2009バレンタイン用に書いたSSです。
拍手から移動いたしました。
ちょっとツンデレ気味(笑)な一護ですが、コンセプトはツンデレではなく
モテモテなのに全然分かってない、そしてギンに対して普通の少年っぽい一護(笑)でした。

Happy St. Valentine's Day




「おこーんばん…は!?」
いつものように一護の部屋の窓からするりと入りながら声を掛けた市丸は、その部屋の惨状に思いっきり
目を見開いた。
「おう!ギン」
「…なんやの…コレ…」
「なに…って…」
呆然と呟く市丸の言葉に、一護は改めて辺りを見回した。

まあ…確かに 酷いと言えば酷い有様だ。

通常は仕舞ってある座卓の上に所狭しと並べられた小箱。
そして、座り込んだ一護の周りには、色とりどりの包装紙やリボンが散乱している。
しかも、空いた床やベッドの上にはこれでもか!というように中身がぎっしり詰まった紙袋が置いてある。
思春期の男の子の部屋にしては綺麗な一護の部屋は今現在見る影もなく散らかっていた。

「あー取り敢えず座るんなら、それ避けてから座れよな」
ベッドの上に呆然と立ちつくしている市丸に、一護は視線を向ける事もせず、綺麗にラッピングされた包装紙を器用にペリペリと剥がしながら声を掛ける。

「コレって…」
取り敢えず一護の周りにある包装紙の山を脇に寄せて、市丸は横に座りながら一護の手元を覗き込む。
「うん、バレンタインのチョコ。貰ったやつ」
しれっと言い放つ一護に、市丸が目を剥いた。
「はぁ?コレ全部なん?」
「うん 今年は死神の人達からの分もあるからいつもより多いけどな」
特別嬉しそうでもなく答える一護に、市丸は改めてぐるりと部屋を見渡した。

「どんだけ貰ろてんねん…」

「どんだけ…って…、まあほとんどが義理チョコだろ。そんな事よりお前も手伝えよ」
「手伝うって、ナニを?」
「だから、生チョコとかケーキとか…日持ちしないようなやつはそっち。あとは菓子作りに使えそうなやつは
そっち。取り敢えず大まかに分けてくれたらいいから」
そう言いながら一護の手はさくさくと次の箱を剥き始める。

いつものように眉間に皺を寄せながら流れ作業のようにチョコを選別してゆく一護を見ながら、市丸はちょっと待てと思う。
この年くらいの男の子なら、こういった現世の行事に一喜一憂するもんじゃないのか?
かく言う市丸も、あわよくば一護からチョコを貰えるかも…なんて事を考えて、こうやって現世にすっ飛んで
来ているのに…。
なんだこの、いつもと変わらない所かいつもより若干不機嫌そうな一護の様子は!?
「…ちょっと待ち…。一護ちゃん」
相変わらず市丸を見もせずに手元に集中している一護の手を押さえて、市丸が視線を合わせる。
「…なんだよ、忙しいんだよ、俺」
作業途中で強引に手を止められた一護がムッとした表情で市丸を睨む。
「わかった、わかったから、ちょぉ待ち!」
「なに」
「…てか…一護ちゃん…いつもこんなに貰ろてんの…?」
部屋の中に所狭しと広がる大小の箱の山。
いくら今年は死神のメンツが増えたとはいえ、これはちょっと酷い…というか、凄い数だ。
確かに一護はモテる。
それはもう、死神には男女問わずモテモテだ。
だが、それ以前にこの子は現世でもモテモテなんじゃないか!?
…本人にはその自覚は無いようだけれど…。

てか、こんだけ貰ろてて自覚がないって、どんだけお鈍やねん…。

がっくりと肩を落とす市丸の心情を知ってか知らずか一護はコキコキと首を鳴らしながらしれっと言い放つ。
「んー、今年はいつもより多いかなぁ…。基本知らない奴からは受け取らないんだけど、机んなかとか下駄箱とかに勝手に入れられてるのはしょうがねえしなぁ…。てか、食べモンを下駄箱に入れるってどうよ!?
んと女子ってわかんねー」
「死神からも貰ろたん?」
「ん?ああ、まあルキアだろーやちるもくれたし、後は乱菊さん、卯ノ花さんとか女性死神の面々な。
後はよく知らない人だけど…なんか隊ごとに纏めてルキアが持ってきた」
「………現世は…?」
「現世ねぇ…、井上と、たつきと、後クラスメイトの子だろ…。あー雨と夜一さんもくれたし、後は妹とその
友達と…。あーそういや中学一緒だった子もわざわざ家来たみたいだし…。後は……誰だっけ…」

誰だっけって、記憶にすら残ってないんかい!
と、市丸は声に出さずに突っ込む。
「なんかさー、バレンタインってドコのダレが考えたか知んねぇけど、こんなに貰ってちゃあ食いきれねえっての。せめて義理チョコくらい無くせばいいのになー」
一護の発言にさすがの市丸も頭を抱える。
「一護ちゃん…その発言人前で言うたらあかんよ…」
「へ?なんで?」
「世の中には貰えん人もおるんやから…」
「………?」
市丸の言葉に心底びっくりしたように一護の目が点になる。
その様子に市丸は内心やれやれとため息を吐いた。
「あんな、一護ちゃん。言うとくけど、それ全部義理やないと思うで?」
「…はい?」
「…もしかして昔っからそんなに貰ろてたん…?」
「うん」
こっくりと一護が頷く。
「だって…しょうがねえじゃん。どうせ義理なんだからわざわざ断るのもなんだし。まあ…たまには告られたりするけど…そういうのはちゃんと断ってるし…。それ以外はせっかく買ってくれてんのに、断っても相手も困るだろ?」
「こ…告られる!?告白される言うことやんな!?好きです言われんの!?」
「……うん……」
「それ…何人くらいから言われたん…?」
「……さあ……。一々数えてない…」
「一護ちゃん…それモテすぎや……」
数えていないということは数え切れないと言う事ではないのか。
元々人の名前と顔を覚えるのが苦手だと聞くが、もしかしたら苦手なのではなく、興味がない人間は全て
へのへのもへじくらいにしか見えてないんじゃないのか!?

がっくりと肩を落とした市丸を飴玉のような目で不思議そうに見る一護に、市丸はちらりと視線を向ける。

「一護ちゃん……。ボクは誰?」
「はい!?なんだお前、熱でもあんのか?」
市丸の言葉にぎょっと目を見開いた一護は、すかさず手を市丸の額に当てる。
そして、うんと小さく頷くと、今度は自分のおでこをくっつけてきた。
「い…一護ちゃん!?」
「うん…まあ、熱はないようだな…。って、お前惚けたのか?」
するりとくっつけた額を離して、邪気のない目でじっと市丸を凝視する。
「失礼な!惚けるってなんやねんっ!そんな年ちゃうわっ!」
一護にとっては齢100年以上の死神は、等しく「年」なのだろうが、これでも市丸は護廷の中ではまだ十分に若い方だ。
なにせ隊長格だけで言えば、一護が弟扱いしている十番隊長に次いでの若手なのだから。

「だって、自分の事を『誰』なんて、お前十分おかしいぞ!?」
「だから…そういう意味やなくて…」

一護の周りには、なぜだかいつも人が集まる。
その目立つ容姿と、一見粗野に見えて実は誰よりも純粋で正義感の強い性格のせいなのか、…そして
死神に至っては加えてその高い霊圧と強さに惹かれて…一護を手に入れようと画策している者は数限り
ない。
だが…悲しいかなこの子供に認識されているのは、その数からいえばほんの一握りに過ぎない。

好意がある無いは別として、もしかして認識されていることだけでもこの子にすれば快挙なのかも知れない。
その中でも…さらに一護にとって特別ともいえる位置に居られるのは、本当に心底この子共が必要とした者だけなのだろう。

「…なあ…一護ちゃん…ボクの事好き…?」

普段、人目も憚らずあからさまに『好きだ、愛してる』とべたべた張りついてくる市丸が、なんとなく不安げに一護に問いかける。
一護はといえば、正直あまり人前でベタベタされるのは好きではないし、市丸のスキンシップ好きも少々
鬱陶しいくらいに感じている。
だから、基本あまりに目に余る時には遠慮なく張り飛ばし、鬱陶しいと思う時には一切無視を決め込んで
いるのだが……。

…なんだよ…調子狂うじゃねえかよ…。

こんな風に不安げで愁傷な市丸を見ていると、さすがに日頃の自分の態度があまりに酷かったのではないかと心配になる。
しかも…市丸自身はどう思っているか知らないが、バレンタイン当日にいそいそと現れる事自体が全てを物語っている。

「…ギン…」
「ん?」
不安そうに返る返事に、あるはずもない狐の耳がへろんと垂れている様子さえ見えてくる。
「チョコ…欲しいのか?」
「くれるん!?」
ぴんっと耳が立ったような気がするのはただの目の錯覚だろうか…。
その様子にやれやれ、一体どっちが年上なんだか…と一護は内心深いため息を吐いた。
「あんな、ギン。…見て分かる通り…俺今忙しいんだ…」
「うん…せやね…」
改めてぐるりと周囲を見渡して二人同時にため息を落とす。
「でさ…、その…いくらチョコ好きだっていっても…この日ばかりはあんま見たくないんだよな…」
「…やろうね…」
それはそうだろう はっきり言って一人の人間に食べきれる量を遙かに超えている。
でも…律儀な一護の事 今ここで仕分けしていると言うことは、誰かにお裾分けはしても、必ず一口は
自分の口に入れるのだろうと言うことは容易に想像が付く。

「んでさ、ギン…悪いけど…お前にはチョコ用意してない」
「…まあ…ええよ。残念やけど…分かってて来てんやし」
まあ、恐らくそういう事だろうとは思っていた。
思っていたが…こうハッキリと言われると、やはり少々落ち込んでしまう。
「でさ…その…。今日は忙しいから…あんま構ってやれないし…。その…人ので悪いんだけどさ…」
「へ?」
そう言いながら一護は手元のチョコを一欠片ぽいっと口に含む。
そのまま…。
「だからさ、ホワイトデーにはちゃんとお返しくれよな。…お前を」
そう言って一護は目をぱちくりとさせたままの市丸を引き寄せて、ほんのりとチョコの香りがする唇を寄せた。



end


※バレンタインギン一。
一護をモテモテにしたら…なんだかおかしな子に…。
まあ、つまり目に入る人は特別なんだよっと、それが言いたかっただけなんです…。。。