裡が蠢く。飼い慣らした黒い塊がまた鎌首を擡げてくる。
松本乱菊──市丸の幼なじみ。
自分の知らない市丸を知る人物。
胸の裡に広がる黒い渦に飲み込まれそうになりながら、一護は必死でそれに抗う。
今この場でその情動に飲み込まれる訳にはいかない。それだけを繰り返し思いながら、一護は意識を反らすように日番谷の話に耳を傾けた。
「とにかく、どういう訳か知らねえが、向こうはこっちの動きを読んでる。いいか、これからは必ず二人一組で当たれ。個人行動は取るな。いいな、特に、黒崎」
「は!?俺!?」
いきなり名指しされ、一護が不本意だというように声を上げる。
それに、みんなから無視され黙りこくっていた恋次が、当然だと言うように一護の頭をガツッと殴った。
「テメーが一番危なっかしいんだよ!ちったあ自覚持て!」
「うっせえよ!お前だって何かあったらすぐ飛び出していくだろーが!この単細胞!」
「ああ!?なんだとコラ!」
「人の心配する前に自分を振り返りやがれ!」
「おい…テメエら…」
「黙らぬか!この餓鬼どもが───ッ!!」
この場の状況を考えず罵り合いを始めた子供二人に青筋を立てた日番谷が一喝する前に、ルキアが狭い室内で二人に跳び蹴りを食らわす。
普段なら此処で更にルキアを巻き込んでの言葉の応酬が始まるのだが、さすがに今日は恋次も一護も大人しく黙り込んだ。
そして、場が収まったのを確認して日番谷が総括するように言った。
「とりあえず、現世への応援は今尸魂界に打診している。だが…向こうも向こうで人出がいくらあっても足りないのが現状だ。こっちに来れるだけの能力がある奴はみんな手が回らないほど忙しい状況だしな…。今の所は俺たちで凌ぎきるしかない。井上、悪いがお前はいつでもすぐ動けるように体勢を整えていてくれ。各自連絡だけは怠るな。いいな、勝手な事しやがったら、その場で俺がシメるぜ」
そう言って日番谷が腰を上げる。
「隊長?どちらに…」
「浦原の所だ。すぐ戻る」
乱菊の問いかけにそう言うやいなや、その場から日番谷はかき消えるように居なくなる。
「個人行動するなっつっといて自分はしてんじゃねえか…」
ブツブツ言う一護の台詞は、みんな聞かない事にした。
「大丈夫か?一護」
アパートからの帰り道、ふと立ち止まったルキアを怪訝そうに振り返ると、ルキアはいつになく真剣な面持ちで一護に向かって問いかけた。
「あ?大丈夫だぜ、別に」
なんの事だと言うように目を眇めた一護に、ルキアは緩く首を振った。
「あまり寝てはおらぬのだろう?…顔色が悪い」
「……眠れねえんだよ……」
ぽつりと零した一護の言葉に、ルキアはそうか…と頷いた。
無理もない。今回の事は、一護にとってもショックは大きかっただろうとルキアは唇を噛んだ。
戦地に赴く死神は等しく皆、死を覚悟している。
自分の死も──そして、仲間の死も。
それはどんな子供であったとしても、同じ事。戦場に於いて、悲しみの感情は志気を下げ、判断を狂わせる。
自分にとって大切な者であればあるほど、残された者はその怒りも悲しみも封印して戦いに望む。
一護も一応それは分かってはいるだろうが、実際その立場に立たされた今、理屈だけでそれを処理しろと言っても酷なだけだと言うことはルキアにも分かっていた。
死神は、たとえ子供だといえども一護よりも遙かに長い年月を生きている。
そして一護は、まだたったの16なのだ。
死神にとって、16歳は赤子と同じ。その赤子に向かって、親友の死すら悲しむなとは…ルキアには言えなかった。
ルキアの考えが伝わったのか、一護も神妙な顔つきでじっと黙り込んでいる。
二人ゆっくりと歩調を合わせながら家路を辿る道すがら、一護は誰に聞かせるともなく小さく言った。
「感情って…やっかいだな……」
押さえきれない思いが溢れ出たようなその言葉にルキアは言葉を失う。
そして、そっと盗み見た一護の瞳は、まるで何も映してはいないように、恐ろしいくらいに透明だった。
ほんの一瞬、ルキアの背に怖気が走る。
一護と出会ってから今に至るまで。実際の期間は短くとも、ルキアは一護とは共に戦う同志として深い絆があると自負している。
全てとは言わずとも、一護の事ならば自分は理解していると信じていた。
だが、今の一護の瞳は──。
親友を失った悲しみに暮れる訳でもなく、戦友をなくした悔しさの欠片もなく。
人としての一切の感情を失ったように、ただ、どこまでも冷たい水の如く澄み切っていた。
だが、次の瞬間、ルキアの視線を感じて「なに?」と振り返った一護はルキアのよく知るいつもの一護で。
ルキアはその今感じた情動を、些か強引に戦士としての一護の覚悟なのだと自分に言い聞かせていた。
あれほど個人行動はするなと言われていたのに…。翌週にはまた新たな死者が出た。
井上織姫。現世での治癒の要。
そして、尸魂界が増員派遣に躊躇している間に、恋次と──ルキアも相次いで殺られた。
当然、白哉は怒り狂った。義妹の無惨な姿を見て、静かに深く憎悪の炎を燃やした白哉は、総隊長の許しも得ず現世に赴こうとし、止めに入った者達に重傷を負わせた挙げ句に頭を冷やせと監禁されていた。
これだけの人数が殺られても尚、動こうとしない尸魂界に一護は呆れ、そして……可笑しくて堪らなくなった。
「…ほんと…あいつら、馬鹿じゃねえの…」
クスクスと笑いが収まらないというように肩を揺らす一護に、市丸はその額に口付けながら笑みを漏らした。
「上機嫌やなあ、一護ちゃん。でも、あんまし派手にやったらアカンよ?向こうは今、動くよりも先にじっと動向見てるんやから…」
「うん。…気を付ける」
悪戯を咎められたような子供の顔で、素直に頷く一護が口づけを強請るように顔を上向ける。
それに応えてやりながら、市丸は一護の死覇装を剥ぎ取っていった。
「ギン…、なあ…。ご褒美ちょうだい…。俺、いっぱい殺しただろ?恋次も、ルキアも、井上も…グチャグチャに切り刻んだよ?な、褒めて?それとも…まだ足りねえ……?」
甘えた声で一護が強請る。そして、待ちきれないというように、身体を起こすと市丸の下肢をくつろげ、ペニスを取り出して口腔に咥え込んだ。
ピチャピチャと猫がミルクを舐めるように、美味そうに舌を這わす。
最初は稚拙だった口淫は、今では市丸の感じるポイントを的確に突いてくる。
良い子だと褒めると一護は嬉しそうに笑顔を零し、益々熱心に舌と唇を使って市丸を高めていく。
愛おしそうに一護の髪を撫でる市丸の指先。
今日はあの時みたいに抱いてくれるのだろうかと一護の胸に期待が灯った。
チャドを殺した日。その足で市丸の元に駆けつけた。
血に塗れた死覇装を替えもせず。身体中に血と肉片と死臭を纏わせたまま、市丸の前に姿を現した一護を、市丸は良い子だと褒めてくれた。
『ボクん為に親友も殺してもうたん?』
そう言って笑う市丸に、一護は満面の笑みで「うん」と頷いた。
『エエ子やな…一護は…』
何度もそう言われ、正気の欠片も残せないほど激しく抱かれた。
イキ過ぎて気が狂うと恐怖まで感じるほどの荒淫に、一護は恐怖と至福とを何度も繰り返し同時に味あわされた。
絶頂に霞む意識の中で、一護は何度も親友を手に掛けた感触を思い出しゾクゾクと身体を震わせていた。
驚愕に見開かれたチャドの瞳。さすがに長くは生かしておくのは可哀想かなと、一護はさっさとその首を刎ねた。
大きな身体を細かい肉片に変えながら、じっと一護を見ているその瞳が鬱陶しくて、その目を抉って踏みつぶした。
───どうしてみんな、自分を責めるような目で見るのだろう。
一角も弓親も。チャドも、石田も、恋次もルキアも、井上も───。
皆一様に、なぜこんな事をするのかと言わんばかりの目で一護を見ていた。
簡単な事だ。必要ないからだ。そして、必要だからだ。市丸に褒めて貰うための…愛してもらう為の生け贄として。
『あいつら、ジャマやな…』
そうぽつりと市丸が呟いた時。だったらそれを自分がなくせばいいと、一護は思った。
一角を殺した時、ドキドキと胸を高鳴らせながら市丸に報告した。
一体どんな反応が返ってくるのだろうと…。まさか怒られはしないよなと、嫌われたりしないよなと自分を慰めながら恐る恐る告げた一護に。
市丸は「エエ子や」と一護を抱きしめてくれた。
それから、一護の歯止めは効かなくなった。
今思い返せば、もう少し時間を掛けて殺せばよかったと後悔する。
ただ殺戮の為に力を解放する。それがこんなに愉しいものだと、チャドを殺した時はまだ実感してはいなかった。
さすがに少しは良心があったのかと自分の裡を探るが、そんなものは今の一護には欠片すら見あたらない。
ルキアを手に掛けた時、湧き上がる歓喜に震えが走った。そのまま射精してしまいそうな程の激しい快感。
楽しい。愉しくて堪らない。それは、殺戮がこんなに愉しいものだと、完全に一護が認めた瞬間だった。
そして、自分に近い者を手に掛ければ掛けるほど、市丸は一護を見てくれる。
一護には市丸の感情が見えない。
甘い言葉も、優しい言葉も一杯掛けてくれるけれど。
狂うほど抱いてくれるけれど。
でも、常に一護は不安だった。
市丸を愛すれば愛するほど、どんどん自分は貪欲になる。
いつしかそれが、一線を越えたという事に一護自身が気づかないまま、求める愛は深くなり、それと比例するように不安も大きくなる。
どんなに愛されてもまだ足りない。この胸に宿る不安が消えない。
愛すれば愛するほど、黒い塊は一護の中に澱み、それが肥大してゆく。
だから何度も言ったのに。絶頂の中で殺して欲しいと。
市丸に繋がれたまま、幸福の中で殺してくれと。
でも市丸は首を振るばかり。
表面上は敵対している市丸に、全てを捨てて付いていくと何度も言っているのに。
今一護が現世を捨てて虚圏側に付くのは、時期尚早だと市丸は言う。
それは一護を見捨てた訳ではなく、一護の能力を誰もが買っているからこそ、最後の最後で一護が裏切ることに意味があるのだと市丸は言う。
その言葉を信じたいのに、だったらいつまで待てばいいのかとまた不安に囚われる。
あと二人────。
さすがにもう尸魂界も何らかの手は打ってくるだろう。
恐らく今、誰を寄越すかの調整に入っている段階に違いない。
「ギン……」
「ん…?」
一護の肌に唇を滑らせながら、市丸が返す。
その頭をそっとかき抱いて一護は強請るように告げる。
「みんな殺したら、もう…いい…?もう待てない…。もう一秒だって、俺はギンと離れていたくないよ。
ギンが全てを滅ぼせって言うなら、俺はそうする。それでギンが俺を愛してくれるんなら、俺は何もいらない。だから……」
「一護ちゃん」
次々と言いつのる一護の台詞を遮るように市丸が言う。
それにふと口を噤んだ一護は、顔を上げて一護をじっと見据える市丸の蒼い瞳に視線を合わせた。
「全部ボクん為言うの?…ちゃうやろ、一護。最初は確かにそうやったかも知れへんけど、今は愉しなっとるやろ?なあ…一護、今、殺戮が愉しゅうてしゃあないんやろ」
笑顔のままそう言い放つ市丸に、一護は言葉に詰まった。
「そんなの……」
違うと…言い訳のようにそう呟くと、市丸がクスクスと笑う。
「ボクには隠さんでもええよ。それも一護の本能や。言うたやろ、ボクはそういう所も含めて全部一護の事愛してんねやって。ま、それ目覚めさせてもうたのはボクなんやろうけど…」
「ギンのせいじゃない!」
市丸の言葉に一護はブルブルと首を振る。
そして、癖のない銀糸に手を伸ばして市丸を引き寄せた。
「違う…。ギンのせいなんかじゃない…。だから…だからお願い…俺を…嫌わないで……」
引き寄せた市丸の首に縋り付きながら、一護が涙声で訴える。
今の一護にとって、市丸からの愛を得られるかどうかは、人が酸素を必要とするに等しい。
生きていく為には絶対に欠かせない生命の基本。
その生命の根幹を、一護は目に見えない愛という幻に委ねる。
拒絶し、悩み、それを抱えたまま心も身体も全て市丸の元まで堕ちてきた一護。
こんな愛しい存在は他にない。
「……わかった。藍染さんにはボクから話とくわ。さすがにもう十分やろ。ようやったな、一護。えらかったで」
「……ギン……」
嫌わないでと懇願する一護に、そんな訳はないと告げるのは簡単な事。
でも市丸の為に、悩み傷つき、壊れていく一護は、本当に綺麗で。
だから市丸は敢えて、自身の本心を一護には晒さない。
どんなに愛していると告げても。どんなに狂うほどこの身体を抱いても。
それがただの閨での秘め事にしか過ぎないのだと、それでも一護が市丸に縋り付きさえすればそれを与えられるほどには愛されていると一護が錯覚するくらいの微妙な距離感を一護に与える言動を市丸は繰り返す。
「ギン……ギン…」
しっかりと市丸にしがみついて、一護が先を強請る。
この腕の中で壊れ乱れていく一護は、本当に美しい。
もっと…もっと……壊れて欲しい───。
狂って欲しい。ただ、自分の為だけに───。
「いつ、終わりにするん…?」
「ん……あし…た……」
再び施される愛撫に酔いながら、譫言のように一護が呟く。
残された二人の顔を思い浮かべながら、市丸は自身もその身体を堪能するべく、一護の肌に唇を寄せた。
単独行動はするなという日番谷の言葉に従うように、今日一護は乱菊とペアを組んでいた。
破面の襲撃はないものの、重霊地だけあって、虚の出現は少なくはない。
空座町在中のアフロ死神は、一護達からすれば動きも反応も鈍いので、彼が駆けつけた時にはすでに一仕事終えた後だという事が多々ある。
今日もその例に習って、乱菊と二人で屑にも満たない虚を魂葬し、後始末だけをアフロに任せて、二人は
人気のない神社の境内で一休みしていた。
「一護、あんた学校あるんでしょ。いいの?行かなくて。あ、コン…だっけ?あいつが行ってるの?」
今日は平日。当然高校生である一護は、今の時間は普通なら授業中だ。
「いや…コンも行かせてねえよ」
もう、処分しちまったし…。身体も、コンも。
そう言いたいのをぐっと堪えて緩く首を振ると、まるで強がってみせるように口の端を歪めた。
「チャドも石田も…井上も死んじまったしな…。あいつらと仲いいのはみんな知ってるし…。どうせ俺がショックで休んでるって思ってるよ」
境内の石段に腰掛けて水筒の水を飲みながらそういう一護に、乱菊はそう…と頷いた。
「チャドとは中学からの付き合いなんだってね。あたしたちにしてみたら、三年なんて瞬きするくらいの時間でしかないけど…アンタにとっては貴重な時間だったんだものね…」
一護に同情するように落とされたその言葉を聞きながら、一護も神妙な顔つきで頷いた。
「ああ…。イイ奴だったよ、チャドは…。すっげぇ強くってさ。でもあれで案外可愛いモン好きで。…俺が心許せる唯一の…親友だった……」
あの大柄で彫りの深い顔立ちを思い出しながら一護が答える。
だが、既に一護には、その面影すら朧になりつつあった。
「───そう……」
一護の言葉をじっと聞いていた乱菊が、小さく呟く。
そして、しばしの沈黙が流れた後、まるで世間話の続きの様な口調で乱菊がさらりと言った。
「それなのに、なんで殺したの…?」
「え……」
いきなり核心を衝く言葉に、一護は乱菊の顔を凝視する。
だが乱菊は、すでにそれが事実であると確信しているようだった。
「……俺が……チャドを…?何言ってんだ、乱菊さん」
一応ここは否定から始めた方がいいだろうと一護が出した言葉に、乱菊は何度か首を振ってじっと一護の瞳をのぞき込んだ。
「チャドだけじゃないわ。みんなアンタが殺ったんでしょう、一護。一体、何考えてるの。どうしたのよ?
現世を…みんなを護りたいって言ってたアンタは…どこに行っちゃったのよ!?」
「乱菊さん……」
戸惑うような視線を乱菊に向けて、本当に訳が分からないという表情を乗せる。
だが、それはほんの数秒も経たないうちに、次第に笑顔へと変化していき…そして、耐えきれなくなった一護はクツクツと声に出して笑い始めた。
「…一護!」
「…やっぱり…?いつから気づいてたんだ?乱菊さん?」
腹の奥からこみ上げる笑いに、一護の表情が歪む。
可笑しくて堪らないのに、それを我慢しているような顔で一護は乱菊に視線を合わせた。
「……確信したのは、ついこの前よ。うちの隊長が……ギンの名前出した時にね」
その答えに、それまでクツクツと笑っていた一護の表情が一変し無表情になる。
「……へえ……。気づいてたんだ……」
しれっとそう返して、一護は再び水を含む。
一見すればただの世間話のように穏やかな雰囲気だが、二人の間に流れる緊張感がそれを裏切っていた。
「……それに気づいたって事は、少しは含む所があるって事か…」
ボソリと呟いた一護の言葉は、あまりに小さすぎて乱菊の耳にまでは届かなかった。
そしてその乱菊の言葉をきっかけに、一護の中に見知った感覚が襲ってくる。
散々押さえつけ、飼い慣らした黒い塊。
それが今か今かと解放を待ちわびる。
そして、この瞬間───、一護はそれを解き放つ事を選んでいた。
「いつからなの……」
視線を下に落として、乱菊がそう零す。
それに、一護は余計な世話だと思いながらも揶揄うようにそれに答えた。
「俺がギンと寝たのがいつかってコト?」
「アンタとギンが寝たコトなんてどうでもいいわよ」
「でもそれが始まりなんだから、しょうがねえじゃん。初めはさ、強姦だよ。ゴーカン。酷いと思わねえ?
俺まだ、女ともヤったコトなかったのに、いきなり犯されたんだぜ?」
「……でも結局アンタはそれを受け入れたんでしょう…?」
乱菊のその言葉に、一護は市丸との初めての日を思い返していた。
藍染を筆頭に三人の隊長格が裏切り虚圏へ逃げ延びた事で、ルキア救出と尸魂界の動乱はひとまず終演を迎えた。
その後、現世に帰ってきた一護は、この先の戦いへと気を馳せる間もなく、自身の内なる虚を押さえ込むのに必死だった。
そんなつかの間の休息ともいえる日々に。ふいに市丸が訪れたのだ。
最初は強姦だったという言葉に嘘はない。
いきなり一護の前に現れて、何の対処も施す暇もなく…死神化すらする猶予さえ与えられずに、市丸から犯された。
その理由も、動機も、そしてなぜそれが一護だったのかも知らされる事もなく。
抵抗すら封じられて、好き勝手にこの身体を蹂躙された。
やっと解放されたのは、一昼夜が過ぎた頃だった。
身体は既にボロボロで。それ以上に心もボロボロで。
強引に穿たれる雄に必死で抵抗していた筈の身体は、それが離される頃にはその感触を覚え、自ら腰を揺らすまでになっていた。
一旦解放されたものの、そんな事は誰に言えるはずもなく。
そして、市丸の蹂躙はそれから毎日の如く行われていた。
どんなに逃げても、抵抗しても。今の一護では市丸に敵う筈もなく。
単純に力の差だけでも、実践で鍛え上げられた男の身体と武道を囓っただけの新米死神の一護とでは比べものにもならずに。
尸魂界で白哉を倒して悦に入っていたのが恥ずかしくなるほど、力の差は歴然だった。
そして、1週間が過ぎ、10日が過ぎる頃──。
あれほど毎日毎日一護を蹂躙していた市丸がピタリと姿を見せなくなった。
これでようやく解放されると安心したのはつかの間だった。
解放など、されてはいなかったのだ。
この10日あまりの間に、市丸は一護に植え付けていたのだ。快楽という名の毒を───。
ジクジクと疼く身体。市丸が姿を見せない事を安堵する傍ら、強烈に植え込まれた快楽を欲している身体が
一護を苛んでいた。
なんとか熱を逃がそうと、自慰を繰り返した。
だが、どれほど射精しても、身体の奥底に灯った熱は一向に収まらず。
そのうち一護は、それがもっとも欲する場所──アナルでの自慰すら行うようになっていた。
それなのに。一旦男を覚えた身体は、自身の指などでは満足などできなかった。
一旦は収まるものの、またすぐに欲しくなる。
この頃になるとやけくそで、そこら中にあるものを片っ端からアナルに突っ込んだ。
それでも。ただそれだけではない事も一護の身体は知っていた。
強姦といえども、市丸の愛撫は優しく、甘い。
脳髄をドロドロに蕩けさせるような指と舌が一護の全身を這い回る。
市丸の雄に穿たれるのは、その一連の行為が終わった後で。
その頃には一護の意識は飛び、ただ身体の欲望だけが一人歩きしている状態になっていた。
そして───。限界を訴える身体に一護の精神が傾き始めた頃。
ふいに何の予告も無しに訪れた市丸を見た瞬間、一護の理性は全て弾け飛んだのだ。
自分の目の前に市丸が居る事が、一護には直ぐに理解できなかった。
そして、それを理解した瞬間。なんの前触れもなく、一護はその場で射精していた。
既に人間らしい言葉など一つも吐けずに。耳障りな喘ぎ声だけが、一護の口から漏れ出ていた。
射精してもまだ収まらない身体の疼き。『キテ…』と、声に出して言ったかどうかその記憶さえ一護には曖昧だった。
ガクガクと震える身体。
一度目の射精を終えたペニスからは、勃ち上がる間もなくひっきりなしにタラタラと白濁が溢れ出る。
背筋に見知った悪寒が走ったと思った瞬間、一護は達しながら小水を吹き上げていた。
「あーあ。お漏らしまでしてもうて…。まったく、犬とおんなしやな」
蔑むように言われたその言葉さえも、一護の隠されていた官能を煽って。
心が認めるより先に、一護は身体から先に官能の淵へと堕とされていた。
「──実際、ムチャクチャだったと思うよ。俺はアイツの事何一つ知らなかったし、刀を交えた時すらアイツの心は見えなかった。身体が先に引きずられたっていえばそうだと思うけど……。でも、俺は今、アイツの事は真剣に愛してるんだ」
いつから一護の中にその気持ちが芽生えたのか。
市丸とのセックスに溺れていたのは確かだ。
でも、そのうちに…一護は、自分を抱くこの男をもっと知りたいと思うようになっていた。
「なぜ俺を抱いたんだ」という問いかけをしたのはどれくらい経ってからだろうか。
それに市丸は、あっさりと「一護が好きやからや」と答えた。
身体の快楽に流される事に、どこか罪悪を感じていた自分。
結局、男なら誰でもいいのかと、市丸が居ない間身体の欲望に耐えきれず、街に出て男あさりまでしようと考えていた自分。
そんなふしだらな身体に嫌悪すら感じていた一護に。
市丸が示したのは『愛』という免罪符だった。
愛しているから欲する。愛しているから求める。
そして、その愛を感じていたからこそ、ここまで自分の身体が反応するのだと、一護は自身の嫌悪感に目を背けるように、その言葉に縋り付いた。
始まりは誰がどう見ても歪んだものだった。
それでも。今の一護にとっては、市丸への愛だけが真実なのだ。
どんなに愛していると囁かれても。それが市丸の本心なのかは一護には計りようがない。
そして、次第に不安に囚われていく心。
市丸の側に居るために、愛される為に。もっともっと強くならなければ。
共に居る資格を自分が持たなければ、市丸は自分をすり抜けて行ってしまうと恐怖を覚えた。
我が儘を言って鍛錬に付き合ってもらい、いつしか身の内の虚まで取り込んで。
あれほど苦手だった霊圧のコントロールも息するように出来るようになり。
そして……一護の殺戮は始まった。
乱菊との間の緊張が頂点に達する前に。一護から距離を取り、乱菊が斬魄刀を構える一瞬前に。
一護の愛刀は、乱菊の下腹と地面とを縫いつけていた。
「……ぐ……っ」
身体の一点を止められ藻掻く姿は、まるで昆虫採集の標本のようだと一護はくすりと笑う。
ゴフッと血を吐きながら身体を捩る乱菊を一護は冷たい瞳で見下ろし、投げ出された片手を足で踏みつけた。
「…あんまり動かない方がいいぜ?動くと内臓傷つくだけだし」
「……一、護…っ!あんた……っ」
ギッと一護を睨み付ける乱菊に感情の無い瞳を向けて一護は淡々と告げる。
「ああ、冬獅郎呼んでも無駄だぜ?…てか、もう先に殺っちまったし」
「……ッ!?──隊長…を……?」
驚愕に目を見開く乱菊に、一護はにっこりと笑い無邪気に「うん」と頷く。
その表情のあどけなさに、乱菊の背に怖気が走った。
───狂ってる……。
ゾワゾワと背筋を恐怖が這い上る。
あの自隊の隊長が殺られた事実よりも、それを自分に気づかせる事なくやり遂げた一護の強さよりも。
邪気なく笑うその姿が、乱菊には何よりも怖かった。
「冬獅郎には言ってなかったんだな。もうとっくに知ってるもんだとばっかり思ってたけど…。さすがにビックリしてたぜ、冬獅郎。言ってやればよかったのに。そしたらもしかしてルキアも恋次も殺られずにすんだかもな。
アンタのせいだぜ、乱菊さん?」
「……一護……。アンタ…なんで……。なんで、こんな事するのッ!これも…ギンの為だって言う……グッ!」
「煩いよ、一々。うん。ギンの為…ってのは、俺の言い訳…かな?あ、言っとくけど、ギン別に俺にこうしろって指示出してる訳じゃねーから。ホントに殺りたきゃ、自分で殺るだろ、ギンは」
そう言って、一護は腹に突き刺した斬月をグリッと回す。
「でもさ……。アンタだけは……俺が…自分のこの手で殺りたかったんだ」
「……あ、ぐ…っ!」
痛みに脂汗を流す乱菊の姿を見ながら、一護の中にまたあのどす黒い渦が沸き起こる。
市丸と乱菊の関係は、ただの幼なじみだと市丸から聞いてはいた。
それ以上の感情など何もないと、そう繰り返す市丸。
だが、それを聞けば聞くほど、一護はいつも遣り切れない思いに駆られた。
一護に対して乱菊との関係を否定する言葉しか吐かないのは、本当は違うからではないのか。
一護を愛していると言いながら、けっして本心を見せない市丸。
その彼の本心に、もしかするとこの女の影があるのではないか。
疑い始めればキリがない事も解っている。それでも、一度芽吹いた思いは一護を飲み込み心を覆い尽くす。
現世の死神を全て殺そうと思ったのは、本当はこの女を殺したかったからだ。
「破道の三十三──蒼火墜───………アアア───ッ!」
自由になる片手で一護に向かって乱菊が破道を放つ。だがそれは、一護に届く前に、自身に向かって跳ね返ってきた。
「……無駄だって。結界張ってあるから届かねえよ。やればやる程自分が傷つくだけだから、やめたら?」
そう言いながら、一護の刀は尚深く乱菊を抉る。
そして、きょとんと首を傾げた一護は、乱菊に向かって想像もしていない台詞を吐いた。
「…なあ…、この中に、ギンのモノ…入った事あんの?」
ココ…と、その場所を示すように、一護が刀をグリグリと動かす。
一護の刀は、まるで狙い済ましたかのように、正確に乱菊の子宮を貫いていた。
「……ば……、バカじゃないの…、アンタ……ッ」
「──だからさ、俺が聞きたいのはそういう台詞じゃねえんだけど?なあ…アンタの事…一度でも抱いたことあんの、ギン──?」
一護の行動に恐怖を覚えながらも、その言葉に乱菊は遣り切れない悲しさが募る。
市丸が何を考えて藍染の元に付いたのか。尸魂界を裏切ったのか。そこにはきっと、自分には計り知れない思いがあっての事だと思う。
だが、それでも尚、一護を愛したというのなら…なぜ、一護がこんな風になるまで放っておくのだ。
乱菊にとって市丸は家族のようなものだ。誰一人頼る者もない流魂街での生活。生き抜く為に二人力を合わせた。
護廷に入り、隊が分かれてからは極自然に距離ができた。だからこそ、市丸が裏切るまでそれに気づく事ができなかった。
尤も、隠し事は昔から市丸の得意分野だったのだけれど。
その時の事を一護が正確に知っていたなら、こんな台詞など出てこないはずだ。
──ギン………。アンタ本当に、何考えてるの………。
今の一護はどうみても狂っている。
愛する者を狂気へと陥れて市丸はどうしようというのだろう。
「………そうだって言ったら…アンタは、どうすんのよ……」
違うと言ってやりたかった。でもきっと今の一護にはその言葉は届かないだろう。
足掻いて生き延びる術を選ぶ事よりも、酷い言葉を投げつける事になっても一護の目を覚まさせてやりたい。
それが、自分に今できるたった一つの事だと乱菊は思っていた。
「……ふうん……。それ、マジで言ってんの?」
スッと僅かに刀身を上げて、また一層深く突き刺す。同じ場所を何度も何度も。
そのたびに乱菊の口からくぐもったうめき声が漏れる。
「なあ…、ギンに愛してるって言われた?いつ?どこで?何回抱かれた?正気飛んじまうくらい、イかされた事あんの?その身体でギンを溺れさせた?もう無理だって言っても…腕一本上がらなくなっても…苦しくて堪んなくなって、許してって訴えても…離してくれない程抱かれた事あんのかよ!?答えろよ、ほらッ!」
いつしか、一護の刀は縫いつけていた腹から抜かれ、ザクザクと音を立てて乱菊の身体のあらゆる所を突き刺していた。
力を入れた足の下からは骨の砕ける音が聞こえる。その度に、僅かに場所をずらし、また力任せに踏みつける。
「一護……。お願い…目を、覚ましなさい……!あたしに嫉妬すんのは勝手だけど…、その為に自分が何したか…アンタ本当に…解ってるの……っ?」
虫の息になりながらも、そう訴えかける乱菊に、一護はチッと舌打ちを返す。
「嫉妬…?ずいぶんな口叩くよな。それで俺の上に立ったつもり?ギンが愛してるのは…自分だって言いたいのかよっ!?」
壮絶な痛みに何度も気を失いながら、それでもまだ乱菊は生きていた。
一護ももう、自分が何をしているのか解ってはいなかった。
目の前が黒く、赤く染まる。
激しい怒りの渦だけが、今の一護を支配している。
乱菊の言葉が嘘でも本当でも、もう関係ない。
市丸に愛された"かも"知れない身体───それだけで、壊すには十分な理由だった。
「今から、アンタの事犯してやろうか?もう二度とギンに会えない身体になればいい。二度と…ギンに抱いてもらえない身体に──今から俺がしてやろうか?」
既に乱菊の身体は半分以上がグチャグチャだった。
執拗に刀を突き立てた下半身は原型を留めてはいない。
市丸以外にこの身体が欲情できるのかは甚だ疑問だったが、犯ろうと思えばできなくはないだろう。
だが、そこでふと一護は考える。
一度でもこの女と繋がれば、今後その自分の身体を抱く市丸にもその痕跡が移ってしまうと。
そんな事は許せない。
自分の身体が穢れる訳にはいかない。
この身体はもう、全て市丸のものなのだから………。
「……一…護………お、願い………」
ヒュウヒュウと耳障りな呼吸音だけが一護の耳に響く。
それが目の前のこの身体のものなのか、自分のものなのか、既に一護には解らなくなっていた。
……目を覚まして……と、声の出なくなった唇がそう告げる。
その意味が解らない。
一体何から目を覚ませというのだろう。
黒い渦が一護を捉えたまま離してはくれない。
それから逃れろと…それから目を覚ませと言うのだろうか。
でも、それは──その渦は、今の一護にとっては苦しくも愛しい渦だ。
それを捨てる事は市丸を愛する自分を捨てる事。
そしてそれは───もう……一護自身を葬る事に他ならなかった。
ふと気が付くと、手を押さえられていた。
覚えのある温もり。触れると僅かにひんやりとする…でも温かなその手は一護がよく知っているもの。
ぼんやりと顔を上げると、笑みを浮かべた市丸が目に入った。
「………ギン……」
呆然と呟くと市丸が笑み返す。
「もうええやろ?とっくに死んでるで」
「……なんで……」
ぼんやりと一護が呟く。
なぜ、今このタイミングなのだろう。
今まで、誰を殺ろうが現世には来たことなどなかったのに、なぜこの女の時だけ現れるのか。
そんなにも大事だというのか、この女が。
この自分を止めてまで、助けたいというのか───。
乱菊が既に息絶えている事も理解できずに、一護は思う。
「───ギ………」
パタパタと一護の瞳から涙が溢れ出る。
こんなにも思っているのに。こんなにも、愛しているのに。
それなのに、この自分の思いは市丸には届かないのか───。
市丸と自分にとって、邪魔な存在を殺しただけなのに。
どうしてそれを止めようとするのだ───。
「…もう、ええよ、一護。泣かんでええ。ちゃあんと一護ん事愛しとるから」
そっと頭を引き寄せられ、抱きしめられた。
苦しい。
苦しくて、苦しくて、頭が割れそうに痛む。
「………も……助けて……ギン………」
頭が痛い。
何をしているのか、もう自分でも解らない。
解っているのは、市丸を愛しているという事だけ───。
市丸の愛する女を殺した。
これでもう、憂うことは何一つなくなる。
それなのに、前よりもより一層苦しくなるのはなぜなんだろう。
動かぬ亡骸を前にして、一護は止まらぬ涙を零す。
握りしめた束から、白くなった手をそっと外して、市丸は一護の身体を壊れ物を扱うようにそっと包み込んだ。
目の前には、冷たくなった幼なじみの亡骸。
「……おおきに……」
それに視線を落とし、ボソリと口元だけでそう言う市丸の表情には、壮絶な笑みが乗っていた。
これで…この先何があっても、一護が安らぐ日など永遠にこない。
自身の嫉妬の対象を葬った安堵感は、すぐに後悔の念に変わるだろう。
そしてまた、一護は怯えるのだ。
市丸の愛する者をその手で葬った事で、嫌われはしないかと。捨てられはしないかと。
それは日々一護を浸食し、さらに深い闇へと一護を連れて行く。
乱菊は、いい働きをしてくれた。
計らずとも自分の思う通りに一護を煽り、傷つけてくれた。
それだけは感謝する───本当に。
この腕のなかで壊れていく一護。
それは本当に──何よりも、誰よりも美しい。
一護の零す透明な涙は、これから先永遠に枯れる事はないだろう。
「愛してるで、一護───」
その自分の冷たい腕の中で、一護は尚も泣き続けていた。
end
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