
「いーちごちゃーーーんv」
──来やがった……
語尾に思いっきりハートマークをくっつけて、上機嫌で一護の顔中にキスを落とす。
時刻は深夜未明。健全な人間はとっくにお休みの時刻だ。もちろん一護も。
今日は珍しく虚の襲撃がなかったお陰で、日頃の睡眠不足を解消するべく、早々にベッドに入った。
そして、つい今し方まで安らかな眠りに付いていたのに………。
ここは取り敢えず眠ったふりで誤魔化そうと、一護は市丸からのキス攻撃を避けるべく寝返りを打つ
ように布団を引っ張り上げて、くるんと体勢を変える。
「もー、一護ちゃん、起きてや〜。てかホンマは起きてるんやろ?」
耳元で市丸が騒いでいるが、無視、無視。
俺は眠いんだから寝かせやがれ!と心の中で悪態を吐く。
だが、そんな事で諦めるような奴なら一護も苦労はしない。
一護がどんなに冷たくあしらおうが、無視しようが、はり倒そうが、自分の気の済むまでとことん構い
倒す根性がなければ、今頃市丸との関係も違ったものになっていただろう。
「……ふ〜ん、まあ寝込み襲うんもまた一興やなぁ…」
ぼそりと耳元で囁かれた言葉に、反応してはマズイと思いながらもとっさに身体がぴくりと動く。
「じゃあ遠慮無く。いっただきまーーー……ッ!なにすんのんっ!!」
反射的に寝返りを打つ仕草と同時に布団を跳ね上げて膝が市丸の鳩尾を正確に狙う。
時間にして僅か0.何コマの動きにとっさに身を躱せるのはさすが隊長格と言うべきか。
「もー、なんやねん。危ないやろ」
「チッ」
思わず舌打ちする一護に市丸の目が見開かれた。
「チッって…。そこ舌打ちするトコ、ちゃう!せっかく会いに来た恋人に対してなんやのその態度!」
「恋人だろーが何だろーが、こんな非常識な時間に俺の睡眠ジャマする奴は俺にとっては等しく敵だ!」
そう、これでも二人は一応恋人同士だ。一応…というのはあくまで一護にとって。
市丸の過剰とも言えるアプローチを前に、自分の気持ちが追いつく前にすでにあんな事やこんな事まで済ませてしまった一護にとって、市丸と「恋人」だという実感はあまりない。
無いのだが…。自分が市丸に対して結構甘いという自覚はある。なにせ最終的にきっぱりと拒めなかったのは一護の方なのだ。
「…てかお前何やってんだよ…」
月明かりに浮かぶ市丸の姿を見て一護がため息を吐いた。
カーテンくらい閉めて寝ればよかった……。
「え?何って…。一護ちゃん今日何の日か知ってるやろ?」
にこにこと笑って言う市丸に、もう一度深いため息を吐く。
「つーか、なんだその格好…」
「え?何って…プレゼントや。はい、一護ちゃん受け取ってぇなvボクをv」
「嫌だ!!!!」
にっこりとした笑みを浮かべながら、ずいっと顔を近づける市丸に一護が速攻で返す。
だが、そんな事でめげるような男ではない。
「やって一護ちゃんが言うたんやで?ホワイトデーのお返しには『ボクを』くれ、て」
「…そ…そーだったっけ…」
市丸から視線を逸らしてとぼけてみせるが確かにそう言った記憶は一護にもある。
つい一月前のバレンタイン。
例年の如く貰ったチョコの仕分け中にひょっこりと現れた市丸にそう言ったのは確かに自分だ。
だけど……。
「トボケても無駄やで。顔にちゃあんと『覚えてます』て書いてるし」
「だから…あれは…」
「アレは?なんや?」
ずんずんと近寄ってくる市丸から上体を反らしながら視線を明後日の方向へ向ける。
「…そ…」
「そ?」
「…その場のイキオイ?」
若干引き攣りながら笑顔で言うと、途端に市丸の顔がヒクリと引き攣った。笑顔のままで。
「…なんやて…?」
「えー…あー…だから…」
「ふーん…その気もないんにそうやって誘うような台詞吐けるんや。大人になったなぁ一護ちゃん」
「だから…っ!」
だから、違うのだ。
あの時しょげた様な市丸の様子を見てなんだか可愛いなと思ったのは本当だ。
そういう関係になったのだって、確かに押し切られたのは否めないけれど、本当に嫌なら死んでもはね除けている。
ましてや死神、しかも隊長格。手加減などする必要はこれっぽっちもないので、思う存分戦闘モードに入っていた筈だ。いくら押し切られたとはいえ、『まあいいか』と思って許せるほど自分の貞操観念は緩くない。市丸の事が好きなのだと気づいたのはそういうコトが終わった後なので、大概自分も鈍いとは思うし、未だに市丸から『恋人だ』と言われても中々実感が沸かない。
好きは好き。けれど、素直に認めるにはまだ幾分かの戸惑いもある。
しかもいくら何度か身体を重ねている関係だとは言え、いざそうなるのにはやっぱり若干の抵抗がある。
確かに誘う様な台詞を吐いたのは自分だが、あれはなんというかその場のノリというか気分というか…。
こうもやる気まんまんで来られたら、意識より先に身体が逃げを打つ。
しかも……。
「…てか、マジなんだよソレ…」
一気に下降した市丸の機嫌を逸らすべく話題を振る。
「何って、見たまんまやろ」
機嫌が直る所か開眼モードに入った市丸が一護を見下ろす。
首にしっかりと蝶々結びされたブルーのリボン。
えーっと、この場合『プレゼントは、ワ・タ・シv』なノリなんだろうな…と思う。
思うけど…。
身長180超えの大の男にされたら、引くっつーのッ!!!
いっその事首のリボンを思いっきり引っ張って、首をキュっとしてしまいたい……。
しかも、そのプレゼントは大人しくされるまんまな可愛げがある訳もなく、自分を襲う気満々なただの狼
ヤローだ。
いや、狼というよりも頭の回る性悪狐。
「…見たまんま…首締めてもいい…?」
呆れたように目を眇めながらそう言うと、市丸の柳眉が綺麗にハの字を書く。
「そういうイミちゃうんやけど…?」
ハの字眉に苦笑を浮かべてそう言う市丸が上から覆い被さってくる。
あっという間に押し倒されて、ベッドと市丸に挟まれたまま逃げ場がなくなった一護は、精一杯の抵抗のように眉間に深い皺を刻んで市丸を見上げる。
その表情を見下ろしながら市丸がニンマリと笑った。
「どないする?抵抗するならそれでも構へんで…?」
「…う…」
過去市丸にされたあれやこれやが一瞬脳裏を過ぎる。
結局、抵抗しようがどうしようが、最後は市丸に押し切られ、最初の抵抗が激しければ激しいほど、市丸の愛撫は濃厚になり、散々啼かされる羽目になる。
そして、一護も。結局の所、本当に本気で嫌がってはいない。
それが分かっているから、市丸は最初一護がどんなに拒否しようが抵抗しようがお構いなしにコトを進めるのだ。
もし本当に一護が嫌がっているなら、いくら市丸だとてそんな暴挙には出ない事くらい一護にも分かっている。
確かに押しは強いけれど、最終的には一護にはとことん甘いのだ。市丸ギンという男は。
……まったく、もう……。
「明日もガッコあるんだから…。無茶すんなよ…?」
仕方ないというように身体の力を抜いて市丸を見上げると、分かっているというように頷かれた。
「まかしといてv」
そう言って嬉しそうに一護の首に顔を埋める市丸の頭を、そっとかき抱いて一つ深く息を落とす。
──だから…お前に任せといたら、明日が不安だっつーの!!
久しぶりの安らかな眠りは諦めざるを得ない。
超・絶倫男の久しぶりのHが激しくない訳がない。
こんなんなら、ホワイトデーなんていらねぇ……。
ああ…後悔先に立たず。
一瞬の感情に流されて口から出た言葉を後悔しながら、手を延ばして首に巻かれたリボンをするりと解くと、一護の上で、市丸が満足そうな顔でにっこりと笑った。
end
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